こんにちは「毒親育ちからハートフルライフへの橋渡し屋さん」のハートフル ニコで~す。
今日は先日のセッションからのシェアになります。
父「A家で〇〇してないなんてウチくらいだぞ!皆に笑われるぞ!」
父「〇〇しないのか~!私に恥をかかせるつもりかぁ!勝手にしろぉ!!」
父親や母親とのこうしたやり取り「あるある」って人は最後まで読んでくださいね。
親がこうして世間体や親族の目ばかり気にしているのって
なぜだと思いますか?
まず初めて言っておきます。
・性格
・人格
ではありません。
そして、親のこの【周囲気にする度】が高ければ高いほど
あなたも【周囲気にする度】が高いはずですが「どうですか」思い当たりませんか?
そして、そのことで苦しんではいないですか?
・人からの目
・人からの意見
・人からの非難
そうしたものに怯えて生きていないですか?
人から嫌われることに怯えて生きていないですか?
そして、いつも
「もっと自分らしく生きたい」って思っていませんか?
目の前の人や人達に気を使って疲れてしまい悲しくなったり、ついには周りは私に気を使ってくれないと腹を立てていたりしませんか?
親切貧乏恨み増す神になっていないですか?
不本意ですよね?
だって、そんなことになりたいなんてちっとも思っていないですもんね
本当は
・いつもの自分の気づかいに対して気が付いてもらってニッコリ笑ってもらいたい
・みんなも自分のように自分に気を使ってくれたり、親切に扱ったりしてもらいたい
別に何か「物が欲しい」とか「お金が欲しい」とか、そういうことじゃない
ただ、あなたの「親切や優しさ」という「目に見えない行為という価値」にちゃんと気付いて欲しい。
自分の尊い行いが「報われて欲しい」
そうじゃないと、あまりにも不平等
こんなに尊い優しさや親切が何も存在しないかのような扱い
ひどすぎるよね
報われてしかるべきですよね
それなのに…
それは、あなたの潜在意識にネガティブな思考が・・・とか、そういうのは今日は屋根の上にぶっ飛ばしてください
このルーツは日本では第二次世界大戦が大きく関わっています。
みなさんは「隣組」って言う言葉を聞いた事が有りますか?
思想統制や住民同士の相互監視の役目も担っていた。戦後の1947年、連合国軍最高司令官総司令部により禁止されたが、その後も町内会等は現在に至るまで多くが残存し、回覧板など隣組の活動形式を色濃く残している。
互いが互いを監視し合い、国の要望に反する行為を見つけた際には当局に通達せねばならなかった。怠った場合は組全体が酷く罰せられるのでみんなピリピリしていた。
ココにルーツがありま。
そして、それが色濃く残っている地域ほど幼児虐待や青少年の問題が多いです。
戦後に廃止されましたが、廃止されただけで監視社会ではなかった状態に「どう戻ればよいのか」というような指導や実施は当然ながらありませんでした。
精神活動というのは「恐怖や不安」に大きく支配されています。
精神力でそれをどうにか出来るのならだれも苦労しない!どの国も平和で豊かに暮らしているはずです!でも、見てください。色んなところに精神性からくる問題が山積みです。こうした話は今日は割愛して
戦後どのようにして薄れていったかというと、引っ越しです。
隣組の人の目が届かない地域に引っ越して、その地域の隣組制度に反発して自由を勝ち取って行ったのです。それを後押ししたのが集合住宅です。東京などの都市を中心にアパートやマンションなどが建ち、そこに若いカップルがやって来て新しい社会性を築いて行った。
お互いに干渉し合わない。というものです。でもそれは、強い反発精神から生まれているので、今度は孤独化という問題が生まれてしまった。
根っこに、【人の目を気にするという精神的な問題が根付いているまま】なので、プラスかマイナスかに偏り、バランスがとれていないのは当然のことです。
私達は目に見えない深層心理になにが横たわっているのか?それを見つけ出して一つ一つ自分にとって、人類にとってマイナスなものは解決していかなければならないんだ。ということに目覚めなければならないですね。
向き合うのが嫌だと避けてはいられない。いずれ何らかの形でそのつけを取らされてしまう。
自分と向き合い、好ましくない部分を癒していくってものすごく価値のあることだよ。
そして、先日のセッションではこんなのが出ました~
お父さんには違う意見を持ち合うことは愛し合っていないということではない。ということを学習してもらわないとね。それぞれの意見を尊重し合えることこそが愛し合っているってことだもんね お父さんを癒すところまでまだ道は続いているのだ
リトルにお父さんのこと癒すよって約束してもらっているんで引き続き頑張ってもらいます!
そして、クライアントさんには
厳しい戦火を潜り抜け、世間体を上手くやりくりしてきたおばあちゃんの大変さをしっかり労い、癒してもらいました。
自分の意見を言うことなんて許されていなかった時代に、いろんな思いを押し殺して胸に岩が出来ていたおばあちゃんのその岩をおばあちゃんと一緒に砕いてもらいました。終わるとおばあちゃんは清々しい笑顔になっていたそうです。
最後に、おばあちゃんが頑張って来てくれたお陰で私は今こうして生きています。って感謝おばあちゃんも、私を癒してくれて感謝ってお互いに感謝のビックハグをしてもらいました
こうして先祖供養も必要な時は行っています。そうじゃないと芯から癒えないからね。様々な負のカラクリの秘密を紐解きながら自分らしさを取り戻す。
ハードワークだけど
シャットコースターみたいなもんだよ私がちゃんと隣にいるから安心して癒しのジェットコースターに乗って欲しい。2時間半なんてあっという間だよ
平均すると年代プラス1or2回で終了するって思ってもらえればいいと思います。もちろん、特別なトラウマがある場合は回数がかかります。短時間で終わらせるのコツは自分の本音・本心に正直になることです。
自分と向き合うの正直、辛いよ、楽じゃないよ、だけど絶対に後悔しないはず。私も全力でサポートさせてもらっているから、思い切って連絡して来て
今日も素晴らしい1日をお楽しみください。