転がるお前に『苔』は生えない

oasis

「Heathen Chemistry」 2002

The Hindu Times
Force Of Nature
Hung In A Bad Place
Stop Crying Your Heart Out
Songbird
Little By Little
A Quick Peep
(Probably) All In The Mind
She Is Love
Born On A Different Cloud
Better Man

この2002発表の「Heathen Chemistry」ではバンド自身がプロデュースを担当。


アルバムタイトルは、ノエルがイビザで買ったTシャツから取ったもの。



2000発表の「Standing on the Shoulder of Giants」


アルバム制作中にボーンヘッド(G)とギグジー(B)が脱退。


彼らの録音パートをノエルを中心に制作に参加したエンジニアや友人の協力を得て、


再度録音し直している。



アルバム発売前に新メンバーとしてゲム・アーチャー がギターに、


アンディ・ベル がベースとして加入しているが、


その時点ではアルバムは完成しており新加入の2人は制作に関与しておらず


アルバム発表に伴うツアーから参加している。



今作からゲム・アーチャーアンディ・ベル も自作曲を提供するようになり、


ボーカル一筋だったリアム・ギャラガー(Vo.)も曲を提供するようになり、


Oasisの音楽性にさらなる可能性が生まれました。

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作曲するメンバーがノエルを筆頭に4人になったことにより、曲調に幅ができるようになった。


とはいえ、新生オアシスの一枚目と言うこともあり、


いきなり物凄い化学反応をする訳ではなく、


ゲム・アーチャーアンディ・ベル の持ち味全開にはまだまだ至っていないが、


そこには文句はありません。


新メンバー加入による高い演奏力を軸としたバンドサウンドが特徴となる作風になっている。


ゲストプレーヤーとしてジョニー・マー が8、10、11曲目でギターで参加している。


ドラマーのアラン・ホワイトが今作とそれに伴うツアーを最後に脱退した。



自ら三作目『ビー・ヒア・ナウ』、前作『スタンディング・ショルダー~』を駄作と言い放ち、


『モーニング・グローリー』以来の傑作だと豪語するオアシス待望の5thアルバム。


先に届いたシングル「The Hindu Times」、「Stop Crying Your Heart Out 」


の出来からしてその言葉に偽りはないと確信をもってはいたが、


素晴らしい作品となった。


しかし、前作「Standing on the Shoulder of Giants」クソかなぁ?


俺はなかなか好きだけど。



この「Heathen Chemistry」は、1th、2ndに回帰とかじゃなく、


思いっきり「Standing on the Shoulder of Giants」の音作りが


経験値として生かされた作風になっていますけど・・・





そんな話


転がるお前に『苔』は生えない

Art Blakey & The Jazz Messengers

「Moanin'」 Parlophone Jazz 1958

Warm-Up and Dialogue Between Lee and Rudy
Moanin'
Are You Real
Along Came Betty
Drum Thunder Suite: First Theme: Drum Thunder/Second Theme: Cry a Blue
Blues March
Come Rain or Come Shine
Moanin' [Alternate Take][*]

Art Blakey アート・ブレイキー(ds)
Lee Morgan リー・モーガン(tp)
Benny Golson ベニー・ゴルソン(ts)
Bobby Timmons ボビー・ティモンズ(p)
Jimmy Merrit ジミー・メリット(b)



ジャズの世界で、従来の白人主流のビッグバンドのスイングジャズから

編曲よりアドリブを重視したCharlie "Bird" Parkerに代表される

黒人ジャズのコンボ演奏の40年代後期のビバップ旋風が起ります。 

そしてMiles Davisやジェリーマリガンに始まる編曲を重視したクールジャズが誕生し、

再びジャズ・シーンは白人ジャズ全盛のイーストコースト(西海岸/LA)に移りました。

その延長の50年代初期のハードバップと呼ばれる

.

黒人スタイルの編曲より即興演奏を重視したシンプルなスタイルになります。

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ホットからクールへ、黒人ジャズから白人ジャズへと変遷したジャズですが、

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結局その後が60代のビル・エヴァンスやジョン・コルトレーン、

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そしてマイルスディヴィスに代表されるポスト・バップなんだそうです。 

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が、この辺の厳密な分類は私にはよく分かりませんが、

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黒人がルーツのジャズが商業的に白人に乗っ取られたのを又黒人が奪還した形でしょうか。


50年代から60年代のハードバップの演奏スタイルでも、

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初期黒人ブルースのアフリカ色の濃いソウルフルなジャズはFunky-Jazzと呼ばれています。 

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Art Blakey and Jazz Messengers に代表されますが、

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他にマイルスディヴィス、Herbie Hancock、そしてSonny Stittなどの黒人ジャズメンが挙げられます。




ファンキージャズのアート・ブレイキーは50年代から活躍しているファンキーな黒人ジャズドラマーで、

.

”A Night In Tunisia”でも聴けるナイアガラ・ロールとも呼ばれる豪快なドラムロールで有名です。

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このナイアガラ瀑布に例えられる強烈なドラム・サンダーは

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スネアー・ドラムを超短い32分音符で連打するドラム奏法です。

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(スネアとは裏にワイヤを渡した小太鼓) 

.

1958年がオリジナル録音のアルバム”Moanin'”などには

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First Theme: Drum ThunderとSecond Theme: Cry a BlueからなるDrum Thunder Suite)が収録。


アート・ブレイキーは1954年にバップ・ピアニストのHorace Silver のJazz Messengersに招かれ、

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その4年後にホレス・シルバーと袂を分った後には

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新人を起用してバンドリーダーとして後輩の育成にも貢献してきました。

. 

クインテットの他のメンバーはピアノがThelonious Monk、

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テナーサックスがBenny Golson)とハンク・モブレーのツーホーンで、

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代表曲には「Moanin'」や「ブルース・マーチ」などがあります。


アート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズ のメンバーは初期には

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ピアノのHorace Silver、トランペットのClifford Brownなどですが、

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ホレス・シルバーが引き抜いていった後にはトランペットがリー・モーガン、

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ピアニストでヒット曲のモーニンを作曲したボビー・ティモンズや

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サックス奏者でアレンジャーのベニー・ゴルソンらが参加しました。

. 

その後サックスがベニー・ゴルソンから

.

クールなサックスのWayne Shorterへとメンバーは次々と代わっています。


※ホレス・シルヴァーとは1956年頃に宗教問題で決裂し、

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Donald Byrd、Hank Mobley、Doug Watkinsはホレス・シルヴァーについて出ていきました。

. 

それというのもBud PowellやSonny Rollinsと組んだバンドが興行的に不振だったので

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アート・ブレイキーは1948年頃にイスラム教や哲学を学びにアフリカに逃避した

.

と1979年のDown Beat誌のインタビューで言っていたとか。

. 

イスラム教に改宗したアート・ブレイキーの名前はAbdullah ibn Buhainaというのだそうで、

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そこからニックネームの”Bu”が付けられたそうです。 

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Sammy Davis Jr.が交通事故で九死に一生を得た時に

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イスラム教に改宗しているように音楽活動に支障がない限りは

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どんな宗教に改宗しようとも自由なんでしょうが

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結局のところシルヴァーとブレイキーの二人はソリが合わなかったのでしょう。

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誰もが口ずさんだといわれるアート・ブレイキーの代表的名盤。

ファンキージャズといえばまず真っ先に思い浮かべるのが『モーニン』だろう。

何よりもボビー・ティモンズのMoanin'という名曲が大ヒットしたことが

その一番の要因としてあげられるが、御大のアート・ブレーキーをはじめ、

リー・モーガン、ベニー・ゴルソン、ティモンス、ジミー・メリットといった

パーソネルの充実を見落としてはならない。

特に新進トランペッター、リー・モーガンは当時怖いもの知らずの二十歳の若者で、

スリリングなフレーズとブリリアントな音色でグループを華麗に際立たせた。

演奏者としては過小評価気味のゴルソンだが、

コルトレーンのシーツ・オブ・サウンズを思わせる密度の高いアドリブを展開している。

また、ゴルソンの作編曲の才能は、Are You Real?などの名曲を生み出すとともに、

グループに特有のサウンドをもたらすアレンジの手腕を発揮している。そのことは、

このグループがバランスの取れた高い音楽性に支えられていたことを示すわけだが、

同様にブレーキーのドラミングも単なる野性味だけでなく

繊細で計算しつくされたセンシティブなものであったことを見逃してはならない。

ジャズメッセンジャーズはこの録音の後、パリで大成功し、

その余勢をかって日本で爆発的なヒット、さらに初来日をも果たし、

本格的なファンキーブームの到来となった。

50年代モダン・ジャズの一つの頂点を形成した至宝的名盤である。


この曲は幾度となく演奏されているが、最良のヴァージョンはやはりここに収められた最初の録音だ。

本アルバムのメンバーは

リー・モーガン(tp)、
ベニー・ゴルソン(ts)、
ボビー・ティモンズ(p)、
ジミー・メリット(b)で、

1958年10月30日に録音された。モダンジャズきっての「黒い」面々を擁した、

ファンキージャズの至極ともいうべき演奏を展開。

ハードバップ入門者はまず聴くべきアルバムだろう。




そんな話




転がるお前に『苔』は生えない



本盤に収められた『Moanin’』はマイルスの『Round Midnight』と並び、

ファンキージャズの代名詞とも言えるもので、

この曲を知らなくともどこかで耳にしてる方も多いはずです。

シンプルに楽しめるJAZZなので、

普段あまりJAZZを聴かない方でも入りやすいアルバムだと思います。

決められたコード進行という制約の中で各々アドリブでソロをぶちかます事をモットーとしたハードバップは、

特にロックを主にして聴いてた方にとっては全く違和感なく受け入れる事のできるJAZZだと思います。

アートブレイキーの超ファンキーなドラミングプレイを体験してみて下さい。




転がるお前に『苔』は生えない

Bob Marley & The Wailers

「Uprising」 Island  1980


Playlist :
Coming In From The Cold
Real Situation
Bad Card
We And Dem
Work
Zion Train
Pimpers Paradise
Could You Be Loved
Forever Loving Jah
Redemption Song
Redemption Song (Band Version) *
Could You Be Loved (12" Mix) *

Mixing Engineer : Chris Blackwell & Errol Brown & The Wailers
Recording Engineer : Errol Brown

Producer : Bob Marley & The Wailers & Chris Blackwell

Vocals : Bob Marley
Backing Vocals : Tyrone Downie & Junior Marvin & The I Threes
Drums : Carlton Barrett
Bass : Aston Barrett
Lead Guitar : Junior Marvin & Al Anderson
Guitar : Aston Barrett
Rhythm Guitar : Bob Marley
Keyboards : Wire Lindo & Tyrone Downie
Piano : Aston Barrett
Acoustic Guitar : Bob Marley
Percussions : Carlton Barrett & Aston Barrett & Alvin Patterson

Studios :
Recording : Tuff Gong (Kingston, JA)
Mixing : Tuff Gong (Kingston, JA)



激動の、そして一生忘れられることのない1974-81


1974年にボブは新たなWailers として始動。

バレット兄弟にキーボードのBernard Touter Harvey、

ハーモニーにはRita Marley、Marcia Griffiths、Judy Mowattから成るI Threes

パーカッションにはAlvin 'Seeco' Patterson、

キーボードにはTyrone DownieとEarl 'Wya' Lindo、

ギターにはJunior MurvinとAl Andersonを迎え、

1981年にボブが他界するまでその活動は続いた。



彼等がより大きなマーケットで受け入れられたのは

1975年にリリースされたアルバム、'Natty Dread'によってであった。

収録された'No Woman No Cry'で国際的ブレイクを果たし、

続く1976年にリリースされた'Rastaman Vibration'ではビルボードのトップ10に4週間に渡ってランクイン。

精力的にツアーもこなし見事に第3世界からの成功を手にした。



国際的な名声を手にしたBob Marley だったが、その大きくなった影響力によって

混乱に巻き込まれるという事件も起こった。

1976年、当時の首相マイケル・マンレーが主宰する

フリー・コンサート、「Smile Jamaica」に出演を予定していた2日前の12月3日、

ボブ、リタ、マネージャーのDon Taylorが自宅で襲撃を受け負傷するという事件が起こる。

リタ、ドン・テイラーは重度の怪我を負い、ボブは胸部と腕に銃弾を受けた。

このコンサートは激化するPNP人民国家党とNPL国家労働党の抗争の緩和が目的だったとされるが、

この襲撃はボブがマンリーを支持していると言う政治的な背景が絡んでいると言われている。

しかし彼は負傷しているにも関わらず2日後のコンサートに現れ、8万人の前でパフォーマンスを行った。

この状況でバンド・メンバーは出演を拒み、急遽Zap Powがバックを務めている。

ボブは「この世界をさらに悪くさせようとしている人々が休んでいないのに、何で俺が休めるんだ」

とこの時の出演理由を印象的に語っている。



こうした身辺の治安の悪化もあり、1977年にジャマイカを離れたボブはイギリスで1年半を過ごす。

この期間にアルバム、'Exodus'と'Kaya'を録音し、

'Exodus'はイギリスのアルバム・チャートの56週間にも渡ってランクイン、

シングル・リリースされた'Exodus'、'Waiting In Vain'、'Jamming'、'One Love'も同様にヒットを記録した。

この年にはロンドンで大麻所持により逮捕されるという一幕もあった。



1978年には'One Love Peace Concert'に出演し、

敵対する両政党の党首、マイケル・マンリーとエドワード・シアガを

ステージ上で握手させ国民に平和を訴えた。

この出来事は多くのファンの間で伝説として語り継がれ、

彼が訴えた愛と平和を象徴する印象的なワン・シーンである。

同年には2枚組のライブ・アルバム、'Babylon By Bus'を発表。

このアルバムは世界中で大きな評価を得た。

ワールド・ツアーでも世界を飛び回り、

アメリカ、カナダ、日本、オーストラリア、ニュージーランドで公演を行っている。



1979年に発表された'Survival'はアフリカで苦しむ人々をサポートする内容となり、

南アフリカに根強く残るアパルトヘイト制度を批判した。

'Zimbabwe'、'Africa Unite'、'Wake Up And Live'、'Survival'は

多くのアフリカ人達に勇気を与え、大きな支えとなった。

こうした活動が認められ、1980年の4月17日にはジンバブエの独立式典に招かれ、

4万人もの観客の前でパフォーマンスを行った。



1980年には最後のアルバムとなった'Uprising'を発表。

この作品は彼が残した作品の中で最もラスタの思想を色濃く反映した物となり、

'Could You Be Loved'、

'Redemption Song'、

'Forever Loving Jah'いった代表作が収録された。

11月4日にはキングストンで

エチオピアン・オーソドックス(エチオピア正教)の司祭によって洗礼を受けている。



1977年に右足の指に見付かった悪性腫瘍がこの頃から目に見えて悪化の一途を辿る。

彼が愛したサッカーでの怪我が原因だったとされたが、

敬虔なラスタファリアンだった彼は、体の一部でも欠けては一つの体では無いと主張し切断を拒否、

(1977年7月にマイアミで癌を右足先から悪性腫瘍を摘出する手術したとも伝えられている。)

彼の体を蝕んだ癌はこの頃には脳、肺、肝臓、胃へと転移していた。

ボブは'Uprising'ツアーにてマディソン・スクエア・ガーデンで2公演を行った後に

NYセントラル・パークをジョギング中に倒れ、

1980年の9月23日

ペンシルバニア州ピッツバーグで行われたコンサートが生涯最後のステージとなった。

その後、最先端の治療を受ける為にドイツのミュンヘンに渡るが癌はすでに末期を迎えていた。

闘病生活の末ドイツからジャマイカへの移動中に病状が悪化、

そのままマイアミの病院へと搬送され、

1981年5月11日に36歳で死去。

葬儀は、エチオピア正教とラスタファリズムで行われ、

遺体はセントアンのナインマイルズに埋葬された。

その1ヶ月後にはジャマイカ政府より「Order Of Merit」の勲章を授与され、

1983年にはアルバム'Confrontation'が発表された。

このアルバムには未発表曲、'Buffalo Soldier'や

これまでジャマイカのみで聴かれたシングルのミックステイク等が収録され、

大きな反響を呼んだ。



彼は活動を停止する1980年までの間にIsland レーベルにて1億9千万ドルもの収益をあげ、

1994年にはロックの殿堂入りを果たした。

タイム誌は代表作、'Exodus'を20世紀最高のアルバムとして選んだ。

2001年にはグラミー・ライフタイム・アチーヴメント賞を受賞し、

死して尚大きな存在感を放ち続けている。

死後もこうした彼の伝説が語り継がれている今日、

ボブは20世紀最大のアーティストと言えよう。



仙台はここんとこ曇り空が続いております


天気予報を見ると、

毎日どこかで、九州だったり関西だったり、

集中豪雨で、なかなか大変とのこと。


生命力みなぎる曲群

晴れ晴れとしたジャケ


この盤を聞いて、しぶとい梅雨を振り払って夏を待ち望む



そんな紹介の仕方・聞き方をしては不謹慎?


そんなことは無いだろ?



俺は「Uprising」を聞くと、なんかこう、活力が漲るから。



そんな話



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転がるお前に『苔』は生えない

DELIXX

「Uprising In Dub」 Micron  1980

Playlist :
Coming In From The Cold Dub
Real Situation Dub
Bad Card Dub
We And Dem Dub
Work Dub
Zion Train Dub
Pimper's Paradise Dub
Could You Be Loved Dub
Forever Loving Jah Dub
Redemption Song Dub

Producer : Fred Petersen & Alex King

Studios :
Recording : Kinck Sound (Toronto, CA)




転がるお前に『苔』は生えない

Chalawa

「Exodus Dub」 Micron  1977

Playlist :
Natural Mystic Dub
So Much Things To Say Dub
Guiltiness Dub
The Heathen Dub
Exodus Dub
Jamming Dub
Waiting In Vain Dub
Three Little Birds Dub
One Love - People Get Ready Dub

Engineer : Fred Petersen & John Forbes

Studios :
Knick Sound


この2作品はカナダ発、Micron レーベルからリリースされた、

両作品に、Engineer : Fred Petersen  と名前があります

アーティスト名に多少の相違はありますが、

両作品、同様の作り方をしていると思われます。




「Exodus Dub」 の方は頻繁に見かけたことがありますが、

購入には至りませんでした


一見、キワモノか?と、思いましたが、

しっかりと作りこまれた、上質のダブに仕上がっているとのこと。

かって損は無いみたいです。