そんな母にも、もちろん家族想い?な一面もあったはず、、、



しかし、いつしか


 

家族重いに、、、チーン





親は知らず知らずのうちに「重い」存在になってしまう可能性もあるって事ですね




(と言う字は)は木の上に立って子を見る




と言うけれど、今度は





子が大きくなって





木の上に立って親を見てみてみる必要がある








親だって完璧ではないのだ





大きくなったら親の事を





木の上に立って見てみよう




自分があたりまえだと思っていた事が周りにとってはあたりまえでなかったなんて事は山のようにある

  



親元を離れる事で
客観的に自分を見つめる事ができるはず





3人の子どもたちには、
早くから親元を離れる事を意識させて育てた





今ごろ、木の上に立って私を見ている〰ゲッソリ





子どもには子どもの人生





私には私の人生




それでいいのだ〰!!


(出来るだけ早く気付きたいものですネビックリマーク
随分と遠回りしてしまった私




自分が抱えている問題って、何?




長いことわからなかった




誰に相談?




何を相談?




わからなかった




わからないから
相談する事もできない





長い長いトンネルをずっーと通ってきた









そんな遠回りをしないでほしいから





伝えたい





困難を乗り越えたから伝えられる





遠回りしないで笑顔になる方法 





女性が抱える多くの問題 





心の痛み、生きづらさ、心に抱えた悩み





私のように長い間、苦しまずに




一日でも早く自分らしく生きるために




〜あなたの笑顔が見たいから〜



あなたの心と身体を開放へ導きたいから



私に出来る事



家族を支えたタッチケア、ハンドマッサージであなたをサポートします



人生100年時代



これが生涯の



私のライフワークだあ!!




引越してからも続く母親の過干渉




大方拒むこともせず、事なかれ主義
見て見ぬふりをしてきました
争い後が面倒




しかしながら




エスカレートする一方の過干渉




何故、母親が干渉してくるのか??




大凡は気付いていました




3人姉妹の末っ子




上のふたりは長男に嫁ぎ




私の夫は次男





母親のマインドコントロールは完璧でした





可愛そうな自分を演じ





手が差し伸べられるようなアクションを起こす





言葉匠にその場、その時にあわせて嘘も方便





全て自分中心で世の中が回っているかの如く、、、




母親思いの優しい娘の如くに育てられた私は人を疑う事も知らず





もちろん母親を疑う術などありません




いつしか母の願いや思いを叶えてあげる事が



私がすべき事だと思わされるようになっていました





尊敬していた母親の実態を垣間見た時
は愕然としました






3人の娘を思い通りにマインドコントロールする母




自分の娘に嫉妬??





感情を顕にする子離れ出来ない母親





理解し難い母親の感情に翻弄される中





我が家に次から次と起こる試練、、、





目の前に起こる出来事に正面から向き合って解決していく事で精一杯



・就学自前に判明した長女の視力の問題



・夫の交通事故



・長男の骨折



・父の入院(癌)




・次女の病気



・母親の入院(脳梗塞)



・夫の死



etc、、、




心の問題を考える時間もないまま
めまぐるしく時が過ぎ





自分の意思を表現する事が出来たのは
父の死を目前にした時




何も変わらない母に
ようやく決別の意思を表現する事が出来たのです






今まで囚われいたものからようやく開放された瞬間でした





はあ〜





自由になったあ〜!!




「憧れの結婚生活」は本当の意味で「幸せな家庭」では無かった


けれど、、、 
 

もがきながら築いた
「私のファミリーヒストリー」




「私の家族」は宝ものである照れ



〈しくじり先生〜長い結婚生活編            The end〉

(大切な事にはもっと早く気づかなくっちゃね!!ニヤニヤ

当時、私はつまんねー奴だったに違いありません

 

 

 
 (チコちゃんから借りました)
 
 
夢みる夢子??
 
 
 
 
 
いや、いや
 
 
 
 
 
自分しか見えていなかったでしょポーン
 
 
 
 
 
 
蓋を閉めていたつもりの私の心の中
 
 
 
 
 
 
私の心の中はだだ漏れだったに違いありません
 
 
 
 
 
 
「蓋」をしていると思っていたのは私だけ
 
 
 
 
 
 
 
当時の私の本音、今にして思えば、、、
 
 
 
 
 
 
ただ、ただ自分の理想だけ!??




それだけかい?! 
   
 
 
 
 理想って何だい??


 
 
それじゃあ
ってられねぇードンッ
(夫はたぶんそう思っていたでしょう、、、)
 
 
 
 
 
 
 
振り返ってみると
 
 
 
 
 
 
3人姉妹の末っ子
 
 
 
 
 
典型的な過保護 
 
 
 
 
 
 
甘やかされて育った私
 
 
 
 
 
そんな自分に気づく由もなし
 
 
 
 
何もかんがえてなかった?!
 
 
 
 
ただ、何かがおかしい??
 
 
 
 
 
何がおかしいの??
 
 
 
 
 
歯車がまわっていない??
 
 
 
 
 
って事には何となく気づいていた
 
 
 
 
 
 
しかし
 
 
 
 
 
 
心、ここにあらず??
 
 
 
 
 
 
何故、歯車が上手くまわらないのか??
 
 
 
 
 
わからないまま
 
 
 
 
 
子育てに追われ、日々は過ぎていった
 
 
 
 
 
夫との関係は悪循環
 
 
 
 
 
 
年間行事を欠かさず執り行うことで
 
 
 
 
 
 
「形式的な家庭」を何とか維持していた




 
 
 
 
 
 
さらに
 
 
 
 
 
 
実家との関係も悪化??
 
 
 
 
 
 
夫と実家の板挟みチーン
 
 
 
 
 
 
感情を封印しているだけでは何の解決にもならない事にはやっと気づいた



 

しかし
 
 
 
 
 
 
我慢する事が美徳と体得してしまっていた私は
 
 
 
 
 
 
精神が破綻しつつあった、、、
 
 
 
 
 
 
 
それでも「幸せな家庭」を夢見て??
 
 
 
 
 
「形式的な結婚生活」を続けた
 
 
 
 
 
今度はさらなる新転地を求め
 
 
 
 
 
 
過干渉の実家から逃れる目的で
 
 
 
 
 
引っ越しを計画
 
 
 
 
 
3人目も授かっていた
 


 
 
〈つづく〉
 
第二子愛でたく授かるも





相変わらず自分に夢中な夫





それが「夫の生き方」





私の仕事は「子育て」





自分に言い聞かせていました





自分の感情は封印するのがより日常的に







自分の中に有る「絵に書いた餅」まっしぐら⤴ポーン






たまたま売りに出された実家の近くの中古住宅を入手




まさにスープの冷めない距離




 



次男だった夫は私の実家近くに住む事にも賛成ウインク





「憧れの結婚生活」
さらに順調に進んでいるかの如く







そして





新居に引越して間もなく第二子(長男)も無事生まれ






実家近くで暮らせる事になった私は






実家のサポートも有る中






何の問題もなく幸せな生活を保証されたように感じていました





そして





それから程なく始まる





夫の○○、、、


〈つづく〉