平成14年8月1日、私には記念する日になった。


いままでヘッドハンティングやトヨタベンチャーファンドの業務提携をしていた南北社との決別で、


これからの仕事を自分で進めなくてはならない。


そして、父が残してくれた東京の家を売却して得た資金で自分の会社を立ち上げた。


それまで、将来の不安などで、ずっと悩んでいた・・・。このままでいいのか・・・・・・


もう2ヶ月したら50歳になる。このまま個人での仕事は難しいと思っていた。


何か後ろ盾がないと、信用はしてもらえない・・・。


いくら大きな提案をしても個人事業では信用されないからだ。


そんな矢先に、地元の新聞社の関連会社から、専属の広告代理店になってくれないか・・・とのオファーだった。


個人ではなく、会社との業務提携だと言われ、資本金300万円の有限会社を設立した。


その関連会社の広告代理店としてのブランドを看板にしてもいいのかと聞くと、オーケーであった。


その社長とは、もう25年もの付き合いがあり、なんというか腐る縁だった。


そこの発行する、フリーペーパーの広告を取るのが主な仕事だった。


これから10年は頑張って、会社を軌道にのせて、老後は会社の顧問でもなればいいと思っていた。


その会社の3階に事務所を借りて、事務員1名、WEB担当1名でスタートした。


がむしゃらに働いた。地元新聞社の関連グループの広告代理店の専属として、様々な企業にアタックした。


3名の会社からのスタートで初年度2500万の売り上げを計上できた。


そのフリーペーパーは健康食品の広告出稿が多く、新聞購買者からのクレームが多かった。


そこで私に白羽の矢が立ったのだ。健康食品の広告を出稿に歯止めをしたかったのだ。


しかし、地元ではなかなか、1ページ35万円の広告の出稿は無理だった。一応発行部数25万部だけど、


内容がいまいち購買層に与える記事やレイアウトが悪く、地味でいまいち人気がなかった。


25万部の発行媒体だけど、隔月発行で広告営業も無理があった。


そこで、クーポン券などいろいろ企画して掲載をしたが、やはり反応は悪かった。


2名の従業員もいろいろ私にアドバイスしてくれた。


そこで考えたのは、バーター広告であった。


広告費とクーポン券のバーターで、クライアントに企画を持参し、特にホテルをターゲットにした。


広告掲載とホテルの宿泊券のバーターを説明した。


ホテルは年間の稼動率は地元で約58%ぐらいだと知って、この企画を提案した。


広告費は出さないが、客室は提供する、それもウイークディーに限るという条件だった。


他の広告代理店は、手が出せない領域なのだ。さっそくオファーが来た。


宮崎でもトップのシェラトンホテルや宮崎観光ホテルからだ・・・。私自身も、少し浮かれていた。


その後、インターネットで様々な交流があって、私のハンドルネームは、


南こうせつのかぐや姫から取った名前で、『酔いどれかぐや姫』としたが、


ネットの仲間から、酔いどれかぐや姫は長いので、『酔い姫』にしようとなった。


そこで地元酒屋さんとコラボして、『本格焼酎@酔い姫』を完成させた。


                              つづく






最近、どうも身体の調子が悪く、このブログも更新をしていませんでした。


身体がだるく、食欲もなく、将来の不安など、様々なことを考えていました。


自宅に引き込み、外に出るのが、恐怖心を感じていました。


このまま、一人だと、脳卒中や脳梗塞になって倒れたら、誰にも知れない・・・・・・


そして、いまいろんな問題をかかえている。自分が早くこの『うつ病』を克服しないと何も進まない。


この3日間、このブログを更新できなかったのは、そんな精神的な理由があったからです。


きついです・・・・・・。なんと言うか、何にもしなくて昼も寝ていることが多く、生活のバランスが


壊されていっています。何とか、しなければと言う、気のあせりや不安ごとです。


毎日を過ごすのも、疲れる感じなんです。このまま楽になりたいと・・・まで思います。


家族もいなく、孤独死になってしまうのだろうか、などと感じています。


テレビも面白くなく、まして新聞を読む気にもなれません。


あの頃は、どんな事でも前向きになって、率先して頑張っていたのに・・・。


4日の日に、自動車免許の更新に行ってきました。


ゴールドだったので、1時間で講習を終わりました。


今度は5年先の平成27年の11月13日までです。新しい免許にそう記入されていた。


5年後まで果たして生きているのか、それともこの部屋にいるのか、将来が不安でたまらない。


主治医から職場の復帰を教えてもらった。障害者職業センターである。


地域障害者センターでは、職場に復帰するための専門的な援助をしているところだ。


生活リズムの立て直し、ストレスへの対処方法、リハビリ出勤、会社との調整などだ。


今の生活から脱出できるかも知れない・・・。しかし、身体はだるく、その気にはなれない・・・。


気力の欠如が一番の理由だ。毎日の仕事ができるのだろうか?やっていけるのだろうか?


そんなことばかり考えていると、毎日を充実に過ごしていないのである。


気ばかりだけが、あせる。なんとかしないとと思う毎日だ。辛い・・・。


今日も昼寝をした。こんなんで職場で勤まらないよな気がする。


先日まで書いていた、トヨタベンチャーファンドの件は、南北社と3年間業務提携をして終えた。


あの頃が、懐かしい。もうチャンスは来ないと思う。


この生活はいつまで続くのだろうか・・・・・・。


                                      つづく



業務提携はできたものの、南北社とは毎月の上京の経費は自分持ちになった。


これ以上、毎月の上京しても、事業は一向に前には進まなかった。


ダイレクトメールが完成して、九州の各県の主要な企業に100通のダイレクトメールを送った。


そのひとつに、大分県カボス協議会から、興味があるとのオファーが入った。


都城の自宅兼事務所から、大分までは車で5時間はかかる。先方は午前10時にして欲しいとの事・・・。


10時に行くのであれば、午前4時には起きて、出発しないと間に合わない。高速道路もないからだ。


そして午前4時に起きて出発した。冬場なので、外は真っ暗だ。途中、休憩などを取り、大分に入った。


さっそく担当者との打ち合わせで、東京で走行する4トン車での活用を望んでいると言う。


都城から大分市までの、5時間の運転はかなりきついものがある。


しかし、契約は取れた。制作原稿は既に用意されていたので、30分でスムーズに打ち合わせは終わった。


せっかく大分まで来たので、打ち合わせが終わったら、市内観光でもしようと思ったが、


そんな、気持ちには慣れなかった。運転の疲れで、そのまま都城に帰ることにした。


打ち合わせ30分。往復の移動時間10時間・・・。やはり電車で来たほうが良かったのか・・・。


南北社に連絡をし、契約が取れた旨を知らせた。業務提携をして初めての売り上げだ。


南北社もUCCブラックコーヒーの契約を取れたと言う。しかし、それは他の代理店からのオファーだった。


それは、自社自らの営業ではなかった。やはり営業部はトヨタ自動車からの出稿の方が、


売り上げがいいことは判っている。100万や300万の売る上げより、トヨタ自動車に泣きつけば


何億の売り上げが上がる。営業部員はそれを良く知っているからだ。


それなら、何故にこの事業案件に手を上げたのが、不思議でならなかった・・・。


そんなことも加味し、私は失望していた。


                           つづく