毎晩、寝る前に飲む睡眠剤は、アモバン、マイスリー、ユーロジン、セロクエルを飲む。


寝る前の30分前に飲む。そして、ベッドに寝るのだが、毎晩、同じ思い出のことを思い出す。


それは、若い時の思い出です。


私はバツ2なんですが、元の女房は、まったく思い出せない。


思いっきり、恋愛をしていた、彼女が、毎晩、寝る前に現れる。


一度目の結婚は、いい感じだったのだけど、子供が出来ないというわけで離婚した。


慰謝料は500万円の要求だった。


彼女のお母さんから、その言葉を聴いて、がっかりもした。そして、機材を他社に売り、毎月支払った。


そんな彼女の弟は世界的に有名な写真家となり、いまでも活躍している。


先日、彼に電話をいれたら、「お兄さん、昔のように、格好いい姿をみせてよ・・・」と言う。


おねえさんは元気かと聞くと、元気だよと・・・でも子供はできないよ、と言っていた。


やはり、子供が出来ない体質だったのだと、思った。


楽しかったあの日を、思い出しても何の変化もない・・・


東京から宮崎に移住をして結婚したが、家を建て順風漫風だったが、そして、離婚した・・・。


それから、独身生活が続いた。会社を経営していた私に、次から次えと女性が現れた。


その中に、K子さんのことが、毎晩寝る前に、思い出と共に現れる・・・


二人で行った、ある海水浴場で、彼女は、全裸で海に入って行った。


私は彼女のあとを追い、海に入り、彼女と抱き合った。


そして、鹿児島まで行って、旅館で関係を結んだ。


翌日、私は気分が良く、朝からビールをのんで、彼女の運転で宮崎に帰った。


では、またねと、さよならをした・・・


その頃、付き合っていた、元女房が私の部屋に来た。心配しているように。


数日たって、元女房が、また部屋に来た。そして、K子さんが、自宅に来た。


玄関にあった元女房の靴があるのをみて、「ごめんなさい・・・」と言って帰った。


なんか、哀しそうな感じがして、私はすまないと言う気持ちが一杯だった。


それからは、K子さんからの連絡など、一切断れた。


そして、元女房と結婚して、一男・一女を授かった。


でも、K子さんのことはしばらくは忘れていたが、今になって、あの日のこと思い出す。


元女房にいつも言われて続けていたのは、生活が苦しくなっていた時に


この家から出て行ってよ!!!


そして、とどめは「死ね!!!」と言う言葉だった。


貴女にはもう、貴女には「愛情はないから・・・・」と。。。


そして、私は家を出た。


それから、4年の歳月を送っているのだが、長男、長女には、毎晩寝る前に、墓前に合掌して、


先祖に向かって「二人を見守ってください」と祈念している・・・・・・


人生って不思議ですね。


その時、K子さんと、一緒になっていたら、こんなことにはならなかったかも・・・。


毎晩寝るときに、若かったK子さんを思い出して、就寝しています。


そして、いまでも・・・・・













ただ、おまえがいい・・・


これは30数年前に、日曜日の夜8時からの放送された青春ドラマだ。


カースケ役の中村正俊、オメダ役の田中健、グズロク役の秋野大作の3名がおりなすドラマ「俺たちの旅」


ただ、おまえがいい・・・は毎回のエンディングのテーマ曲で流れていた。


最後に、鎌田敏夫さんが、書いたコメントが流れてきます。


例えば、


「男は女の優しさを求め、女は男の優しさを求める。優しさに飢えている・・・・・・」


「友達がいる、ただそれだけで、いい・・・・・・」


「たった一人の男と、たった一人の女を何が結びつけて、いるのだろうか・・・・・・」


「哀しい愛があり、結ばれない恋もある。しかし、人間は誰かを愛されずには、いられない・・・・・・」


「ひとつの出会いが、ひとつの別れを生む。そして人は、また、人に出逢う・・・・・・」


そんな・・・「俺たちの旅」を観ながら青春時代がよみがえる・・・・


まさしく青春時代だった。


でも今は、こんな病気と闘っている。


良かったな、青春時代・・・・・


もう、後には帰れない・・・










今日の朝、8時半頃、携帯が鳴った。


まだ二度寝していたため、すぐには出られなかった。


着信履歴を観ると、昨年、同じ総合病院に入院していた、可愛い女の子だった。


30分後に、女の子に返信した。


なんだか、暗い声で「おはようございます」という、第一声だった。


色々と話しをすると、涙ぐんで、今の実情を話してくれた・・・。


「毎日が辛くて、睡眠ができないと・・・」 一番強い、ハルシオンと言う最高な睡眠薬を飲んでも眠れないと・・・。


同室にいた女の子、通称「おねいちゃん」はと聞くと、連絡しても出てくれないと言う。


毎日、寝て過ごしているらしい・・・。まだ社会復帰をしていないと言う。


電話してくれたその子は、母子家庭で、年齢を聞くともう31歳になったと言う。


そしてやっと、今月に障害年金を申告したらしい・・・


受理されて早くても5ケ月から6ケ月はかかる。


そして話しているうちに、僕の経験などを話した。母子家庭で、外出も出来ない状況は僕と同じだ。


傷病手当や、傷害年金を受給されることなど、そして県の精神障害認定手帳を申告しなさいと・・・。


県の障害手帳をすれば、NHKの受信料の免除、市県民税の免除、携帯電話の基本料の免除などがあると伝えた。


彼女は昔、携帯ショップに勤めていたから、社会保険を払っていたので、傷害年金は確実にクリアする。


ただ、2級は無理でも、3級に認定すると、初診日からさかのぼって、その間の金額が支給される。


そして、3級(2級はかなりの、うつ病でないと無理)は確実である。


隔月に10万円は支給される・・・・


いま彼女は、仕事をしたくても出来ない状態は、僕も一緒である。


睡眠不足や、食欲の減退、手足の振るえ、など全く、僕と一緒なのだ。


昨年、入院している頃は、いつもムードメーカーというか、元気に話題を提供していた。


まるで、「うつ病」ではないのでは・・・と感じる時もあった。


そんな、なんか仲間意識があって、煙草を吸う場所に、皆が集まっていた。


先にも書いたが、同室だったN君が離婚をした。


あんなに奥さんや子供達が毎週、面会に来ていて、そして離婚をしたと言うことに話題が移った。


僕はあの頃のN君の家庭が羨ましかった。


奥さんは3日おきには、下着や身の回りのことをしながら、毎日、食鳥会社で一日中、立ちづくめで作業をすると言っていた。


高校生の男子の入学試験、娘の進学などでかなり、彼も悩んでいた。僕の子供達のことと、オバーラップしていた。


退院して、幸せな日々を送っているのだと信じていたのだが、残念な気持ちで心が痛む。


そして、今朝、電話してきた女の子は、「何故に僕に電話をしてきたのだろうか?」と考えた。


それは、この病気を持っている同士の、こころの中のSOSだったのではないだろうかと思う。


不安で、将来の展望もなく、働くこともできない、母子家庭の挌闘など、様々なことがあってだろう。


そんな彼女を幸せにできる「男性」が現れるといいのに、と祈るばかりです。


僕もそうだけど、彼女もいま、闘っている。この病気は、なった人にしかわからない・・・


また明日も、同じで気力、ヤル気、不安、自己嫌悪、それにまた向かう。


やるせない気持ちがこのまま続くのだろうかと思うと、辛いです。


なぜしこジャパンが世界一になったのは、とても嬉しかった。


でも、僕も電話してくれた彼女と一緒にその話題はなかった・・・


ご拝読ありがとうございます。   拝。