人には、さまざまな秘密にしている事はあるだろうと思います・・・・。

そんな事を、私自身もしている。

いろいろあるけれど、ここでは公表出来ないこともあるんですよね。

4年前に、元女房から手紙が来ました。

「嘘は泥棒の始まり・・・」と一行だけでした。

「嘘」・・・・・・と言う事には、自分に「そうだと」感じました。

しかし、元女房も「嘘」のかたまりだと思いました。

「口撃」で、友人は去っていきました。

だから、彼女には、友人は居ませんでした。

いつも、お店に来ていた友人?の人も来なくなりました。

近所付き合いが悪いと、ある人から聞きました。

お宅の奥さんは「天狗」になっていると・・・。

年商700万の売り上げで、煙草は一割の利益です。年間にしたら70万円の利益だけです。

ある時、台風が来て、店の看板や、テントが崩壊しました。

義父は、もう店は辞めようと言いました。

しかし、折角ある店を辞めるなんて、想像がつきませんでした。

その折、近くにファミリーマートができました。

私の店をつぶしにかかったのです。

私は思いました・・・・。

煙草は、返品が聞く事と、コンビ二は、売り上げの強い商品だけを陳列していることだけ。。。

そこに目をやりました。

当時、自販機は店で購入していましたが、緩和され、店の要望で設置できたのです。

私が、思ったのは、個人個人の趣向はそれぞれあると思ったからです。

特にコンビ二は売っていない商品を陳列することでした。

「しんせい」「ミニスター」「チェリー」「わかば」「エコー」などを自販機に入れました。

すると、市内外のお客が、チェリーなど、2カートンを買ってくれました。

盲点は、それぞれの趣向品なんですよね・・・。

そのことが、市外にも広まり、「ミスタースリム」や「エコー」などが売れました。

あそこの、煙草屋には、いろいろあると、わざわざ、県外の客にも広がりました。

そして、冠コーヒーと、共に、一緒に売れて、私が計算したら一気に1800万円を計上しました。

私は、店に対して、貢献したと思いましたが、彼女は言いました。

「当然でしょ」・・・・と。

それを聞いて、私はがっくりしました。なんで・・・・?

夫婦でやっているものだと、思っていましたが、彼女は言いました。

「貴方は、貴方で稼いでほしい・・・・」店は私がやるからと・・・。

次第に、妻を嫌いになりました。

一人で天下を取っているように感じて、許せなかった。

子供の事には、とくに「見栄」をはっていた・・・・・。

そんな彼女ともセックレスになり、お互いに「別れ」を試聴してきました。

「もう、貴方には、愛がないと・・・。」

喧嘩するたびに、「出ていってよ!!!」

私のいる場所はなくなりました。

これが、のちのち、私の「うつ病」になるキッカケになりました・・・・。

もう、何回もその言葉を聞いて、私は判断して、別れることにしました。

おもえば、もう4年前です。

彼女には逢いたくないのですっが、息子や娘には逢いたい・・・

いま、どんな姿になって成長しているのか・・・・

でも、いまの私にはそんな事は、できません・・・

家庭を放棄したのですから・・・・

また明日、精神科に行って治療をしてきます。

このままで、いいのか、と言う気持ちが毎日続いています。

辛い・・・寂しい・・・引きこもりの自分・・・罪悪感・・・恐怖感・・・

いまなお、続いています。

ご拝読、ありがとうございます。

拝。








今日、2月11日の、JNNニュースで、北海道の札幌市の姉妹のニュースが流れました。

二人とも病死と、判定され、姉は、餓死、妹は、凍死によって死にました。

妹は障害を持ち、月々、6万円の障害年金を貰ったようです。

しかし、マンションの家賃は5万円で、その日の、生活にも困っていたようです。

姉は就職するが、次々の職場で倒産により、解雇されたようです。

妹をなんとかせねば、と言うことで、いろいろ資格を取っていましたが、

思うような職場には、つけなかったようです・・・。

姉は市役所に何度も、通って、生活保護を求めたようです。

それも、4回にわたり、市役所の保護係りに、駆け寄っていたと言うことです。

私は、思うのですが、この姉妹に何故に、行政は要因しなかったのでしょうか?

二人が「孤立死」、と言う事件になりました。

ガスが、止められ、電気も止められ、水道も止められ、

冷蔵庫の中には、食料も何もかなったと報道されました。

たしかに家賃5万円は、きついと思います。

姉が、仕事が出来ない時には、残りの1万円で食費や水・光熱・ガス代を払うのは

とてもできません。まして、食事も食べてはいないと言っていました。

生活保護の監察官は、家賃が3万円のところに住みなさいと言ったと思います。

実際は、3万円未満のところを探せと、保護監視官は言います・・・・。

そして、元気であれば、何でも仕事をして、生活費を捻出しなさいと言いったと。

市の財政もありますが、そんな姉妹を見捨てて結局、二人とも死んでしまいました。

哀しいことですよね・・・。姉が先に死んで、後から、妹が、凍死したなんて・・・。

札幌の最低気温はマイナス7度と言う、連日の日々ですから。

こうして生きて行く権利を亡くしたのですから・・・。哀しいです。

結婚もせず、42歳の姉と、40歳の妹には、行政は全く関与をしていないと言うことです。

偉そうに、保護の課長が出てきて、報道に対処しました。

「行政の立場から言うと・・・・・・・」

私は頭に来ました。

「この野郎!!!」 お前の決済がなければ、この姉妹は死んで居なかった」と・・・!!!

そして、数年前にも、この地区で同様な事が発覚したと、ニュースで報道されました。

なんと言う行政なのか、この課長を、首にしてしまえと言う気持ちになりました。

税金で飯を食っている、お前ら、公務員に怒りが爆発しました。

餓死、凍死、なんて死ぬなんて・・・空腹な日々を送っていたと思います。

私も、そんな体験をしましたから、良くわかるのです。

3日間、マーガリンを舐めて生活していました。

水は近くのプールの飲料水をペットボトルに入れて、ガスは、カセットコンロでした。

通帳には、853円がありました。

ATMでは引き出せないので、窓口に入って800円を出しました。

格好悪いとは思いましたが、生きて行くには仕方がないのです。

通帳には、残高53円になり、それでも、何とか生きていました。

そして、ラーメン「うまかっちゃん」5袋入りを買いました。

そのころ、何とかできないものかと思い、色々と考えました。

そして、傷病手当とか、障害年金とか、生保に関することを学びました。

生きて行く為には、どんな些細な事や、知らない事が世の中にはたくさんあります。

事業者向けの商工ローンや消費者金融などの相談は、「法テラス」が一番です。

専門の弁護士がついてくれるので、大変に役にたちます。

弁護士と言う名のもとに、クレーンゾーンや、商工ローンなどを解決してくれます。

SFCGの問題も、5年で解決してくれます。あと、1年です。

そうなれば、全ての借金がなくなります。

法の「力」は絶対なんですよね・・・・。

孤立死をしてしまった姉妹に、ご冥福を祈ります。

辛かったのでしょね・・・・。

合掌。



















子供たちとの別れの・・・題材です。

もう、5年も逢ってはいません・・・。寂しいです・・・。

息子は、どこの会社に入ったのか・・・。どんな生活をしているのか、などと・・・。

彼女居るのか、などと、思いますが、もう25歳になると思います。

昔、中学校時代には、自信のホームページ独学でも作りました。

なかなか、「やるな・・・!」と感じていましたが、希望の高校にも推薦入学をしました。

勉強熱心でした。在学中、一度も学校を休んだことは、ありませんでした。

小学校時代に、ドライブをしてて、私はこう言いました。

丁度、交通関係の警備員のことを話しました。

「ああ言う人生もあるんだよ・・・、しっかり勉強を頑張って、人生の未来はお前だけのものだと・・・」

と、言いました。息子は言いました。「僕はきっと、稼げる男になるよ・・・」と。

自分の貯金を使って、アップル製のパソコンを買いました。

それからと言うものの、タイピングや、パソコンの書籍を買って、勉強をしていました。

高校も優秀な成績で、大学は、宮崎大学への推薦入学になりました。

私は、親として、とても喜びました。

それは、義姉の息子にも出来ないくらいの実力でしたから・・・。

大学の寮に入って、一生懸命になって頑張っている、我が子には、感動しました。

いま、どこに就職しているのかは、解かりませんが、充実な生活を送っていると信じています。

息子が、結婚しても、呼ばれることはありません。

まして、子供ができても、私には「抱く」事もできませんから・・・。

そして、娘へ・・・。

生まれながら、腕と後ろ首に「血管種」がありました。

元家内は、悲観して、娘が小さい頃から、宮崎市の専門のレーザー治療病院に行きました。

先生は、必ず直りますからと、言ったけど、1回、約2万円でした。

しかし、何度、通っても治ることもなく、娘は言いました。

涙を流しながら、もう、レーザー治療はもう、いいと・・・「痛いから・・・」

小学校時代に「イジメ」」に会ったことを、後で知りました。

「お前の、腕には、アザが、ある!」「変な女だと、」言われたようです。

でも、娘は、その言った男の子に「生まれつきなんだから・・・」と言っていたようです。

その後、兄に負けないように、将来の自分を築いていきました。

私はこう言いました。

「変なヤンキーな男の事は、絶対交際はするな!」そして「バイクに乗っている人には付き合うな!」と。

ヤンキーでバイクを乗っていて、コケたら、腕や足が、損傷すると・・・。

娘は言いました・・・「お父さん、それは絶対ないよ、私は、病院の先生か、弁護士の、男の人と付き合うからと・・・」

妻と別れて1年目の、娘の誕生日に、デジタルカメラをプレゼントしました。

そして、「ありがとう!」と言うメッセージと共に、写真を送ってくれました。

写真を見ると、娘は、可愛い女の子になっていました。

その後、1年後に電話しました・・・すると「どちらさまですか?」と言われました。

「お父さんだと」と言うと、携帯を、切りました。

こんな物だと、なんだか、哀しくなりました。哀れですね。

でも、全ては私が原因なんでしょう・・・・。その事を思ったら、もう電話はしないと決めました。

あの頃、小さかった、子供たちに、色んな事を話してきました。

それを、今、守っている子供たちにエールを送りたい・・・頑張っているんだねと・・・。

こんな、間抜けな人生を送っている、子供たちとは父でも血は繋がっているのです。

死ぬ前に、一度は逢いたいと思っているのだけど、逢う事はないだろう・・・。

それが、今、一番の不安でしょうがない。

逢わないで、このまま死んだ方がましなのかと、最近特に思う。

それで、いいのだと、自問自答している。

でも、寂しいな・・・・・・・・。やるせない気持ちの日々を過ごしています。

引きこもり、不安感、自閉症、落ち込み、罪悪感などと「うつ病」と戦っていますが・・・。

一向に良くなることはありません。

ますます、自分との戦いで、不安の毎日を過ごしている自分が嫌になる事もあります。

子供たちへ、元気で頑張って欲しい・・・

自分の目的を目指して、頑張ってね・・・。

拝。