悪魔の音楽 | 長編物語ブログ

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 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 耳慣れた音が雑音に聞こえ、朝からやっているワイドショーを怯えるように見ている。最近では自分というものが誇張され、その不自然な様子を笑いながら眺めるというのが日課だったが、今日はそうもいかなかった。
 隆と二人でいるところをスクープされてしまった。独占インタビューが出来なければ、写真を週刊誌に売るという脅しなのだろう。通常、スキャンダルは殆どが未然に防ぐことができる仕組みになっているのだが、SAYAの件に関しては、利害関係のすり合わせができなかったのだ。だから小城舞は慌てていた。真紀にだってそれくらいのことは理解できた。しかし隆にこれ以上迷惑をかけることはできない。
 今まで毎日トレーニングをこなし、デコボコバンドに入り、様々な出来事があった……やっと芸能界復帰という決心もついて、豊漁祭が終わったら正式に小城舞に通達するつもりだったのだ。
 真紀はテレビを消した。時刻を確認すると九時で、まだまだ隆たちが帰って来るまでには時間があった。
 床の上に散らばっているSAYAのCDを手に取ると、CDプレーヤーにセットしてフローリングの床に垂れているコードの先にあるヘッドホンを耳に当て、再生ボタンを押した。
 目を瞑って当時の記憶を掘り下げていく、自分がどういう声の出し方をしていたか、何を思って歌っていたかなど、そう、真紀はこうして今まで過去を掘り下げて、歌の練習に励んでいたのだ。
 逃げて来た当初、真紀の身体はプロの歌手としての身体ではなかったのだ。今は何よりもそれを取り戻すことが先決だった。
 しかしSAYAの歌声を冷静に把握し今の状況と差異を見つけることなど、今の精神状態の真紀には難しかった。気づけば床に手をつけ隆のことをこれからどうやって守っていくのか、そんなことばかり考えていた。そして思い出が、今まで当たり前に存在していたこの生活がこれからどれだけ、切望しようとももう二度とやってこないだろうとしった。
 真紀は両手でヘッドホンに手を添えて、壁に背をつけるようにして隆との思い出に浸っていった。
 ちょっと大人びたその少年はわたしの中にいつしか当たり前のように存在していて、それを失うのが怖くて、この日々が消えてなくなるような気がして逃げだしたくなった。
 息を殺して寝顔を見て、祈るように彼を見ていた。どうか神様もう少しだけこの人の傍にいさせてくださいと。
 自分の弱さに負けたときは寝ている少年を起こして、夜の町へと繰り出した。
 わたしは隆君を心から愛していた。
 そんな隆を追い込んでしまう自分。名前は出ないかもしれないが、記者たちが同棲という事実をつかんでいたとしたら……恐らく隆は高校で謹慎処分を受けることになるだろう。
 真紀は抱えきれない恩を仇で返してしまう自分が狂おしくはがゆかった。
 やおら立ち上がる。真紀は扉を開けてスタジオへ向かった。

しんとした空間、真紀はトレーニングスーツの上から腕をさすった。
 機材が置いていない中央にいって、屹立した。
 両手を高く上げて背伸びをし、ストレッチを始めた。ストレッチが終わると顔のマッサージをして、ジュータンの上に寝転がると身体の力を抜いた。そして腹部を意識して声を一定の高さに保ち、出し続ける。それを三十秒程行って、声を段々と大きくしていく、喉をしめたり声が震えないように注意しながら、三十秒続ける。
 その行程を数度繰り返して、今度は手近にあった雑誌をとって、裏声で読み始める。
「おい、そこの気狂い」
 真紀は驚いて声のした方向に目を向ける、そこには源二が立っていた。
「しらん人が見たらきがくるうとるとおもうやろうな、でも今日のおまえは本当にきがくるうとるかもしれん」
「源さん! いるならいるっていってくださいよ!」
 真紀は立ち上がった。
「わしは昨日のおまえの歌を聴いて、半ば納得しとったんけんど、今のおまえはわしが教える前のおまえにもどっちょる」
 源二が厳めしい顔つきでそう言うと真紀は、
「すみません!」
 と、頭を下げた。
「初めからいうとったやろうが、性根のないやつは好かんって」
「はい!」
 源二はゆっくりと室内を回る。そしてマイクやギター、それら楽器や機材を確かめるように触ると言った。
「わしらがな、ジャズやらブルースを歌いよった時代はな、親に隠れてやりよった。日本人は海外の大衆音楽を悪魔の音楽と言ってな……当時はひどい有様だった」
 真紀は神妙な顔つきで聞いている。
「わしらの師匠、大蔵さんが生きとった頃は、そりゃなぁ演奏するだけで喧嘩になりよったわ」
 そう言って源二は軽く吐息をついた。
「大蔵さんも死んで、わしらまだ歌いよる。もうやめられん、死ぬまでやめられん。でもな真紀……おまえらは良い時代に生きとる。どれだけいい歌を歌っても片っ端から破壊されて回った時代に比べたらいいじゃろう? 舞台でわしらはな認めさせてやるくらいの啖呵きりよったわ。それくらいの気概を持てんのかおまえは」
 真紀は掌を後ろに組んで聞いていた。
 音楽の歴史はそれなりに知っているつもりだったが、ここまでひどいとは思わなかった。
 源二の言葉は胸に染みこむように伝わった。
「ありがとうございます先生!」
 真紀がびしっと頭を下げると、
「でもなぁ……わしらも今年の豊漁祭で最後にするわぁ……もうユキエのやつがついこれん、ふうふういよる」
 真紀は顔を曇らせた。
「そんなこと言わないでくださいよ……真紀、涙がでちゃいますよ……」
「ばかたん、おまえが泣いてどうするんじゃ」
 源二はそう言って豪快に笑った。
 
 さすがの良太もおかしいと思い始めていた。
 津田美咲の態度が朝からのおかしいのだ。昼休みになり、良太は恭介に「今日は用事があるからA組にはいけない」と断りを入れていた。
 今も廊下のほうを見つめてこちらを見ようとしない美咲に、良太は肩を叩いた。
「美咲さん一緒にお昼しよう」
 美咲は振り返る。
「えっ、でも――」
 いつもいる友人二人を見ると、手を大きく振っていってしまった。良太は机を寄せている。
「美咲さん、僕とお昼するのはいや?」
「そ、そんなことないよ!」
 慌てて否定する美咲、頬は桜色に染まっている。良太は弁当と水筒を出して、早速、昼食を始める。
「食べないの?」
 美咲はおずおずと弁当と水筒を並べ始める。そんな美咲を見て、良太は言った。
「美咲さん、何か僕、美咲さんに悪いことしたかなぁ?」
 美咲は手を止める。
「そんなことないよ」
 弁当を置いて包みを解いて蓋を開ける。
「でも、なんか変だよ、メールしても返事ないし……」
「ちょっと、忙しかったんだ」
「そっか、僕、友達少ないから、嫌われたようなことをしてたらやだなぁって」
 美咲は箸を片手に、
「そんなことない!」
 と、大きな声だして、辺りを見て首をすくめる。
「だったらいいけど、何かあったら言ってね」
「うん」
 美咲は緊張しながらも弁当を食べ始めた。SAYAのことを記者たちに喋ってしまってからというもの、良太とは気まずくなり、話しやメールができなくなっていたのだ。
 あれからどうなったかは知らないが、高校生が言ったことを真に受けないだろう。そう、たかをくくっていた。
「美咲さん豊漁祭いく?」
 美咲は首を横に振る。
「僕たちカラオケ大会の最後にバンドででることになったから、祭りにいくのならと思って――」
「みにいく! 絶対にいく!」
「うれしいな僕」
 美咲はこんな機会が次はいつ巡ってくるのかわからないので、聞いてしまうのは怖いが、後悔するよりはいいと思い、口を開いた。
「羽柴君あのね、羽柴君に好きな人いても……」
 美咲は手に汗をかいて、鼓動は早くなっていた。
 良太は美咲のいった言動に首を傾げた。
「僕……好きな人なんていないけど? ……美咲さんおかしい」
 美咲は目の前が真っ暗になっていった。
「でも、年上の人とか」
「そんなぁ……年上も年下も好きな人なんていないよ。変な美咲さん」
 良太はいつものように、にこにことしながら喋っている。美咲は良太の声が段々と遠くになって、自分という視点が一瞬喪失した。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
 はっと顔を上げて、美咲は引きつった笑顔作る。
「なんでもない」
 それからしばらくして昼食は終わったが、美咲は妙に静かだった。

 バンドの練習の間、隆は違和感を憶えていた。真紀が無理をしているように感じるのだ。いつもなら、メンバーの中でも会話が多い真紀なのだが、今日は返事にしても曖昧であった。しかし豊漁祭で行う曲のほうは順調に進んでいたので、隆は深く追求することはなかった。
 辺りが薄暗くなり始めた頃、バンドの練習は終わりを告げる。いつもより早く終わったことに良太は物足りなさを感じて言った。
「豊漁祭も近いのに大丈夫かな、こんなに早く解散して」
「この調子なら問題ないわよ、ミスをしないように練習を繰り返すだけね」
 椿がそう言うと隆は階段の扉から後ろを振り返り、
「真紀がいねぇ……見送りくらいしろよ、同じメンバーなんだから」
「源さんたちと話してるんだわ、きっと」
 隆は釈然としない様子だった。
「恭ちゃん、今日さぁ少し早く終わったから、帰ったらぼくんちに行こう」
 恭介はこくりとうなずく。
「じゃあおつかれな」
「きよつけて、良太、家でも練習するのよ」
「はい。じゃあ、おつかれさまでした」
 二人は階段を下りて、しばらく歩くと見えなくなった。
 隆はすぐに踵を返してスタジオに戻る。扉を開けて中を覗く。
「真紀、いねぇじゃん。何してんだよあいつは」
 隆はスタジオの扉を閉める。足早に歩くと、自室の扉を開けて中に入っていった。
「おまえ、見送りくらいしろよ」
 真紀はヘッドホンを耳に当てて首を傾げている。
「え――何?」
「もういい!」
 隆はそう言うと出ていってしまった。

 恭介は綺麗に整理されオシャレな部屋を見て驚いている。
「良太君がしたのこれ?」
「うん」
 良太は誇らしげに言った。
 壁に貼ってあったアニメのポスターは洋楽のロックバンドのポスターに変わり、並べられていたフィギュアはどこにも見あたらない。
「おれ、すごいとおもう、前の部屋が想像できない」
「僕もね、こつこつと、やるんだよ。恭ちゃんが走ってるみたいに」
 恭介はクスクスと笑った。
「おれ、良太君が努力してないなんて思ってない」
「でも、恭ちゃんには見せたくて」
 良太は伏し目がちに言った。何か恭介にしてもらいたいというような表情である。
「よし、よし」
 恭介はゆっくと二回、頭を撫でた。
「これこれ、僕ね、恭ちゃんにこうやらせるために頑張ってた。こうなるって予想してたらそのとおりになった。あるよね、思い描くとその通りになっちゃうことって」
 良太は照れながらも言った。
「うん、得におれたちデコボココンビは大事だと思うそれ。でも大げさ」
「だよねぇ、でも気持ちが充電されるからね。僕、緊張してるんだよね……豊漁祭大丈夫かなぁミスしないかなぁとか、お腹痛くなったりしないかなとか」
 恭介はベッドに座った。
「おれも怖い……だって、SAYAさんだっている」
 良太は何度もうなずいている。
「わかる。僕もね今の時点で言えることは普通の高校生のライブ――とかさそんな感じじゃないのは確か……僕たち波に乗れるかなぁ……」
 恭介は逡巡しうなずく。
「良太君、波ってさ乗るものじゃなくて、やってきたら必ず乗れるものなんだよ。おれたち元オタクで浮いてるから」
 恭介がそう言うと、良太の顔は華やいだ。
「わー恭ちゃん今、すごい良いこと言ったよ。もう一度お願い!」
「む、むり……」
 恭介は顔を背けた。

 隆が出ていってから椿は、ベッドの横、真紀の隣に腰を下ろして、ヘッドホンを外す。案の定音楽は流れていなかった。
「真紀大丈夫?」
「うん」
 真紀は目を合わさずに少しだけ頭を下げた。何も言わない真紀の言葉を待っている椿、しばらく無言のときが流れた。
「今まであれだけ警戒してばれないようにしてきたのにさ、おかしくない? 二人きりでデートしたときにばれなくて、家の前、扉から一メートルも離れていないのに、変だよ!」 真紀はヘッドホンをベッドに投げつける。
「うん」
 椿は真紀の両手を握った。
「それで?」
「真紀、隆君や、涼子さん、めぐちゃんに……いっぱいしてもらって……そんな人たちに少しでも嫌な気持ちにさせたくないの!」
 椿はうなずきながら聞いている。
「それにわたし……隆君のこともあるけど……やっぱりテレビが怖い。そう思ってる自分がすごいいや!」
 真紀は椿の胸に頭をうずめて泣き出した。
「自分が嫌だ、こんな自分が許せない! 悔しいよぉ、もうSAYAなんて辞める、SAYAがいなくなればそれですべて解決」
「それでいいの? メグの前でもそう言えるの? 隆の前でも歌わないっていえる?」
「だって……どうすればいいのかわからないよ」
「大丈夫よ真紀、みんなに教えてもらったことを思い出して、みんな深い傷を背負っている。わたしはあなたという人が特別だから、あなたの傷に血が流れているのが見えるだけ」
「椿も苦しい?」
「苦しいよ、夜がせまってくるから……でも、真紀も隆もみんなもいる。あたしは孤独じゃないよ。山中椿は孤独じゃないよ」
「真紀、絶対椿とは親友だよ」
「ありがとう、今は答えを出せないけど、時間はまだ少しあるみたいだし、隆が帰ってくるかもしれないから、笑って真紀。ね」
 真紀は顔を手で覆いながら、
「椿ぃ、今は隆君預かってるけど……」
 椿は笑いながら、
「いいのよ」
 そう言って立ち上がるとタオルを取りにいった。
 
 寝返りを打つと布団のこすれる音が響く、その回数が隆の隣で横になっている真紀は狸寝入りをしていると告げていたが、なんだが「おまえ起きてるんだろ」というのも癪に触るのでずっと黙っていた。しかし無駄に時間が進む中でなぜ自分も眠ったふりをしないといけないのか疑問に思えてきたので隆はだらりと腕を枕元に投げ出した。
「おまえさ、起きてんじゃん」
 真紀の返事はない。変わりに聞こえてきたのは妙に眠りの深そうな息だった。隆は下打ちをした。
「おい真紀、いい加減にしろよ」
 隆が半身を起こしてそう言うと、今度は微妙に布団が上下していた。
「アリエネェヨ、ばればれだって、早く降参しろよな」
 布団の揺れは大きくなってぴたりと止まった。しかし起きようとしない真紀。
「じゃあいいや、もうおまえ寝とけ、おれ一人でいってくるわ」
 隆はそう言って布団から出ると衣装箪笥の前にかかっているコートを手に取る。
 真紀の布団は、止まっていたが、また、上下に大きく揺れ始めた。そして――。
「ちょっと待って」
 真紀は涙を流しながら笑っていた。隆は薄暗い室内で真紀のその不気味な笑っているとも泣いているともとれる表情を見て言った。
「おまえさ、何時間、意地はってんだよ」
「それはお互い様、真紀はね……」
 と、言いつつも笑う。
「いつかこのときが、隆君が眠れなくて真紀を起こしてくれる日がくるかって……今か今かと待っていたのだよ」
「アリネェ、何何? それって恨みってやつかあ」
「違うよ、ああ、嬉しい」
 真紀はそう言って起き上がり隆のコートの横にある自分のコートを取った。
「さあ、夜の町に繰り出しましょう、少年」
「何、いばってんだか……おまえさ、今日少し変だったろ……って待てよおい!」
 二人は扉を開け、スタジオを通って扉をまた開け、階段を下りた。真紀は足早に下まで降りると片腕を無言に出した。
 隆は舌打ちしながら掌が合わさるように握った。
 まったくといっていいほど人はいない。歩道にぽつりとある外灯が寂しく道路を照らしている。時折、車が通るが、それも五分に一度といった感覚である。
 二人は道路を左に曲がると遊歩道に入った。
 蔦で覆われた天井の割れ目から星が見える。雲一つない夜空の東方には月が輝いていた。「三人で買ったお揃いのマグカップ、洗面台には三つの歯ブラシが仲良く並んで、浴室の扉を開けるとピカピカの浴槽、椿ちゃんがいつもきれいにしてた」
「それをおまえが考えもなしにシャンプーとか使うから、泡だらけにしてたんだろ」
 隆がそう言うと真紀はクスクスと笑った。
「どうして知ってるの、覗いてたんでしょう!」
「アリエネェ、椿が言ってたんだよ」
「わたしと隆君にはまだ早いかな、そう言うことは、ねぇお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
 隆は真紀を見て、身構えるように身体を少し硬くした。
「おまえがそう言うとろくなことがない」
 真紀は隆の腕を引っ張る。隆の身体は真紀のほうへと流れた。
「あのね、明日は涼子さんとメグちゃんたちとご飯食べたい。ほら、しばらく帰ってないでしょ」
 隆はしばらく考えたが、
「確かにな、帰ってくるなとは言ったが……もう時間も経ってるし、涼子もこっちには顔出しづらいだろうし、まあいいかな。でも、どうやってあそこまで行くんだ?」
 真紀は少しだけ顔を傾けた。
「それは大丈夫だよ、真紀が運転していくから」
「まじかよ!」
 と、言って笑いながら、
「椿も連れてこうぜ!」
「じつはもう断られたの」
「よっぽど怖かったんだな、あのときの運転が、軽いトラウマだろあれは」
 隆が未だに笑っているので、真紀は隆を引き寄せるようにした。
「おまえ、くっつきすぎだろ」
「いいじゃない別に」
 遊歩道が切れて道路に出る。二人の目の前にはなかえ川が通っている。真紀は二本のポールにタッチする。
「到着――」
「何があったかは聞かん、でもな……遠距離だってやっていける」
 真紀は「寒い寒い」と言ってポールの回りを小走りに跳ねていた動きを止めて、ゆっくりと隆に近づく。モッズコートのフードの場所を避けるようにして後ろから抱きしめた。
「それはわかってるよ。でもね君は未成年でわたしは芸能人で、わたしが生放送中に逃げて、今は高校生と暮らしてる。筋が通ってることなのかな?」
「何が言いたい」
 隆は語気を荒くした。
「でも、今だけは考えるのをよそう、隆君怒るから」
 そう言ったそばから隆は真紀を振り払おうとした。
「もう!」
 真紀は両腕を回して離れないようにする。
「でも、真紀が一番最低で最悪なんだ」
「何でだよ、そんなこと俺は何とも思ってねぇし」
「でも、周りはそうは思わないってこと。芸能界から逃走したあげくに、未成年の男をだまして同棲してるってなるんだよ、きっと」
 真紀はそう言ってひとしきり笑った。
「わたしはそう思われてもいいけど、隆君はそうはいかないから」
 そう言って、真紀は隆の頬に唇を押し当てる。
 隆は一瞬固まった。その隙に真紀は身体を離して走り出した。
「待てよ!」
 真紀は少し先に行って待っている。
「ねぇ今度はコンビニまで、今日は中まで入って肉まん買う」
「大丈夫なのか」
 真紀はウィッグを指でつついた。
「でもいつかは堂々と町を歩いてみたいね」
「まあ、そうだな」
 二人は手を握り歩き出した。