落ち着くところに 落ち着いた!
「田岡一雄三代目」→「山本健一」→「竹中正久」
の本流ライン・・・
「田岡一雄」「山本健一」・・・亡き後・・・
四代目になるのは「竹中正久」を於いて
他にいなかった!
その後・・・
五代目・・・「渡辺芳則」
六代目・・・「司忍」・・・と続いたが・・・
「山口組」は「竹中正久」の死によって
終焉したといっていい!
気力・胆力・知力・こういったものは
見せ掛けだけで産まれるものでない!
五代目・・・「渡辺芳則」は「山本健一」の
「山健派」を継承し・・・いわば親の七光りで
五代目↓になったものであり・・・
実質は「若頭」の「宅見勝」↓の
操り人形といってよかった!
六代目・・・「司忍」は
アントニオ猪木に勝るとも劣らない
長いマフラーを首から垂らし
ソフト帽子をかぶり・・・
ジャニーズばりの カッコ良さで
記者会見等を行ったりしていたが・・・
時代と共に現代的に変貌していくのも
理解は出来なくも無いが・・・
極道の真の本質はくどいが・・・
「竹中正久」で終わっているといっていい!
さて「四代目」になった「竹中正久」はまず
「一和会」の切り崩しに取り組んだ
当初は数において劣勢だった「山口組」だったが・・・
またたくまに・・・逆転現象が起こった!
全国の様子見の多くの組が
「竹中正久」の豪腕と
「山本広」の胆力の無さに
気づき始めた!
それになんといっても「山口組」の代紋が物言わぬ
威力があるのを誰も知っていた!
↓(これは山健派の代紋(バッジ)である)
「竹中正久」は「山本広」に引退を迫った!
日に日に衰えていく・・・「一和会」・・・「山本広」・・・
「二代目・山広派」の「若頭・後藤栄治」は
親分「「山本広」の惨状を目にし・・・
「山口組四代目」「竹中正久」暗殺を決意した!
全国の極道会に衝撃を与えた
「山口組四代目」「竹中正久」暗殺の一部始終を
詳細にお知らせしていきます
「竹中正久」暗殺の不穏な空気を
「若頭補佐・宅見勝」は感じていた・・・
「親分!気いつけな あきまへんで」
「弾が入っても死なん時は死なん
餅を食べて死ぬ奴もおる 命は時の運や」
「竹中正久」はボディーガードを嫌っていた
刻一刻と迫り来る「山口組四代目」
「竹中正久」暗殺のタイムリミット・・・
続く
「あっ!今夜はこれより久しぶりに
歌舞伎の稽古に行ってきます」