私にとっては、『8647』は素数の一つにすぎません。
私にとっては、『8647』は素数の一つにすぎません。
2.1.多細胞へのハードル
2.2.知的生命への条件
3.1.人間原理
3.2.新人間原理
4.1.地球文明の現状
4.2.核抑止力
5.1.天文学者の憂慮
5.2.電波文明の寿命
5.3.電波文明の寿命を逆算
〈〈 編集後記 〉〉
これを書き始める切っ掛けは、トランプの目に余る暴走ぶりから、人類滅亡の危険性が増大し始めたと感じたからです。
人類に至る生命の進化は、幸運の連続だったと考えています。
20億年以上もかかった単細胞から多細胞への進化は、何が切っ掛けだったのでしょうか。
地球自体の変化、彗星や隕石の落下、木星重力による地球の公転軌道へ影響等、何があったのか、さっぱりわかりません。
単なる偶然かもしれません。(私は、そう思っている)
とにかく、幸運にも、多細胞生物へ進化したことで、知的生命への道が開けたのです。
知的生命への進化には、少なくとももう一つのハードルがありました。
恐竜や哺乳類の出現は、三畳紀末でした。
そこから、ジュラ期、白亜紀と進化は続いたのに、知性はそれほど進化していません。
それは、恐竜も哺乳類も、同様でした。
それが、恐竜絶滅後は、知的生命への進化が着実に進んでいます。
根拠はありませんが、気象が不安定化し、柔軟に対応する必要が生じたのではないかと、私は想像しています。
程度の差はありますが、哺乳類だけでなく、恐竜の子孫である鳥類も、脳容量を増やしています。
恐竜絶滅後に、それまでとは違う知的生命への進化が起きています。
今、トランプは、数百年前の価値観で、現代科学を使い、世界を動かそうとしています。
極めて危険な時代に入っています。
2004年にノーベル物理学賞を受賞したデイヴィッド・グロス氏は、「人類に残された時間は35年だ」と警鐘を鳴らしています。
昨今の世界情勢の悪化から、「核戦争が勃発する危険性は2%程度」と言われており、今後35年間に核戦争が起きる危険性は50%を超える計算になります。
グロス氏は、それを指摘しているのです。
実際、プーチンは、核の脅しを仕掛けています。
本当に、人類は滅亡するのかも・・・
2.アベニールとの違い
一部で、初代アベニール(W10)を『姉妹車』と思っている方もいますが、プリメーラとは、前後のサスペンション、エンジン等の主要部分が異なる別車種です。
ボディは、前後のサスペンションの違いから、大きく構造が異なっていました。
特に、プリメーラのマルチリンク・フロントサスのアーパーアーム取り付け部は、ファイヤーウォール(バルクヘッド)に結合していたので、剛性に寄与していました。
アベニールのフロントサスは、ストラット方式だったので、路面からの衝撃はストラットタワーに入力しますが、バルクヘッドとは離れているので、プリメーラのような剛性は得られません。
リヤも、プリメーラはセダンボディなので、リヤウィンドウ下のアッパー・バック・パネルで左右を結合しており、ワゴンボディのアベニールとは剛性に差がありました。
リヤサスも、プリメーラのパラレルリンク・ストラット式に対し、アベニールはラテラルロッド付トーションビーム式でした。
プリメーラのリヤサスは、パラレル・リンクなので、ロールや横荷重でトー制御が可能ですが、アベニールは、3リンク・リジットの変型(トーションビームとの組合せ)なので、トー制御はできません。
(近年のトーションビームは、セミトレ式サスに似た動きをするので、トー制御も可能)
センターピラー(Bピラー)の位置も、プリメーラの方がやや後ろにあり、フロントドアの大きさや形状も異なっているようです。当然、リヤドアも別物でした。
プリメーラはプレスドア、アベニールはサッシュドアと、こんなところも違っていました。
確証はないのですが、ウェザーストリップも違っていたようです。
シートも、別物でした。
特に、一部に悪評もあったプリメーラのダイヤル式リクライニング機構は、アベニールには採用されていません。
リアシートは、使用形態が異なるため、当然、全くの別物でした。
2Lのエンジンも、型式こそSR20DEで同じですが、プリメーラは、排気バルブにナトリウム封入バルブを採用し、圧縮比も10.0に高められた別物でした。
細かなことを言うと、ボンネットやフロント・フェンダーも、微妙に形状が異なります。
ヘッドライトも、似て見えますが、かなり形状が異なります。
外観の雰囲気は似ていますが、両車は共通点の少ない関係にあります。
強いて、アベニールの姉妹車を探すなら、U12ブルーバードかもしれません。
フロントサスは同形式ですし、エンジンの仕様も同じです。ホイールベースも同じです。
細かなところでは、どちらもサッシュドア(プリメーラはプレスドア)でした。もしかすると、フロントドアは、同じものかも? (プレスラインは違うから、たぶん別物でしょう)
強いて言えば、W10アベニールは、P10プリメーラよりU12ブルーバードに近いように見えます。(シャシーについて、「強いて言えば〜」ですよ)
プリメーラとアベニールの間では、共通部品もあったはずです。
ですが、コストを無視しているかのようなプリメーラ用の部品をアベニールに使えば、量産効果による原価の低減効果を上回るアベニールの価格上昇を招きます。それは、商用も兼ねるアベニールには、重大な問題です。
それ故、共通部品は、意外に少なかったのではないかと、勝手な想像をしています。
実際、共通部品がどこに使われていたのか、プリメーラ・ユーザーだった私でもわからないほど、両車は大きく異なるクルマでした。(ステアリングとコラムは共通?)
ちなみに、アベニールの欧州名は、プリメーラ・ワゴンだったそうです。
アベニールをプリメーラの姉妹車と捉えるのも、強ち間違いとは言い切れないようです。
「ボーリングの球のようなインパクタを、高さ20ftからの落下に相当する速度で、ボンネットに衝突させる試験で、ボンネットが大きく変形しすぎて、インパクタがエンジンルーム内の機器に激突してしまい、検査に失格した」
これを、トランプは、「ボーリングの球 を高さ20ftから落下 させる試験で、ボンネットが 変形し 検査に失格した」と、都合良く解釈したのでしょう。
11.身の丈
中国が空母『遼寧』を就役させると、空母必要論が噴出しました。
『いずも』や『かが』を改良して強襲揚陸艦相当まで引き揚げて、F35Bの運用が可能にし、空母を持ったかのように言っています。
でも、空母に空母をぶつけるつもりなのでしょうか。
韓国が原潜建造を目指すと報じられると、今度は、原潜必要論が噴出しました。
韓国と、原潜同士の潜水艦戦をするつもりでしょうか。
空母vs空母より多少はマシな戦闘になるはずですが、オモチャを欲しがる子供のようです。
原潜が活躍する未来は、おそらくないでしょう。
それより、厄介な原子炉の後始末を無視していますよね。
全体に言えることは、兵器による抑止力を期待し過ぎていることです。
核であろうと、非核であろうと、兵器による抑止力は、こちらの兵器を見て相手がビビってくれないと、意味がありません。
でも、こちらの思惑通りに、相手がビビるでしょうか?
抑止力に期待する心理は、「これだけ武器を揃えれば、ビビって攻撃してこないだろう」との思い込みでしょう。
この裏返しは、本人が周辺国の武力にビビっているのです。
だから、こちらの武力には、相手もビビると思い込んでいるのです。
もう一つの心理は、「備えあれば憂いなし」で、充分な戦力があれば戦えるとの思い込みがあります。
ですが、実戦になると、戦略や戦術といった面、あるいは、兵站のような継戦能力や、国民の危機感のような精神面も、関係してきます。
更には、停戦協議のような外交も、大きくものを言います。
実際は、「備えあっても、憂いだらけ」なのです。
特に、停戦協議は、非常に難しく、上手く停戦協議をまとめる外交力が必要です。
ですが、停戦をまとめる外交力があれば、その外交力で開戦を回避できるものです。
空母にしても、原潜にしても、莫大な費用が必要です。
費用が大きいだけに、費用対効果は極めて重要です。
今の日本は、経済は衰退しているし、少子化で人的資源も減少しています。
空母も、原潜も、費用に加えて、人員を必要とします。
特に、空母は、労働集約型の兵器なので、少子化の日本には不向きです。
・空母や原潜に担わせる役目は何か?
・それを代替する方法はないか?
・空母や原潜が担うべき役目の優先度はどの程度か?
等々を考えれば、必要性も見えてきます。
同時に、代替案の課題も、多少は見えてくるはずです。
今回、原潜を超える潜水艦を考えてきましたが、課題も見えてきました。
最も大きな課題は、二次電池の性能です。
副次的な課題は、水素吸蔵合金の性能です。
これらは、民間転用も可能な技術なので、防衛予算で開発し、民間転用するのは、国力を増すためにも有益です。
ただ、政府は、逆を考えています。
民間で持つ技術や技術者を、軍事転用させようとしています。
これでは、国力を削って防衛することになり、大国との差が広がることになります。
身の丈にあった安全保障でなければ、いずれ国を滅ぼすことになります。
今の北朝鮮の体制が、今世紀末まで続くと思いますか?
北朝鮮は、国民の生活より、安全保障を優先しています。
(それでも、日本より、国民の生活を重視しているかもしれません)
身の丈を超えた安全保障政策を続けるとどうなるか、北朝鮮が見せてくれることになるかもしれません。
(日本の方が長く続かないと、見ることができませんが・・・)
防衛費増大に反対すると、保守派は「周辺国の情勢が見えているのか? 現実を見ろ!」と言いますが、身の丈を見ないのも、現実を見ていないことになります。
ほんと、視野を広げてバランスを考えないと、足元から崩れますよ。