倉吉線廃線跡を巡る① | 山陰人のボヤ紀行

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1985年4月に廃止になった国鉄倉吉線。その廃線跡を見ていきます。

 

 

まずは、以前ご紹介した倉吉線鉄道記念館がある旧打吹駅跡。

 

ここは市役所にも近く、倉吉市の中心部付近にあるので、一時期ここが「倉吉駅」を名乗っていました。(現倉吉駅は上井駅でした。)

現在は遊歩道や公園となっており、横幅が広いことから結構広い構内を有していたことがわかります。

 

 

打吹駅から倉吉方の上灘駅の方にも廃線跡の遊歩道が伸びています。このカーブの具合が鉄道路線らしい曲がり方ですね。

 

 

 

住宅街の裏道的な使用用途でしょうか。

 

 

 

主要道路が横断しており、一旦遊歩道は途切れますが、その先もしばらく続いているようです。

 

 

続いては西倉吉駅跡。こちらは「ロードステーション」となっており、ホームと線路が一部残されていました。

 

 

 

元々、島式の1面2線のホームだったそうで、先に行くにつれ用地が狭まっているのがなんとなくわかります。

 

 

 

こちらは上小鴨駅跡。右側がサイクリングロードとなっており、先の西倉吉から続いています。

左側の四角の枠あたりに駅舎があったようです。

 

 

 

関金方は少し曲がっているのですが、1面1線の駅だったそうです。

 

 

 

最後に関金駅跡。今は広大な空き地です。旧関金町の代表駅かつ、貨物の扱いもこの駅までということもあり、広い構内を有していたようです。

 

 

 

こちらが駅前通り。言われてみれば確かに、という感じです。

 

 

 

ここに駅があったことを証明する「駅前自治公民館」という建物があります。

 

 

 

そして、関金より先、泰久寺駅との間には線路が残されている区間があります。

このような案内板もあり、倉吉市自体も観光資源として活用していこうとしているようですね。(廃線跡ツアーもありますし)

 

 

 

まあ、そりゃ35年も経てば草ぼうぼうになりますよね。(笑)

むしろ、よくレールが見えているなと思います。線路規格がかなり低かったようで、レールがだいぶ細いですね。(どうやら30㌔レールみたい)

 

このあたりから住宅もまばらとなり、ローカル線の雰囲気が濃くなってきます。

 

 

さて、この先の泰久寺駅跡には線路の上を歩ける場所があります。次回はそちらを歩いたレポートを投稿したいと思います!