発達障害は広大なグレーゾーンがある障害です。
あるかないか、白か黒かではありません。
どこまでが個性でどこからが障害か、
その境目はあいまいです。
環境次第で個性にも障害にもなるからです。
どのタイプの発達障害か、はっきり区別することも困難です。
障害の特徴がそれぞれ少しずつ重なっていることが多く、
年齢や環境に応じて目立つ症状が変わってくるからです。
発達障害は理解と支援が難しい障害です。
障害が軽ければ良いというものでも、
知能が高ければ良いというものでもありません。
むしろ、なかなか障害だと気づかれない程度の人の方が、
将来の社会的適応が悪いことが分かっています。
発達障害に気づいてください。
個性だと言い張れば通ってしまう。
ほんの少しの努力で克服できるように見える。
だからこそ、あえて「障害」としてとらえてみてください。
その先に、本当の理解と支援はあります。
発達障害があっても十分に力を発揮できる可能性が広がります。
上記の言葉は
2013年に所沢市がつくった
「発達障害と生きていくためのサポートガイド」に
書かれてあるものです。
この冊子は無料でダウンロードできますから
ぜひ活用してみてください↓
「リソースブック2013 咲かせよう、じぶん色の花」
http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kenko/kokoronokenko/kokorononayami_yamai/hattatusyogai/resourcebk2013.html
私が発達障害への正しい理解と
インクルーシブ教育の普及活動を始めて
3年以上、経ちました。
当時、私の周りには、、、
「発達障害のことを気軽に学べる場をつくりたいね」
「学校教育を変えていきたいね」
「日本の教育システムを変えていかないと
インクルーシブ教育なんて無理よね。
どうにかしたいね!」
「日本の教育システムを変えることはどうやっても無理よ!」
「こんな小さな広島で何を変えられるん?」
などなど、、、
みんな、気持ちはあるけれど、
誰もが「無理!」という言葉を私に投げかけていました。
SNS上で
したい人=1000人
始める人=100人
続ける人=1人
という言葉を見たことがあります。
「この1人になろうかな?」と思ったのが
もう3年以上前のことです。
とりあえず、3年以上続けたのですから
今のところ、この1人になっています(笑)
何でも「無理」とあきらめるのは
私はあまり好きではないのです。
何でもやってみなければ分からないのです。
やってみて、無理だったら
あきらめればいいわけです。
私は実行しながら考えていくのが好きで、
先々、あれこれ準備したり、
考えたりしないのです。
だから、何でも挑戦してみることができるのですね。
これは私の欠点=「深く考えない」を
欠点のまま、長所=「行動力」に
変えたといってもいいでしょうね。
↑自画自賛となっていますが、、、笑
そうでも思わなければ続けていけませんから。
まっ、捉え方次第、受けとめ方次第で
この世の中、うまくいくようになっているのかも!?
そんなことを思っていた矢先、、、
人事コンサルティングや教育コンテンツを作成している
安達裕哉さんが「とにかく始めてしまう人」について
書いていらっしゃいました。
う~ん、納得!
よかったらこちらから読んでみてください↓
とにかく始めてしまう人、は何がちがうのか。
http://blog.tinect.jp/?p=13836
インクルーシブ教育の普及活動を始めて
3年以上、経ちました。
当時、私の周りには、、、
「発達障害のことを気軽に学べる場をつくりたいね」
「学校教育を変えていきたいね」
「日本の教育システムを変えていかないと
インクルーシブ教育なんて無理よね。
どうにかしたいね!」
「日本の教育システムを変えることはどうやっても無理よ!」
「こんな小さな広島で何を変えられるん?」
などなど、、、
みんな、気持ちはあるけれど、
誰もが「無理!」という言葉を私に投げかけていました。
SNS上で
したい人=1000人
始める人=100人
続ける人=1人
という言葉を見たことがあります。
「この1人になろうかな?」と思ったのが
もう3年以上前のことです。
とりあえず、3年以上続けたのですから
今のところ、この1人になっています(笑)
何でも「無理」とあきらめるのは
私はあまり好きではないのです。
何でもやってみなければ分からないのです。
やってみて、無理だったら
あきらめればいいわけです。
私は実行しながら考えていくのが好きで、
先々、あれこれ準備したり、
考えたりしないのです。
だから、何でも挑戦してみることができるのですね。
これは私の欠点=「深く考えない」を
欠点のまま、長所=「行動力」に
変えたといってもいいでしょうね。
↑自画自賛となっていますが、、、笑

そうでも思わなければ続けていけませんから。
まっ、捉え方次第、受けとめ方次第で
この世の中、うまくいくようになっているのかも!?
そんなことを思っていた矢先、、、
人事コンサルティングや教育コンテンツを作成している
安達裕哉さんが「とにかく始めてしまう人」について
書いていらっしゃいました。
う~ん、納得!
よかったらこちらから読んでみてください↓
とにかく始めてしまう人、は何がちがうのか。
http://blog.tinect.jp/?p=13836
子供の「異才」伸ばせ
学習機会を提供発掘プロジェクト
2期生の募集が始まります!
ロケットプロジェクトは
「個人を異才にするのではなく、
異才になる可能性のある子供をつぶさない取り組み」です。
一人が突き抜けていても、
それを生かす人がいなければ
何も変わらないのです。
子ども達のユニークさを理解した支援者が
必要であることを踏まえ、
東京大学先端科学技術研究センターの
中邑賢龍先生は
「皆さんが理屈でなく子供を応援したいという気持ちを
ロケットプロジェクトでも大切にしたい」と話されています。
「本人に参加意志がある」
「今の教育に困り感を感じている」
「ひとつの事柄に対し強い興味・関心があり
そのことを追及するために日々何らかの活動をしている」
異才発掘プロジェクトでは
そんな子供たちを対象に
6月15日~30日に参加者を募集します。
昨年の1期生15人の中には、
完全不登校の子供以外にも
登校はしているけれど、
授業内容に物足りなさを感じたり、
集団行動ができなかったりといった子供もいたそうです。
そこから、
ディレクターの中邑賢龍先生は
応募者を通して、
子供の不登校には5つの傾向があると分析されました。
1)早期教育・学校批判など親の価値観が生み出す不登校
2)子供にだけ努力を強いる親が生み出す無気力と不登校
3)子供のユニークさが原因のいじめが生み出す不登校
4)「読み書き困難」など子供の持つ認知的困難を受け入れない社会が生み出す不登校
5)子供の突き抜けた能力を扱えない学校が生み出す不登校(仮面不登校)
個々の傾向に合わせ、
社会全体で対応していく必要があると
中邑賢龍先生は指摘しています。
また、中邑先生は
「現在の日本は協調性のある人たちの活躍で
成長してきた時代を経て、「プラトー(一時的な停滞状態)」にあり、
この状態をどうやって突き抜けていくかが
社会的課題といわれている。
場の空気を読むだけでは、何一つ変化は起きない。
異を唱える、空気を読まない人が
活躍することで、イノベーションが起きる」と
指摘しています。
さて、この異才発掘プロジェクトは
選抜を経て、約10人が秋から2期生として
スタートします。
異才発掘プロジェクトROCKET
SankeiBiz×EX SANKEI EXPRESS
【ソーシャル・イノベーションの現場から】
子供の「異才」伸ばせ
学習機会を提供発掘プロジェクト
2期生募集
学習機会を提供発掘プロジェクト
2期生の募集が始まります!
ロケットプロジェクトは
「個人を異才にするのではなく、
異才になる可能性のある子供をつぶさない取り組み」です。
一人が突き抜けていても、
それを生かす人がいなければ
何も変わらないのです。
子ども達のユニークさを理解した支援者が
必要であることを踏まえ、
東京大学先端科学技術研究センターの
中邑賢龍先生は
「皆さんが理屈でなく子供を応援したいという気持ちを
ロケットプロジェクトでも大切にしたい」と話されています。
「本人に参加意志がある」
「今の教育に困り感を感じている」
「ひとつの事柄に対し強い興味・関心があり
そのことを追及するために日々何らかの活動をしている」
異才発掘プロジェクトでは
そんな子供たちを対象に
6月15日~30日に参加者を募集します。
昨年の1期生15人の中には、
完全不登校の子供以外にも
登校はしているけれど、
授業内容に物足りなさを感じたり、
集団行動ができなかったりといった子供もいたそうです。
そこから、
ディレクターの中邑賢龍先生は
応募者を通して、
子供の不登校には5つの傾向があると分析されました。
1)早期教育・学校批判など親の価値観が生み出す不登校
2)子供にだけ努力を強いる親が生み出す無気力と不登校
3)子供のユニークさが原因のいじめが生み出す不登校
4)「読み書き困難」など子供の持つ認知的困難を受け入れない社会が生み出す不登校
5)子供の突き抜けた能力を扱えない学校が生み出す不登校(仮面不登校)
個々の傾向に合わせ、
社会全体で対応していく必要があると
中邑賢龍先生は指摘しています。
また、中邑先生は
「現在の日本は協調性のある人たちの活躍で
成長してきた時代を経て、「プラトー(一時的な停滞状態)」にあり、
この状態をどうやって突き抜けていくかが
社会的課題といわれている。
場の空気を読むだけでは、何一つ変化は起きない。
異を唱える、空気を読まない人が
活躍することで、イノベーションが起きる」と
指摘しています。
さて、この異才発掘プロジェクトは
選抜を経て、約10人が秋から2期生として
スタートします。
異才発掘プロジェクトROCKET
SankeiBiz×EX SANKEI EXPRESS
【ソーシャル・イノベーションの現場から】
子供の「異才」伸ばせ
学習機会を提供発掘プロジェクト
2期生募集
発達障害というと、たいてい自閉症について語られることが多く、
私もあまりADHDについてはふれていなかったので、
今日は少しばかりですが書いてみたいと思います。
実はADHDについて
そう簡単に書くことはできないのです。
というのも、ADHDの特性を多く持っていたとしても
みんなそれぞれ違っていて、
十人十色だということは知っておいてくださいね。
さて、ADHDの特性をたくさん持っている場合、
自閉症の特性が強い人とは違っていて、
そう簡単に書くことはできないのです。
というのも、ADHDの特性を多く持っていたとしても
みんなそれぞれ違っていて、
十人十色だということは知っておいてくださいね。
さて、ADHDの特性をたくさん持っている場合、
自閉症の特性が強い人とは違っていて、
対人関係は比較的うまくいくことが多いようです。
小学生の頃は「心やさしいガキ大将」だったという人に
私は何人か出会ったことがあります。
そういった方が「友達も多かったですよ~」と
おっしゃるのを聞くと、、、
家庭や学校などでは「やんちゃなだけ」と思われて
私は何人か出会ったことがあります。
そういった方が「友達も多かったですよ~」と
おっしゃるのを聞くと、、、
家庭や学校などでは「やんちゃなだけ」と思われて
見逃されることも多くなるだろうな~と思うわけです。
そのため、叱責や注意を繰り返し受けて育つため、
そのため、叱責や注意を繰り返し受けて育つため、
自己肯定感が下がったまま
大人にならざるおえないように思います。
大人にならざるおえないように思います。
この自己肯定感が下がるというのが、
実に、大人になってからの人生に悪影響を及ぼすのですね。
誰しも、自分自身に対して否定的な見方があれば
他者に対しても否定的な捉え方をしやすくなってしまうものです。
そうすると、他者や物事に対して、
誤解したり、否定的に受け取ることが多くなってしまいます。
実に、大人になってからの人生に悪影響を及ぼすのですね。
誰しも、自分自身に対して否定的な見方があれば
他者に対しても否定的な捉え方をしやすくなってしまうものです。
そうすると、他者や物事に対して、
誤解したり、否定的に受け取ることが多くなってしまいます。
そういったことから、
他者から注意を受けると
「教えてもらった」と受け取るのではなく、
「批判された」と受け取りやすくなっている人にも
かなりの数、出会いました。
そうすると、衝動性も加わって、
すぐにカッとなってしまったり、
他者を攻撃したりして、
周りの人を困らせることになってしまいます。
また、態度にも出やすくなってしまうため、
周りの人達をいたたまれない気持ちにさせてしまいます。
そして、そのことに気づいたとき、落ち込むことになります。
すぐにカッとなってしまったり、
他者を攻撃したりして、
周りの人を困らせることになってしまいます。
また、態度にも出やすくなってしまうため、
周りの人達をいたたまれない気持ちにさせてしまいます。
そして、そのことに気づいたとき、落ち込むことになります。
こういったことを繰り返して
更に自己肯定感を下げていかないようにするためにも、
自分と周りの人たちがADHDを正しく理解して、
ADHDの特徴に気づくことができるチャンスが
誰にでも、あればいいのだろうと思います。
しかし、実際にはそう簡単に正しく理解できる場がないというか、
チャンスがないというのが現状ですから、
ADHDに関するいい本やブログなどに出会うといいのかな?と
思ったりします。
人だけでなく、本などでも、いい出会いがあれば、
自己調整できたり、自身の勘違いにも気づくことができますね。
また、相手に申し訳ないことをしたことに気づくこともできますから、
他者に謝ることもできます。
生きやすくなるように、何らかの工夫をすることもできます。
更に自己肯定感を下げていかないようにするためにも、
自分と周りの人たちがADHDを正しく理解して、
ADHDの特徴に気づくことができるチャンスが
誰にでも、あればいいのだろうと思います。
しかし、実際にはそう簡単に正しく理解できる場がないというか、
チャンスがないというのが現状ですから、
ADHDに関するいい本やブログなどに出会うといいのかな?と
思ったりします。
人だけでなく、本などでも、いい出会いがあれば、
自己調整できたり、自身の勘違いにも気づくことができますね。
また、相手に申し訳ないことをしたことに気づくこともできますから、
他者に謝ることもできます。
生きやすくなるように、何らかの工夫をすることもできます。
でも、自分も周りもADHDに気づくことができない場合は、
両者ともに怒りという感情が洪水のようにやってきますから
攻め合いになってしまいます。
両者ともに怒りという感情が洪水のようにやってきますから
攻め合いになってしまいます。
どちらも、勘違いして怒ってしまったことを
謝ることもできなければ、
よくしてもらった人へ感謝することさえも
できない状態のままになってしまいます。
謝ることもできなければ、
よくしてもらった人へ感謝することさえも
できない状態のままになってしまいます。
そうすると平均的な人たちから、
ADHDのある人たちは誤解を受けてしまい、
「社会性がない」「失礼だ」と言われてしまうわけです。
こうなってくると、両者ともに、ますます生きにくくなってしまいます。
ADHDのある人たちは誤解を受けてしまい、
「社会性がない」「失礼だ」と言われてしまうわけです。
こうなってくると、両者ともに、ますます生きにくくなってしまいます。
また、不注意で物忘れや遅刻が多かったり、
提出物の期限が守れない、
おしゃべりが止まらない、
おしゃべりが止まらない、
部屋が片付けられない等で
本人はもちろんのこと、
周りも困っていることも多いものです。
周りも困っていることも多いものです。
しかし、自分も周りもそれに気づいて理解を進めていけば、
対策を考えることができますから、
共に、前向きに工夫したり、
楽しく生きられるように考え方を変えることもできます。
楽しく生きられるように考え方を変えることもできます。
そうすると、診断名や社会的支援はいらなくなります。
評論家の勝間和代さんが
ご自身のADHDについて面白おかしく
分かりやすく書かれていますので
読んでみられると理解が深まるかもしれませんよ↓
読んでみられると理解が深まるかもしれませんよ↓
http://www.katsumaweb.com/news.php?id=2125
また、先日、モデルの栗原類さんが
ADDだと告白して話題となりました。
こちらからもADHDについて理解をすすめることができます↓
http://grapee.jp/45590
やはり、発達障害というのは「障害」と捉えるのではなく
「理解と工夫で個性になる脳タイプ」と
捉えた方がいいように思うのであります。
理解と工夫の先には、光があります
また、先日、モデルの栗原類さんが
ADDだと告白して話題となりました。
こちらからもADHDについて理解をすすめることができます↓
http://grapee.jp/45590
やはり、発達障害というのは「障害」と捉えるのではなく
「理解と工夫で個性になる脳タイプ」と
捉えた方がいいように思うのであります。
理解と工夫の先には、光があります

もう30年くらい前の話ですが、、、笑
アメリカで暮らしていたとき、
何かと、アメリカ人って褒めてくれるな~と思っていました。
彼らは、国が違うことに関心を持ってくれたり、
文化の違いを受け入れてくれたり、
見た目の違いを褒めてくれたりするのですね。
それも、私という一人の人間に
興味を持ってくれるといった感じでした。
当時、髪の長かった私は
アメリカのどこへ行っても
「あなたの髪の色といい、ヘアスタイルといい、かっこいいわね~」と
よく言ってもらいました。
当時の私は若かったため、
栗色の髪に憧れていたので、
黒髪を褒められたときは、実に驚きました。
それでも、異国にいて、
ちょっぴり寂しい気持ちになっていたので
髪の毛を褒められただけでも、
何だか自分を認められたような気がして
うれしかったものです。
また、アメリカでは
道ですれ違う人々も
知らない人であっても
にっこり微笑んでくれるのです。
何とも、素敵な人々だな~と思った私は、
アメリカ人がするように、
道ですれ違った知らない人に
いつしか、にっこりほほ笑むことができるようになっていました。
そして、帰国後、
その習慣がすっかり身についてしまった私は
日本でも道ですれ違った人たちに
思わず、にっこり微笑んでしまいました。
その瞬間「しまった!」と思いましたが、
時はもうすでに遅し、、、
気持ち悪がられました(笑)
「さあ、次からは、知らない人には、にっこりしないようにしよう!」と思ったものの、
つい忘れて、またもや、にっこり。
今度は、男性から「気があるんだな!」と
勘違いされてしまいました(笑)
ここで、私は日本とアメリカの文化の
明らかな違いを思い知ったわけです。
日本ではあまり気持ちを表に出さないのがいい、
アメリカでは気持ちをしっかり表現して相手に伝えるのがいい、
という感じでしょうか?
とすると、自閉症の人たちはアメリカに住んだ方が
分かりやすいかもしれませんね。
臆せず、はっきり、ストレートにものを言ってくれるし、
表情も分かりやすいといったところでしょう。
そんなことはさておき、
日本の当たり前とアメリカの当たり前が違うように、
国内でも、一般的な発達をしている人と
発達障害のある人の文化もかなり違いますから、
こういった(勘違いされたり、誤解されたりする)状況は
かなりのものだろうと思うわけです。
これが、多様性を認められる社会では
勘違いではなく
「そういう人もいる」
「みんな違うし、自分が思っていることが当たり前ではない」
といった考えのもとで、
互いが、「こんなことを言ったら嫌われるだろうか?」等と思って
意見の違う人に合わせたり、
作り笑いをしたりしなくて済むのではないかな~と思うわけです。
「人に合わせた一般的な話ではなくて
あなたの話が聞きたいのです」と言える社会があると
みんながもっと楽に生きられるだろうと思う今日今頃です。
プロ陸上選手の為末大さんが同様に
「標準と配慮」と題して多様性が認められる社会とは
どんなものかについて書いていらっしゃいます。
参考になりますよ↓
TAMESUE「標準と配慮」
http://tamesue.jp/201505141/
アメリカで暮らしていたとき、
何かと、アメリカ人って褒めてくれるな~と思っていました。
彼らは、国が違うことに関心を持ってくれたり、
文化の違いを受け入れてくれたり、
見た目の違いを褒めてくれたりするのですね。
それも、私という一人の人間に
興味を持ってくれるといった感じでした。
当時、髪の長かった私は
アメリカのどこへ行っても
「あなたの髪の色といい、ヘアスタイルといい、かっこいいわね~」と
よく言ってもらいました。
当時の私は若かったため、
栗色の髪に憧れていたので、
黒髪を褒められたときは、実に驚きました。
それでも、異国にいて、
ちょっぴり寂しい気持ちになっていたので
髪の毛を褒められただけでも、
何だか自分を認められたような気がして
うれしかったものです。
また、アメリカでは
道ですれ違う人々も
知らない人であっても
にっこり微笑んでくれるのです。
何とも、素敵な人々だな~と思った私は、
アメリカ人がするように、
道ですれ違った知らない人に
いつしか、にっこりほほ笑むことができるようになっていました。
そして、帰国後、
その習慣がすっかり身についてしまった私は
日本でも道ですれ違った人たちに
思わず、にっこり微笑んでしまいました。
その瞬間「しまった!」と思いましたが、
時はもうすでに遅し、、、
気持ち悪がられました(笑)
「さあ、次からは、知らない人には、にっこりしないようにしよう!」と思ったものの、
つい忘れて、またもや、にっこり。
今度は、男性から「気があるんだな!」と
勘違いされてしまいました(笑)
ここで、私は日本とアメリカの文化の
明らかな違いを思い知ったわけです。
日本ではあまり気持ちを表に出さないのがいい、
アメリカでは気持ちをしっかり表現して相手に伝えるのがいい、
という感じでしょうか?
とすると、自閉症の人たちはアメリカに住んだ方が
分かりやすいかもしれませんね。
臆せず、はっきり、ストレートにものを言ってくれるし、
表情も分かりやすいといったところでしょう。
そんなことはさておき、
日本の当たり前とアメリカの当たり前が違うように、
国内でも、一般的な発達をしている人と
発達障害のある人の文化もかなり違いますから、
こういった(勘違いされたり、誤解されたりする)状況は
かなりのものだろうと思うわけです。
これが、多様性を認められる社会では
勘違いではなく
「そういう人もいる」
「みんな違うし、自分が思っていることが当たり前ではない」
といった考えのもとで、
互いが、「こんなことを言ったら嫌われるだろうか?」等と思って
意見の違う人に合わせたり、
作り笑いをしたりしなくて済むのではないかな~と思うわけです。
「人に合わせた一般的な話ではなくて
あなたの話が聞きたいのです」と言える社会があると
みんながもっと楽に生きられるだろうと思う今日今頃です。
プロ陸上選手の為末大さんが同様に
「標準と配慮」と題して多様性が認められる社会とは
どんなものかについて書いていらっしゃいます。
参考になりますよ↓
TAMESUE「標準と配慮」
http://tamesue.jp/201505141/
ここのところ、自閉症について
少しづつ認知されてきたことはよいことなのですが、
それと同時に自閉症の人たちを
「劣っている」と見ている人にも出くわします。
あらら~、困りますね~。
「劣っている」と見ている人にも出くわします。
あらら~、困りますね~。
自閉症の人達は劣っているのではなく
一般の人達とは脳のタイプが違うだけで、
すべての人が自閉症の特性をもっていて
その特性が少ない人もいれば多い人もいる。
中間の人もいるわけで、
みんなひっくるめて自閉症の特性を持っているとも
言えるわけなのですよ~。
ただ、自閉症の特性を多く持ちすぎて
生活に困難さが出てきている場合は
やはり診断を受けて社会的支援を受けた方が
生活が楽になるということなのですね。
しかし、よく言われるグレーゾーンの人たちは
社会的支援を受けたくても「普通ですよ」と言われて
支援を受けることができず、二次障害になってしまって
困っているという話をよく聞きます。
ひょっとすると、グレーゾーンの人たちが
どっちつかずで一番困っているのかもしれません。
自分で自分の特徴を知って
自己調整とか自己支援ができて
うまくやっていけるのであれば
何もわざわざ診断を受けにいく必要もないのですが、
なかなか自己支援というのは難しいですから
グレーゾーンの人たちにも支援があればいいのですが、
なかなか支援体制が整っていかない日本であります。
上記のように自分で気づいて支援を求めている人がいる一方で、
周りは困っているけれど、本人はまったく困っていないということもあります。
誰しも、人のことには気づきやすいけれど
自分のことには気づきにくいのですが、
認知の問題から自分自身を客観的に見ることに
困難さがある場合は、
本人よりも周りがずっと困って悩んでいるわけです。
こういった状況にならないためにも
すべての人が発達障害を正しく理解して
互いの違いを認め合う社会になって
いかないといけないな~と思う今日今頃です。
たいていの人が脳の特徴を
「性格」として捉えることが多いのですが、
他者への誹謗中傷が増えていたり
悪口、攻撃性、感情コントロールがうまくいかない、
受け止め方が否定的になっていて誤解しやすい、
他者をいたたまれない気持ちにするような態度などが
たびたび出てきている場合は、
脳に不具合が起きているわけですから
やはり、専門機関に助けてもらった方がいいでしょう。
※身体が風邪をひくのと同じように、
脳も病気になることだってあるのです。
これは恥ずかしいことではないのですね。
また、発達障害と人格障害の違いも
知っておいた方がいいかもしれません。
Kaienという就労支援をしている会社のホームページに
発達障害の二次障害について
分かりやすく書かれてあります。
まとめると、
発達障害の本質は、
自分が有利になろうというような作為をほとんど感じないけれど、
人格障害の場合は、
他者を巻き込むという作為が強く感じられるとのことです。
こちらから一度読んでみられるといいかもしれません↓
Kaien HP「発達障害の二次障害」
http://www.kaien-lab.com/aboutdd/mental/
もともと、すばらしい特性がたくさんある発達障害なのですが
周りが正しく理解して「違う」ということを認めあって
生活していないと、二次障害となる可能性が高くなってしまいます。
自分のことをよく知って、
自分の特徴のよい部分を活かして
周りの人たちもそれを認めていて
みんなが自分と他者との違いを
楽しんで生きていけるような世界であれば
二次障害はおそらく起こらないと思います。
人はみんな「違う」ということを理解して、
自分の考え(自分が正しいと思っていること)を
相手に押し付けなければ、
穏やかな「インクルーシブな世界」がやってくるでしょう。
すべての人が自閉症の特性をもっていて
その特性が少ない人もいれば多い人もいる。
中間の人もいるわけで、
みんなひっくるめて自閉症の特性を持っているとも
言えるわけなのですよ~。
ただ、自閉症の特性を多く持ちすぎて
生活に困難さが出てきている場合は
やはり診断を受けて社会的支援を受けた方が
生活が楽になるということなのですね。
しかし、よく言われるグレーゾーンの人たちは
社会的支援を受けたくても「普通ですよ」と言われて
支援を受けることができず、二次障害になってしまって
困っているという話をよく聞きます。
ひょっとすると、グレーゾーンの人たちが
どっちつかずで一番困っているのかもしれません。
自分で自分の特徴を知って
自己調整とか自己支援ができて
うまくやっていけるのであれば
何もわざわざ診断を受けにいく必要もないのですが、
なかなか自己支援というのは難しいですから
グレーゾーンの人たちにも支援があればいいのですが、
なかなか支援体制が整っていかない日本であります。
上記のように自分で気づいて支援を求めている人がいる一方で、
周りは困っているけれど、本人はまったく困っていないということもあります。
誰しも、人のことには気づきやすいけれど
自分のことには気づきにくいのですが、
認知の問題から自分自身を客観的に見ることに
困難さがある場合は、
本人よりも周りがずっと困って悩んでいるわけです。
こういった状況にならないためにも
すべての人が発達障害を正しく理解して
互いの違いを認め合う社会になって
いかないといけないな~と思う今日今頃です。
たいていの人が脳の特徴を
「性格」として捉えることが多いのですが、
他者への誹謗中傷が増えていたり
悪口、攻撃性、感情コントロールがうまくいかない、
受け止め方が否定的になっていて誤解しやすい、
他者をいたたまれない気持ちにするような態度などが
たびたび出てきている場合は、
脳に不具合が起きているわけですから
やはり、専門機関に助けてもらった方がいいでしょう。
※身体が風邪をひくのと同じように、
脳も病気になることだってあるのです。
これは恥ずかしいことではないのですね。
また、発達障害と人格障害の違いも
知っておいた方がいいかもしれません。
Kaienという就労支援をしている会社のホームページに
発達障害の二次障害について
分かりやすく書かれてあります。
まとめると、
発達障害の本質は、
自分が有利になろうというような作為をほとんど感じないけれど、
人格障害の場合は、
他者を巻き込むという作為が強く感じられるとのことです。
こちらから一度読んでみられるといいかもしれません↓
Kaien HP「発達障害の二次障害」
http://www.kaien-lab.com/aboutdd/mental/
もともと、すばらしい特性がたくさんある発達障害なのですが
周りが正しく理解して「違う」ということを認めあって
生活していないと、二次障害となる可能性が高くなってしまいます。
自分のことをよく知って、
自分の特徴のよい部分を活かして
周りの人たちもそれを認めていて
みんなが自分と他者との違いを
楽しんで生きていけるような世界であれば
二次障害はおそらく起こらないと思います。
人はみんな「違う」ということを理解して、
自分の考え(自分が正しいと思っていること)を
相手に押し付けなければ、
穏やかな「インクルーシブな世界」がやってくるでしょう。
ただ、日本では「違う」ということを「いけないこと」と
捉えていて、「みんな、同じでなければならない」という
「ねばならない」という病にかかっている人も多いため(笑)
自身の考え方や捉え方を
「ねばならない」という病にかかっている人も多いため(笑)
自身の考え方や捉え方を
他者に押し付けてしまうことが間々あります。
※「ねばならない病」…私は「すべき思考」とも言っています。
また、日本では曖昧な表現をすることを美徳とするため、
この曖昧な表現を理解できない自閉症の人たちに
理解するように強要してしまう傾向もあります。
この曖昧な表現を理解できない自閉症の人たちに
理解するように強要してしまう傾向もあります。
この美徳が自閉症の人たちにとっては
実に困ることであり、
実に困ることであり、
彼らはストレートに言ってもらって
初めて理解できるといった脳の特徴があるのですが、、、
初めて理解できるといった脳の特徴があるのですが、、、
曖昧な表現をすることを美徳としている人たちにとっては
ストレートな表現が「いけないもの」「人を傷つけるもの」
と捉えていることもあるため、
この辺りで人間関係がうまくいかなくなることがあります。
と捉えていることもあるため、
この辺りで人間関係がうまくいかなくなることがあります。
やはり、考え方としては「曖昧な表現をする人」もいれば
「ストレートな表現をする人」もいて、
どちらも間違いではないということを知っておくといいかもしれませんね。
どちらも間違いではないということを知っておくといいかもしれませんね。
「~でなければならない」という思考は
みんなが苦しむことになってしまいますから、
もっと、ゆるやかに生きていけるような
物事の捉え方や受け止め方をしていけるといいな~と
思う今日今頃なのであります。
昨日は、毎月第二火曜日午後4時から放送の
MISAKO先生のVIVA!発達凸凹~s!に出演していました。
月1回の生放送ですが、
あっという間に1か月がやってきて
「おっと!原稿書くの忘れていた~」と
いつもあわてています
昨日お話した内容は、
自閉症の人たちの不安と怒りのコントロールについてでした。
以下に、お話した内容をまとめて書いておきますね
自閉症人たちは自分の感情を知ることがとても難しくて
MISAKO先生のVIVA!発達凸凹~s!に出演していました。
月1回の生放送ですが、
あっという間に1か月がやってきて
「おっと!原稿書くの忘れていた~」と
いつもあわてています

昨日お話した内容は、
自閉症の人たちの不安と怒りのコントロールについてでした。
以下に、お話した内容をまとめて書いておきますね

自閉症人たちは自分の感情を知ることがとても難しくて
その感情を扱うことはもっと難しくって、、、
自閉症の子ども達を見ていると、
自分の感情が分りにくいということから
どんな感情もまとめて「怒り」という1つの感情で
表現してしまう子を私はよく見かけます。
大人の方だと、家族にあたりちらしてしまったり、
家の中で大暴れしちゃったり、、、
家の中で大暴れしちゃったり、、、
感情のコントロールが難しいと、
気分が沈んだり、ハイになったりする気分障害など
二次的な精神疾患にかかってしまうこともあるので、
子どものころから感情は「変えられる」ということや
「感情は自分でコントロールできる」 ということを
学びながら育つことができるといいですね。
特に怒りとか不安という感情は
自閉症の人たちにとって、
深刻な問題行動やトラブルにつながることもありますから、
自分の感情について知る工夫が必要です。
学びながら育つことができるといいですね。
特に怒りとか不安という感情は
自閉症の人たちにとって、
深刻な問題行動やトラブルにつながることもありますから、
自分の感情について知る工夫が必要です。
怒りや不安を感じると、
筋肉が緊張したり、
汗が出たり、
呼吸が荒くなったり、
筋肉が緊張したり、
汗が出たり、
呼吸が荒くなったり、
胃がしくしくしたり、
身体の一部分が痛くなったり、
いろいろ身体に症状が出てきますね。
身体の一部分が痛くなったり、
いろいろ身体に症状が出てきますね。
そこで「あ~私は今、不安なんだ」と気づけるようにしておくといいです。
自閉症の人たちは自分が怒っていることも
不安を感じていることにも気づかない場合もありますし、
不安を感じていることにも気づかない場合もありますし、
自分の中に不安があるということが分からないために
怒り出す人も多いように思います。
だから、「あれ?汗が流てきたぞ」とか
「なんか最近、胃の調子が悪いな」とか、、、
自分で身体症状に気づく訓練をしておけば、
自分の中に不安があるのかな?とか
この怒りはどこから来ているんだろうか?と
考えることができますね。
「なんか最近、胃の調子が悪いな」とか、、、
自分で身体症状に気づく訓練をしておけば、
自分の中に不安があるのかな?とか
この怒りはどこから来ているんだろうか?と
考えることができますね。
こういったことを自閉症の人たちには
思春期あたりから、親や学校の先生や支援者が
教えてあげることができるといいのかな?
そして、「キレる」という行動がありますよね。
これは、自分が相手に、どうして欲しいのかが
自分の中でうまく整理できないから、
キレてしまうわけです。
自分の中でうまく整理できないから、
キレてしまうわけです。
だから、まずは、自分自身が
相手にどうして欲しいのか、
相手にどうして欲しいのか、
自分はどうしたいのかを知る工夫をしないと
いつもキレてしまう人になってしまいます。
そこで、キレないようにするは、
自分の感情を言葉にできるようにするといいです。
いつもキレてしまう人になってしまいます。
そこで、キレないようにするは、
自分の感情を言葉にできるようにするといいです。
自閉症の子ども達を放っておいて
そのうち感情について学んでいくだろうなんて
思っていたら、、、
怒りや不安などの感情が自分の中で湧いてきたときに
そのうち感情について学んでいくだろうなんて
思っていたら、、、
怒りや不安などの感情が自分の中で湧いてきたときに
彼らは、必死で耐えているか、
誰かにからんだり、誰かにあたったりして
自分の気分をぶつけている場合が多いように思います。
自分の気分をぶつけている場合が多いように思います。
耐えるのは自分がしんどいですね。
そして、誰かにからむのは、人に迷惑をかけます。
からまれた人はたまったもんじゃ~ありません。
からまれた人はたまったもんじゃ~ありません。
だから、子ども達には、
人には「いろんな気持ち」があるということを
教えながら育てるといいです。
人には「いろんな気持ち」があるということを
教えながら育てるといいです。
「うれしいときはどんな表情かな?」とか言いながら
顔の表情の絵を描きながら教えていくんです。
顔の表情の絵を描きながら教えていくんです。
そして、次は感情がどのくらい強いとか弱いとかのレベルを
理解できるといいですね。
怒りでも1のレベルもあれば、
3のレベルもあるし、
マックス5もあるよねって。
子どもに「今、怒ってる?」と聞いて
「怒ってない」と答えれば
「怒ってない」と答えれば
「じゃ、0だね」と言いながら描いてやるんです。
それから、各々のレベルの時、
身体はどうなっているかな~って
身体はどうなっているかな~って
確認していくんですね。
次に自分で扱いやすいレベルは?と考えて
レベル3 の「大声を出すかな?」と子どもが答えれば、
レベル3 の「大声を出すかな?」と子どもが答えれば、
じゃ、レベル3の大声を出し始めたら
どうしたら感情をコントロールできるか考えてみようということで、、、
どうしたら感情をコントロールできるか考えてみようということで、、、
気分を変えるために、
深呼吸するとか、
その場を離れるとか、
おまじないを唱え続けるとか、
いろいろな方法を大人と一緒に考えていけるといいですね。
深呼吸するとか、
その場を離れるとか、
おまじないを唱え続けるとか、
いろいろな方法を大人と一緒に考えていけるといいですね。
こうやって、行動を変えることで、気分(気持ち)は
変えられるんだよということを教えていくわけです。
変えられるんだよということを教えていくわけです。
そして、自分でこんな工夫をして
自分の気分を自分で変えることができたんだという
体験を積み重ねていくことで
自分の気分を自分で変えることができたんだという
体験を積み重ねていくことで
子ども達は感情をどうやってコントロールすればいいかを
学んでいくことができます。
学んでいくことができます。
と、昨日は、こんなお話をしました。
他にも感情をコントロールするためは
他にも感情をコントロールするためは
松村りかさんというASDの方が
ブログで当事者視点で発達障害について
書いていらっしゃいます。
ASDの人たちが自他区分について
どのような状況でどうなってしまうのか?ということを
深く観察して書いていらっしゃったので
紹介したいと思います。
タイトルは「自閉症スペクトラム児者における
自他区分の問題について考えてみる」です。
まずは、松村りかさんのまとめを紹介すると、、、
自他の境界の不明確さゆえに起こりやすいことを
リスト化されています。
*被害的に受け止めやすい
*怒りが発生しやすい
*他者の言動を真に受けやすい
*騙されやすい
*自己像がゆがみやすい
*他者からのアドバイスを有効利用しにくい
*ルール化、義務化が起こりやすい
・ルール、義務の絶対視が起こりやすい
・ルールの他者への適用拡大が起こりやすい
*他者のテリトリーに関して無頓着な行動、言動をしやすい
*過剰な遠慮から意思表示が苦手になりやすい
*知識を取り込みやすい
*対象への没入、一体化を起こしやすい
また、松村さんは次のようにおっしゃっています。
「自他の境界はASD者であっても 工夫しだいで ほぼ社会生活に十分なよう かたちづくることができると思っています。 知識として覚えて運用し、 経験化していくことも重要ですし、 感覚の問題から解決してくことも 重要だと思います」
発達障害の特性を多く持ち、
自分のことがよく分からなくて困っている方は
ぜひ読んでみてください↓
アスペルガーライフblog
多数派が少数派について学び、
少数派も多数派について学んでいくことで、
この世の中は穏やかになっていくだろうと思っています。
両者が共に穏やかに暮らすためには
まずは、自分のことを知って、そして他者のことを知る。
そんな地道な「知る」という積み重ねが
平和な人間関係をつくっていくのではないでしょうか?
攻撃の先に光はないのです。
ブログで当事者視点で発達障害について
書いていらっしゃいます。
ASDの人たちが自他区分について
どのような状況でどうなってしまうのか?ということを
深く観察して書いていらっしゃったので
紹介したいと思います。
タイトルは「自閉症スペクトラム児者における
自他区分の問題について考えてみる」です。
まずは、松村りかさんのまとめを紹介すると、、、
自他の境界の不明確さゆえに起こりやすいことを
リスト化されています。
*被害的に受け止めやすい
*怒りが発生しやすい
*他者の言動を真に受けやすい
*騙されやすい
*自己像がゆがみやすい
*他者からのアドバイスを有効利用しにくい
*ルール化、義務化が起こりやすい
・ルール、義務の絶対視が起こりやすい
・ルールの他者への適用拡大が起こりやすい
*他者のテリトリーに関して無頓着な行動、言動をしやすい
*過剰な遠慮から意思表示が苦手になりやすい
*知識を取り込みやすい
*対象への没入、一体化を起こしやすい
また、松村さんは次のようにおっしゃっています。
「自他の境界はASD者であっても 工夫しだいで ほぼ社会生活に十分なよう かたちづくることができると思っています。 知識として覚えて運用し、 経験化していくことも重要ですし、 感覚の問題から解決してくことも 重要だと思います」
発達障害の特性を多く持ち、
自分のことがよく分からなくて困っている方は
ぜひ読んでみてください↓
アスペルガーライフblog
多数派が少数派について学び、
少数派も多数派について学んでいくことで、
この世の中は穏やかになっていくだろうと思っています。
両者が共に穏やかに暮らすためには
まずは、自分のことを知って、そして他者のことを知る。
そんな地道な「知る」という積み重ねが
平和な人間関係をつくっていくのではないでしょうか?
攻撃の先に光はないのです。
先日、テレビ関係者と発達障害について話していたら
ある男性ディレクターがぼそっと
「発達障害というのは、ほとんどの人が
自分の子どもにも、自分にも、関係ないと思っているよね。
メディア側も十分、発達障害を理解していないし、、、」
と言っているのを聞いて、、、
私は改めて
自分はこの世界(発達障害について何ら臆せず話せる環境)に
ここ数年、どっぷりと浸かっていることに気づかされました。
それも、スタッフや専門家の先生達と
発達障害の冗談を言い合ったり、
「あなたも私もやっぱり発達障害だね。
今日は感覚過敏バリバリの日です!」なんて
笑いあったりしていたけれど、、、
一般的には、まだまだ、そういうわけにはいかない
状況にあることに、はっとさせられました。
「そうか~、自分の子どもには関係ないと
思いたい親がほとんどなんだな~」と
初心にかえりました。
同時に、自分自身にも発達障害があるというのも
認めにくい人が多いのですね。
※発達障害の特性というのは多かれ少なかれ
みんな持っている特性なのですが、、、
でも、発達障害には軽度から重度までありますから、
特に軽度であれば気づかれにくいですし、
自分でも気づきにくいわけで、、、
気づきにくいというか、発達障害について
相当勉強しておかなければ気づくことができない、
というか、理解できない。
ちょっと怠けている、努力が足りないだけ、
短気なだけなどなど、、、
少し個性的などにしか見えませんから、
周りも本人も自身の持つ困難さに
どれほど困っているかに気づきにくいと
いったところでしょう。
また「障害」という言葉が非常に重すぎて
認めたくないといった気持ちも出てくるかもしれません。
※私は障害というのは、その人の中にあるのではなくて、
人と人との間に、互いの「違い」や「困難さ」を理解しにくいという
「障害」があると捉えています。
多かれ少なかれ
どの人もみんな発達障害の特性を持っていて
程度の差こそあれ、
すべての人が発達障害という考え方であれば、
各々でみんなが、自分の特性や自分の子どもについて
気づくことができて、
更には互いの困難さを支え合うために
工夫できるようになるのではないかと
私は目論んでいたのですが、、、
私が言っている「人類、みんな発達障害」という意味は、
このままでは、いつまでたっても
まったくもって伝わらないのではないかと危惧し始め、
ちょっと方向性を変えていかないといけないのかな?と
思い始めました。
特に知的遅れのない発達障害の人たちは
周りが発達障害があるとは気づきにくいため、
育てにくさから虐待につながることも多いですし、
不登校にもなりやすいです。
対応の仕方を間違えると
二次障害となりうつ病など
様々な苦しい状態に陥ってしまいます。
重い二次障害となって、
子どもが家で暴れ始めたり
幻聴や幻覚が現われたり、
人に会うことが恐くなって
ひきこもってしまってからでは、
そこから抜け出すためには
相当な努力と時間が必要となってきます。
そうならないためにも
私たちみんながある程度、
自分にも自分の子どもにも
発達障害の特性はあり、
その特性が不具合として出てきている場合は
互いに支え合うことができるまでの知識が
各々に必要だろうと思います。
児童精神科医の杉山登志郎先生が話された内容で
とても分かりやすいものがありましたので、
少し古い記事ですが紹介します。
2009年11月のものなので
5年前の記事になりますが、
ほとんど現状は変わってきていませんから
十分参考になると思います。
読んでみてください↓
「気づかれない発達障害」が児童虐待につながる」
杉山登志郎さんに聞く
http://bigissue-online.jp/archives/1020631369.html
ある男性ディレクターがぼそっと
「発達障害というのは、ほとんどの人が
自分の子どもにも、自分にも、関係ないと思っているよね。
メディア側も十分、発達障害を理解していないし、、、」
と言っているのを聞いて、、、
私は改めて
自分はこの世界(発達障害について何ら臆せず話せる環境)に
ここ数年、どっぷりと浸かっていることに気づかされました。
それも、スタッフや専門家の先生達と
発達障害の冗談を言い合ったり、
「あなたも私もやっぱり発達障害だね。
今日は感覚過敏バリバリの日です!」なんて
笑いあったりしていたけれど、、、
一般的には、まだまだ、そういうわけにはいかない
状況にあることに、はっとさせられました。
「そうか~、自分の子どもには関係ないと
思いたい親がほとんどなんだな~」と
初心にかえりました。
同時に、自分自身にも発達障害があるというのも
認めにくい人が多いのですね。
※発達障害の特性というのは多かれ少なかれ
みんな持っている特性なのですが、、、
でも、発達障害には軽度から重度までありますから、
特に軽度であれば気づかれにくいですし、
自分でも気づきにくいわけで、、、
気づきにくいというか、発達障害について
相当勉強しておかなければ気づくことができない、
というか、理解できない。
ちょっと怠けている、努力が足りないだけ、
短気なだけなどなど、、、
少し個性的などにしか見えませんから、
周りも本人も自身の持つ困難さに
どれほど困っているかに気づきにくいと
いったところでしょう。
また「障害」という言葉が非常に重すぎて
認めたくないといった気持ちも出てくるかもしれません。
※私は障害というのは、その人の中にあるのではなくて、
人と人との間に、互いの「違い」や「困難さ」を理解しにくいという
「障害」があると捉えています。
多かれ少なかれ
どの人もみんな発達障害の特性を持っていて
程度の差こそあれ、
すべての人が発達障害という考え方であれば、
各々でみんなが、自分の特性や自分の子どもについて
気づくことができて、
更には互いの困難さを支え合うために
工夫できるようになるのではないかと
私は目論んでいたのですが、、、
私が言っている「人類、みんな発達障害」という意味は、
このままでは、いつまでたっても
まったくもって伝わらないのではないかと危惧し始め、
ちょっと方向性を変えていかないといけないのかな?と
思い始めました。
特に知的遅れのない発達障害の人たちは
周りが発達障害があるとは気づきにくいため、
育てにくさから虐待につながることも多いですし、
不登校にもなりやすいです。
対応の仕方を間違えると
二次障害となりうつ病など
様々な苦しい状態に陥ってしまいます。
重い二次障害となって、
子どもが家で暴れ始めたり
幻聴や幻覚が現われたり、
人に会うことが恐くなって
ひきこもってしまってからでは、
そこから抜け出すためには
相当な努力と時間が必要となってきます。
そうならないためにも
私たちみんながある程度、
自分にも自分の子どもにも
発達障害の特性はあり、
その特性が不具合として出てきている場合は
互いに支え合うことができるまでの知識が
各々に必要だろうと思います。
児童精神科医の杉山登志郎先生が話された内容で
とても分かりやすいものがありましたので、
少し古い記事ですが紹介します。
2009年11月のものなので
5年前の記事になりますが、
ほとんど現状は変わってきていませんから
十分参考になると思います。
読んでみてください↓
「気づかれない発達障害」が児童虐待につながる」
杉山登志郎さんに聞く
http://bigissue-online.jp/archives/1020631369.html
私は基本的に相談事業をしていないので、
私のところへ来られた方には
できるだけ県や市の発達障害者支援センターなどで
相談することをすすめています。
だって、無料で相談できるのですから~。
それでも、どうしても私の意見を聞きたいという方もいらして
相談に来てくださる方がたま~にいます(笑)
※民間ですからもちろん有料ですよ。
お話を聞いていると、
「家に子どもがいるだけで、おかしくなりそうなんです」
「どうやっても、子どもが愛せないんです」
「上の子が嫌いなんです」
などなど、、、いろいろあります。
それで、お母さんたちは、どうしてるかっていうと、
カーッとなちゃって、怒りまくっているんだそうです。
でも、子ども達には何にも効き目がないんですって。
実はですね、
お母さんたちは自分の子どもが嫌いなんじゃなくて
自分の子どもの行為が嫌いなんですね。
それは、しかたないことなんです。
だって、子どもを産んで育てるまでに
自閉症だのADHDだのLDだの、、、と
誰も教えてくれる人はいなかったのですから。
それで、何とか、わが子のことを「好きになりたい」
「理解したい」と思って、
有難いことに私のところへ来てくださるお母さんたちがいるわけです。
そういったお母さんたちは何年も
発達障害について勉強しにきてくださることが多いです。
だいたい、どのお母さんたちも
1年くらい経ったころから
「子どものことが嫌じゃなくなりました」って
おっしゃるのですね。
こういったとき、私は本当にうれしいです。
あ~この活動(発達障害への正しい認識普及活動)を
やっててよかったなって思うんです。
そして、私がよく思うのは、
基本的に子どもは母親の人間性というか
精神性というか、そういったものを高めるために
生まれてくるんじゃないかと、、、
私も今、子育てまっただ中ですけれど、
(息子12歳、だんだんおっさんみたいになってきています・笑)
この息子が生まれてこなかったら、
きっと私は自由気ままに好き放題
やりたい放題の人生だったかもしれないと思うのです。
息子が生まれてきてくれたから
息子が自慢できる母ちゃんになりたいと思うし、
息子に母ちゃん、がんばって人間性高めてるよねって思ってもらいたいし、
そんなことを思いながら子育てしています。
私もまだまだ未熟なので
息子に腹を立てたり怒ったりすることもあるけれど、
息子が12年間、私を育ててくれたようなものだと
痛切に感じています。
息子はこれからも私を育ててくれるんだろうな~と
思うのです。
写真は今日つくった息子のお弁当です。
小学6年生になったので
入学したばかりの1年生の手を引いて遠足に行くのだとか。。。
はりきって、登校しました。
お兄ちゃんらしくなってきたぞ!
私のところへ来られた方には
できるだけ県や市の発達障害者支援センターなどで
相談することをすすめています。
だって、無料で相談できるのですから~。
それでも、どうしても私の意見を聞きたいという方もいらして
相談に来てくださる方がたま~にいます(笑)
※民間ですからもちろん有料ですよ。
お話を聞いていると、
「家に子どもがいるだけで、おかしくなりそうなんです」
「どうやっても、子どもが愛せないんです」
「上の子が嫌いなんです」
などなど、、、いろいろあります。
それで、お母さんたちは、どうしてるかっていうと、
カーッとなちゃって、怒りまくっているんだそうです。
でも、子ども達には何にも効き目がないんですって。
実はですね、
お母さんたちは自分の子どもが嫌いなんじゃなくて
自分の子どもの行為が嫌いなんですね。
それは、しかたないことなんです。
だって、子どもを産んで育てるまでに
自閉症だのADHDだのLDだの、、、と
誰も教えてくれる人はいなかったのですから。
それで、何とか、わが子のことを「好きになりたい」
「理解したい」と思って、
有難いことに私のところへ来てくださるお母さんたちがいるわけです。
そういったお母さんたちは何年も
発達障害について勉強しにきてくださることが多いです。
だいたい、どのお母さんたちも
1年くらい経ったころから
「子どものことが嫌じゃなくなりました」って
おっしゃるのですね。
こういったとき、私は本当にうれしいです。
あ~この活動(発達障害への正しい認識普及活動)を
やっててよかったなって思うんです。
そして、私がよく思うのは、
基本的に子どもは母親の人間性というか
精神性というか、そういったものを高めるために
生まれてくるんじゃないかと、、、
私も今、子育てまっただ中ですけれど、
(息子12歳、だんだんおっさんみたいになってきています・笑)
この息子が生まれてこなかったら、
きっと私は自由気ままに好き放題
やりたい放題の人生だったかもしれないと思うのです。
息子が生まれてきてくれたから
息子が自慢できる母ちゃんになりたいと思うし、
息子に母ちゃん、がんばって人間性高めてるよねって思ってもらいたいし、
そんなことを思いながら子育てしています。
私もまだまだ未熟なので
息子に腹を立てたり怒ったりすることもあるけれど、
息子が12年間、私を育ててくれたようなものだと
痛切に感じています。
息子はこれからも私を育ててくれるんだろうな~と
思うのです。
写真は今日つくった息子のお弁当です。
小学6年生になったので
入学したばかりの1年生の手を引いて遠足に行くのだとか。。。
はりきって、登校しました。
お兄ちゃんらしくなってきたぞ!

