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INDEADRUM

ぐずらもずら

・Facebook、Instagramなどのツールは非常に便利なのだろうけど、ちょっと、レスポンスが早すぎてついていけないアナログ人間。


・しばらくアメブロを頻繁に更新するのをやめていたが、久しぶりに手書きで毎日のように書いていた日記を読み返し、発見があった。


・ノートに書きたい欲もあったが、せっかくブログを作っていたわけだし、飽きるまではここに記録を再び残しておこうとおもった。


・震災前後は書き残してる内容も今とは違う気がした。よい、悪いとはまた別の話し。以前はけっこう反応もあってそれが嬉しかったが、今は反応がないほうがよいというか、誰も見てないから、気ままにかける。


・考えてる根底は変わらないけど、少しずつ変わりゆくものと対峙して、変化してゆく。それが酔いか悪いかは分からないし、それもまた、たいした話しではないだろう


・不惑の年というが、ほんとにシンプルになってきた気がする。


・淡々とやるということ。その言葉の単純さと深さに気づいた


・今日は地域のお祭りでLIVE。こーゆーのが1番楽しい。地元の音頭をやる予定。音楽のルーツとは、個々それぞれに違うものなのだろう。

・松沢春伸という男


・震災以降、音楽を通して知り合い、年に1~2回しか会っていないが、勝手に友達だとおもっている


・歌も感性も飛び抜けてる彼を、もっと多くの人に知って欲しいと願っていた。そして、それは現実となり、全国で松沢春伸は、音楽というものの本質を人々に伝えていくようになっていった。


・そんな矢先にコロナ


・しかし、コロナ前から樹木医を目指し、樹木医になり、独立し、会社を立ち上げるという。


・子どもが生まれたときもそうだったが、素直に嬉しかった。彼が彼らしく行動している姿が何より好きで、ほんとにリスペクトしている


・いつかハルについて「何かが著しく欠落している」と説明したことがある。なんてことをいうんだ!と、知らない人は感じるかもしれない


・俺にとっては、最大限の褒め言葉であり、その代わり、飛び抜けて優れているものが彼にはあるということだ


・それを、彼自身が最大の褒め言葉だと感じとってくれたのは嬉しかったし、逆に、こっちのこともよくわかってらっしゃる、とおもった


・ここ数年は会えていない。でも、それでもよいと思っている。彼が目指すものの先に動くことが俺の何よりの喜びである。


・次に会うのはいつになるだろうか。また、他愛もない話しをちょこっとだけして、それぞれの町へ帰っていくのだろう。俺が死ぬまで、あと10回くらいしか会えないかもしれない。それでも再会できる日を心待ちにしている


・そのタイミングが来たらでよい。何回誘って、何回断られてもよい。彼のタイミングで、無理なくフラッと一緒に遊べたら嬉しい


・一生で、すれ違いすらしない人もいるなかで、こんな男と出逢えたこと、音楽や樹木のことを少しでも触れあえたことに、感謝しかない


・次は何の話題になるのか。数ヶ月後の言葉少ないLINEのやりとりを楽しみにしている


・よい音楽に降れると、心が晴れ、天にも昇るような気持ちになる。どこまでも飛んで、どこまでも連れてイッテくれそうで、何にも変えがたい瞬間となり、そして、それはすぐに消えてゆく


・自分でも阿呆じゃないかと思うほど、音楽のことばかり考えている。でもそれは、No

music No lifeというようなものでもない。音楽がなくてもおそらく生きていけるとおもう。でも、音楽が必要な体になってしまっている


・仙台funnelでRecする機会をいただいた。ここ数年の宅録が役にたった。それでも、納得する出来だったかどうかというのは別の話し。もっとやれることはあったはずだが、限られた時間のなかで自分を表現することの難しさをあらためて思い知った。


・kudanz のメンバーのすごさをあらためて感じた


・仕事というものを楽しく遊びのようにこなす人を素直に尊敬する。自分は、そうなれないというのか、そうできないというのか、なんというのか。団塊の世代の呪いのようなものに縛られているのだろうか。いろんな文化を見聞きしてかわらなくなってしまった


・自信などまったくない。プライドももちえていない。


・娘のソリの上達のすごさ。ひとつひとつに対する向き合い方。だめだったら、またやればいい。きっとうまくなる、だいじょぶ。というシンプルな言葉に秘められた力。何もわからないから、すべてを知っているんだな、とおもった。


・感謝しかない。今やってることがどこでどうつながるかなど、まるでわからない。そんな計算もできやしない。でもいつか、何かがつながる。


・日々の暮らしの繰り返しを繰り返す。意味など見いだす必要がない。意味のないものに意味がある