頬から離れた手は、そのまま下に降りて行き
やっぱりちょっと可愛い両手が、私の両手を軽く上から握って
「ごめん。甘えた」
握った両手を、遊ぶようにユラユラ上下させる。
「え?」
「さっき。子供みたいな態度とった。ごめん」
うつむいてその手のほうに視線を落としたまま、和也が静かに言った。
いきなりのごめんに、私は戸惑う。
「俺だってもっと知りたいよ」
「……」
「知りたいからこうして一緒にいるんじゃん」
おでこがゆっくりと、こつん、ってくっつき
視線は合わせないまま、近くで響くトーンの低い声。
「知ってもそれでも一緒にいたいからいるわけで
時々こうやって補修修正が必要でもね?
俺は、あんまちゃんと伝えられないかもしんないけど」
「…うん」
「つーかこっちだってしょっちゅう戸惑ってんだけど。
なんか今日もいきなり予期せぬ我慢が爆発しましたみたいにメソメソ泣くし」
「め、メソメソ…」
「一緒に住んでるヤツに言われてみ?アンタ理解できない、わっかんないよ。って(笑)」
「そんな言い方してないよ…」
「大体嫌んなるほど重荷に思ってることがあったら一緒にいな…
おい、今日は泣くねホント(笑)」
ふふふ、って大好きな笑い声が、至近距離で聞こえる。苦しくて、ギューってなる。
私の手をぎゅっと握るその手は、私の手より大きくて
あ、やっぱり男の人の手だ、って思う。
こんなにも安心する。
「不安にしてたならごめん」
そんな自分は単純だと思う。
「まぁいっこ老けたわけだけど。今年はこのふたりの部屋で老ける瞬間を迎えられて
悪くないなーって思いましたよ?」
気付いたのはいつだったっけ?
ちょっと照れたり言いにくい事を口にするときに出る、敬語を使うクセ。
たったそれだけの小さなことに、心は跳ねる。
「ちょ、老ける老ける言わないで」
「お互いの事も色々気付けるようにさ、うん、じゃあこれからもっとガン見レベルで観察するから」
「ガン見はいやだ(笑)」
こんな一言で落ち着く私って、なに。
私ってこんな単純だったっけか。
なぜか和也に恥ずかしい弱みを見せた気分。
まだ、不安。
不安だけど、こんな風に少しずつ新しい一面を知る事が
喜びでもあるのかもしれない。
「わかった。私からも質問攻めにするから」
「いやね、ちょっとは手加減してよ?」
「明日なに食べたい?誕生日」
「ハンバーグ」
「即答した。考えるのめんどくさいからでしょ」
「ちげーわ本当に好きなんだって(笑)」
目にかかった無造作な前髪から覗いた、
「え?マジだよ?ホントよ?(笑)」
柔らかく笑う目に見とれていた。
もんだから、その甘い沈黙を破るように鳴ったスマホの着信音に異常に驚かされるハメになる。
「はい」
和也が画面をタップし相手へ呼びかけたのとほぼ同時に
“はぁっぴばーすでーとぅーゆ~♪”
電話越し、私にも聞こえるくらいの大人数で陽気に歌われるバースデーソング。
祝われている本人は呆れた顔をしたけれど、なんだかんだでニヤケながら
え?あの人の声かな?誰々もいるかも。と歌声からの推測で親しい友人たちの名前をこちらに向かってささやき始めた。
「あ~もしもしニノ?どうだった?皆からのおめでと~♪」
「潤君さ…周りのみんなも。酔ってるだろ確実に」
「えー?まだ皆帰らなくてさ、日付越したからニノ祝うかーっつって(笑)
あ、次こそ食事いこうよ。今日は楽しい時間を過ごしてね♡」
そこで電話は切れたらしい。
「終始一方的な電話だったなおい」
「あははは」
「勘弁してくれよ(笑)」
和也の好きなもの作るよ、なに食べたい?って明日も聞いて
答えてくれたところでまたハンバーグって言うんだろう。
明日もまだ、靄が残っているのかもしれない。別の不安が顔を出すのかも。
和也が見えない気がして焦るのかもしれない。
だけど。
少しずつ消えない時間を隣で過ごして
多分、がひとつずつ確かなものに変わって行けばいい。
スマホに向かって呆れ気味なため息を落とした横顔を見たらまた少し笑えてしまった。
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