山の温泉は紅葉も終わりを告げると冬支度が始まる。
銀世界の美しさとは裏腹に厳しい生活がやってくる。
氷点下の町は風の音と犬の遠吠えだけが響き渡る。
ウォーン・・・ウォーン・・・
焼き鳥
「剛次郎!剛次郎ってば、いい加減、犬の鳴き真似止めろってばー」
今日は焼き鳥屋「鳥わか」である。
―鳥の気持ちは良くわかる―の略だそうである。
山の温泉ホテルが出来てから、町が明るくなった。
飲食店も増えだした。
大きなスキー場を誘致したせいもある。
まだまだ那須高原には及ばないが、山の温泉にも希望が出てきた。
「さー着いたぞ、剛次郎」まだ犬の真似をやっている。
「着いたかワン!」・・・気にせず入ることにした。
・・・ ・・・ ・・・
瓶ビールを頼み、グラスに注ぎ、飲みほした。
「寒いねー」と第一声の剛次郎、何でビールなの?と言いたそうに見るマスター。
「ホレ、飲め!」と私に二杯目を次ぐ。
確かに寒い。
「ねーマスター、何で入口の戸、閉めないの?」
完全に外と一体化している。
まるでオープンカフェで有るかのごとし、しかし、ここは山の温泉である。
「自分は焼き鳥に命を賭けていますから・・・」・・・だから?
「剛次郎、閉めようぜ」私は入口の戸を閉めた?
「あれ?」二枚開きの引き戸であるが、右を閉めると左が開く、左を閉めれば右が開く・・??
「てっ!マスター、戸が一枚しか無いじゃないですかー」180cmの入口に90cmの戸が一枚である。
なるほど!だから開けていたのか・・・マスターを見ると白を切って他所を向いている。
「いたたたー!」いきなりマスターの悲鳴。
「どうしたんですか?」カウンターを覗き込む剛次郎と私と髪の長い女性?
「いや、串で手を刺してしっまた。死ぬかと思ったよ」・・・命かけてるのか!本当に?
髪の長い女の人はカウンターから身を乗り出しマスターの手を握り、おしぼりらしきもので止血している。
「私、手当の経験が有りますから」
「・・・」私 「・・・」剛次郎・・・?
そういえばカウンターに一人居たような?というほど影の薄い人であった。
カウンター越しの二人はロミオとジュリエットを演じているかの様だった。
「あのー、お取り込み中申し訳ありませんが、焼き鳥はまだでしょうか?」
そういえばビールと一緒に注文したような気がする。
完全に忘れていた。ナイス剛次郎!
「今日は閉店です」・・・はー?はー?「ホントかよ」二人して呆れて気が抜けてしまった。
閉店と言われてしまっては帰るほかない、寒かったので丁度いいが、勘定を一万円札で出すと、お釣りが無いので、後日、釣銭を取りに来てくれという。普通は両替えしに行くと思うが・・・
焼鳥屋なのにマスターと客に呼ばせている所も不思議ではあるが、
とりあえず居酒屋ジンギスカンに行くことになる。
そして焼き鳥屋「鳥わか」が店を開いたのは5日目の晩だった。
店の前を毎晩通るが閉まっている。一体どうした訳だろうと気にはなっていた。当然釣銭の事もあったが、謎の女性も気になっていた。どうでも良いことだが、気になった。
しかも今日は私一人で行く、釣銭だけ貰いに行けないのでビールの一本でも飲むべきか、いや寒いので熱燗で行くか、焼酎のお湯割りも良いな・・・などと考えていると、お腹がグーと返事した。
「こんばんはー」今日は戸が有った。あるのが当然と思ったものが無くなった時、始めて大切さが解る。まるで家族や愛する人の様である・・・いや、戸が有るのは当たり前、戸締りどうしてたんだ?
「いらっしゃいませー」演歌歌手のような女性の声である。
「あ、この前カウンターにいた人」鶏肉に串を刺している。
「えへへ」マスターが照れながら出てきた。手には包帯がこれでもかと巻かれている。
二人は同棲を始めたそうだ。
その日手当をしているうちに愛が芽生えたそうである。
しかし手当のかい無く手は腫れに腫れ、
今日、山の温泉診療所で手術(切って消毒しただけ)したそうだ。
そして手が完治するまで、店を手伝う事になったというわけである。
「同棲って、本当?」マスターに真剣に聞いて見た。
「ハイ」&「ハイ」二人して見つめあい頷いた。
「剛次郎、何でお前来なかった・・・クク・・クク・・こんな面白い時に・・」
私は笑うのをこらえるのに限界だった。
それにしても恐ろしいのは食べ物を刺す串で化膿するとは?
洗っているのか?・・・考えると恐ろしい。
笑いと恐怖が同時に込上げてきた。
・・・朝・・・
翌日一番に、たぬき屋の旦那と居た剛次郎に教えてあげた。
「ところで、何でそんなに可笑しいんだ?」たぬき屋の旦那が聞いてくる。
私は笑って「だって・・だって・・ヒゲ、ハハハ・・ヒゲ・・」声にならない。
そしてやっと教えてやれた。
「わははは・・」「ははは・・」「はっはっ・・」もうどうにも止まらない。
実は彼女?男だったのだ。
マスターは気づいていないが、ヒゲが生えていた。
しかものど仏まである。
これには流石にまいった。
当然、話題の無い町である。
噂になると思いきや、誰も口に出さなかった。
それは二人の睦まじい姿に圧倒されてしまったからである。
しかし・・・破局はやってきた。
同棲して一ヵ月目にマスターに気づかれてしまったのだ、
そして、それから1年後に別れたそうである・・・冬支度をする前に。
悲しい季節は足音を残したまま繰り返す・・・龍
「一年後?なんだそりゃ?」親父が首をかしげて冬空を見ていた。

