回避依存症ときどきツインソウル

回避依存症ときどきツインソウル

恋愛でぶち当たった壁、回避依存症(恋愛依存症)とツインソウルについて考える

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こんにちは、いなまるです。
フォロー、いいね ありがとうございます。励みになります。


遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします



年末の空いた日にタイミーで仕事をしていたら、インフルエンザをもらってしまい正月はずっと寝込んでいましたゲホゲホ
5日目に医者へ行って薬でようやく熱が下がったものの、咳がめっちゃしつこい…
喉に何か詰まっているかの様な息苦しさが続いています。

バイトは接客業なので休ませてもらっていますが、うかつに風邪もひけないなと痛感しました。
これまでお客様との接触は少ない配達業だったため、多少の風邪気味であっても仕事をしていたので気が付かなかった部分です。
コロナの時期は業種関係なく感染対策に必死でしたけどねあせる
あの頃と同じ様に体調管理はしっかりしようと肝に銘じました。

年末バイトの時給に目が眩んで考えが及ばなすぎました。
インフルエンザかかって働けないし体力落ちたし損失の方がでかかった笑い泣き



さて前回ちらっと書いた前職を辞めた後にあったスピ的な出来事の話です。


仕事を辞めて半年くらい経った頃、やりたい事もなく実家の手伝いをするのも嫌になって病んでいました。

重い腰を上げて実家へ行った日のこと。
つけっぱなしになっていたTVの番組が終わり親が適当にチャンネルを変えたところ、ある施設の紹介が始まります。
何となく気になって見ていると私がスピリチュアルに目覚めるきっかけになった恩人が出てきてビックリしました。

恩人とは

に出てくるSさん


出会った時はツインレイではないか?と思ってしまう位、惹かれるものがあった男性です。

年下ですが当時から特定の界隈で活躍されていて大物の風格があったので、今何をされているのか気になって時々名前を検索してしまう事がありました。
いけない事だとは思いましたが、それが無かったらその施設が映った所で何もピンとこなかったに違いありません。

久々に見た彼は元気そうで、頑張る姿を見て元気を貰いました。

後々知ったのですがそのTV番組は再放送で、たまたまその時間に放送されていたものみたいです。
自宅にTVは無いのでわざわざ実家に行ってまで見せられたのは何故だろう?と思いました。

すっかり忘れてしまっていましたが、当時ツインレイを知ったばかりの私は彼の生き方を尊敬しこんな人になりたいと仕事に打ち込む様になったのです。

結果人生が好転していったという過去があります。


あの頃の気持ちを思い出しなさい


というサインでしょうか。


あの頃は先のことなど考えずに無我夢中で生きていたので波動の上がり方も凄かったです。


今はどこかに「頑張った所で報われないんだろうな」と思ってしまう自分がいて、頑張る事に疲れてしまいました。

多分頑張り方が間違えているんだと思います。


今回の事は昔の様に劇的な変化には繋がらなかったかもしれないけれど、生きる支えにはなりました。


今の自分を100%捨てるくらいの勇気が無いと本来の自分の力を発揮するのは難しいんだろうなと、自己啓発系動画を見ながら感じました。

自分にはまだブロックが多すぎます。


2025年に少しでも進化できるようやり方を考えながら生きていきたいです。


読んでくださりありがとうございました!

フォロー、いいねして頂けると嬉しいです花

お久しぶりです、いなまるです。
フォロー、いいね ありがとうございます😊



仕事を辞めてから仕事のストレスからは解放されたものの、後になってみたら仕事に救われていた部分も多くあった事に気付きました。
家庭のストレスは同僚に話すことで軽減できていたし、仕事で頼られることで得られた自己肯定感もありました。

辞めた後それらは無くなり、貯金もみるみる減っていく。
仕事中心の生活だったため趣味も無くなっており、生きる目的が分からなくなって寝られない朝が起きられないという悪循環に陥っていました。

働かないで投資や副業をして生活したい、そう思っていましたが日本の経済も良くならないしなかなか厳しい…
少しずつでも良いから自分の出来ることを探そうと思い、重い腰を上げて仕事を探し始めました。

長年配達だけをやってきて今40代に突入。
履歴書に書ける特技が無い事に今更気が付いて、色々と考えた末、飲食系の経験をつもうと考えました。

しかし未経験+難聴者なので面接で落とされる可能性も高い。
求人を見るのも疲れてきていた最中、近所にオープンしたレストランの求人を発見。

面接の時相手の反応があまり良くない様に思えて、落ちたな…と思っていたらなんと試用期間付きで働かせてもらえる事になりました。

しかし洗い場や調理補助辺りを希望していたのにホールもやる事に。

ホールだったら絶対落とされるだろう話だけ聞こうと思っており、お店の事を知らず先入観の無い状態で応募してしまったのも何かの導きなのかなと思っています。


感音性難聴+シングルタスクの傾向がある私にはかなりハードなお仕事ですが、人手不足なのとオーナーが良い方で使って頂ける様なので出来る所までやってみようと思います。


さて今回は辛くて後回しにしていた会社を辞めた時の話とツインレイストーリーのその後をお話します。
時期的にはこの頃のお話です。



登場人物 (年齢は当時)


いなまる 30代女性/難聴/未婚

Yさん 同僚/50代男性/×1/ツインレイ(仮)

Mさん 職場のリーダー的女性/50代既婚

Sさん 元上司/40代男性/×1

Wさん 上司/50代男性/ヘビースモーカー



2年前に父が倒れた後に前の上司であるSさんの異動が決まりました。
お恥ずかしい話なのですが当時の私はYさんに片思いしつつ、Sさんは厳しくもあり過去一まともな上司で理想的な男性でした。

在籍年数もこれまでの上司の中で最も長く、自分から話しかけて雑談する事も度々ありました。
しかし異動が決まった途端に自分の心がスンッと冷めた様な感覚に。
父の事と時期が被って余裕が無かったのもありますが、今思えば離れる事へのショックに対する心の防衛反応だったのかもしれません。

好みのタイプを前にすると素も出せず拗らせたツンデレの様になってしまうので、理想の人とは今後も縁は無さそうです😂


入れ替わりに来た上司のWさんは古株なものの、全く違う部署にいた人で現場慣れしておらず頼りない印象でした。
頻繁に喫煙所に行くので社員からも良くは思われていません。

当時片思い中のYさんとの関係は年単位で言っても良く言えば穏やか。

嫌な顔をせずに私からの質問に答えてくれる様になったくらいで大して変化も無かったよう思います。

上司が変わって一年もしない内に私のしていた仕事が無くなることが決まります。
時代と共に淘汰されていく仕事だとは思っていましたがこんなに急だとは思いませんでした。
私は障害者枠にいたため残る事もできましたが、お局Mさんから離れたかったし退職金も出るとの事なので退職を選びました。(結局Mさんも辞めたそうですが)

内心退職する事でYさんとの関係に変化があるのではと期待する部分もありましたが、そううまい話はありませんでした。

辞める時に挨拶をしたものの普通に返されて、痺れを切らした私はLINEで好意があった事を伝えました。
しかし返信は一言

「ごめんなさい」

でした。

けれど今現在に至るまでに不思議な事は何度もあったので、ツインレイではないけれどご縁があったのは確かなのだと思います。


Yさんとは直接プライベートな話をしたのは初めの頃の数回しかありません。
それでも同僚から聞いてもいないのにYさんのプライベートな話を聞かされる事が度々ありました。

仕事を辞めて一年近く経った現在、元同僚からYさんが半年前に他の仕事に転職したと聞かされました。
驚きましたが見かける事も無くなっていたし、LINEのアイコンが変わっていたのでそういう事だったのかと納得しました。


これまで深く関わった人は役目を終えると皆目の前からいなくなる。

お互い会社を辞めようと思っていた時期に出逢って、そこから10年影響し合って変わる必要があったから側にいたのかもしれない。

今はほとんどYさんの事を考える事はなくなったけれど、家族の様な親しみを感じた人は初めてだったので立ち直るまでは結構病みました。

自分の勘違いだったとしても他の人にするのとは違うYさんの態度にモヤモヤする事も多く、何も話してくれないので結局の所霊視をできる方数名に占いをお願いしました。

どの方にも共通して言われたのがYさんは前世で家族に近い関係で何度も会っていて、お互いを成長させるための存在だという事。
ご縁が深くなかなかすんなり離れられない存在なのだそう。
カルマメイトと呼ばれる関係なのかもしれませんが、ツインレイでなくてもここまで執着するのねと驚きます。

ツインレイに逢いたいですか?
と聞かれてもよく分からなくなってしまいました。
これ以上にハードな展開になるなら逢わない方が幸せなのかもと考えてしまいました。



仕事の話に戻ります。
退職が決まってからも忙しいのは変わらないまま期日を迎えました。
最後の方では同僚やお客さんとの交流も沢山できて、凄く幸せな気持ちでした。

退職当日ありがたい事に色々な人から餞別を頂いて、持ち帰れない仕事道具を配達で使っていたバイクに積んでおいたんです。
退社から一週間ほどで制服の返却に行こうとしていた頃に積もるほどの雪が降り、退職後気が緩んでいたのもあって数日先延ばしにしてしまいました。

雪が少し溶けた頃に会社に向かうとバイクに積んでおいた荷物が一つもありません…
Wさんに確認すると

 「いらない物だと思って捨てちゃったよ」

今となっては何故書き置きしておかなかったのか後悔しかないのですが、退職時に連絡先を書かされたので何かあれば連絡が来るだろうと油断していました。

あんなにも幸せな気持ちでいたのに一気に人間不信に陥りました。
すぐに取りに行かなかったのが悪いんですけどね😓

唯一良かったのは自暴自棄になって断捨離がはかどった事だけです。
その後Yさんとの事もあってしばらく会社にも近づけない位トラウマでした…

もう一つスピ的な出来事があったのですが、それは次回お話ししようと思います。
ツインレイの話はまた何か動きがあった時にお話するかもしれません。

最後までお読み下さりありがとうございました🙇‍♀️


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ブログの登場人物


いなまる 30代♀/難聴/HSP/アパート暮らし未婚


いなまる姉 40代/グレーゾーン/実家住まい未婚


いなまる父 70代/難聴/脳出血で倒れ半身麻痺


いなまる母 70代/専業主婦




本日二本目は介護支援の意外な落とし穴の話です。



私の住んでいる市では月に二度ほど広報誌が発行されていて、介護に関する情報も書いてあります。
介護用品の貸し出しや高齢者の買い物ゴミ出しの支援など様々な行政サービスがあり、負担も減るので活用できるものはしていきたいですよね。

私が利用したいと思ったのはオムツの支給です。

父は半身麻痺になり寝たきりではないものの、排泄の制御が難しいためオムツが欠かせなくなりました。
昼はパンツ型、夜はテープ型でプラス尿取りパッド使用でオムツは安いものを探しても30枚ほどで2000円。

子供のオムツも購入した事がないので値段の感覚が分かりませんが、結構お金がかかるなと思いました。

市の支援ではひと月5000円までのオムツを支給してもらえるとあったので、市の高齢者あんしんセンターに詳細を聞きに行ったのです。


相談員の方に話を聞いてみるとオムツ支給のサービスは寝たきりの方に限られるとの事。
父親は退院した時点で寝たきりではない要介護2の認定でした。

小さく書いてあったのかもしれませんが、相談員の方も

「簡単に利用できるかのように書いてるけど、福祉の支援は結構条件があるものが多いのよ」

と言っていました。
広報誌もスペースに限りがあると思うけれど、最初に大きく書いておけば相談員の方がわざわざ説明をする必要が無くなるのに。要介護度だけでなく人によって違うのでしょうか?

でも親身になって下さる相談員さんだったので、当時背負いすぎていた家族とのモヤモヤを聞いて頂き少しだけ気分が軽くなりました。

何も出来ないけれど話は聞くからいつでも来てくださいね

赤の他人の方が話しやすい時もあるでしょ?

とまで言って頂き聞いてもらう事の大切さが身に染みた出来事でした。

介護に関係が無くても生きづらいと感じる世の中。
悲しいニュースを目にする事もよくありますね。
世の中に絶望する人の気持ちは自分自身が経験して分かるようになってしまいました。

私自身はまだ受け止められる状態には戻っていないけれど、そういった活動をされている方や話を聞いて下さる方には頭が下がります。



仕事を辞めた後は環境を変えるために断捨離をしています。

仕事をしていた頃は片付け方が分からなくて途方に暮れていましたが、ようやく物の分別ができるようになって減らせるようになってきました。

まだ仕事をする気にもならず何をしたいかも見つかっていません。


家族の事で心が折れそうになる事もありますが、複数の事を同時にこなすのが苦手になってしまったので目の前の課題を一つ一つこなしていくしかなさそうです。


次何を書こうか考え中ですが話題が浮かんだらブログを書きたいと思います。


お読み下さりありがとうございました。
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