野球と涙 | スロット・スタンス

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へっぽこ審判の学童野球日記 (特に女子野球応援してます!)

昔、野球で涙した日の事を、思い出しました。
 
10/13(日)夢の島グランドでは、深川秋季大会(ほとんどのクラブの六年生が、この大会で引退。つまり学童野球の集大成)が進行していて私は、第一試合(レッドソックスA対スネークスA)の塁審を務めました。
スネークスはALL江東女子のサナが所属、ミスズ(この子もオール)のお兄ちゃんがエースをしているので頑張って欲しいものです。しかし感情移入を抑えて、むしろ慎重にジャッジを心がけました。

試合は序盤、守備陣の乱れで大量失点したスネークス。
終始、選手達を鼓舞し続けた監督やベンチスタッフ、応援の母父たちの声また声。
しかし、劣勢を覆すこと出来ず敗退となりました。
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その日の午後、サナママに「残念でしたね」と声を掛けると…
親子で続けた野球漬けの長い日々の思い出が込み上げてきたのでしょう。
「悔しいです」と涙を流されました。

そう。去る三年前の秋。同じグランド。
2010年深川秋季大会、メッツ対パワーズ。
背番号1の息子。29を背負う私。タイトル奪取を六年生全員で誓い、挑んだ最後の真剣勝負。
しかし、彼の力投空しく0-3で敗北。
とにかく打てませんでした。

試合終了後は、私も彼も淡々としたもので(一部選手は涙を流していた)あっさり解散したのです。
その日の夕刻、総監督が宴席を設けてくださりコーチングスタッフが集結。
総監が「息子も呼んでやれよ」と仰ってくださいました。
TELして「総監が呼んでいる。直ぐ来いよ」
「わかった、直ぐ行く」しかし、待てど暮らせど一向にやってこない……
一時間以上大人たちを待たせて、やっと彼が来ました。「こんばんわ~」
せっかく背番号1を労うために呼んでいるのに、皆を待たせてしまって申し訳無かった感情が勝り、私は強い口調で
「遅いな!何やってんだよ!」
言ってしまいました。

「うん。ごめん」「スパイクとグローブ磨いてた…」
 
忘れません。 
3年生の夏はじめてもらった背番号は「0番」うれしそうな顔。
朝は、近くの公園で投球練習をしていた日々。
夜は、素振りとランニングしていた日々。

もう使わない道具に、お別れの儀式をしていて遅くなったというのです。
その瞬間、全てを理解した私は抑えていた感情が爆発して号泣してしまいました。
彼と一緒に一喜一憂したMet'sの日々は、これでお終いなのか…
その夜、一緒に風呂に入ったとき彼は「野球は好きだけどつらかった」と言ったのです。
好きで始めた野球がいつの間にか、周りの期待を背負って重荷になっていたのでした。
そして後日、自ら奮い立って中学で硬式のクラブチームに所属、投手に起用されましたが…
思春期前の少年でも、壁が実感できたのか「もうユニフォームの袖は通したくない」と言って野球を辞めました。
 
心技体の優劣を競い、勝敗がはっきりしてしまう野球。
個人が優れていても、努力しても勝てない。
でも努力しなければポジションすら獲れない。
周囲の人々の協力は当然。
縦割り世界。
監督・コーチ陣の人柄や指導方針。選手起用方針。
合併や分裂。
勝利至上主義or楽しい野球等々。
どこのチームも問題を抱えながら運営されて最後に笑えるのはたった1チーム。
 
野球に関わる人々の幸せの定義は十人十色、みな違うのかもしれません。 
だからこそ、熱くなり真剣に向い合い、勝っても負けても最後の瞬間に「涙」が出るのでしょう。
野球とは残酷なスポーツだと私は思います。