長編物語ブログ -35ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 耳慣れた音が雑音に聞こえ、朝からやっているワイドショーを怯えるように見ている。最近では自分というものが誇張され、その不自然な様子を笑いながら眺めるというのが日課だったが、今日はそうもいかなかった。
 隆と二人でいるところをスクープされてしまった。独占インタビューが出来なければ、写真を週刊誌に売るという脅しなのだろう。通常、スキャンダルは殆どが未然に防ぐことができる仕組みになっているのだが、SAYAの件に関しては、利害関係のすり合わせができなかったのだ。だから小城舞は慌てていた。真紀にだってそれくらいのことは理解できた。しかし隆にこれ以上迷惑をかけることはできない。
 今まで毎日トレーニングをこなし、デコボコバンドに入り、様々な出来事があった……やっと芸能界復帰という決心もついて、豊漁祭が終わったら正式に小城舞に通達するつもりだったのだ。
 真紀はテレビを消した。時刻を確認すると九時で、まだまだ隆たちが帰って来るまでには時間があった。
 床の上に散らばっているSAYAのCDを手に取ると、CDプレーヤーにセットしてフローリングの床に垂れているコードの先にあるヘッドホンを耳に当て、再生ボタンを押した。
 目を瞑って当時の記憶を掘り下げていく、自分がどういう声の出し方をしていたか、何を思って歌っていたかなど、そう、真紀はこうして今まで過去を掘り下げて、歌の練習に励んでいたのだ。
 逃げて来た当初、真紀の身体はプロの歌手としての身体ではなかったのだ。今は何よりもそれを取り戻すことが先決だった。
 しかしSAYAの歌声を冷静に把握し今の状況と差異を見つけることなど、今の精神状態の真紀には難しかった。気づけば床に手をつけ隆のことをこれからどうやって守っていくのか、そんなことばかり考えていた。そして思い出が、今まで当たり前に存在していたこの生活がこれからどれだけ、切望しようとももう二度とやってこないだろうとしった。
 真紀は両手でヘッドホンに手を添えて、壁に背をつけるようにして隆との思い出に浸っていった。
 ちょっと大人びたその少年はわたしの中にいつしか当たり前のように存在していて、それを失うのが怖くて、この日々が消えてなくなるような気がして逃げだしたくなった。
 息を殺して寝顔を見て、祈るように彼を見ていた。どうか神様もう少しだけこの人の傍にいさせてくださいと。
 自分の弱さに負けたときは寝ている少年を起こして、夜の町へと繰り出した。
 わたしは隆君を心から愛していた。
 そんな隆を追い込んでしまう自分。名前は出ないかもしれないが、記者たちが同棲という事実をつかんでいたとしたら……恐らく隆は高校で謹慎処分を受けることになるだろう。
 真紀は抱えきれない恩を仇で返してしまう自分が狂おしくはがゆかった。
 やおら立ち上がる。真紀は扉を開けてスタジオへ向かった。

しんとした空間、真紀はトレーニングスーツの上から腕をさすった。
 機材が置いていない中央にいって、屹立した。
 両手を高く上げて背伸びをし、ストレッチを始めた。ストレッチが終わると顔のマッサージをして、ジュータンの上に寝転がると身体の力を抜いた。そして腹部を意識して声を一定の高さに保ち、出し続ける。それを三十秒程行って、声を段々と大きくしていく、喉をしめたり声が震えないように注意しながら、三十秒続ける。
 その行程を数度繰り返して、今度は手近にあった雑誌をとって、裏声で読み始める。
「おい、そこの気狂い」
 真紀は驚いて声のした方向に目を向ける、そこには源二が立っていた。
「しらん人が見たらきがくるうとるとおもうやろうな、でも今日のおまえは本当にきがくるうとるかもしれん」
「源さん! いるならいるっていってくださいよ!」
 真紀は立ち上がった。
「わしは昨日のおまえの歌を聴いて、半ば納得しとったんけんど、今のおまえはわしが教える前のおまえにもどっちょる」
 源二が厳めしい顔つきでそう言うと真紀は、
「すみません!」
 と、頭を下げた。
「初めからいうとったやろうが、性根のないやつは好かんって」
「はい!」
 源二はゆっくりと室内を回る。そしてマイクやギター、それら楽器や機材を確かめるように触ると言った。
「わしらがな、ジャズやらブルースを歌いよった時代はな、親に隠れてやりよった。日本人は海外の大衆音楽を悪魔の音楽と言ってな……当時はひどい有様だった」
 真紀は神妙な顔つきで聞いている。
「わしらの師匠、大蔵さんが生きとった頃は、そりゃなぁ演奏するだけで喧嘩になりよったわ」
 そう言って源二は軽く吐息をついた。
「大蔵さんも死んで、わしらまだ歌いよる。もうやめられん、死ぬまでやめられん。でもな真紀……おまえらは良い時代に生きとる。どれだけいい歌を歌っても片っ端から破壊されて回った時代に比べたらいいじゃろう? 舞台でわしらはな認めさせてやるくらいの啖呵きりよったわ。それくらいの気概を持てんのかおまえは」
 真紀は掌を後ろに組んで聞いていた。
 音楽の歴史はそれなりに知っているつもりだったが、ここまでひどいとは思わなかった。
 源二の言葉は胸に染みこむように伝わった。
「ありがとうございます先生!」
 真紀がびしっと頭を下げると、
「でもなぁ……わしらも今年の豊漁祭で最後にするわぁ……もうユキエのやつがついこれん、ふうふういよる」
 真紀は顔を曇らせた。
「そんなこと言わないでくださいよ……真紀、涙がでちゃいますよ……」
「ばかたん、おまえが泣いてどうするんじゃ」
 源二はそう言って豪快に笑った。
 
 さすがの良太もおかしいと思い始めていた。
 津田美咲の態度が朝からのおかしいのだ。昼休みになり、良太は恭介に「今日は用事があるからA組にはいけない」と断りを入れていた。
 今も廊下のほうを見つめてこちらを見ようとしない美咲に、良太は肩を叩いた。
「美咲さん一緒にお昼しよう」
 美咲は振り返る。
「えっ、でも――」
 いつもいる友人二人を見ると、手を大きく振っていってしまった。良太は机を寄せている。
「美咲さん、僕とお昼するのはいや?」
「そ、そんなことないよ!」
 慌てて否定する美咲、頬は桜色に染まっている。良太は弁当と水筒を出して、早速、昼食を始める。
「食べないの?」
 美咲はおずおずと弁当と水筒を並べ始める。そんな美咲を見て、良太は言った。
「美咲さん、何か僕、美咲さんに悪いことしたかなぁ?」
 美咲は手を止める。
「そんなことないよ」
 弁当を置いて包みを解いて蓋を開ける。
「でも、なんか変だよ、メールしても返事ないし……」
「ちょっと、忙しかったんだ」
「そっか、僕、友達少ないから、嫌われたようなことをしてたらやだなぁって」
 美咲は箸を片手に、
「そんなことない!」
 と、大きな声だして、辺りを見て首をすくめる。
「だったらいいけど、何かあったら言ってね」
「うん」
 美咲は緊張しながらも弁当を食べ始めた。SAYAのことを記者たちに喋ってしまってからというもの、良太とは気まずくなり、話しやメールができなくなっていたのだ。
 あれからどうなったかは知らないが、高校生が言ったことを真に受けないだろう。そう、たかをくくっていた。
「美咲さん豊漁祭いく?」
 美咲は首を横に振る。
「僕たちカラオケ大会の最後にバンドででることになったから、祭りにいくのならと思って――」
「みにいく! 絶対にいく!」
「うれしいな僕」
 美咲はこんな機会が次はいつ巡ってくるのかわからないので、聞いてしまうのは怖いが、後悔するよりはいいと思い、口を開いた。
「羽柴君あのね、羽柴君に好きな人いても……」
 美咲は手に汗をかいて、鼓動は早くなっていた。
 良太は美咲のいった言動に首を傾げた。
「僕……好きな人なんていないけど? ……美咲さんおかしい」
 美咲は目の前が真っ暗になっていった。
「でも、年上の人とか」
「そんなぁ……年上も年下も好きな人なんていないよ。変な美咲さん」
 良太はいつものように、にこにことしながら喋っている。美咲は良太の声が段々と遠くになって、自分という視点が一瞬喪失した。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
 はっと顔を上げて、美咲は引きつった笑顔作る。
「なんでもない」
 それからしばらくして昼食は終わったが、美咲は妙に静かだった。

 バンドの練習の間、隆は違和感を憶えていた。真紀が無理をしているように感じるのだ。いつもなら、メンバーの中でも会話が多い真紀なのだが、今日は返事にしても曖昧であった。しかし豊漁祭で行う曲のほうは順調に進んでいたので、隆は深く追求することはなかった。
 辺りが薄暗くなり始めた頃、バンドの練習は終わりを告げる。いつもより早く終わったことに良太は物足りなさを感じて言った。
「豊漁祭も近いのに大丈夫かな、こんなに早く解散して」
「この調子なら問題ないわよ、ミスをしないように練習を繰り返すだけね」
 椿がそう言うと隆は階段の扉から後ろを振り返り、
「真紀がいねぇ……見送りくらいしろよ、同じメンバーなんだから」
「源さんたちと話してるんだわ、きっと」
 隆は釈然としない様子だった。
「恭ちゃん、今日さぁ少し早く終わったから、帰ったらぼくんちに行こう」
 恭介はこくりとうなずく。
「じゃあおつかれな」
「きよつけて、良太、家でも練習するのよ」
「はい。じゃあ、おつかれさまでした」
 二人は階段を下りて、しばらく歩くと見えなくなった。
 隆はすぐに踵を返してスタジオに戻る。扉を開けて中を覗く。
「真紀、いねぇじゃん。何してんだよあいつは」
 隆はスタジオの扉を閉める。足早に歩くと、自室の扉を開けて中に入っていった。
「おまえ、見送りくらいしろよ」
 真紀はヘッドホンを耳に当てて首を傾げている。
「え――何?」
「もういい!」
 隆はそう言うと出ていってしまった。

 恭介は綺麗に整理されオシャレな部屋を見て驚いている。
「良太君がしたのこれ?」
「うん」
 良太は誇らしげに言った。
 壁に貼ってあったアニメのポスターは洋楽のロックバンドのポスターに変わり、並べられていたフィギュアはどこにも見あたらない。
「おれ、すごいとおもう、前の部屋が想像できない」
「僕もね、こつこつと、やるんだよ。恭ちゃんが走ってるみたいに」
 恭介はクスクスと笑った。
「おれ、良太君が努力してないなんて思ってない」
「でも、恭ちゃんには見せたくて」
 良太は伏し目がちに言った。何か恭介にしてもらいたいというような表情である。
「よし、よし」
 恭介はゆっくと二回、頭を撫でた。
「これこれ、僕ね、恭ちゃんにこうやらせるために頑張ってた。こうなるって予想してたらそのとおりになった。あるよね、思い描くとその通りになっちゃうことって」
 良太は照れながらも言った。
「うん、得におれたちデコボココンビは大事だと思うそれ。でも大げさ」
「だよねぇ、でも気持ちが充電されるからね。僕、緊張してるんだよね……豊漁祭大丈夫かなぁミスしないかなぁとか、お腹痛くなったりしないかなとか」
 恭介はベッドに座った。
「おれも怖い……だって、SAYAさんだっている」
 良太は何度もうなずいている。
「わかる。僕もね今の時点で言えることは普通の高校生のライブ――とかさそんな感じじゃないのは確か……僕たち波に乗れるかなぁ……」
 恭介は逡巡しうなずく。
「良太君、波ってさ乗るものじゃなくて、やってきたら必ず乗れるものなんだよ。おれたち元オタクで浮いてるから」
 恭介がそう言うと、良太の顔は華やいだ。
「わー恭ちゃん今、すごい良いこと言ったよ。もう一度お願い!」
「む、むり……」
 恭介は顔を背けた。

 隆が出ていってから椿は、ベッドの横、真紀の隣に腰を下ろして、ヘッドホンを外す。案の定音楽は流れていなかった。
「真紀大丈夫?」
「うん」
 真紀は目を合わさずに少しだけ頭を下げた。何も言わない真紀の言葉を待っている椿、しばらく無言のときが流れた。
「今まであれだけ警戒してばれないようにしてきたのにさ、おかしくない? 二人きりでデートしたときにばれなくて、家の前、扉から一メートルも離れていないのに、変だよ!」 真紀はヘッドホンをベッドに投げつける。
「うん」
 椿は真紀の両手を握った。
「それで?」
「真紀、隆君や、涼子さん、めぐちゃんに……いっぱいしてもらって……そんな人たちに少しでも嫌な気持ちにさせたくないの!」
 椿はうなずきながら聞いている。
「それにわたし……隆君のこともあるけど……やっぱりテレビが怖い。そう思ってる自分がすごいいや!」
 真紀は椿の胸に頭をうずめて泣き出した。
「自分が嫌だ、こんな自分が許せない! 悔しいよぉ、もうSAYAなんて辞める、SAYAがいなくなればそれですべて解決」
「それでいいの? メグの前でもそう言えるの? 隆の前でも歌わないっていえる?」
「だって……どうすればいいのかわからないよ」
「大丈夫よ真紀、みんなに教えてもらったことを思い出して、みんな深い傷を背負っている。わたしはあなたという人が特別だから、あなたの傷に血が流れているのが見えるだけ」
「椿も苦しい?」
「苦しいよ、夜がせまってくるから……でも、真紀も隆もみんなもいる。あたしは孤独じゃないよ。山中椿は孤独じゃないよ」
「真紀、絶対椿とは親友だよ」
「ありがとう、今は答えを出せないけど、時間はまだ少しあるみたいだし、隆が帰ってくるかもしれないから、笑って真紀。ね」
 真紀は顔を手で覆いながら、
「椿ぃ、今は隆君預かってるけど……」
 椿は笑いながら、
「いいのよ」
 そう言って立ち上がるとタオルを取りにいった。
 
 寝返りを打つと布団のこすれる音が響く、その回数が隆の隣で横になっている真紀は狸寝入りをしていると告げていたが、なんだが「おまえ起きてるんだろ」というのも癪に触るのでずっと黙っていた。しかし無駄に時間が進む中でなぜ自分も眠ったふりをしないといけないのか疑問に思えてきたので隆はだらりと腕を枕元に投げ出した。
「おまえさ、起きてんじゃん」
 真紀の返事はない。変わりに聞こえてきたのは妙に眠りの深そうな息だった。隆は下打ちをした。
「おい真紀、いい加減にしろよ」
 隆が半身を起こしてそう言うと、今度は微妙に布団が上下していた。
「アリエネェヨ、ばればれだって、早く降参しろよな」
 布団の揺れは大きくなってぴたりと止まった。しかし起きようとしない真紀。
「じゃあいいや、もうおまえ寝とけ、おれ一人でいってくるわ」
 隆はそう言って布団から出ると衣装箪笥の前にかかっているコートを手に取る。
 真紀の布団は、止まっていたが、また、上下に大きく揺れ始めた。そして――。
「ちょっと待って」
 真紀は涙を流しながら笑っていた。隆は薄暗い室内で真紀のその不気味な笑っているとも泣いているともとれる表情を見て言った。
「おまえさ、何時間、意地はってんだよ」
「それはお互い様、真紀はね……」
 と、言いつつも笑う。
「いつかこのときが、隆君が眠れなくて真紀を起こしてくれる日がくるかって……今か今かと待っていたのだよ」
「アリネェ、何何? それって恨みってやつかあ」
「違うよ、ああ、嬉しい」
 真紀はそう言って起き上がり隆のコートの横にある自分のコートを取った。
「さあ、夜の町に繰り出しましょう、少年」
「何、いばってんだか……おまえさ、今日少し変だったろ……って待てよおい!」
 二人は扉を開け、スタジオを通って扉をまた開け、階段を下りた。真紀は足早に下まで降りると片腕を無言に出した。
 隆は舌打ちしながら掌が合わさるように握った。
 まったくといっていいほど人はいない。歩道にぽつりとある外灯が寂しく道路を照らしている。時折、車が通るが、それも五分に一度といった感覚である。
 二人は道路を左に曲がると遊歩道に入った。
 蔦で覆われた天井の割れ目から星が見える。雲一つない夜空の東方には月が輝いていた。「三人で買ったお揃いのマグカップ、洗面台には三つの歯ブラシが仲良く並んで、浴室の扉を開けるとピカピカの浴槽、椿ちゃんがいつもきれいにしてた」
「それをおまえが考えもなしにシャンプーとか使うから、泡だらけにしてたんだろ」
 隆がそう言うと真紀はクスクスと笑った。
「どうして知ってるの、覗いてたんでしょう!」
「アリエネェ、椿が言ってたんだよ」
「わたしと隆君にはまだ早いかな、そう言うことは、ねぇお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
 隆は真紀を見て、身構えるように身体を少し硬くした。
「おまえがそう言うとろくなことがない」
 真紀は隆の腕を引っ張る。隆の身体は真紀のほうへと流れた。
「あのね、明日は涼子さんとメグちゃんたちとご飯食べたい。ほら、しばらく帰ってないでしょ」
 隆はしばらく考えたが、
「確かにな、帰ってくるなとは言ったが……もう時間も経ってるし、涼子もこっちには顔出しづらいだろうし、まあいいかな。でも、どうやってあそこまで行くんだ?」
 真紀は少しだけ顔を傾けた。
「それは大丈夫だよ、真紀が運転していくから」
「まじかよ!」
 と、言って笑いながら、
「椿も連れてこうぜ!」
「じつはもう断られたの」
「よっぽど怖かったんだな、あのときの運転が、軽いトラウマだろあれは」
 隆が未だに笑っているので、真紀は隆を引き寄せるようにした。
「おまえ、くっつきすぎだろ」
「いいじゃない別に」
 遊歩道が切れて道路に出る。二人の目の前にはなかえ川が通っている。真紀は二本のポールにタッチする。
「到着――」
「何があったかは聞かん、でもな……遠距離だってやっていける」
 真紀は「寒い寒い」と言ってポールの回りを小走りに跳ねていた動きを止めて、ゆっくりと隆に近づく。モッズコートのフードの場所を避けるようにして後ろから抱きしめた。
「それはわかってるよ。でもね君は未成年でわたしは芸能人で、わたしが生放送中に逃げて、今は高校生と暮らしてる。筋が通ってることなのかな?」
「何が言いたい」
 隆は語気を荒くした。
「でも、今だけは考えるのをよそう、隆君怒るから」
 そう言ったそばから隆は真紀を振り払おうとした。
「もう!」
 真紀は両腕を回して離れないようにする。
「でも、真紀が一番最低で最悪なんだ」
「何でだよ、そんなこと俺は何とも思ってねぇし」
「でも、周りはそうは思わないってこと。芸能界から逃走したあげくに、未成年の男をだまして同棲してるってなるんだよ、きっと」
 真紀はそう言ってひとしきり笑った。
「わたしはそう思われてもいいけど、隆君はそうはいかないから」
 そう言って、真紀は隆の頬に唇を押し当てる。
 隆は一瞬固まった。その隙に真紀は身体を離して走り出した。
「待てよ!」
 真紀は少し先に行って待っている。
「ねぇ今度はコンビニまで、今日は中まで入って肉まん買う」
「大丈夫なのか」
 真紀はウィッグを指でつついた。
「でもいつかは堂々と町を歩いてみたいね」
「まあ、そうだな」
 二人は手を握り歩き出した。 
恭介は机を独占している良太を見ていた。何やら良太は紙を二つ並べて考え込んでいたが恭介が見ていることに気づくと、
「あ、見ちゃだめだよ」
 と、口を尖らせて言った。
「良太君……いけないことしてない? それ隆君が書いた詞」
「うん……みんなのも目を通してきたんだけど、やっぱり隆君はすごいなぁ」
 良太は自分の詞と見比べて言った。
「勝手に持ってきたんだ……おれしらないよ」
「だってね、ゴミ箱に捨ててあったんだよ」
「それを拾ったの?」
 良太がうなずくと恭介は軽く頭を叩く。
「おれ、信頼関係は大事だと思う」
「僕だってそんなことわかってるけど……どうにか合体できないかなって」
「合体って?」
「この詞を元にしてアレンジしてみる。見て恭ちゃん、少し難しい表現の部分をさ、アニソンみたいに出来ないかなって」
「良太君の趣味に走ってるよそれ……」
「でも、小さい子供やお年寄りには受けると思うなぁ」
 恭介は少し思案して、
「うん……確かにそうかもしれないけど」
「でね、振り付けとかもつけたりして」
「振り付けって……」
 良太は腕を組んで考えている。何かいいアイデアが浮かびそうで出てこないのだ。
「僕、真紀さんも豊漁祭にでると思うんだよね」
「でも、山中さんは止めてる」
「フルハウスミニライブも、止めても無理だったし、真紀さんが豊漁祭にでるなら、隆君と二人でヴォーカルして、踊れるよね」
「おれ、間に合わないと思う。振り付けを練習する時間が足りない」
「だからさぁ、サビの部分だけとかあるでしょう」
「アニメのアイドルみたいに?」
「うん、問題は隆君が――」
「怒るよきっと。おれそう思う」
「だよねぇ」
 良太は声を大きくして笑った。
 テレビからは朝のワイドショーが流れている。良太も恭介もよく知っている人物の映像が流されている。
「飽きないよね、何度も何度も」
 テレビではSAYAが司会者の質問に答えている。テレビから流れる音だけを聞いていた恭介は真紀の質問に対する答えを聞いて、首を傾げた。
「良太君、真紀さんがこのとき言っていることって、隆君のことじゃない? おれすごく隆君のしゃべり方に似てると思う」
 良太はテレビ画面を見た。そしてふとあるアイデアが浮かんだ。
「これだ! 恭ちゃんありがとう!」
 それから良太は机に向かって詞をいっきに書き上げていった。恭介は良太の今までにない必死な顔に声をかけることもできなかった。

 椿は洗濯物を干し終わって一息ついた。ベランダからはなかえ川が見え、川面は太陽を照り返していた。
 時刻を確認する。
 一時間半バイトした所を、真紀が二時間でいいからといっても椿は、それを拒否し、きちんと働いた分でいいと断っていた。真紀の気持ちはありがたいが、甘えるわけにもいかない、常に自分一人でバイトやギターをこなしていた椿は、真紀の気まぐれで家政婦になったにしろ、家事を完璧にこなしていた。
 今もベットから半分落ちて隆の腕を握っている真紀を見て、椿は昨日何があったのか大体予測できていた。
 真紀が時折思い詰めた表情をしている回数が日に日に増えてきている。椿は自分に何か力になれることはないかと模索していた。
 バイトを辞めて、真紀の家政婦になっていければ、バンドが終わるのが早い日や、休みの日は膝を抱えて家の中にいなければならなかっただろう。今までギターとバイトに明け暮れていたので友達を作る暇もなかった。
 椿はベットに乗ったままの真紀の足を落として、隆の布団の中に入れた。真紀と隆は同じ布団の中に入った。
 椿は真紀を親友だと呼べるくらいになっていた。しかしこの夢のような生活もいつまでもは続かない。それはこの家に今いる三人はどこかでは気づいて、忘れようとしていることなのだった。
 今のうちに昼食の準備でもしようと、台所に向かおうとしたとき真紀が目を覚まして、
「椿ちゃんおはよう」
 と、寝ぼけ眼をこすって言った。
「昨日はよく眠れた?」
「うん」
「うそつき」
 椿はそう言って昼食の準備を始めた。

 部屋の中は汚れつつあった。
 スナック菓子は袋からはみ出し、勢いよくペットボトルを床に置くのでジュースが溢れている。
 テレビの前にはゲーム機の本体が並び、松尾純一の握るコントローラーは油でべっとりとなっている。
「やったぜ、また勝った。おれ様うまくなっただろ。恭介、見たか! おれ様の技」
「良太君、二つが一つにの部分、気持ち下げ気味で歌ってみて」
 良太は口ずさむようにメロディを歌った。
「いいとおもうそれでおれ」
「おまえら俺様とゲームしよう」
「松尾君って最近、恭ちゃんの家に勝手に上がってくるようになったよね。もううるさい、ゲームの音小さくして」
「ゲームのセーブデータ上書きされてたおれの」
「えー災難」
「でも、おれ最近ゲームやらないから、好きだけど」
「僕もね、やる暇がないんだよね。アニメも大作以外見られないし」
「良太君とフリーモールで服を見て、ゲーセン行くほうが多くなったと思うおれ」
 松尾はコントローラーを投げて立ち上がる。
「おまえら、俺様が豊漁祭の裏でどれだけ工作してるかしってんのか!」
「またまた……」
「クラスの奴らや知り合いに、カラオケ大会に見に来るようにいってんだぞ」
「ほんとに?」
 良太が松尾にそう聞くと松尾は唇を釣り上げて、
「勿論、おまえらのクラスの奴らにもいいふらしてるぞ」
 松尾が誇らしげにそう言うと、恭介は松尾の前にぬっと顔を出す。
 松尾は顔を少ししかめて、
「いいじゃねぇか、その方が張り合いあるだろ。カラオケ大会なんて、老人ばかりだからってみねぇやつ多いんだよ、だから俺様が――」 
 恭介はぬっと顔を松尾に近づける。
「恭ちゃん怖いよ」
 良太は笑いながら言った。松尾を負けじと睨み返す。
「できた!」
 良太はシャーペンを止めて言った。そして二人を見ると慌てて引き離した。松尾の顔は呼吸をしていないので鬼のような恐ろしい顔つきになっていた。
「死ぬかと思ったぜ」
「二人に共通してるのって、変なところで意地をはる所だよね」
「良太君見てもいい?」
 良太は頭を下げた。
 恭介は良太の書き上げた詞を食い入るように見つめた。
「いいね、これなら山中さんたちも認めてくれると思う」
 と、恭介が言っていると、松尾が折りたたんでいるほうの紙を広げて中を見た。
「なにこれ、恭介の詞だろ、やっべー、センスねぇ、超おもしれぇ、なんだこの……おれうれしい、おれたのしいって……」
 恭介は松尾が持っている紙を奪い取ろうとする。それから二人はどたばたと暴れ出した。

 良太は緊張していた。しんと静まる室内にはバンドメンバーが椿を中心に輪になるように集まっていた。果たして素人の良太が書いた詞が三人に通用するかわからない。できあがった直後にあった自信は泡のように消えてしまっていた。
「いいわ、合格! これくらいのほうがいい。良太もそう思って書いたんでしょ」
「はい!」
 椿はそれから隆に詞を渡し、隆は真紀に渡し、恭介が最後に読む。
「まさかおれの詞が改悪されてるなんてな」
 隆がそう言ったので良太は肩を落とした。
「まぁでも、いいんじゃね? そんな細かいことを俺は気にせん」
「ありがとうございます」
「良かったね良太君」
 と、話しが収まっていくうちに、もう一つの話題を切り出そうか迷う、しかし良太はこれで呆れられたりすれば、それはそれでいいこと、自分の考えを伝えることのほうが大事だと思って口を開いた。
「それであの……この曲振り付けがあるんです」
「何ぃ?」
 案の定隆はいい顔をしなかった。良太は拳を握る。
「真紀さんもどうせ、でることになりますよね」
 真紀はにやりと笑って。
「みんながどう止めても無駄、真紀は変装してでるよ」
 隆と椿は深い吐息をついた。
「それで、二人で歌ってもらって、振り付けをするんです。今から全部憶えるたり考えるのは無理だし……サビの部分だけでも」
 と、良太は言葉を切る。
「アリエネェ、振り付けなんてできるか!」
 隆がそう言うが椿は口に手を当て思案している。
「わたしは振り付け賛成。そのほうが盛り上がるし」
「おまえは黙れ」
「それでですね、SAYAさんの逃げる映像を見ておもいついたんですけど……」
「続けなさい良太」
「はい、あの……SAYAさんのあのときの台詞は隆君のことですよね」
「すごーいよくわかったね良太君」
「やっぱり、だったら話しは早いです」
 そうして良太は身振り手振りで振り付けと、その意味を伝えた。
 唇に手を当て考えていた椿は黒目を上げて、
「なるほどね、確かにこれは、ロックだ! ってやるバンドも大事だけど、そんなの誰も聞かないわ、なぜならカラオケ大会だから、わたしたち大事なことを忘れていたわね。良太の案をリーダーとして採用します」
 良太の顔はぱっと花が咲いたように華やいだ。
「まじかよ……俺もやんの?」
 隆は仏頂面になった。
「別にいいじゃない、曲の間中踊ってるわけじゃないわ」
「アリエネェよ」
「良太君、ほんとにありがとう……真紀」
 真紀は急にスタジオ出ていく。
「何だあいつ?」
 隆がそう言うと椿は、
「様子みてくるわ」
 と、言って後を追いかけた。

 源二とマスターとユキエはスタジオの奥にパイプ椅子を広げて座っている。
「マイクテス――」
「源さん、まだ、練習もほとんどしてないし、荒いと思うけど」
 源二は下向きな顔を上げて手を跳ねるようにした。
「はよせぇ!」
 ユキエは笑顔で良太を見ている。
「あんちゃんがんばりんさい」
 マスターも恭介を心配そうに見ている。
 椿が振り返り頭を下げると、恭介はドラムスティックを合わせてカウントを始めた。
 隆と真紀は中央でサビの部分で向かい合うようにして顔だけを、源二たちのほうへむけ振り付けをしている。
 バンド初期の面影すらないほど、演奏は一人一人成長し、それがバンドとしてまとまりになり始めていた。
 源二は素直にそう認めた。真紀の歌声に関しても満点とはいかなくとも及第点にはたっしている。
 源二は無精髭を触りながら考えた。あの気の抜けたような真紀の顔つきが今は生気がみなぎるように輝いている。これが芸能人でいうオーラというものか、源二はそう感じた。 何か大きなことが起きる予兆、源二はこのスタジオの空気感にそれを感じていた。
 演奏が終わると真紀は怯えたように、言った。
「どうでしたか?」
 源二は黙っている。ユキエが源二の袖を引っ張るとゆっくりと目を開ける。
「悪くない」
 一言そう言った。
 真紀は唇を噛みしめて、
「ありがとうございます」
「まだまだ、豊漁祭のあとにね。あんちゃんたちようがんばったね」
 ユキエがそう言うと、良太は瞳を潤ませている。
 マスターは恭介と目を合わせ目礼した。
「一応形は整ったわね。本番まで時間もないし、個人練習はしばらく休みで、こっちを主に練習していくわよ、いいわねみんな?」
 椿が振り返ってそう言うと、各自快活な返事が返ってきた。 

 バンドの練習も終わり、夕食と入浴を済ませると椿が食器を洗い終わるのを見計らって真紀は、
「椿ちゃん、わたしと散歩しない?」
 と、言った。
「でも大丈夫?」
「こんな時間だし、これがあるしね」
 真紀はウィッグを揺らしながら言った。
「いいわよ別に、ちょっと待ってて」
 椿はそう言うと手を洗ってからタオルで拭う、コートを来て鞄を持って、ギターを背負った。
「ああ、そうだ。真紀が送ってあげる」
 二人は外に出る。遊歩道を歩いて噴水公園を越えて歩道から少し歩くと公衆電話があったので真紀はそちらに向かう。
「ねぇ真紀?」
「電話するの、マネージャーさんに、少し待っててね」
 真紀が中に入って受話器を上げたので仕方なく椿は待った。
 深呼吸をして真紀は暗記しているダイヤルを押していった。電話はすぐにつながった。
「もしもし舞ちゃん?」
「真紀さん!」
 叫ぶような声が受話器口から聞こえてきた。
 真紀は久しぶりの声に口元をゆるめた。
「舞ちゃん、そんな叫ばなくたって、聞こえてるよ」
「それどころじゃありません!」
「あのね、わたしもうすぐ帰るから、SAYAとして心の準備も歌手としての覚悟もできたと思ってる」
「もうすぐっていつですか、それじゃ遅いんです。真紀さんよく聞いてください! ばれてしまったんですよ。マスコミに」
「え? もう一度お願い」
「だから、SAYAと少年、隆君と言いましたよね。あの子と映っている写真が来週掲載されてしまいます」
「ウソ……」
「ウソではありません。こちらでも確認しました。今は事務所の力で押さえていますが、それもいつまでか……わかりません。真紀さん、住んでいる所に鉄製の階段ありませんか?」
 真紀は心臓が一瞬止まったような気がした。
「今からでも遅くはありません。すぐに記者会見を行って、先手を――」
 真紀は受話器を置いた。
 そしてくずおれる。
 椿は様子がおかしいことに気づいて公衆電話の中に入る。
「真紀! 何かあったの」
「椿ちゃんどうしよう、わたしどうしたらいい? 隆君といるところスクープされちゃった……」
 椿は真紀の腕を掴み抱え上げるようにして、それから優しく抱きしめた。
「大丈夫だから、真紀あたしはここにいる。どんなことがあっても助けてあげるから、あたし、あなたのこと、親友だと思ってるんだからね」
 真紀は大粒の涙を流した。
「ありがとう」
 結局椿は落ち着くまでその場所を動かず、辺りを警戒しながらフルハウスへと戻った。
 道すがら、ついにこのときがきてしまった。それも最悪な形で。そう思い、隆にはとりあえず内緒にするようにと言って、今日は家に帰らずフルハウスに泊まることにした。
 長い夜になりそうだった。椿はそう感じた。