航海日誌 -173ページ目

ちょっと休み過ぎ…



配車マンの松ちゃんに「予定じゃ今日中に着いちゃうけど、高速代は誰が出すの?」と聞いた。

夜中0時を跨がなければ半額にならないからだ。
ケチ臭いNEXCO野郎だ。

おまけに、NEXCO中日本で運営している『高速日和』なるドライブコンパスで検索すると、東名~兵庫県龍野まで580km。
時間は6時間47分だと算出している。

無理でしょー
(´Д`)


あのね、特大で検索かけてんのに、なんで平均速度を85~90kmの間で計算するんだよ。

このボケ~
(`O)=3
バカチン

けっきょく高速代は乙仲さんが払うみたいなので、気にしないで走れそう。



高速代の割引は中途半端で、当日、家に帰れるのに夜中を過ぎないと帰れないような料金設定。
通勤割引も大都市圏は使えないし…まだたくさんあるけどいーや。
めんどいから。




そんで、浜名湖SAで夕飯&妻へのお土産購入して、ちょっと休もうと眼を閉じて開けたらなんと7時間も経過。


いくら時間があるっていっても、これは休み過ぎでしょ。


まぁね、明日の朝9時半着だから、間に合うったら間に合うけどね。
その…余裕がね…無いわけで、ケツカッチンじゃ嫌だから、少し真面目に走ります。

洗車



戦車と言えば洗車…
 こじつけ…
  (´Д`)


この前、夜中の0時頃からヘッドを洗い始め、なんと3時半過ぎまでゴシゴシやっちゃいました。


…えぇ、そうですね。
毎日とはいかなくても、マメに洗っていたら洗車なんて簡単に済んだはずなんですよ。
分かっています。

分かってるって
ハイハイ( ̄▽ ̄;)



何が私を掻き立てたのか?

ずばりアルミホイールですかね。

足回りが綺麗だと、上物(ウワモノ)が多少汚くても、ちょっとは見られるというもんです。


口さがない知り合いなどは、「あれ?ヘタレさん。これアルミだったの?」と言いやがります。

どこから見たってアルミでしょーよ。
(´~`;)プンスカ…



とは言うものの、確かに私の車は4輪ディスクブレーキなので、ブレーキ時のパット屑や細かい鉄粉がアルミにこびりついております。

雨の日なんか、なるべく水溜まりに突っ込んで、足回りを強制清掃していたんですが、どーも外側が汚れてしまうようで、やっぱり見栄えが悪い事この上ない。


800番のフェルトで擦り出したら

お!綺麗じゃん!
ひと皮剥けました。


いつも綺麗にしている運転手の皆さんは、毎度こんな気持ちで毎日を過ごしていらっしゃったんですね。
(^Д-)-☆



そんで3時間後…やっと普通の人の「最近、汚れたなぁ~」くらいのレベルに
 UP!!
まぁ、エラソーに言えたもんじゃないんですが、光る所は光らせてみるとこれが嬉しくなるもんでして、途中で投げるわけには行かなくなったわけですよ。
まだ『道半(ナカ)ば』ですがね。


ま、ちったぁ綺麗になりましたので、これからはなるべくマメに『磨く』ようにしたいですね。



電気ドリルでバフを掛ける事も考えたけど、やっぱりエアーツールでキュルキュルやっつけた方が簡単便利かなと思います。
今のとこはウン万円も出せないので暫くは我慢です。



ちょっとした待機時間にエアーツール出してキュルキュル磨くと、興味津々な後輩運転手が見に来ます。

「ヘタレ先輩。それでバフ掛けですか。カッケーすね」

「ふ、まぁな…お前もその…なんだ、やってみるかい?」と、まるでベテランガンマンが、自分の彫刻入りのピースメーカーを渡すように、愛おしそうにエアーツールを貸してやります。

「ちょいと暴れるぜ」

「ハ…ハイ。な、なんか緊張しちゃいますよ」

「誰でも初めてはあるもんさ」
キュルキュル…

「うぁ~、びっくりしたぁ~。パワーありますね」

「あたぼーよ。そんじょそこらのツールとは違うんでぃ」

「先輩、また貸して下さいよ」

「あぁ…コンテナを返却する時ならいぃぜ」

「え、なんで返却の時なんすか」

「諺でツールのバン返しって言うだろ」

「ヘタレ先輩…それって鶴の恩返しじゃぁ…」



てな感じで…
兵庫へ行ってきま~す
(゜▽゜)エヘヘ…



お祭り

先頃、我が故郷、稲毛の浅間(センゲン)神社祭礼がありました。


子供の頃は毎年楽しみにしていて、前日の昼間には年寄り達が家の軒先に藁縄を貼り、半紙を幾重にも折った四垂(シデ)を所々に編み込みますと、気分はすっかりお祭りです。


大きな家の門前には、竹で造った骨組みに帆布の天幕を載せ、小さな机と椅子を出して御神酒を振る舞い、気の早い世話人達が煙草を飲んでおりました。

昭和30年代当時は、まだ煙管(キセル)に刻みを詰めていまして、二口三口飲んだら煙草盆にカンカンと雁首を打ち付け、プッと吸い口から息を入れて、煙草入れに仕舞う仕草が、なんだか大人だなぁ~…と思って見ておりました。
めっちゃくちゃヤニ臭いですけどね。


神社は家の裏から出れば2~3分の所にあり、夕方になれば本番前のお神楽(カグラ)の音が聞こえてきました。

裏は小さな山になっていて、辺りはそのまま神社の境内の一部になっておりました。


私達、腕白小僧の秘密基地も境内の笹薮の中にあり、駄菓子や懐中電灯を持ち込んで、クラスの可愛い子の名前を言い合ったりしてましたっけ。



父が癌で亡くなり、母も病に倒れた家は、ともすれば陰鬱な空気で押し潰されそうになりましたが、そこはお祭りです。
見た事のない程の人の数に、寂しいだのお金が無いだのの気持ちはすっ飛んでしまいました。


土地の老人に聞くと、昔はダシや神輿があったそうですが、私の記憶にはありません。
そのおかげかどうか分かりませんが、喧嘩も『くりからもんもん』の馬鹿タレも見ず、なかなか平和なお祭りだったと記憶しています。


まぁ、テキヤの出店のみのお祭りですから、その筋の人の集まりには違いないですが、馬鹿騒ぎ的なお祭りでは興ざめでしょう。



私は、小学生からバイトをしていたのにも拘わらず、小遣いにはいつも困っており、何とかお祭りまでに五百円はキープするようにしていました。


当時、綿菓子と金魚掬いと輪投げと射的は50円。
水飴もたしか50円だったかなぁ
中にミカンやスモモを入れて割り箸2本を刺した水飴は、氷にピンポン球ほどの穴を穿った台に置かれてました。

練れば練る程白くなって甘くなるよと言われて、一所懸命練ったものでしたが、ミカンを食べたり舐めたりしているうちに練るのもいい加減面倒臭くなり、いつの間にか無くなっていましたっけ。


子供達にけっこう人気があったのは飛行機。
それも、柱にタコ糸を張り、滑車の付いた飛行機を手元の糸を上げたり下げたりして、飛行機が行ったり来たりするものでした。
名前は『モノレール式飛行機』
なんだ?そりゃ
 (´Д`)

飛行機じゃないじゃんか。

売り声もありまして…
ヨーロッパから原っぱへ
イギリスからキリギリス


…いわゆる勢い!!
で売ってましたね。
賢明で貧しい私は買った事はありません。
ただ、ずっと見ていただけです…


私が唯一欲しくて必ず買った物は戦車でした。

もちろんゼンマイで動き、大砲の下(?)から火花が出てギリギリと走るんです。
火花はライターの石をやすり状のフライホイールで擦るものでして、手を翳しても熱くはありませんでしたね。
それを持って帰って布団を波うたせて山や谷を造り、正面から顔を低くして見るのが大好きでした。


死んだ父に初めて買って貰ったのがその戦車なんですね。

「いつまで遊んでいるんだ」と、叱ってくれた父の声が、聞こえると思っていた頃の話しです。




他にも、『陸(オカ)ヤドカリ』『カラーひよこ』『海ホウズキ』のようなガラクタがありましたが、今もあるんでしょうか。

久しぶりにお祭りに行きたくなりました。