うん…めんどくさい。
なんか、どうでもいいや。
だってめんどくさいんだもん。
どれをどう選択したって、どこかで後悔するんだから、それなら現実的になろうよ。
現実みようよ、いい加減さ。
もう、終わったんだから…さ。
どこかで区切りつけなきゃいけないんだから、さっさとつけちゃえば?
どこをどう選択しても、必ずどこかで後悔するんだから。
後悔しない選択肢がないんだから。
なら、最初から諦めちゃいなよ。
いずれ諦めなきゃいけないときがくるんだからさ。
ああ…
めんどくさい。
テニミュも1stシーズンが無事に終わりましたね。
7年かあ、長かったなあ……
もう、7年も経ったのかと思うと、ホントに月日が流れるのは早いです。
その間には、いろんな出会いがあり、いろんな別れがあり、いろんなものを抱えて、いろんなものを乗り越えてきました。
自分自身の姿はほとんど変わらないけど……
テニミュを見始めた頃にまだ3歳だったうちの姫は、手塚国光のことを「てじゅかくにみちゅ」と言っておりました。
亜久津仁のことを「あくちゅじん」と言っておりました。
そんな姫も、すっかり立海がどうだとか、ヒデさんがどうだとか、幸村がどうだとか、マサくんがどうだとか…
一端の口をきくようになったものです。
その頃に出会った教え子とは、今ではすっかりテニミュケーションな日々。
彼女たちも中学生だったのに、いつの間にか大学を卒業する歳になりました。
懐かしいです。
そのひとりが、私とテニミュとの出会いのきっかけを作ったのだから……
きっかけは新聞記事でした。
本当になんで新聞記事だったんだろう?
初代の青学キャストの顔写真とミュージカルテニスの王子様の文字。
テニプリが好きな私は、最初は文句ばっかりでした。
ところが、初演が終わってアニプリを見ていたら、CMでテニミュをやったわけですよ。
DVDのCMでした。
そのほんの数秒の間に、私は柳のリョーマに引き込まれていたんでしょうね。
すぐにDVDの予約をした記憶があります。
そこから私のミュオタ人生スタートです。
不動峰戦での柳の事故…受けたショックは大きかったなあ。
キメちゃんのリョーマと永やんの不二と戻ってきてくれたイチの菊丸。
DVDを見て、泣いた記憶があります。
ドリライ1stもDVD見ましたが…最後にみせた柳の姿に、やっぱり泣いたなあ。
愛が溢れすぎている草太の乾汁が好きです(笑)
そして、最初に劇場にいったのは夏のルドルフ戦でした。
当時はローチケのみの販売で、Loppiで頑張ったものですが。
ルドルフ好きの子と一緒に、1公演だけ行きましたね。
神戸のオリエンタル劇場です。
下手サブセンの4列目のセンター側通路横でした。
感動でした。
終わった後は、放心してましたもの(苦笑)
そして冬の不動峰/山吹公演。
初代の卒業に柳が戻ってくる。
東京にいけないもどかしさと諦めのなか、年明けの山吹戦大阪公演のチケット。
加治の言葉じゃないけど……ほんとに、初めて行ったメルパの匂いというか雰囲気、覚えてます。
上手サブセン最前列でした。
その時は2階でも見てるんですよ。
昼公演は4人で最前列で見て、そのあと2手に別れて、私とルドルフに行った子の2人で夜公演も見たんです。
寿里のあの手足の長い奇妙な動きが印象的でした。
初代の卒業公演はDVDで見たけど……大号泣しました。
卒業コメントでは、一緒にDVDを見ていた母も大号泣してた。
当時、毎日のようにテニミュのDVDがかかっていた我が家では、何故かルドルフ校歌がブームでした(苦笑)
母の携帯の着メロがそれだったし。
そして夏の氷帝戦。
下手サブセン5列目センター側通路横。
城田と和樹に目を奪われた公演でしたね。
そして工さんが好きでした(笑)
1回しか見ていないのに、かなりしっかりとしたレポを書いた記憶があります。
冬の再演は、たぶん日程の関係だったかなあ、諦めてました。
DVDの発売を今か今かと待ちわびたものです。
ドリライの2ndも3rdも東京でしかなくて…
えんやの卒業に2代目の卒業。
どっちも泣いたなあ。
3rdのDVDが発売されたときには、既に大阪で一人暮らしを始めていて、一人でDVDを見ながら大爆笑をして大号泣をしました。
そして夏の六角戦。
このときからぴあチケットに変わったんですよね。
先行販売も先着順で、ぜんぜん取れなかったんですよね。
唯一行きたくて行けなかった公演です。
その反動が冬の立海だったのでしょうか……
関東立海1stはすごくチケットが取りやすくて、たしか2列目どセンター。
翌日か翌々日にLoppiでとれた初日。
そこから王者立海にはまる日々。
そして気になってしょうがなかったらしい中河内さん。
無意識でしょうね…真田好きの友達のために真田(兼崎さん)と、なぜか自分のために仁王(中河内さん)と柳生(馬場さん)の写真を買っているんですよ。
手元に残っているのは中河内さんと馬場さんですが。
そしてドリライ4th。
横浜に行きましたね~
そして4thEX。
全然チケットが取れなかったのに、友達が声を掛けてくれて……
初日を最前列ど真ん中で見ているんです。
あの時は……本当に倒れるかと思った!
過呼吸で酸欠で倒れるかと思った!!(どっちだよ)
初めて持って行ったプレゼント…
中河内さんへハットを…ね。
そして関東立海2ndは大阪3回と高松3回…かな。
中河内さんのBD公演に行けたのは良かった。
3代目の卒業に際して、岐阜に行けない事に泣いたなあ。
その時はまだ立海(もとい中河内さん)を追いかけるよりも、3代目を見届けたかった。
たがが外れたのは次の比嘉公演。
東京公演前楽に行き、大阪公演は6回、名古屋に行き高松に行き、気がつけば福岡にも行き、一ノ関にも行き。
気がつけば石川以外の公演地すべて行ったと言うね。
でも、楽しかった!
本当に楽しくて。
いろんな人に出会った。
そこから始まったつきあいもたくさんある。
舞台の見方も、そこから変わり始めた。
ひたすら中河内さんの動きを追ってた。
だからあの人が間違えた部分も、ちゃんと覚えてる。
それに私が激昂したこともあった。
初めてBOYCOTTを持って行ったのはこのときだな。
とにかくいろんなことがあった比嘉公演だった。
キャストとの遭遇だったりニアミスだったり。
ホントにいろんな事があった。
ドリライ5thは修学旅行と重なって、酷いスケジュールだった。
2泊3日の修学旅行は、私だけまるで3泊4日の旅行でした(苦笑)
あの時でペンラを片手に3本…かな?
いや、4本だった気がする。
ちなみに、私と相方はまるでルミカライトの業者と化していた。
そして夏の全国氷帝。
キャストのことでいろいろとありましたね。
氷帝がWキャストだったり、青学5代目が突然入ってきたり。
4代目がいるのに5代目って…物凄く反発しました。
受け入れられなかった。
5代目のクオリティも挨拶も何もかも、受け入れられなかった。
それは未だにDVDを観ることができないというのにも反映されていて。
結局私は大阪公演のみ。
氷帝はAとBの両方見たけど、結局は5代目を見ることはなかった。
そしてこの頃からマベのやり方にイライラし始めた。
スタッフの使えなさにイライラした。
スタッフを怒ったの、このときだもん。
スタッフに説教したの、このときだもん。
そして冬の四天宝寺は……日程の関係で行けないし行かないし。
4Aの公演を見てあげられなかったのは、やっぱり今でもちょっと後悔してます。
このとき、テニミュよりも中河内さんを取ったんだよ、私。
ドリライ6thは初めて見る四天宝寺にわくわくだったけど、何故か最初からBには興味なかったんだよね。
しきりにAがいいって言ってた。
春川さんがいいと、言ってた。
そして4代目の卒業。
南京町に出掛けたらあやうくニアミスだったという事件。
ほんとに、ビックリですよ。
同じ場所で写真取ってるし。
このとき、ペンラの本数は片手に5本か6本。
そして再び私と相方が業者と化していた。
夏の全国立海1st。
実は新キャストに関しては、何もなく普通に受け入れていた。
ただ、サポートキャストである3人は、ひたすら心配していた。
なぜだろう?
ちなみに大阪公演サポキャス千秋楽、私の後ろの座席にいたのは…大河さん&馬場さん&中河内さんです。
大阪公演と名古屋公演で10回…かな。
あとライブビューイング。
写真が酷かった……
中河内さんと和田さんでともにロイヤルストレートフラッシュ!とかってやってた。
2人の写真だけでセット分あったもの。
そして冬の全国立海2nd。
大阪に来ない人の事なんて知らない!って拗ねてたなあ(苦笑)
でもおかげで和田さん&小野田さん&西村さんを堪能。
彼らの表情に、本当に泣かされた。
どんだけ立海が好きなんだってくらい泣いた。
自分でもビックリするくらい、この3人のことが好きだった。
そして、幸村は増田さんでないと受け入れられなくなってた。
彼の幸村があったからこそ、最後まで青学を憎み立海を愛した…気がする。
ホント、いつになったらリョーマに勝てるのかしらって本気で思ってました。
そしてラストはドリライ7th。
神戸公演全通という暴挙。
いえいえ、当然のことです。
私はペンラ225本、相方はブレス250本持っておりました。
ええ、業者でしたとも。
でも、5公演でこの本数……ブレスは2人で200本使い切りましたよ?
ペンラはむしろ足りませんでしたよ。
あと25ずつ買っておけば良かった……
本当に楽しんだ。
幸せな3日間だった。
夢のような3日間だった。
すべてはこのためにあったような、そんな感じ。
出来るものなら横浜も全通したかった。
でも、それは不可能だとわかっているから。
下手に1公演だけ行くよりも、いっそのこと全部諦める。
自分の決めたことだけど、辛かった。
無意識的にテニミュを排除していた心。
やっと向き合える気がする。
そして、9月のDVDでは、大号泣すると思う。
なんだろう……
この7年間って、本当に早かった。
よく7年も追いかけ続けてきたなあって思う。
その間に、いろんな事があったしいろんな想いに触れた。
本当に、言葉には言い表せないくらい、たくさんの事があった。
テニミュがあったからこその今がある。
彼らがいてくれたからこその今がある。
テニミュに触れることが出来たからこそ今の私がある。
彼らの想いに触れることが出来たからこそ今の私がある。
言葉にしてしまうと「ありがとう」しかない。
たった5文字のこの一言のなかに、すべての想いを詰め込んで。
とても重い言葉だね。
たった5文字なのに、なんて重い言葉なんだろう。
この7年のすべてが偶然ではなく必然だったはず。
その必然のなかで、私たちが積み重ねてきたもの。
本当に大きい。
とうてい、言葉には言い表せないものばかりです。
だからこそ、最後にこの言葉だけ……
ありがとう
大好きよ!