空は永遠に完成しないが、私の人生も永遠に完成しない。 -3ページ目

空は永遠に完成しないが、私の人生も永遠に完成しない。

流れにまかせて、どこまでも流れていこう

本格的に離婚を考えて、4か月ほどが過ぎた。


別居はもっと前からしている。


その時はまだはっきり離婚する意思はなかったけれど


あることが起きてはっきりわかった。


「もうこの人とは一緒に人生を歩む気になれない」と。


身体、精神、生活の秩序といったことにまつわる


私の尊厳を傷付けられながら暮らしていくのは


私はもう、もうご免だ。


あの人と歩み寄ることができるのなら


それは夫婦じゃなくなった時だと思う


でもその気持ちは調停員には伝わらず


私はまた振り出しに戻った


それでも、以前は叶わなかった両親を含めての話し合いを


あの人がしようと言ってきたことに


調停をした意味が少しでもあったと言えるのかもしれない


父親と子どものつながりを断とうなんて


これっぽっちも思っていない


だからいい加減、私を解放してほしい

2才になったきみはとてもやんちゃで


興味のあることなら何でもやりたい放題


そんなきみがかわいくて仕方ないのに


潔癖で神経質なもうひとりの私がイライラしはじめて


きみを傷つけるようなことを言ったりしたりしてしまう


きみを傷つけたくなんかないのに


私は未熟な母親で


自分の人生すら前途多難な状態


きみがこれから歩む人生をしっかり支えてあげられるかどうか


無力感にいつも襲われてる


きみの中に芽生えた自我を大切にしてあげたいのに


そんな心の余裕さえない


でも もしきみがまだ生まれる前に戻ったとして


人生の選択をし直せるとしたら


私はきっと今の人生を選ぶだろう


きみに出会えたことが私の人生の中で最大の喜び


きみのいない人生は最早 私の人生じゃあないのだから


私は母が28歳の時に生まれた


その2年後 弟が生まれた


弟はアトピーがひどく食べ物もかなり制限されてた


だけど弟は天真爛漫でわがままでもあるが明るい子だった


私は長女らしい長女だったし


弟は弟らしい弟だった


母は私たち二人を同じように育てたと言っている


同じように愛情を注ぎ 同じように教育を受けさせた、と


でも私たちは同じような人生を歩んではいないし


母に対する思いも同じではないように思う


私は、母は私より弟をほんの少し大切にしている、と思ってる


弟にはほんの少し私より多くのことを許しているように思う


そのほんの少しが 時々、寂しくもあり腹立たしくもある


母はそのことを絶対に認めない


私がそんな風に感じていることすら、認めてくれない


だから私はもう そのことは母に訴えない


訴えても仕方のないことだから


母を傷つけるだけだから


おじいちゃんが死んだ


転んでそのまま起き上がれず


脳内出血を起こしたらしい


その割には安らかな顔をしていた


「死んだら人はどこにいくのか考えたことはあるか」と


昔聞かれたことがあって


私は何とも答えることができなかった


その時、おじいちゃんはどこに行くと教えてくれたのだろう


宇宙の塵となって星々の間を彷徨っているのか


風や土や水に溶けてどこまでも漂っているのか


私にわかる術はないけれど


偏屈で 人嫌いで でも小さいときはやさしかった


おじいちゃんの姿は ちゃんと


私の中に存在している


結婚制度を信じるか信じないか


社会保険制度を信じるか信じないか


予防接種(必須)を信じるか信じないか


結局、根本はどれも同じ


ある人には必要不可欠であっても


ある人には単なる神話でしかないことも


何を信じて選びとるかは


つまりは選択する自分を信じること