月と太陽の果てに(第1回) | ★田舎者はどこにも書いていないことで抹殺される。人生はギャンブル★いいねをよろしく★人生はホラー映画★ 投稿は不幸★

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「月と太陽の果てに」(第一回)
 一人の女がバンコク経由でカルカッタのダム・ダム国際空港に向かっていた。雲の上もすでに夜になっている。今は世紀末も近い1990年代だ。どうしてこんな所にいるんだろう。どうしてと自分でも判らない。
 この旅は彼女の意志ではなかった。受験に失敗し、予備校に行っていたが突然対人恐怖症になった。激しい緊張、動機息切れめまいに悩まされ、バスにも乗れず予備校も休学した。あげくの果てには、家に閉じこもるようになってしまったのだ。心療内科によると思春期や青年期に多発し、失敗や恥辱に弱い(いい子)がなりやすらしい。

 まさに彼女に当てはまった。彼女はずっと秀才ではなかったが、真面目な子供だった。そこで家族はあらゆる所に相談したが、彼女は治らなかった。引きこもり続ける彼女に、突然母親が日本人に会いたくないなら、海外旅行にでも行ってこないかと言った。海外旅行に行った事のない彼女は気分転換をしようと思った。ニューヨークかハワイかヨーロッパだったら行くと言った。航空券は手配しておいたわと言う母親に、すべてを任せて空港に行ったら、なんと母親から押し付けられていたのはバンコクへの航空券だった。バンコク、タイだ。まぁ、タイの王宮を眺めて、仏教国の悠久の歴史に浸るのもいいだろうと思った。

 ぎりぎりだったのでよく見ずに発着ロビーに向かい、グランドホステスに航空券を渡して搭乗し席に着いた。そして次のチケットを見ると、バンコクからダム・ダムとあった。何だろう。ダムダムどこ?たいの都市なのだろうか。母親が買ってくれたばかりのガイドブックが、まだ本屋のカバーが付いたままであった。慌ててそれを取り出して、表紙を見た。「一人で歩けるインド」だまされた!

 席を立ったが、離陸しますと言われて、にっこりと 微笑む客室乗務員に押さえ込まれた。そのままシートベルトをされた。チケットを見せると、もう一枚は確かにバンコクからダムダムへ行くチケットらしい。ガイドブックをばらばらとめくると、ダムダムはカルカッタに近い都市だとわかった。インドの都市だ。バンコクはただの経由地だった。母親の顔を思い浮かべてその企み気づいたが、すでに離陸が始まっていた。鼓膜にジェットエンジンの轟音がこだましている。もう戻れない。

 そうしてかばんの中にあった母親の手紙に「カルカッタに」にという伝言を見て心臓が飛び出しそうになった。こうなったら企て通りに行って見る事にする。しかしそれはどこという感じだ。今はインドの首都さえも思い浮かばない。偉大なるカリー発祥の地。知っている民族衣装はサリーというものそれが彼女が持っていたすべてのインドだった。それだけだ。

 ほかにも行き先が書いてあった。「死を待つ人の家」へ行くようにと指示があった。またもそれはどこ?という感じだ。どうしてここまで言いなりになるのかと反感を覚えたが、すでに来てしまった以上、行くことにする。反発してとって返せない所も「いい子」の彼女らしい。それよりも英語で直談判し、バリやシンガポールへの航空券を買うような気力も根性も彼女にはなかった。そこにある航空券で行ける所まで行って、往路の券で戻ってくる、それが彼女にできる唯一できる事だった。

手紙には他にこうあった。「あなたは甘やかし過ぎたので一度は人のために働いてみなさい。そうすれば妙な病気も治るでしょう。きっとあなたはそこで何かを見つけるはずです。そう祈っています」とあった。

 「人のために働く?」それってどうやってやるのか。働くという事は、自分が生きて行くために金をもらう事ではないのか。「何かを見つける」という事は何を見つけるのか。その答えは全く想像もできない。どこにどんな形であるのだろう。それは日本では見つけられないのだろうか。
 彼女は病人の娘をこんなカリーの国に送り込むとは、なんてひどい母親だろうと思った。
                              
日本から来た女は空港に降り立った。入国審査を経てキャリーを探し出し税関を辛うじて抜けると、晴れて異国の大地を踏んだ。初めての異国だった。自分の意思でここにきたのなら、もっと胸が躍ったことだろう。もっと楽しいはずだった。スキップを踏んで観光に買い物にと、予定をたくさん立てたはずだった。しかし心は躍らず、気分は最悪だ。初の海外旅行は母親の計画で陰謀だった。

 両替所があったので、円をルピーなどの現地通貨に替えた。どっさりとした札束を渡されて、アジアにおける円の値打ちを知った。アメリカドルとの交換であったら、いくらか消えてしまったような気がするだろうと思った。呪文のようにしか聞こえない現地語に囲まれると不安になる。対人恐怖症が再び顔を出した。人間の耳は常に情報をほしがっている。だから音のない世界にいると不安になるのだが、未知の言語の渦の中にいても同じだ。必要な情報が拾えないのだから、怖いのは当然だった。

 プリペイドタクシーがあると、ガイドブックに書いてあった。カウンターを探さなくてはいけないと潜望鏡のように首を伸ばした。しかしすでにプリペイドタクシーのカウンターは閉じていた。これだけが希望であったのに。ここにくれば怪しい男たちと交渉するという厄介ごとから彼女を守ってくれるはずだった。

 ショックを受けてとうとう座り込んでしまった。だが荷物を下ろしたとたんに手がにゅっと伸びてきて、荷物をつかんだ。彼女もつかみ返して、綱引きのようになったが男は「ノープロブレム。ノープロブレム」と繰り返すばかりだ。そっちに問題がなくても、こっちにはあるわとばかり彼女は激怒していた。こんなとき飛行機で速読したガイドブックの注意が役に立った。客引きがたくさんいるから気をつけろと書いてあった。

「のーのーあっちに行って」とひと睨みし、日本語で怒鳴って追い払った。何語でも罵声は迫力があるのだろう。男は渋い顔をしてひいていった。(省略]今度はタクシーの運転手と交渉だ。ドルを要求するドライバー相手にノーノーと言って、何度も乗らないぞといった振りをした。結局ガイドブックに乗っていた値段より二十ルピーも高い金額で交渉は成立した。(省略)母親のプランはホテルも予約されていなかったので、商魂たくましいドライバーが売り込んできたホテルに決めてしまった。

 ホテルに入り、荷物をといても放心していた。(割愛)明日帰ろう、一日でもここにいるのはいやだ。受験に失敗した英語でどこまでここで生きていけるのか?ボランティア、バカらしい。そんなことは大金持ちのやることだ。それとも有閑マダムの老後の暇つぶしか、学生の社会見学かだ。将来がまだ見えない浪人生のそれも対人恐怖症の自分がやることではない。

 意識が薄れ行く中で、あることに気づいて飛び起きた。対人恐怖症が治っている。彼女は初の海外旅行にもかかわらず、押し寄せる客引きを怒鳴って荷物を守り、ドライバーと交渉してホテルまでやってきた。とにかく明日は明日の風が吹く、そう思ったら気楽になった。安心して眠ることにする。こんな国に送り込んだ母親を恨みながら。

 孤独な旅行者の上川美貴は、シャワーを浴びて支度をすませると、そうそうにホテルをチェックアウトした。キャリーを引きずって、彼女がホテルの外へと出ると、また押し売りポーターが待っていた。今度は少年だ。年齢は十四,五といった所だ。ひょろりとしたまだ少年だ。体は筋肉だけで造られているようだが、マッチョだというのではない。骨に筋肉だけがからみついている様子が、動く度に見て取れた。

 一切の無駄な肉もついていないという骨格のような引き締まりすぎた体だった。気の毒に思ったがもう帰国するだけなので、絶対に荷物は渡さないと、必死にキャリーを引っ張った。しかし彼の体はその細身の体躯に似合わず強かった。あっというまに荷物を取られてしまった。

「返して」そういったがすでに彼のペースだった。彼はリキシャを止め、さっさと荷物を積み込む。そして美貴にチップを要求した。その勢いに押されてノーと言う前に十ルピー払ってしまった。「どこに行くつもりなのさ?」「あ、あ、ま、マザーテレサの家に」とっさにエアポートが出て来なくて、母親が行けと言った場所が口を付いて出た。違う、違う、帰国するのだ。帰るのだ。ここにはもう居たくない。

「OK。俺は彼女をよく知ってるよ。ボランティアに来たんだろう。どこから来たの?」「に、日本から」「日本人? カルカッタへようこそ」少年の英語は合成英語だった。彼女の声も震えていた。受験戦争に負けた英語力だ。きっと少年の英語と大差はないだろう。「マザーの家へ一緒に行こう」ぼうっとしている間に美貴はリキシャに乗せられていた。そしてその三輪自転車は走り出した。異国の風景が流れてゆく。それでもこれは夢と思いたい。ここは日本で、今は悪夢を見ている。いつまでこの夢は続くのか。剣と魔法を使う英雄が出てくるほうがまだ現実に思える。そしてとうとう着いてしまった。

 彼女にとっては未知の世界に。土の匂いと太陽と喧騒にいたぶられながら、彼女はそこに置いて行かれてしまった。まもなくすると、走っていった少年とシスターがやってきた。少年は彼女がボランティアに来たとちゃんと伝えたらしい。今はこの少年によって作られた流れに身を任せることにした。それに逆らう流れを作る気力も今の彼女にはない。

 任された仕事を何とか終えて生気のない人々を眺めていた。ボランティアはこんなにも辛いものだろうか。母親が見つけるように言ったものは、これだったのだろうか? 世界一エネルギーのない女だと思い知らされただけだ。放心状態で座っているとそこにあの少年が戻ってきた。彼は片手にモップを持っている。

「あなたもするの?」「そう、人間だから」「あなたはどう見てもボランティアをするよりも、働いてお金をもらった方がいいんじゃないの? 栄養状態も良くないようだし」「働いているよ。あなたみたいな外国人を捕まえて押し売りのポーターやガイドしたり、便所掃除したりさ」「うちの仕事さ。代々うちはそうなんだ。世襲制さ」わかったような顔をしてみたが、本当は半分しか判らなかった。もしかしたら全く判らなかったのかもしれない。

「俺、帰るよ。姉さんが心配するから。あなたはホテルに帰るの?」「ホテル?」そこで彼女はすでにチェックアウトしたことを思い出した。今日は宿なしだ。しかも慣れない事をしてくたくたで、すでに日中の大半を消費した。

「じゃ、うちにくれば? スラムだけど。すぐ近く。狭いけどいいよ。その代わり宿代取るよ」「お、お願いします」ひ弱な旅行者はたくましい生活者の少年にすがるしかなかった。すでに肉体も精神もひざまずいている。「名前は何ていうの?あたしは上川美貴」彼女の手を引くように歩いていた少年は振り向いて言った。小麦色の顔の真ん中から白い歯が見えた。「アショーカ。アショーカだよ」世界史に残る王と同じ名前だった。

 夜を迎える前の異国は旅行者にはまるでホラーの世界だ。呪文のような言葉が飛び交っている。アショーカが路地から大きな道に出たので、美貴も見失わないように走り出た。その瞬間に足が何かに引っ張られるように止まって、思いっきり転がった。声を上げ、足元の障害物を見た美貴は凍りついた。このような物は見たことがなかった。こんなところにあってもいいものかと思ったくらいだ。あり得ない。そんな事は。道路の隅に転がっているはずがない。人間が。
 「足元、何かある。何? まさか?」「気にしない。気にしない。問題ない。人が死んでるだけ」
「やっぱり死んでるの?人間なの? 猿とか犬とかじゃないの?」「気にしない。気にしない。めずらしくない。車にはねられただけ」「誰も助けないの? 病院に連れて行かなかったの?」「助けてどうするんだよ?誰が面倒をみるのさ」そう言ってインドの少年は何も見なかったかのように歩き出した。