誰もが違うということを前提とした教育にしていこう! -23ページ目

誰もが違うということを前提とした教育にしていこう!

主に特別支援教育、インクルーシブ教育、ASD、ADHD、LD等について書いていましたが、社会全体が大きく変わってきており、特定した話だけでは答えのない答えを導き出せない時代がやってきたと感じています。そのため何でも思いつくままに書いています。

FMちゅーピーで発達障害についてしゃべってきました。
今日は、自閉症の人達の「こだわり」をテーマに語ってみました

内容は以下のような感じです。

自閉症の人達のこだわりには、
「周りの人達を困らせてしまうこだわり」と
「人として当たり前の行動であるこだわり」とがあって、
これらの違いをよく理解しておかないと
不適切な対応をしてしまいますから気をつけましょうね。

自閉症の小さなお子さん達を見ていると、
ミニカーを一列に延々と並べ続けている子、
電車の時刻表をいつまでもずっと見つめている子、
ちょっとでも予定変更があると大パニックになる子、
お母さんがいつもと違った道を通っただけで大暴れする子、
いつも決まった色の服を着たがる子、
白いものしか食べないとか長いものしか食べない等のひどい偏食があったり
例をあげるときりがないほど、いろいろあります。

こういった「こだわり」が問題なんじゃなくて、
問題のあるものと、そうでないものを分けて考えないといけません。

それで、自閉症の人達のこだわりには
必ず背景があって、そこには「不安」という感情があるんです。

自閉症の人達は今、自分がどんな状況におかれているかを
その時々に合わせて、その場面で瞬時に理解したり、
相手がどういうことを言っているのかを
推測したりすることが実に苦手で、意味を取り違えたりします。
感覚過敏があることもあるんです。

こういったことから、変化があったり、
新しい場面に出くわした時、
その状況にすばやく順応できないというか、
対応できないというか、
そういった特性があって、不安になりやすいのです。

あと、自身の感情に気づきにくいこともあって
自分がどのように感じているかを理解することが苦手だったり、
困ったときに、どのように助けを求めたらいいか
分からなかったりするわけです。

それで、不安などを、とにかく感じないように、
できるだけ新しいことを始めようとしないのですね。

自閉症の人達のこだわりの特徴には
3つの「ない」があって
「変えない、始めない、止めない」といった感じです。

この3つの「ない」は、もちろん本人もとても困っています。
しかし、本人だけでなく周りの人達を実に困らせてしまうのですね。

例えば、船が大好きで、船の写真を撮りまくっているうちに
カメラ好きになって、カメラの構造に興味を持って勉強しているうちに、
カメラのことなら何でもしゃべることができるようになるとか、
また、その船に乗りたくなって、その船に乗るためのお金を貯めるために
働く喜びを感じられるようになるのであれば、
前向きに生きることができていいですね。

でも、広島の路面電車が好きすぎて、
毎日、同じ時刻に、同じ路面電車に乗って、
必ず一番前の車掌さんの後ろに立って、
同じ景色を見ないと気が済まないとか、
とにかく電車が見たい気持ちが強くて
学校や仕事へ行く途中、電車を見に行くたびに遅刻したり、
電車を見ていて仕事に行くのを忘れていたということになると、
支援とか工夫が必要ですよね。

食べ物も同じで、「◯◯米はおいしいですね~」というくらいならまだしも、
どこどこ産の◯◯米でないと食べられないとなると、
これは食生活に支障が出てきますから、
何かしらの対応が必要でしょうね。
本人だけでなく周りも困ってしまいますよね。

放っておいてもいい「こだわり」と
そうでない「こだわり」というのは、
その人の生活が幸せかどうか?
社会生活の中で一般的に許されるかどうか?
ルールから外れていないか?
生活していくとき困ったことになるかどうか?
を考えてみるといいですね。

(ここで食べ物のこだわりについての工夫を少しお話しました)
例えば、白い物しか食べない子には
食材を白くするという方法があります。
キュウリであれば、皮をむけば白くなるので
食べられる自閉症のお子さんもいましたよ。

野菜スープもミキサーにかけて牛乳を入れれば白くなりますしね

「こだわり」も個別性が高いので、
その子その子に合わせて工夫することが大切です。

次回は「こだわりの注意点」についてお話しようと思っています。


水田さんも私もテレビ業界で働いてきているので、妙に通じ合っています
とか書いたけれど、水田さんに「そうかな~?」とか言われたら、がっくりだ(笑)

一昨日、日本インクルーシブ教育研究所が
初めて開催する感覚統合入門講習会基礎コース
1日目を無事終了することができました。

この講習会では3日間受講した方には
日本感覚統合学会で受講単位として認められる修了証書を
日本インクルーシブ教育研究所が発行します。

次のステップの体験コースにいくためには
基礎コースの修了証書が必要となります。

さて、1日目の講習会の報告です。

午前中は感覚統合の基礎についての講義で、
午後からは体験とワークショップでした。


講師は日本感覚統合学会会長の土田玲子先生(県立広島大学教授)です。


午前中は脳と感覚についての講義

午後から体験した感覚の数々、こちらはじゃんけんサーキットです。
いろんな感覚を体験できるように工夫してあります。


こちらは毛布を引っ張って競争。
固有覚を思いっきり刺激できますね


じゃんけんで勝ったチームが足場をもらえるゲーム。
こちらは皆で協力し合わなければゲームに勝てませんから
人との関係づくりも学べますね。

他にも数々の体験があり、皆さん、思いっきり楽しんでいらっしゃいました。

では、受講者の声を紹介します。

・分析から活動まで、とても楽しく分かりやすかったです。
 自分たちの環境で子ども達に何ができるかを考えていくきっかけになりました。

・まったく分からない感覚統合という学問を1から学べました。

・知識だけだったことを、具体的にこういうことだという説明と、
 実習や映像で見せて頂いてとても参考になりました。

・ワークショップで陣取りゲームやサーキットじゃんけんの分析をすることで、
 捉え方が深まりました。

・遊びの工夫のヒントが満載でした。

・子どもが求めている感覚のもととなるものが少し分かった気がします。

・実際に自分でやってみたことで実感でき、保育の中で使ってみようと思いました。
 また、体験することでどのような感覚を使ったのかを知ることができました。

・これまでの子ども達の行動の意味が分かりました。

・すぐに取り組める遊びと、遊びのときの展開、子どものどこに注意して
 見れば良いか具体的に示してくださり、とても分かりやすかったです。

・土田先生が講義中に「いやいや入ったものは身につけられない」という言葉が
 とても印象的でした。これはすべてに言えますね。

・具体的にどんな遊びをしていけばいいのか、子ども達が何を
 必要としているのかを教わったことは、実践の場で活かしたいと思いました。
 また、違いを認め合う、、、そんな社会にしたいと活動している
 日本インクルーシブ教育研究所の一員になりたいと思いました。

・自分だけの考えでなく、グループで話し合えたことで広がりが持てました。

・1日目の講習会で自分の持っている意識自体も認識も大きく変わりました。

受講者は東京や大阪、神戸、岐阜、福岡など
全国から広島へ集まって来てくださっています。

皆さんが子ども達を思う気持ち、とても嬉しく思っています。
深く感謝です

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人生は短く、風のように過ぎていきます。
年をとって初めて、自分が何を持っていて
何を持っていないかに気付くものですね。
年をとる前に、若いときの失敗を
今日は先人たちから学んでみたいと思います。

(1)
旅行できる時に旅行しなかったこと
人生を最大限に楽しめるのは元気と時間がある時のみです。

(2)
嫌いな仕事を辞めなかったこと
あなたの才能を評価してくれる別の場所を探すことができるのに、
ストレスを感じる場所にいることはないのです。

(3)
自分の夢を追いかけなかったこと
自分を信じて飛び出すことは、若い時にしかできません。

(4)
先延ばしばかりしたこと
時間を有効に使えば、生産的に生きることができます。

(5)
学校で頑張って勉強しなかったこと

(6)
家族や友達とあまり時間を過ごさなかったこと

(7)
人を恨んでしまったこと(特に愛する人)
一緒になることは一瞬でできますが、
壊れた関係を修復することにはとても長い時間がかかります。

(8)
働きすぎてしまったこと
少しリラックスして友達と遊ぶことで、人生は楽しくなります。

(9)
学べる時に学ぼうとしなかったこと

(10)
冒険をしなかったこと
居心地のいい場所を抜け出して冒険ができるのは若い時のみです。

(11)
ジェンダーロール(性別による役割分担)に縛られてしまったこと

(12)
親のアドバイスを聞かなかったこと

(13)
悪い恋人から離れられなかったこと
年をとって初めて、悪い恋人との関係に早く終止符を打って、
大切な時間を無駄にしなければよかったと気付くのです。

(14)
料理の腕を上達させようとしなかったこと

(15)
周囲がどう思っているかいつも心配していたこと

(16)
社会的、文化的規範を気にして我慢してしまったこと

(17)
始めたことを最後までやりきらなかったこと
年を取ると、若い時にやりきらなかったことに思いを馳せるものです。

(18)
様々なことについて心配しすぎたこと

(19)
強い嫉妬心を持ってしまっていたこと

(20)
人脈を広げようとしなかったこと

上記20項目を見て、後悔しないよう
気をつけて生きていきたいものです。

ただ、(5)の学校で頑張って勉強しなかったことは
学習支援が必要な子ども達もいますから、
まずは私達大人が子ども達の困難さに
気づいてやらなければなりません。

今、勉強で苦しんでいる(支援を必要としている)子ども達が
私達の周りにたくさんいることに気づくことができる
大人を増やすことも大切です。

子ども達が実り多い人生が送れるよう
まずは私達大人が、先人達の言葉から学んでおきたいと思います


「職場に発達障害があるだろうと思われる人がいて、

その人からメールをもらう度に、

腹が立ってしょうがなくなるんです。

仕事でなければ放っておけばいいのですが、

仕事となるとそういうわけにもいかなくて、、、

イライラして、こちらが病気になりそうです。

もう我慢の限界です!」

といった相談をよく受けます。



実は、当の本人は全く悪気はなく、

自身の文章の書き方がどのように相手を苛つかせているか?等、

全く分かっていないだけなのです。



つまり、どういった書き方をすると相手を心地よくさせるか?とか、

どのような内容を書くと相手を傷つけるか?とか

相手がどう思うか?等を想像できないだけなのです。

もう1つ、上下関係や人との距離のとり方が理解できていない場合もあります。



だから、こういうふうに書くと私はこんな気持ちになるので、

このように(具体的に説明)書いて頂けませんか?とお願いしながら、

ご自身のことに気づいていってもらう
といいかもしれません



周りを思いっきり困らせたり、

混乱させている人というのは、

実は一番、困っている人なのですね。



周りが想像する以上に困っていて、結構悩んでいるのです。

それは、どうしたらいいかを察することが困難だからなのです。

WirelessWire News
子どもが「スタートライン」を揃えるための情報武装を

「魔法のプロジェクト」2014成果報告会

1月24日、東京大学先端科学技術研究センター、ソフトバンクモバイル、株式会社エデュアスによる携帯情報端末を活用した障がい児の学習・生活支援を行う事例研究プロジェクト「魔法のプロジェクト2014 魔法のワンド」成果報告会が開催された。

「魔法のプロジェクト」は、携帯電話・スマートフォン等の情報端末の活用が障害を持つ子どもたちの生活や学習支援に役立つことを目指し、2009年にスタートした。これまでに「あきちゃんの魔法のポケットプロジェクト」「魔法のふでばこプロジェクト」「魔法のじゅうたんプロジェクト」「魔法のランププロジェクト」を実施してきた。支援の範囲は障がいのある子どもたちとの教室でのコミュニケーション支援から、校内での学習にとどまらず日常生活、社会参加促進へと広がっており、今年度の「魔法のワンド」プロジェクトでは、障がいのある子供達が携帯情報端末を日常生活で強力な武器として活用していく事をテーマとしている。

報告会冒頭の共通シンポジウム「タブレット・医療・教育」では、東京大学先端科学技術センター人間支援工学教授 中邑賢龍教授と東京大学先端科学技術研究センター研究員で眼科医であり産業医でもある三宅琢氏により、「テクノロジーを使った支援」をテーマにした対話が行われた。

中邑教授は電動車いすに乗って登壇。「車いすを『かっこいい、僕もほしい』と障がいのない子どもが言うような教室を目指すべきでは」と提言した。

*医療も教育も、「テクノロジーで大きく変わることに意味がある」

三宅氏は眼科医として、「完治できない病気に対して医師に何ができるのか」という問題意識から、情報技術を使った視覚障害ケアに関心を持ったという。現在、眼科では、「治療できない患者に対するiPadを使った視覚障害ケア」が教科書の最後で紹介されるようになっており、「見えるようになる」ことよりも「目が見えなくてもテクノロジーで生活が大きく変化する方が患者にとっては意味がある」という考え方が医療の現場でも広がりつつあることを紹介した。

一方で、中邑教授は、「ハイブリッドに医療とテクノロジーを組み合わせて効果を出す ことが当然になってくる時代に、今まで教育が行ってきた訓練はどうなるのだろうか」と問題提起した。たとえば電動車いすを使えば歩けない子どもも速いスピードで動けるが、「電動車いすを使ってみんなと同じ速さで走りたい」と言う子どもには車いすを買い与えるよりも「まず自分で歩けるようにがんばってみなさい」と言うだろう、ということだ。中邑教授は会場に向かって「肢体不自由児のクラスで、小学校低学年で電動車いすを使っている子どもはいますか」と問いかけたが、挙手はなかった。

これに対して三宅氏は、「医療の世界でも『どの段階で視覚障害の人にiPadを使わせればいいのか』と聞かれるが、は患者さんを満足させなくては意味がないので、『今すぐ使って下さい』と答える」と回答。中邑氏も、テクノロジーか訓練かの二択ではなく、両方使えば良いと同意した。

*インクルーシブ教育の時代のテクノロジー支援のあり方

続いて中邑教授は、障がいのある子供が普通教室で学ぶ「インクルーシブ教育」の時代に、みんなと一緒に学ぶためにはスタートラインを揃えることが重要であると指摘。障がいのために子どもが今学ぶべきことを学べないことが将来どのような結果につながるのかを考えるべきであり、そこにテクノロジーを利用できるのではないかとした。三宅氏は、「教育と医療は違うと思われがちだが同じだと思っている。患者さんが困っているのは未来ではなく今であり、子どもにとっても『学校についていけるか』ということが一番大きな問題」と答えた。

中邑教授は「障がいのある子どもたちを電子武装する」ことの重要性を説いた。同じクラスの中で学びの速度差が開いていくことで、障がいのある子は障がいの無い子に依存しなくてはいけなくなる。特別支援学校時代には周囲も皆同じだったので「自分だけできない」「友達に依存しなくてはいけない」と自信を失うことはなかったが、統合教育によって追いつめられる子どもが出てくることに対する危惧を表明した。

アメリカでは「同じように学ぶ」ために、書けない子はタブレットを使って書く、動けない子は電動車いすで移動することが必須となっており、障がいのない子どもが速く走れる電動車いすの子どもをうらやましがるようなことも起こっている。日本でもそのようなことを目指すべきではないかとした。

*「学びに対するアドバイス」をする学校医へ

三宅氏は産業医の経験から、「産業医には病名を診断することには意味がなく、患者が困っていることを取り除くために必要なのがテクノロジーなのか、リハビリなのか、トレーニングなのかをアドバイスしてあげるのが役目。障がい者ケアも同じだと思う」と発言。中邑教授は「三宅先生のような人に新しい時代の学校医になってほしい」と述べ、学校医にも、健康維持のための健康診断だけではなく、学びに対するアドバイスをする役割を期待するとした。

最後にまとめとして中邑教授は、教育現場へのIT機器導入について「知的反射神経を鍛えるためのものではなく、子どもが苦手な部分を補助するための使い方の方がまっとうだと思うし、今の教育を変えていくと思っている。三宅先生のような、医師の中でもそういう人が増えていることに期待したい」と述べた。

共通シンポジウムのあとは、プロジェクト参加76校のうち20校が事例を発表。また、会場では、各校の取り組みがポスターセッションとして紹介された。
昨日放送されたFMちゅーピーすまいるパフェ
MISAKO先生のVIVA!発達凸凹~s!
タイトルは「自閉症・日常生活を快適にしよう!」でした

昨日のうちに話した内容をブログに
書いておこうと思っていたのだけれど、、、
今、2月スタートの感覚統合入門講習会基礎コースの
お申込み受付が立て込んでいて、、、
そのお問合せや入金確認等に対応していたら、、、
あっという間に深夜になってしまっていました

年齢的に早く寝ないと次の日、体がもたない私は
ブログを書くのをあきらめて寝てしまったのでありました。

それで今頃、ラジオでしゃべった内容を
必死で思い出しながら、書こうとしています。

前置きが長くなりましたが、昨日は以下のようなお話をしました。

1人暮しをしたことがある人はよく分かると思うのですが
家事全般というのは結構大変なものです。

食事の準備、掃除、片づけ、洗濯など
普通の人でも大変なのに、、、
発達障害の人達はとんでもなく
大変になってしまう可能性があります。

どれもこれも流れや手順を身につけていないと
どうしていいか分からず呆然としてしまう
発達障害の人達がどれだけ多いことか、ご存知ですか?

それは不器用であったり、いろいろ背景があるのですが、
小さい頃、お母さんが全部やってくれるので
その必要性を感じてこなかったということもあります。

ある自閉症の青年が言っていました。
「なんか家での手伝いが面倒で、というか、嫌でしょうがなくって
母親から手伝ってと言われると反抗しまくっていました」

この言葉から分かるように、
発達障害の子ども達には
家事全般ができるようになることは
「生きる力をつける」ということなのだと
教えながら育てないといけないのかもしれません。

また、家事のような課題に取り組むと
生活にリズムができてきて
規則正しい生活ができるようになるんですね。
それは自閉症の人達はルーティンが得意だからです

でも、私達大人はどうしても勉強をすることが
一番大事と考えてしまいます。
だから、そこそこ学校時代に成績がよかったりすると
家事全般ができなくてもよしとする風潮があります。

つまり、学業や就労ばかりに重きを置いて
日常生活や身辺自立をおろそかに
していることが多いわけです。

発達障害の人達は周りを見て
自然に学んでいくということが
とても難しいのです。

だから、小さい頃から丁寧に手順書などを使って
(目で見て分かるようにして)身辺自立できるように
教えて育てることが大事なのですね

それを、発達障害の子ども達はとても喜んで受け入れてくれるのです
それは彼らにとって分かりやすいからです。

「何度言えば分かるの?」
「何回言っても、できない」と
叱られてばかりでは、彼らは何をどうしていいか
分かるようにはならないのです。

まず何をして、次に何をするかを
順番に見えるようにしておいてあげると
発達障害の子ども達も手順書を見て
自然に学ぶことができますから、
保護者の皆さんはちょっと手間はかかりますが
子ども達が小さいうちはいろいろ工夫してあげてくださいね。
あとが楽ですから~

発達障害の子ども達をどのようにサポートしたらいいか
よく分からないんです~という人達のために、
とってもおススメの本を紹介しました。

発達障害の子ものびのび暮らせる生活サポートブック。
本の表紙をクリックすると詳細を見ることができます↓

茂木健一郎さんがインクルーシブ教育に必要な大切なことを書いていらしたのでシェアします。

そこから寛容が生まれる

人は、どうしたら、他人との違いに寛容になることができるのだろう。
現代の文明において、もっとも大切なものは「多様性」である。
自分と異なる価値観、感性をもった人がいることが、
許せないことではなくて、愉しいことだと思うためには、
どんなことが必要なのだろう。

世界が同じである必要はない。
もちろん、自分が大切だと思っているものを
相手がそう思わなかったり、
相手が大切だと思っているものが、
自分にとっては心を動かされなかったり、
そのようなことは、私たちの心を少し残念がらせるが、
同時に、それは、心愉しいことでもある。

この地上は、異なる意見の人が共存するくらいには、広いはずだ。
生態系の中には、さまざまなニッチがある。
自分が存在するニッチは、他人をおしのけてつくるものではない。
他人が、自分と全く異なる価値観を持っていたとしても、
それは、自分のニッチを脅かすわけではないのだ。

世の中には、異なる他者に対して寛容な人がいる。
一方、異なる他者に対して、不寛容な人がいる。
その差異は、どこから生じるのだろうか? 
何が、いちばんの分かれ道なのだろうか? 
ぼくは、寛容と不寛容の分岐点は、
自分に対する関心の向け方にあるように思う。

私たちはみな、たった一回の人生を生きている。
その中で、できるだけのことをしたいと思う。
しかし、そう簡単にはできない。できなどしない。
そんな中、自分の人生を精一杯生きようとしている人は、
自然と、他人との差異に対して寛容になるのではないか、
ぼくにはそう思えてならない。

簡単に言えば、温かい意味で、
「私は私」「他人は他人」なのである。
なにかやりたいことがあって、
自分の人生を精一杯生きており、
それでもなかなかうまく行かず、
それでもがんばっている人は、
正直に言って、温かい意味で、
他人の人生をとやかく言っている暇など、
ないのだから。

宗教であれ、ある思想であれ、
世界のすべてを覆い尽くすようなイデオロギーは、
時に、その信奉者自身が、自分自身のかけがえのない、
一回限りの人生から、目をそらさせる、
そんな作用があるように思う。
本当に大切なのは、
自分のささやかな人生に対する温かい関心なのに、
それを忘れてしまう。

他人との差異に対して不寛容な人に、
いちばん言ってあげるべきことは、
自分自身の人生に、温かい関心をもつべきだ、
ということなのではないだろうか。
地球は、異なる他人が共生できるほど大きい。
人生で一番大切なことは、
自分のささやかなニッチの中で、
ベストを尽くすこと。

そこから寛容が生まれる。


「おかげさま」

夏が来ると「冬がいい」と言う
冬が来ると「夏がいい」と言う
太ると「痩せたい」と言い
痩せると「太りたい」と言う
忙しいと「暇になりたい」と言い
暇になると「忙しい方がいい」と言う
自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い
自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる
金を持てば 古びた女房が邪魔になる
所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見て不平不満の明け暮れ
隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがよい
一体自分とは何なのか

親のおかげ
先生のおかげ
世間様のおかげの固まりが自分ではないか
つまらぬ自我妄執を捨てて
得手勝手を慎んだら
世の中はきっと明るくなるだろう

「俺が」、「俺が」を捨てて
「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい
by 上所重助

本当だ!
私も「おかげさまで」「おかげさまで」と言って
暮らしたいと思う


昨日、NPOのお茶会で
テーマ「大人の発達障害とどうつきあう?」を
初めて語り合ってみました。

ご参加頂いた方々は皆、お立場が違う人達だったのですが
皆さん、お悩みが結構似ていました。

まとめると、こんな感じです↓

・こちら側が当たり前と思っていることが通じない。

・褒めると何か裏があるのではないか?と誤解される。

・人手不足でアシスタントが派遣されてきたけれど、
 そのアシスタントに多くの支援が必要で、
 結局、もっと忙しくなってしまい、こちらがダウンしてしまう。

・分からないことがあると、他人のせいにしたり、
 攻撃してくるので、こちら側が病気になってしまう。

・時間を守ってもらえない。

・納期を守ってもらえない。

・こちらの気持ちを察してもらえないので、
 いいにくいことを言わないといけなくなるのが辛い。
 でも、結局、言えないので、どんどんストレスがたまっていく。

・こちらが傷つくことを平気で言うので
 一緒にいるのが恐い。などなど、、、

どのお悩みも平均的な多数派と発達障害のある人達が
互いの違いを理解できていないことからくるものばかりです。

じゃ、どうすればいいか?

まずは、平均的な多数派の人達は発達障害の人達の困難さを
理解することが大切です。
困難さに目を向けることができれば
おのずと対応の仕方が見えてきますから。

そして、発達障害のある人は自身の発達障害傾向が
強いことに気づいていない場合は、
失敗やトラブルの原因が自分以外のところにあると
考えがちになりますが、、、

自分の努力が足りないとか、自分の周りにいる人達が
おかしいとか、間違っていると考えるのではなく、

うまくいかないのは自分のせいでもなく←ここが大事!

「発達障害という特性のせい」
なのだと
認識することが必要のように思います。

以下、参加者の感想を紹介します↓

・いろいろな立場の方の目線があって話していて楽しかったです。

・とても良いお茶会でした。肩が軽くなりました。
 いい新年が迎えられます。

・いろんな立場の方の困り感が聞けてよかったです。

・文句ばかり言っていないで、自分が変わろうと思いました。


今日はFMちゅーピー すまいるパフェ
MISAKO先生のVIVA!発達凸凹~s!の放送がありました。

テーマは「コミュニケーションは難し~い!」です。
20分程度でしゃべるにはあまりに奥が深い内容だったため
早口になってしまった私。。。
生放送なので、後で編集して尺の調整をする
なんてことができないのであります(汗)

本日お話した内容は以下です

コミュニケーションというと言葉があれば、
コミュニケーションが成り立つと思ってしまいますよね。
でも、自分が思っていることを他者に伝わるように
話すことは、と~っ
ても難しいこと。

同時に、相手が話したことを相手がこちらに伝えている
とおりに、こちらが理解することも難し~い。

そうすると、自分が話したことを相手が
ぜんぜん理解できていないのに、
「あの人は、話がぜんぜん分からん人」なんて、
怒っている人もいますね。

でも、他者と話をして自分の勘違いに気づいたり
こちらの気持ちが相手に伝わると、
コミュニケーションって楽しいな~と思えます。

そんな中で、コミュニケーションをとることや
会話を楽しむことがなかなか難しい人達がいるのです。
それが発達障害のある人達で、特に自閉症スペクトラムの人達は
コミュニケーションをとることに苦しんでいることが多いのです。

ある自閉症スペクトラムの男性がこう言っていました。
「できるだけ自分からは人に話しかけないようにしています。
黙っている方が楽ですから。。。
でも、電車がとにかく好きなので、
電車の話になると話が止まらなくなります
どこで、電車の話を止めたらいいか分からないのです。
私は話下手ですから~」と言って、必要最低限のことしか
話さないようにして、何とか仕事をこなしていらっしゃいます。

もう1人、自閉症の成人男性ですが、
少しでも知っている人を見かけると
すぐに駆け寄って、思いついたことを
ずっとしゃべり続けます。
道ですれ違った知らない人にでも
自分の趣味について話続けます。
この男性も話始めると、どこで話を
終えたらいいのかが分からないらしく、
相手が嫌がっていることに気づかず
話し続けてしまいます。

そんなわけで、この男性はあちこちでトラブルが続いたため、
仕事場では、ひたすら黙っているように努力しているのだとか。

私達の生活は日々、人と関わっていかなければ
いけない状況にあるわけで、、、
そんな状況の中で、コミュニケーションによる
失敗体験を積み重ねていくと、自己肯定感が下がり、
人と関わることが嫌になってしまうのは当たり前ですね。

だから、コミュニケーションスキルを学んで、
人と関わることや、話をするのは楽しいな~と
思えるような経験が、必要なんですね。

つまり、コミュニケーションスキルを身につけて、
周りの人達とうまく関係つくりができれば、
子ども達は怒られることが減りますから、
「ぼくって(私って)これで大丈夫!」と
思えるようになります。

だから、彼らには小さい頃から、コミュニケーション
の仕方を丁寧に教えて育てることが必要となってくるのですよ。

それと、比喩や皮肉、社交辞令や冗談が分からなくて
困っている自閉症の人達は多いんですね。

もうひとつ、コミュニケーションというのは
一方通行ではなくて、双方向ですよね。
この双方向というのが自閉症の人達にとって
実に難しいのです。

支援方法としてはまずは基本的な会話方法を
教えておいてあげるといいと思います。
先輩から仕事のことで注意されたら、
ひとまず「申し訳ありません」と言っておくとか、
上司から言われたことがよく分からないときは
「もう一回、具体的に言ってもらえますか?」と言うとか
教えておいてあげると、彼らはとても助かります。

ですから、社会人になる前に、まずは言葉のやりとりの
ベーシックな形を学んでおくといいのではないかと思います。

と同時に、社会全体でこういった人達が
10人に1人はいるのだということを
みんなで理解していくことも必要だろうと
私は思っています。

とまあ、こんな話を今日はしました