偏差値の高い学校へ入ることが
良いことのような空気が流れていますね。
そして、それができない子どもは
「たいしたことない」といった空気も流れているように思います。
日本は、こんなことでいいのだろうか?と
常々思っている私なのですが、、、
偏差値が高い大学にも
発達障害の学生がたくさんいることを
皆さんはご存知でしょうか?
高学歴であっても、様々な困難さがあり
大人になるまで適切な支援を受けてきていなかったために
自己調整がうまくいかなかったり、
自分と他者との違いをうまく理解できなかったりして、
結局、就職できず、ひきこもっている人や
職を転々として、定職につくことができないまま、
途方に暮れている人達がいるのですよ。
親が子どもに、
偏差値の高い学校へ行くことだけを目標にすると、
こんなことが起きてしまうのですね。
私達大人は、この偏差値社会を
よく考えてみないといけないと思います。
これからの時代は、
偏差値の高い学校へ入ることを目標にするのではなく、
自分の特性に合った学校選びができるような
社会システムをつくっていかないといけないだろうと
私は思っています。
それには、まずは、教師や親の意識を変えていかないといけない!
つまり、日本の人々が職業や出身校で
その人の価値を決めてしまう傾向にあるところから
改善していかないといけないでしょうね。
私が知っている自閉症の子ども達の多くが
名門と言われる進学校に通っています。
その子達は、自身が「自閉症」といった
脳タイプであることを周りに伝えることで、
「頭のいい子」から「障害者」というレッテルを貼られて
おそらく差別や偏見で苦しむことに
なるだろうということを知っています。
だから、普通のふりをして生きています。
普通のふりをしても無理はかなりありまして、、、
周りに合わせて(過剰適応して)
生きていたりしますから、
実に疲れやすく、ダウンしやすい状態です。
一方では、そんなことを一切気にせず
「僕は自閉症ですから、かなり細かいところまで記憶できますよ」とか
「感覚過敏がありますから、太陽が照りつける日は出かけられないです」と
はっきりと自分の特性を公言している子もいます。
どちらにせよ、彼らにとって
発達障害の特性を多く持って
一般的な人たちと一緒に、
この社会で生きることは
どれ程、しんどいことか(生きづらいことか)を
より多くの人達が理解していかなければなりません。
「私、自閉症です。私はとことん追及していけるタイプですから
東大に合格したんですよ。ここで更に、研究に没頭していきたいと思います」とか
「僕はADHDなんですけどね、結構、瞬発力や行動力があるんですよ。
だから、将来は起業しようと思って慶応大学で経営を学んでいます」とか
「私はLDがあって、読み書きに困難があるのですが、
創作することが本当に好きなんですよ。
でも、どこの大学にも私が望む創作の勉強ができるところがなかったんです。
いろいろ調べていると、私が望んでいた創作を学べるコースが
○○専門学校にあったので、こちらに通っているんです」とか、
「僕は小さい頃から本当に土いじりが好きで
土と一緒にいるだけで幸せを感じられるんです。
2歳の時に自閉症と診断されたんですけど、
7歳くらいまで言葉がしゃべれなかったんですね。
今でも、しゃべるより書く方が得意なので、
あまり人と対話しなくていい農業が僕に向いているかな?と思って
農業高校へ行って、それからずっと自然栽培で農業をしているんです。
将来の子ども達のことを考えたら、食の安全は大切ですから、
何としても安全なものを口にできる日本にしたいですよね」とかね、、、
そんな風に、気楽に自身の特徴について
話せる日本になっていくと、
人々はもっと楽に暮らしていけるんじゃないかな~?
そして、そんな大人たちの周りで育つ子ども達は、
気持ちを楽にして学校へ行けるようになると思うのですが、、、
いかがでしょうか?
著者で教育家のケン・ロビンソン氏がTEDで話した内容はとてもいいです。
ぜひ、聞いてみてください↓
ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」
記念講演会のお申込を本日〆切ります。




