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INDEADRUM

ぐずらもずら

毎日必死でやってきたことに一区切り。


そのあいだにも絶望的な思考と状況に陥りながら、なんとかかんとかもがいて生きて。


生と死、命について考えさせられる毎日。


今なら、チベットの死者の書が読める気がする。


10年前は、正直、読めなかったから。


いろんな想いがめぐって走りぬける。


アブラゼミと電信柱。

ニジマスと前の酒屋のおんちゃん。


そして、意味も分からず大人が盛り上がってるのを見ながら天ぷら食べてた幼き頃の風景が、もうすぐ消え去ってゆく。


鮮明に記憶だけが残る。


いつか草が多い繁り、自然に還る。


それはきっと、ここもそうなのだろう。


それがきっと、本来あるべき姿なのだろう。


あいまいな記憶だけど残っているものは、場面バメンで印象的なものだからなんだろう。


30年たっても、覚えているのだから。

ありがとう、その言葉しか、みつからない。

これだけはやってはいけないということをすべてやってしまったという日本。


何回もブログで取り上げてるので、もはや言いたくもない。


画一され管理されていくすべての社会のなかで、日本人に考えることをやめようとせまるバビロンがせせら笑っている。


もはや、今の状況が地獄と化していることに気づく事すらできなくなっている。


してやったりなんだろう。


奴らからすれば。


すでに崩壊は始まっている。


これからますますひどくなるだろう。


コロナという幻のおかげで、スムーズに進んだんだね。


ショックドクトリン。


コロナに、いや、一部の権力者たちの奴隷と化した政府やメディアに洗脳されてしまった、純粋な日本人。


そーゆーところをついてくる汚さ。


誰にも何にも言いたくない。


愛してるよ、とだけ言いたくなるのだ。


音楽しかない自分にできること。


なくしちゃいけない技や心を草の根的に伝えていくこと。


坂本龍馬さえもヒーローではなかった。


ほんともウソもつれていけ。


自分の村で、好きなように踊るんだ。


こんなときこそ、祭りあげろ

ラジオで音楽紹介させてもらったり。


鳴子温泉街で子どもたちのあそび企画したり、音楽やったり。


10年続いた畑も、ようやく手応えつかんできたり。


そんななかで、まやかしごまかしうそっぱちの政治がはびこって。


選挙でしか変えられない。


不正もあるかもしれない。


でも、投票いかなきゃ。


バカにされて骨抜きにされて、考えない人間を作りたい奴らの術中にはまらぬように。


愛をもって尊しと成せ。


コロナの前から壊れてた。


すべてコロナのせいにしただけだ。


外国企業のハゲタカ共が、開放された日本の市場を、いまかといまかと狙ってる。


馬鹿は死んでも治らねえ。


無責任一代男。


クレイジーキャッツに右ならえ。


踊る阿呆に見る阿呆。


同じ阿呆なら踊らにゃ損ソン。


一流とか二流とかそんなことより、いま、君が想ってることを聞かせておくれ。


その声が、いま、必要なんだでば。


民衆の声は書き消される。いつの時代も。


それでも叫んでいく。


すべての武器を楽器に変えてね。


楽しく革命起こしていく。


ゆるやかなネットワークで。


風力発電、東北を馬鹿にしてる。


奥羽山脈をないがしろにしてる。


罰があたるよ、きっとね。


八百万の神はみてる。


自分の音楽探求してこう。それが人生になっていく。