南北社の本社は日本橋・茅場町にあり、8階建てのビルディングの4階から8階までを使っていた。


年末に宮崎に来た、副社長が出迎えてくれた。そして、さらに担当役員2名を紹介された。


そして今後いかにして、販促事業を展開するのか、媒体となるトラックの確保の件など、


担当役員5名と私で打ち合わせをした。しかし、なかなか前には進まない。


トヨタ自動車の事業部長が、『あそこは(南北社)あまり活発な営業はできない・・・』と聞かされていた。


やはり、そんな感じで打ち合わせも、方向性も活発な意見は出て来ないので、私が中心となり


議題を進めた。本心は『この代理店で、果たしてうまくいくのか?』と言うことだった。


2日目の打ち合わせには、担当役員2名が参加して、私との業務提携のマージンを決めることになった。


また他の広告代理店からのオファーがあった場合のマージン配分などを決めた。


その後、広告画像処理を担当する、住友スリーエム本社にあいさつ回りをした。


最終日となる翌日は媒体となるトラックを確保するために、日本トラック協会にあいさつ回りをする。


帰社して、今後の予定などを打ち合わせ。販促ツールのダイレクトメール作成の件や、営業展開などを決め、


南北社の社内にフリートマーキング部の部屋を用意して、私のデスクも用意しすると言う。


マーケティング部から1名を担当させて、担当常務、私の3名で業務推進にはかることになった。


そしていろんな問題を宿題にして、私は最終便で宮崎に帰ってきた。


本心から言えば、なんかスッキリしない、後味の悪さを感じていた。これで大丈夫なのか?


九州地区は私が担当して、南北社は本州を担当することになる。


この案件は本当にトヨタ自動車事業部が出した、事業計画のように進めることが出来るのか?


そんな不安や今後の展開など、問題は山積している。


また来月、東京に向かい打ち合わせをする。しかし、飛行機代や宿泊費などの経費が必要となる。


当時は格安な飛行機などなく、東京往復で5万円はかかる。


早く、事業を立ち上げないと、私の生活まで影響する。それには南北社から経費を捻出して


もらわないと、私には毎月の打ち合わせには参加できないことを担当常務に伝えた。


                                       つづく









この案件がトヨタ自動車の子会社、南北社に移行されることになった。


それから数日たって、南北社の担当常務より連絡が入り、宮崎に来るという。


南北社のことを調べると、年商360億の広告代理店で、ほとんどトヨタ自動車の100%子会社だ。


新会社の設立は夢で終わった・・・。従兄弟や塗装職人、携帯の営業マンも落胆していた。


しかし、新事業として南北社も新しい部署を作り、業務を進めて行くと言う。


12月の暮れに南北社の社長、副社長、常務が宮崎に来た。


さっそく第1号車の現物が見たいと言うので、都城に待機していた現物をみせる。


3人の役員は、現物のトラックを見て、非常に関心している様子だった。


日帰りのため、宮崎空港内にある、カフェラウンジで商談をした。


私は個人事務所をもっているので、この案件は、業務提携で話しを進めたいと申し出された。


私は快諾して、業務提携の道を選ぶことにした。


毎月、東京にある南北社での打ち合わせを要求されたのだが、飛行機代・宿泊費などの経費は


自分持ちになるのが、少々負担がかかると懸念していた。


名刺も南北社のフリートマーキング・プロデュサーという肩書きにするという。


私はとにかくトヨタベンチャーファンドではなくなってしまったのが残念で仕方がなかった。


しかし、現実にはたとえ、トヨタ自動車の100%出資の子会社だから、勧める以外はないと思った。


その年が明けて、南北社の本社のある東京に向かった・・・。


                              つづく















師走になり、相変らず、従兄弟や、その他に人間が、狭い私の事務所に来る。


常に新しい情報を聞きに来るのだ。2日おきに事業部長から連絡が入る事を知っているからだ・・・。


彼たちだけではない。宮崎県の大阪事務所の所長までもトヨタ自動車に挨拶をしている。


県庁に挨拶まわりをして、まもなくのことだった。これはただ事ではないと言う思いだろう。


この案件は12月15日の役員会に上程される。事業部長も、問題なく了承されると言われる。


私のこころの中で、期待と不安が交互する。


そして12月15日を迎えた。役員会は午前10時から始まると聞いていた。


11時になっても、12時になっても、事業部長からの連絡はない・・・やはりダメか・・・・。


午後1時過ぎに、事業部長から連絡が入る。


ほとんどの役員は手を上げたが、一部の役員から、『トヨタは広告を出すことで、広告事業に


参入するのは、いかがなものか』と言う意見が出たという・・・。


事業部長本人も相当な後押しをしたのだが、この案件はトヨタ自動車の子会社、広告代理店・南北社と


進めたほうがいいと言う結果になったと、連絡を貰った・・・・・・。


事業部長も愕然とされていた。この案件は、南北社の担当重役から、南北社にリークされていた。


広告事業は南北社だから、南北社と協同でやればいいとその担当重役が言ったという。


事業部長も私に対して、すまないと言われた。


そして、この案件は南北社と協同で進めることになった。


私の長い一日は終わった。