このブログは、しばらく休んでいました。


この時期、身体が重たく、だるい。何をするにも、おっくうになる。気力がないのです。


先日、病院に行って主治医の先生から障害者職業センターのパンフレットをもらい、一度体験したらどうかと言われたが、そんな気持ちになれない。


朝起きるのもやっとな状態である・・・。職場に復帰しても、毎日勤労できるのかが不安なのである。


いまは2週間に一度、病院に行くだけで、ほとんど自宅にいる。ひきこもり状態だ。


何をするにしても、こんな状態では職場復帰は無理だ。午後には身体がだるくなり、昼寝をする。


熟睡はしていないのだが、確かにもうろうとしながら、寝ている。


今後のことを考えると不安でたまらない。脳卒中や心筋梗塞で倒れても、誰にもきずかれないだろう・・・。


親戚も身寄りもないから、倒れても心配する人はいない。


息子や娘には、私の携帯電話番号は知っているけど、子供たちからの電話は今まで一度もない。


別れた女房や実家の両親から、連絡はするなと、いい聞かされているのだろう・・・。


3月に娘に電話した際、どちら様ですか・・・?と言われた。そしてまたすぐに電話を入れると、切られた。


息子も女房の実家を継ぐので、私の家系で、私が最後になる。寂しいもんだ。


この自宅の机の上に、死んだ両親、祖父、祖母の写真を据えている。毎日、一番水を取って具える。


自分の代で名前がなくなることを、詫びる毎日の日課になっている・・・。


そして私も来年、還暦を迎える。普通なら、家族がみんなで祝ってくれるものなのだが、なぜか空しくなる。


3年前の事がなかったら、まだ会社をきりもりしていると思う。そして家族も一緒だったろう・・・。


人生とは悲しいものの、紙一重だ。こんな病気にもなってはいなかったかも知れない。


自室の階下に幼稚園がある。児童たちの楽しい声が聞こえてくる。自分の子供たちにもそんな時期があった。


運動会や、遠足、夏祭りなど、ビデオや写真を夢中になって撮って、楽しい時期だった。


その時、いまのこんな自分を、想像はできなかった。しかし、これが現実なのだ。


生活保護費で生活しているなんて、人にも言えない・・・・・・


身体がだるく、毎日何もしないで、インターネットをし、昼寝をしている自分がおろかに見える。


食事も朝はなし、昼はインスタントラーメンか、レトルトカレー、夜は豆腐と納豆で済ませる。


朝、顔を見ると、げっそりして、死人のような顔に見える・・・情けなく思える。


何も生きがいがなくなっている、自分の姿である。希望、夢、今の自分には無くなっている。


うつ病で私だけではなく、たくさんのうつ病の人もいるが、そこには家族がいる。


自分にはそれはない。でも、野宿をしていないから、それでも充分だと、自分にいい聞かせる・・・。


このまま、この生活がどこまで続くのだろうかと、悩み、不安を感じている。


                                     つづく







当時はホームページを持つことが花盛りだった。フラッシュ(動画)が人気で、小さなお店までもが、


ホームページを欲しがっていた。しかし、当時のホームページの制作料は、どこも高かった。


そして、フラッシュ(動画)を制作できるデザイナーは、そんなにはいなかった。


どうしたら、格安でホームページを持つことができるのかを、私は真剣に考えた。


それは、制作料・無料、毎月10,000円でオリジナルドメイン(電話番号のようなもの)を取得する企画を考えた。


地元の信販会社に話しを持って行った。ホームページを信販で扱うことで、毎月、10,000円のみを信販会社から


引き落とすというやり方だった。当時は制作料とサーバー使用料は別々で非常に高いものだった。


私の考えたことは、制作料・無料でサーバー使用料だけにした。それも5ページまでで、契約は2年とし、


使用料、10,000円を信販で毎月引き落とす方法だった。信販会社も初めての試みだったが、OKが出た。


私は何故、信販にしたのかと言うと、信販の入金決済が早いことを知っていたからだ。


契約をすると、早ければ、翌日には入金してくれるので、資金繰りにもなった。そしてもう、ひとつは


ホームページアドレスを取得すれば、2年後も再契約してくれると考えたからだ。


信販会社には、他社からの参入はできないと、申し出ていたから、独占的になるのだ。


さっそく、チラシを作り、クライアントに持参して、説明をして、1週間で3社決まった。


1社、2年契約で24万円の売り上げになる。小さな飲食店などは、毎月の広告費は3万円がMAXだったので、


毎月1万円は格安く感じられたと思う・・・。最終的には57社を営業し、成果があった。


更に営業を進めるのだが、制作が間に合わない状況になり、外注せざるをおえなかった。


原価はサーバー代だけで済んだ。格安なサーバーは毎月2,000円で年間12,000円、2年契約だから、


24,000円のレンタルサーバーを使用していた。粗利益も良かった・・・。


他社では出来ない、信販会社とのコラボレーションである。


そして、自社の検索サイトを作り、クライアントになってくれたホームページにリンクした。


検索サイトのトップの広告バナーは、ホテルのバナー広告を貼り付けたことで、なんとなくメジャーな検索サイトになった。


ホテル関係者は当然に喜んでくれた。しかし私は一流のホテルのバナー広告をつけることで、信用を勝ち取った。


検索サイトは無料なので、最終的には5,000社が登録してくれ、宮崎の一番の検索サイトになり、ヤフーの


トップに表示された・・・。知恵を出せば、何でも出来ることだと、更に感じていた。


しかし、その後、大事件になることが発生した・・・。


                                つづく








酒屋さんとのコラボレーションでPB商品、『本格焼酎@酔い姫』を完成した。


白ラベルの『本格焼酎@酔い姫』と黒ラベル『本格焼酎@酔い姫』の原酒38度の2本セットの焼酎だ。


価格は2本セットで5,000円にした。販売は特にインターネットを使って、販促を行っていた。


限定品で100セットで、ネットの掲示板の友人や、ネットを見た人が、わざわざ酒店にも買いに来たという。


新商品の為に、税務署に商品登録をしなければならない。(いまでも商品名は登録されている)


販売は3カ月で完売した。全国各地からの問合せと注文があり、人気商品であった。


ネットでの自分のハンドルネームからの商品は、初めてだったが、まさか商品になるとは思っていなかった。


焼酎を入れるビンや、商品ロゴなど、できることはすべてやった・・・。


焼酎ファンは、大体2個セットで注文が来るという。なぜなら、1セットを飲んで、後の1セットは寝かして置くと言う。


新聞社の焼酎愛好家がいて、ホームページで宣伝してくれた。そして瞬く間に完売したのだ。


なんともユニークというか、奇抜な発想だった。マージンは少ないけど、


自分のハンドルネームで焼酎が完成して、完売したのが嬉しかった。


考えればいくらでもアイデアは出せた。


ホテルとのバーター広告にしてもそうだ。他の広告代理店にはできないことを知っていたからだ。


仕組みはこうだ・・・。フリーペーパーの広告掲載料をホテルのペアの宿泊券を提供してもらう。


但し、ウィークディーに限る。ホテルにもお金が落ちるように、ペアで8,000円で何組様と掲載する。


そして、読者からハガキを貰い、入金後に書留にて宿泊券を送る。書留にしたのは、必ず、相手に渡ることが


出来る為だった。一流ホテルでのペア券で8,000円とは、超格安でハガキが多数寄せられた。


ホテルのメリットとして考えたのは、夕食代、入湯税、朝食代、そしてお土産などで、平均ひとり5,000円


ペアだから、ホテルに落ちるお金は10,000ぐらいになる計算なので、ホテルも喜んでもらった。


宮崎でも一流のホテルはすべて、このバーター広告で契約をした。中には年間契約も頂いた。


年間契約でするホテルは多かった。そして、そのフリーペーパーが発行されると、お目当てのホテルの


注文が殺到した。中には連泊を希望する人や、家族全員で行きたいので・・・と言う読者もいた。


ホテル業界の連絡網も重なって、鹿児島の東急ホテル、城山観光ホテル、霧島のホテルキャッスル、


霧島国際ホテルからもオファーがあった。いろんな体験の中では、ビジネスホテルは難しかった。


小規模な広告代理店として、少しづつ認知をしてもらうことになった。


そして、次に出したアイデアとはホームページだった・・・。

    
                               つづく