変わるという資質 | 長編物語ブログ

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 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 メンバーと松尾たちは今日も共に登校している。この光景も完全に周囲に溶け込み違和感がなくなっている。恭介も最初に比べたら控えめだが、話題を振ることができるようになっていた。
「み、みんな聞いて」
 恭介はちょっとだけ大きな声を出しそう言った。メンバーは恭介に視線を合わせる。一瞬たじろいで恭介は口を開いた。
「昨日、昨日良太君の家にいったら、オタクの部屋だとは思えないほど、オシャレになってた……」
 隆は良太の背中を叩く。
「おい、良太! やるじゃねぇかついに部屋の改造にまで手を出し始めたか……一つ忠告しておく、きりがないから、はまりすぎるなよな」
 隆がそういうと、良太は瞬きをして少し考えた。
「もう駄目みたいです……僕、掃除とか好きだし、気になって気になって」
「良太、バンドを犠牲にしては駄目よ、わかってるわね」
「はい、でも……家具とか塗りたくなったり、作りたくなったりみんなはしない?」
 松尾は両手を広げた。
「おれさまは部屋がどれだけゴミだらけになっても、気にしない派」 
 良太の目は松尾を見るとき汚れた物を見るような目つきになった。
「僕、そういうのが一番嫌い」
「おれ、良太君のおかげで、部屋も綺麗にするようになった」
「ま、汚いよりきれいなほうがいいに決まってるわ、台所なんて磨き上ないとね」
「将来は、キッチンドランカーに潔癖症かよ」
 椿は足を止め隆の頭を叩く。
「隆、軽々しくそんなこといわないの! どこまで極論なのよ」
 と、メンバーたちは騒がしくも登校している。
 校門が見えてきて、隆たちの前に二人いた上級生の声が、聞こえてきた。
「おまえ何きいてんの貸してみ」
 左側にいた上級生は隣の上級生のヘッドホンを奪い取って言った。
「SAYAとか終わってる。あんな逃げたやつの歌なんか聞くな! 今はな――」
 隆は何も考えずに前へ出ようとした。すると恭介が力強く隆を止め、前へと足を踏み出した。上級生たちは校門で止まり自分たちを避けようともしない恭介に、目つきを悪くし睨みつけた。
 恭介は何も言わず立ち、目力を込めて睨み返した。すると上級生はさっと顔を背け行ってしまう。
 隆はそんな恭介を見て、肩に手を置いた。
「ありがとな、おれが出てったらけんかになるところだった。あいつらの言ってることも間違ってねぇけど、知らないやつがぐだぐだ言ってることが――な」
 恭介はゆっくりとうなずいた。
「恭介、よくやったわよ。ボーナス二倍!」
 椿は舌をちょろっと出して言った。
「さすがは恭介、いざというときの恭介だな」
 そんな中でも良太だけは黙って恭介を見上げていた。良太は思い出していたのだ。中学生の頃、いじめられていた所を助けてくれた恭介を、今の恭ちゃんもあのときと同じだ……恭介の背中は良太にとって大きく見えた。
「良かった……ぼく恭ちゃんをバンドに誘って」
 良太はそう言って駐輪場に向かった。

 隆は昼休みの間も、クラスでSAYAという名前が出るたびに反応を示した。それだけSAYAは知れ渡っている。地元の高校生たちは芸能人のSAYAがこの市内のどこかにいるというだけで夢を膨らませてしまうのだ。
 隆は舌打ちをした。なんだか胸がどきどきしてしまう。そんな隆を知ってか知らずか椿は真紀という呼称でSAYAのことをかけて言った。
「昨日は芸能人の真紀と仲直りはしましたか」
「おまえな……わざとだろ……」
 隆は朝方、良太たちを待っている間、椿に真紀の運伝で、実家に一緒に帰ろうと何度も言って、椿を怖がらせていた。そのつけがこうして払われているのだ。
「芸能人の真紀とデートしたもんね」
「もうやめろ……」
「山中ぁそれはほんとか、本当ならおれ様にも教えてくれ!」
「おまえは黙れ!」
「でも隆君すごいよね……でもどこかにそういう禁断の恋ってありそう、表にでないだけで」
 良太は瞳をきらりと光らせた。
「りょ、良太君……」
「おまえ世の中の男子を敵に回してるよな……三回くらい死んだほうがいいぞ」
「アリエネェ三回も死ねるか!」
 隆は唾を飛ばしながら抗議する。松尾は弁当に蓋をするように手で覆っている。
「隆、メグによろしくね。それと涼子さんと喧嘩しないように……言っても無駄か……」
「よし、この思いは涼子にぶつけよう!」
 隆が拳を握ってそう言うと、
「おまえ勝ったことねぇじゃん」
 松尾がそう言った。がっくりと肩を落とす隆。
「あいつはな……高校のときありえなかったらしいぞ」
 椿が興味津々に身を乗り出す。
 隆は首を振って話題を止めた。

 学校も終わり、メンバーたちとスタジオの扉を開くと、真紀が壁に背をつけ待っていた。
「おかえり隆君」
 隆は一瞬顔を背けた。
「あれぇ」
 真紀はじろじろと隆の顔を覗き込む。
「隆君かわいい? もしかして照れてるの? 遅いよー遅すぎ」
 真紀はそう言って隆に抱きついた。
「良太君……デートしたっていうのは本当みたい」
「仲いいよね……ああ僕もなんだかときめく恋がしたい」
「はいはい、そこまで練習するわよ」
 椿は真紀と隆を引き離そうとしたが真紀は、椿の手も握って三人でスタジオの中に入った。
「わたしたちのスタジオ」
 真紀はそう言って大げさに中に入っていった。
「さて今日は、昨日と同じね、細かいミスがでないようにしましょう。みんな豊漁祭まで後三日しかないわよ、気合い入れていきましょう」
メンバーは各自あいづちを打った。
 やがて練習は問題も起きずに終わった。
 今日は椿もバイトが休みなので、良太と恭介と一緒に帰宅した。
 あたりは暗くなっている。
 隆と真紀は駐車場に出ると、マスターの車に乗った。
「大丈夫か?」
 と、隆が声をかけるが、真紀は頭を下げた。
「たぶんね、ちょっと話しかけないで」
 隆は額に手を置いて目を瞑り片目だけ開けた。エンジンがかかりギアを動かすと異音がした。隆は運転している真紀を眺めた。真剣に前を見て運転する姿は、ほれぼれするくらい綺麗だった。やっぱりSAYAは真紀なんだな、いまさらながらそう実感する隆。
「おまえさ、本当に芸能人なんだな」
 エンジンはかかり車は走り出す。
「え――何?」
「なんでもねぇよ」
 稚拙な運転ではあったが、何とか駐車場を抜けて道路へと車は出た。
 赤信号で車は止まった。真紀は窓から外を見た。
 すると、横断歩道の前にパンツスーツを着た、都会の臭いのする女性がいたので、思わず凝視した。
「アリエネェヨアリエネェヨ」
 隆は真紀をぽかんと見た。
「おまえいきなりバカなの?」
「舞ちゃんいるし……」
 横断歩道の前には小城舞が立っていた。気の抜けたような疲れた表情で、舞は顔を上げた。真紀と目があって顔をしかめて、眼鏡を押し込んだ――すごい形相になって、
「真紀さん!」
 と、この車まで聞こえるくらい叫んでいた。信号が切り替わり真紀は舞に向けた顔を歪めた。そして車は走り出す。
「今はまだ、後もう少しごめんね舞ちゃん……」
「別に話すくらいよかったんじゃねぇか?」
「それで済むならいいけどね。よし、気持ちを切り替えていくよぉ」
 真紀はスピードを上げた。
「ちょっおまえ、速度落とせ死にたくねぇ!」
「大丈夫だから別に」
「おい!」
 車は大通りを進んでいった。

 見慣れていた我が家を前に別段なんの感慨もわかないだろうと思っていたが、それは勘違いだった。玄関の前に立つと隆は広大との思い出が次々と蘇っては消えた。
 いつも笑顔だった母さん。歌うことの素晴らしさを教えてくれた母さん。土手の坂道を手を繋いで歩いて一緒に歌った日々、どれもこれも喜びで満ちあふれていた。
 隆が玄関の前で固まっているのを見て真紀は、優しく声をかけた。
「隆、行きましょう」
 隆は妙な既視感に襲われた。
「おれ……まだ……」
 真紀は隆を優しく抱きしめる。隆の心が落ちつくまで。
 やがて隆は自分を取り戻した。
「悪かったな……かっこわるいところ見せて」
「そんなことない、隆君が真紀に母性を――」
「言うな」
 真紀はこくりとうなずいた。
 それから呼吸を整えてチャイムを鳴らした。
 しばらくすると恵と涼子が出てきた。
「真紀さん聞いて、お母さんな、今日電話があってから、ずっとそわそわしとる」
「バカ、おれはなぁそんなんじゃねぇぞ」
「おにぃちゃんに会いたかったんよ。お母さん」
 恵がそう言うと隆は涼子をじっと見て。
「涼子に限ってアリエネェから」
「何ぃ」
 涼子は隆の頭を叩いた。
「お母さん寒いけん、上がってもらわんと」
「おう、二人とも上がれ、メグのやつが……言わなくてもわかるな」
 隆は呆れるように家の中へと入った。
 テーブルには料理が並び、食欲がそそられた。
 皆が腰をかけると真紀はおもむろに口を開いた。
「あの……」
 涼子が真紀の顔を見て、
「姫、ゆっくり話せ」
 と、言った。そして真紀は頭を下げて語りだした。
「今日はお礼を言いににきました。わたしが逃げてきて、芸能人といってもやっかいごとを何も言わずにお世話をしてくれて、隆君と同棲までさせてもらって、本当にありがとうございました。この恩は絶対に忘れませんし」
 真紀は涙が出そうなのを堪え唇を噛んだ。
「これからわたしがSAYAに戻っても、二度と同じことがないよう、そしてこの感謝に報いられるようにがんばりたいと思っています。隆君や、涼子さん、めぐちゃんがいなかったら……真紀どうなっていたかわかりません。本当にありがとうございました!」
 真紀はそう言って深く深くテーブルに頭をつける勢いで頭を下げた。
 涼子はずっと真紀の言葉に耳を傾けて相づちを打っていた、そして真紀が頭を下げ話し終わると。
「人生は長い、天井に唾を吐くと自分にかかる。だから姫は苦しんだはず、その結果が今のおまえだ。お世話になった人へ裏切ることなく、きっちり話して頭を下げる。簡単なようで難しい。でもな……もっと力を抜いてもいい。世の中正しいだけじゃ生きていけれんしな。だから汚れた目で見ろとは言ってない。あきらめろとも言ってない。今の姫なら理解できるな?」
 涼子が言うと、真紀はゆっくりと顔を上げて、
「はい」
 と、言った。
「まぁでも、真紀、すぐに帰るとかじゃないんだよな?」
 隆が笑ってそう言うと真紀は口元で笑った。
「よかった……めぐ、これが最後になるんかと思った……」
 そのとき真紀は涼子に視線を強くして送った。
「さて、飯食うぞ、冷めてしまう」
「いただきます」
 真紀は箸を手に取って鶏肉を口に入れた。
「おいしいこれ……」
「メグの作ったチキン南蛮は、どこに出しても恥ずかしくないけん」
「めぐちゃんも料理うまいよね、椿ちゃんもうまいし、真紀、家事はできない……」
「できないんじゃなくて、しないんだろうが」
「うん、それもあるかも」
 真紀はそう言って笑った。
 涼子は焼酎を飲んでいる。真紀のほうに瓶を向ける。
「そうか、車だったな……わりぃわりぃ……でもかまわんから飲め」
 真紀は手を振るが、涼子は、
「俺が明日、車届けてやるから今日は泊まっていけ!」
 しばらく真紀は考えていたが、
「お願いします」
 と、グラスを差し出した。
「おいおいおいおい……そんなのありかよ……おれどうやって学校行くんだよ」
「バイクでいけよ」
 涼子がそう言うと、隆は腰を少し浮かして、涼子を指指す。
「おまえ、今言ったな! これで乗って帰れるぞ」
 隆はそう言って勢いよく食べ始めた。早く食べ上げてバイクの手入れに行きたいのだ。「姫、もっとやれ」
 真紀は薦められるまま焼酎を飲んだ。
「おいしい」
「そりゃあおまえの精神状態が悪いから、酒がうまいんだよ」
 涼子は豪快に笑っている。
 しばらく涼子の相手をしていた真紀だったが、すぐに酔いつぶれた。顔は真っ赤に染まり、呂律が回らなくなっている。隆はとっても嫌な予感がした。真紀がとんでもないことを口にしそうで怖いのだ。
「真紀ぃ……隆君と……キスしちゃいました……」 
 隆は額に手を置いた。
「アリエネェ……親に言うなよそういうことを!」
「おにぃちゃん!」
 恵は怒っている。
「よし、隆の保護者として許す! 姫の好きにしていい!」
 涼子は酒を飲みながら真紀の肩をばんばんと叩いた。真紀はふらふらと隆の肩にもたれかかる。
「おまえさ、こうなることわかってて飲んだな今日は……」
「たまにはいいじゃねぇか! バカ息子」
「まあな……」
 隆がそう言うと涼子は隆の顔を見据えた。
「何だよ!」
「いやあ、おまえもちっとは変わったと思ってな」
「はいはい」
 隆はそう言って真紀を横に寝かした。
「髪下ろしたんだな」
 涼子は隆がそう言うと髪を大げさに触って、
「どうだ似合うだろうが」
「そっちのほうがいいんじゃね?」
 隆はそう言って、立ち上がる。
「おれ、バイク見に行ってくるわ」
「あ、ああ……」
 涼子はそれから黙って酒を飲んだ。