長編物語ブログ -31ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 雄一にはいつでもメロディが流れていた。
 彼は過度の緊張感に包まれると、そのメロディやリズムたちは、脳内ではなく、口から出てしまうのだ。
 今も彼は、「タンタ、タンタ、タン、タンタンタン」と、声に出していたが、
 この密室空間のエレベーターの中で、それが他人、ひいては同級生を不快にさせる行為だとは気づいていなかった。
 雄一の黒いランドセルの後ろには、同じクラスの陽余里がいた。
 彼女は顔色が白すぎ、少々不健康に見える。
 黒髪で、いかにも親のエゴで買ったというシュシュで後ろに髪を結っていた。
 ピンクのランドセルに片手にはペットボトルを持っていた。
「今日も暑いね相良さん」
 子供たちに若干疎ましげな流し目を与えながら、黒縁眼鏡をかけた相良は、三つ揃いをびっしり着込み、黒目は時折、隣にいる美由紀のはだけた胸元に。
 美由紀は臆面もなくパタパタと暑さをアピールした。
 ワンレングスカットの綺麗な髪をかき上げて、
「そうですね……わたしあれですよ、相良さんこの後取材でまた、あの村の調査に――」
「それはそれはご愁傷様です」
 相良は眼鏡を押し込みニヒルに笑った。
「今時鬼の調査はないですよねぇ……わたしは浦島太郎かっての」
 そういって、美由紀はショルダーバッグを抱え直した。
「美由紀さん、部長に変態発言したから、それ腹いせ腹いせ」
「やっぱりそうなんですね」
「や、魅力ありすぎるのも困っちゃうよね」
 美由紀は相良に向かって微笑んだが、相良は作られた笑いだということに気づかない。
 顔のパーツにはタイムラグがありすぎた。
「タンタ、タンタ、タン、タンタンタン」
 雄一の声は少し大きくなった。
「最近はいろんな子がいるね、ねぇ君そこの君、少し静かにできないかな? 君はこの上の塾に通う子かい?」
 相良が雄一の背に向かってそう、声をかけたので、周囲の数人から、美由紀は知り合いだと悟られまいと、半歩さがって、顔を反らした。
 しかし雄一の、歌声は止まらなかった。
 ちょうど、美由紀が、顔を背けたそのときだった。
 陽余里は手にした、ペットボトルの中身をまきはじめた。
 これには美由紀も腹が立ち、距離的に近づいた陽余里の肩を叩いた。
 しかし陽余里はまったく意にかえさない。
 美由紀は相良と再び顔を合わせてため息、
 雄一は、まるで亡霊のように振り返った。
 そして、相良と美由紀をひとしきり睨むと、
 大きな声で、先まで歌っていたメロディを刻んだ。
「タンタ、タンタ、タン、タンタンタン」
「君、大人をからかうと駄目だよ。塾の子なら真行寺先生っているだろ、彼とは知り合いなんだ」
 相良がそう言うと、雄一は歌をやめて、
「おまえらうざいんだよ、だから――」
 雄一は口元を歪めた。
 そして掌を空中に掲げ拳を作り握り閉めた。
 すると、エレベーターが止まった。
「やった、これで取材に遅れていける」
 と、美由紀が喜んでいると、
 彼女の側方の壁がぐしゃりと歪んだ。
 あまりの出来事に美由紀の思考は止まった。
 音が響いた。その音は轟音になった。
 二回、三回と繰り返されて、それは現れた。
 盛り上がった、腕、筋肉質で土気色、大きさは美由紀の両足より少し大きいくらいだ。
 壁は破れてしまったのだ。
 そして、何者かの腕が現れた。
 その腕は躊躇うことなく美由紀のもとへと伸びた。
「雄一君やっぱりそうなんだ、残念あたし好みだったのにな……風子ねぇちゃん、ひどいよ……初恋だよ……」
 と、陽余里は言うと、残っていたペットボトルの中身を空中にまいた。
 水は弾ける弾けるが、収束した。
 それはまるで、壁のようになり、美由紀の前方へと展開した。何者かの爪が水の壁に到達すると、ゴムのように弾力が生まれ、弾かれた。
「お父さん……陽余里はまだまだ未熟だよ」
 陽余里は瞳の億で過去を回想した。
(陽余里、攻めるのではく、守る戦いをしなさい、私たちの属性はそうできているのだからね)
 陽余里は過去の声に従う。
 エレベーターにいた数人は次から次へと水の膜が覆った。
「しつこいな……獣使いか……撲の鬼に魂をおくれよ」
 陽余里は笑った。
「しかも、水の属性、撲と相性が悪すぎるよ」
 陽余里は空間にまろびでた、水滴たちに意識を集中した。
 それは収束し、一振りの剣のようになった。
 高密度に圧がかかり、うねっていた。
 それを陽余里は手にした。
 すると、雄一は、空いた亀裂へ向かってダイブをした。
「あ――」
 陽余里は間抜けな声を出して、下を見やる。
 そこには大きな角を生やした鬼の肩に乗った雄一の姿があった。
「またやってしまった……どうしてあたしって詰めがあまいんだろう……」
 陽よりはため息をこぼして、エレベーターにいた数人にテヘと笑顔を作った。
 それから自らは亀裂へ這うように進んで、上の階へといった。
 陽余里が塾へとたどり着くと、腕組みをし眼鏡をかけた青年をがいた、彼を見ると、陽余里は指をパチンと鳴らした。
 すると、エレベーターの中にあった水の膜、壁たちは消失した。
「陽余里……父さんに言うことはない?」
「ごめんなさい、でも――」
「エレベーターの中は不味いよね、一般の人を巻き込んじゃうよね」
「だって、あの子が先に――」
「陽余里は、鬼子を誘導することはできなかったの?」
「……」
 眼鏡をかけた青年は優しく微笑むと、軽く陽余里の頭を叩いて、
「大丈夫? 怖くなかった?」
 と、破顔した。
 陽余里は泣きながら父に抱きついた。
 そこは目を瞑ると黒の中に映る残光のようだった。撲は右も左もわからないままただ出口を探して彷徨った。心はなぜかこんな状況にもかかわらず平常心だった。
 撲はクリスマスのときに飾る雪綿のように感じた。この空間もどことなく似ていると直感で思った。見た目はふわふわとしているが、触るとわしわしとしてしまうあれだ。
 ともかく歩きだそう。一歩二歩と足を踏み出した。
 暗闇の中、目を懲らしてみるとぼんやりと何かが映っていた。撲は傍まで行ってその部分をノックするように叩いてみた。低い音がした。感触は濡れてもいないし、熱くもなかった。目を細め、ぼんやりと浮かぶその場所を凝視してみると、どこかで見たことがあるようなテーブルと椅子がぼんやりと浮かんでいて、撲は何だか懐かしくなった。憧憬とでもいおうか、そこを見ていると胸がキュンと傷んだ。
 撲が見ているテーブルと椅子は掌サイズなのに、掴もうと手を伸ばすとゴムのような抵抗が返って来て更に手を伸ばすと物体の一部分しか触れられない。
 撲はこの奇妙な感覚に戸惑った。ゴムのような抵抗の先にある机と椅子は撲が見えている光景とは尺があっていなかったのだ。
 撲はとても怖くなかった。そして後ろを振り向いたそのとき、音が聞こえた。初めは人語に思えたその声は小さな小さな音で何かをいっていた。撲は思った。(きっとこの声は撲をこの空間から助けてくれるに違いない)と。しかしあたりを見渡しても黒が押し塗られたような世界が続いているだけで、誰もいなかった。
 撲はとにかく落ち着こうと思い、目を閉じて深呼吸をした。するとその声はこういっていた。
「科学の……」
「……限界を越えて」
 ノイズが入った。そして空間全体が不協和音を奏で始めた。
「私は……来たんだよ」
 人語と思っていたその声は機械のような音声だった。撲は漠然とどこかで聞いたことがある声だと思った。しかし撲の思考は状況が止めた。まるで機械の音声を阻むように、不協和音が鳴り始めた。
 撲は走った。しかし不協和音は撲の後を追いかけるように迫ってきた。
「私があなたの……もとに……来た日を忘れないでいて欲しいよ」
 撲は振り向いた。もう駄目だと思った。
 するとそのとき機械の音声は空間に形どった。
「いつまでも一緒にいるよね どんな歌でも歌うから これからもずっとよろしくね」
 はっきりと機械の音声は途切れることなく響いた。
 暗闇の中が光り輝いた。そして嘘のように空間は黒から白へ上書きされた。
 撲はそのときはっきりと見てしまった。
 電子の歌姫初音ミクが撲の目の前で屹立していたのだ。
 
 真っ白い空間にパソコンディスプレイがぽつりと置かれていた。
 ミクは辺りを窺い撲の目の前まで来ると、小さなパソコンディスプレイを指指した。そして撲を指差して掌を胸の前でぶんぶんと左右に振った。
 撲は奇妙なことだらけで何も考えられなくなっていた。しかしミクが指指したディスプレイは撲の部屋に置いてあるものと同型だった。
 ミクは何度もディスプレイを指差して撲を指差し掌をぶんぶんと振った。
 本物の初音ミクはなぜかとても小さく見えた。背丈は撲の肩幅にも満たない。それだけ撲の妄想の底がなかったことなのかもしれないが……。
 と、撲が考えているとミクは撲の頭をグーで叩いた。
 撲はその可愛らしい行動に煩悩が呼ばれた。ミクはポカポカと撲の頭を叩いた。そんなに痛くはなかったが、このままでは可愛そうなので撲は言った。ミクの動作を訳すように、
「あの画面に」
 撲がそういうとコクコクとうなずくミク。
「撲が」
 真剣な顔でコクコクとうなずくミク。
「映るから見てほしいだな」
 撲がそういうとミクはさっきとは違い躍りかかるようにして撲の頭を叩き始めた。
「わかったよミク、とにかく調べてみよう、な?」
 撲はディスプレイの傍まで行こうとした。しかしミクは撲の腰を引っ張って行かせまいとしていた。事情はよくわからないが、調べてみないことには何も始まらないので撲はミクを引きずってその場所までいった。
 そして撲が画面に触れようとした瞬間、ミクはいった。
「みっく……」
「お?」
「みっく……にしてやんよ」
「古いなぁ、それってあれだっけボコボコにするって意味だったけ? ika_mo氏のみくみくにしてあげる♪ だな」
 そしてミクは画面の前にいつの間にか回っていて、ネギを構えた。
「ちょ、まっ――」
 撲はしこたま、ミクの振り下ろしたネギで叩かれ、歌のようにボコボコにされた。
「殴ることないだろ!」
 ミクはフンと顔を背けた。
 そして画面を指差し、掌を振って駄目駄目をした。
「あの画面に」
「ミクの大好きなつくね君が映ってますだろ?」
 ミクはきっと睨んだ。
「冗談だよ、しかし話しができるならなぜ、仕草で表すんだ?」
 するとミクは真っ白い空間の遠くを指差して両腕をわきわきとした。
「あーわかったぞ、おまえが言葉を話すと、さっきの音が襲ってくるんだな」
 撲がそう言うと満足そうにうなずいた。
「でも、ミク喋ったじゃんさっき」
 するとマイクを持つような仕草で、
「ごめん ちょっとさっきはさすがに言い過ぎたよね あなたも頑張っているの わかっているよ」
 と、歌った。
 撲は唾を飲み込んで聞き惚れていた。ミクは誇らしげに腕なんか組んだりしていた。
「だから何?」
「あなたの力量ってそんなもの? ♪」
「歌じゃなくて、喋ればいいじゃん……その曲は確か、OSTER project 氏の恋スルVOC@LOIDか……」
「どんな歌でも歌うから♪」
「そういうことか! 初音ミクとして存在している歌しか歌えないんだな?」
 撲がそう言うとミクは何度もうなずいて、飛びついてきた。撲は何だかよくわからないが、ミクの肩が揺れ、涙を流し始めたので、優しく頭を撫でた。
「ミクはずっと誰かに気づいて欲しかったんだよな?」
 ミクはこくこくとうなずいた。


 今日もだるい学校が終わった。そして家に帰ると母の義務的な、
「つくねゲームばかりしないで勉強もするのよ」
 という声を背中に受けて、撲は自分の部屋へと上がった。
 鞄をベットに投げ、パソコンの電源をつけると、
「あれが夢じゃなかったらなぁ」と撲はため息をついた。
 ありえないことだけど、初音ミクが撲の目の前にいて、笑ってくれたり泣いてくれたりしてくれたら撲はもう……。
 ブラウザを起動して、ブログを開いた。撲は初音ミクの情報系のブログをつけているのだが、昨日はさぼって眠ってしまった。
 新規に記事を投稿しようとブログに目を通した。すると昨日さぼっていたはずなのに、記事が更新されていた。撲はやっぱり寝惚けていたんだ。だからあんな夢をみたんだと思い、記事を読んでいった。
 そして一行目に目を通した瞬間、現実と夢の区別がわからなくなった。
 昨日ミクが夢の中で歌った歌詞が、記事の真ん中に鎮座していた。そしてブログの一番最後の行には、文字化けした文字とともに、こう書いていた。
「つくね、ミクは待っているからね」と。
 そして夢の内容を克明に思い出すことができた。そして撲は合点がいった。あのときミクが触るなといった空間はもしかすると撲の部屋へと繋がっていたかもしれない。するとディスプレイはこのネットとリアルを繋ぐ扉なのかもしれない。
 撲はディスプレイの回りを確認した。別段何も変わった様子はなかったが、もしものことを考えて、ディスプレイを物が落ちても倒れても絶対に平気なように、しようと思った。
 撲は階下に降りて、庭に出ると倉庫に向かった。そして角材と釘、金槌を持つと部屋に戻った。
 机にぴったりと固定するようにして角材でディスプレイの足の部分を固定した。ノックが聞こえた。
「つくね、うるさいわよ何してるの」
 母の声だった。
「ちょっと工作をね、絶対にやらないと駄目なんだ」
「あら、そう? あなた勉強してるのね」
 母はそういって下がっていった。
 撲は固定作業が終わると、汗を拭いた。
「これで何があっても大丈夫。ミク待っててね、今日の夜会いに行くからね」
 撲はそれから、着替えてベッドに入ったがこんな早い時間からはやはり眠れなかった。



 考えれば考えるほど眠れなくなった。撲は曖昧なこの感覚が現実へと回帰し明日になるとやっぱりあれはただの夢だったと思いたくなかった。だから撲の心はミクの下へ飛んでいた。もし撲が向こうの世界にいく方法を一つでも間違えてしまうと、今繋がっている扉は閉じているかも知れない。それにミクが撲に身振り手振りで伝えようとしていたことも気になった。
 撲はあれこれと思考が定まらず、枕から顔を少し上げてはディスプレイを確認した。昨日を忠実に再現するために撲は起き上がり部屋の電気を消して、パソコンの前に座った。
 しんと静まった部屋に時計の針の音が断続的に聞こえていた。
 時計の針が零を越えるとさすがに眠くなった。撲は一瞬このまま睡眠に入っていいのか迷ったがよく考えれば昨日も、眠っていたのだ。起きている方が不自然なのかもしれない。そう思って、机の上に手を伸ばそうとしたときだった。
 ディスプレイが蠢いたような気がした。撲が嫌いな黒くてテカっている虫だと思い、近くにあったノートをとった。小さな物体はぴょこぴょことディスプレイの上を伝って行こうとしていた。撲はノートを振りかぶって虫めがけて叩いた。ところが、虫は避けた。そしてキーボードの前に前転するようにやってきて止まった。撲は電気をつけようと立ち上がろうとした。すると撲が操作していないにもかかわらず、パソコンは勝手に動き出した。黒い窓が現れて、理解不能なローマ字の羅列が流れ始めた。そして八割程それで画面が埋めつくされてピタリと止まった。そして今度はゆっくりと記号とともに平仮名が混じっていた。撲はそれを辛うじて読むことができた。
「‐/,つ#く、ねあかり、を、|つけないで」
 撲は指示された通りに灯りをつけず、机に座り直した。そしてキーボードの横にいるそれをよく観察してみた。するとそれは目が回っていた。ぐるぐると、そして身体は百円ライターほどでとても小さかった。そしてツインテールだった。
 撲が叩こうとした虫はミクだった。ミクは目を回していた。初めはフィギュアだと思った。しかし撲は几帳面なのでパソコンの回りに物をあまり置かない主義なのだ。
 ミクは両手をついて顔だけをこちらに向けていた状態から、少し起き上がり膝を曲げ状態を起こしたが、身体が揺れていた。
 撲はこの奇妙な不法侵入者がまぎれもなく、本物の初音ミクだと理解することができた。 目が大分暗闇に慣れてきた。
「悪かったよミク。画面から生まれるなんて知らなかったし」
 ミクは耳を押さえて唇に人差し指を当てた。
「撲の声がうるさい?」
 ミクはこくこくとうなずいた。
「やっぱり昨日のことは現実だったんだね。でもどうして灯りつけちゃだめなの?」
 撲がそういうとミクはゆっくりと撲の掌に歩いて来て乗ってきた。
「すげぇ手乗りミク」
 そういって撲が高く掲げようとするとスカートを抑えてしゃがみ込むと撲の掌を噛んだ。
「ごめんね。ついつい」
 撲が謝るとミクは腕から肩へとまるで山登りでもしているように登ってきた。そして肩に乗ると、ディスプレイを指差して、自分を指差して胸の前で掌を振った。
「ディスプレイに」
 撲がそういうと髪の毛を引っ張られた。
「扉がしまれば このまま離ればなれだ♪」
 と流暢に歌った。
「なるほど、今回はぴったりだね。灯りをつけると扉が閉まるんだ?」
 ミクは笑顔になってこくりとうなずいた。
「小林オニキス氏のサイハテ」
 撲がそういうと、ミクは撲の頬をよしよしと撫でた。
「伊達にサイト運営してないよ撲も」
 ミクは肩に乗って足をぶらぶらとさせていた。
「じゃあさ、撲が昨日みたいに行くときはどうすればいいの?」
 ミクは両手を耳に当てると身体を傾けた。
「なるほど、眠ればいいんだ。それじゃあ昼間でも眠ればミクに会える?」
 ミクは首を振って、電灯を指指した。
「暗くないと駄目なんだね?」
 掌を肩幅にして少し上げ、そのまま両手を右に移動させた。
「置いといて――」
 そして頬に指を当て少し考えながら、撲の部屋の出口を指差した。
「この部屋から外には出られない?」
 こくこくとうなずくミク。
「ミクに色々と見せて上げたかったんだけどなぁ……残念」
 撲がそう言うとミクは首を振って、
「夜明けは来ないよと 聞こえない振りしていつの日にか 笑っていられるかな♪」
 撲はそう歌うミクを見て、思わず涙が溢れそうになった。そしてミクは撲を指指した。「baker氏のcelluloid」
ミクはにっこりと撲に微笑んだ。そして撲の髪を引っ張った。ベットを指差して、
「今度は撲がそっちに行けばいいんだね?」
 こくこくとうなずくミク。
 撲は眠れるかどうかもわからないまま、ベットに横になった。ミクは撲の顔を覗き込むようにして撲の胸の上に座った。
 こんな状況で眠りなんて訪れるわけなんてない。ミクが来る前に襲ってきた僕の睡魔はもうどこかにいってしまい、掴むことさえできない。
 撲がミクを少し顔を上げてミクを見ると、ミクは両手を耳に当て傾いた。その仕草が可愛すぎて撲の胸は何だかとても温かくなった。
 ミクに悪いので目を瞑るだけ瞑り眠る努力をしてみようと思った。
 ――撲は目を閉じた。するとミクは歌い出した。
「すやすや 夢を見てる 君の横顔 気づかず 零れた涙 頬を伝う♪」
 子守歌のように優しい音色が部屋を包んだ。撲は次第に眠りへと誘われていった。
「kz氏……Last Night Good Night……」
 撲が最後に見た光景は、ミクが両手を耳に当て、撲に眠りなさいと告げ、それから撲の小指握って、
「Last night Good Night Last night Good night この夜 君の手 握って 眠るよ おやすみ♪」
 と歌っているところだった。あれほど緊張していた撲はいつの間にか眠りに落ちていた。

  
 
 カウンターテーブルには食器が三つ、卵焼き、トースト、ベーコンと 並んでいた。
 エマはベーコンの焼き加減を確認し、ダイニングテーブルに新聞を広げたジャックに気づかれないよう、携帯電話を片手に持って、連絡先にあるローガンの位置をタップした。
 しばらくして電話は繋がった。
「こんな朝早くからどうしたんだ、エマ?」
 ローガンの低くてしゃがれた声は受話器口から漏れた。
 エマは慌てて、
「シッ――声が大きいわよ」
「おいおい、どうした」
 エマはフライパンを片手に、最期のベーコンを食器に移した。
「今日はね、何の日か知っている?」
 エマが弾むように言うと、
「ハロウィンにはまだ早いだろう」
 ローガンはそう言って笑った。
「冗談だ、ジャックの誕生日だろ」
「わかってるじゃない、折り入ってお願いがあるんだけど……」
「相棒に、セスナ機でもプレゼントすればいいのか?」
 エマは電話をしながら、ダイニングテーブルで娘と向かい合っている、ジャックから目を離さない。
「ローガン、冗談を聞く気分じゃないの、エリィとジャックの関係は知っているでしょう」
「不器用な奴だからな……」
 エマは、ダイニングで向かい合っている、娘であるエレクトラに視線を移した。
 彼女は澄ました顔で、背筋を伸ばし、行儀よく朝食を待っている。
 金髪はストレート耳より少し長い、六歳であるが、大人びて、端正な顔立ちである。
「そういう問題でもなくなってきてるのよ、だからね、今年の誕生日は家族だけで盛大にしようって、職場でのサプライズ控えてくれる? エリィはパパに何かを伝えたがってるわ」
 しばらくローガンは黙った。
「わかったこちらは何とかしよう、エマ――俺が言えることは、ジャックの抑圧した感情を引き出すんだ、それがエリィに投影されてる、あいつはそれに気づいちゃいないんだ。人は皆寂しがり屋さ」
 ローガンがそう言うと、エマは涙ぐんだ。
「ありがとうローガン、愛してるわ、それじゃあね」
 エマは、携帯電話を置いて、笑顔を作ると、匂い立つ朝食をダイニングへと運んだ。
 ジャックはエレクトラとエマが居住まいを正すのを確認すると、『主の祈り』を始めた。
 厳かな空気が包まれた。
「ジャック、昨日ね、不思議なことがあったのよ」
 エマは祈り終わると、そう言って静寂を破った。
 ジャックは新聞を折りたたみ端にやって、顔を上げた(?)
「玄関に片足の黒猫が立っていたのよ」
「ママ、それでその猫ちゃんは?」
「瞬きをすると、いなくなってたのよ」
 ジャックは端に置いた新聞を引き寄せようと、手を伸ばし、
「夢でも見たんだね」
 と言って、新聞に重ねた手をフォークに移動させた。
「違うのよ本当にいたの」
「じゃあどうして、瞬きをしたらいなくなってたんだい?」
「猫ちゃんは、お散歩にでかけたんだよパパ」
 エレクトラはそう言って髪を耳にかけ、食べ始めた。
 細かく切っては口に運んだ。
「戸締まりはしてたのかい?」
「ええ、それはもうきっちりと」
「でも、夢にしても現実にしても、どちらでも幸運が訪れることに間違いないね」
 ジャックがそう言うと、エマは不思議そうにジャックを見つめた。
「エリィがわからないって顔してるわよ」
「言い伝えだよエリィ」
 ジャックがそう言っても、エレクトラは理解できなかった。
 エマはそれを知って、黙りを決め込んだ。
「パパ、言い伝えって、どんなこと?」
「食事に集中しなさい」
 エレクトラは唇を噛んだ。
 それからは静かな朝食になった。
 
 流れる風景を追いかけていた。
 時折、同じ学校の子が振り返ると、エレクトラは窓に張り付くように挨拶をした。
 黒塗りのSUVは、エレクトラの通う学校へと向かっていた。
 ジャックの運転は正確かつ慎重で、排気音は抑えられた。
 しかし学校が近づくにつれて、ジャックの運転に乱れが見え始めた。
 エレクトラは、違和感を覚えたが、なるべく父の顔を見ないようにした。
 なぜなら、顔を見てしまうと期待をしてしまうからだ。
 教会を越え、信号で車は止まった。
 ジャックはゆっくりと深呼吸をして、
「エリィ、撲はね、君のことが好きだ、愛してる。でも、うまくそれを伝えられないごめんね、こんな撲で」
 エレクトラは目を大きく開けた。そしてジャックに抱きついた。
「エリィ、運転の邪魔だよ、ほら見て御覧信号を」
「いい――」
 ジャックは慌てた。どうしていいかわからなかった。
 仕方ないので、車をそのまま走らせた。
 学校に着くと、エレクトラはジャックに言った。
「エリィもパパのことが大好き、愛してるよ」
 そう言って、降りていった。
 ジャックはしばらく動くことができなかった。
 車が走り出すと、エレクトラは、学校とは反対の方向へと歩き出した。
 路地に入ると、綺麗に整った髪をぐしゃぐしゃに無造作にし、スカートにシャツを巻き付け、柔らかい目付は、鋭くなった。

 ホワイトボードには幾つもの写真が貼られていた。
 どれも凄惨なものであったが、これら写真には一つの特徴があった。
 黒だ、どの写真にも黒が主にあった。
 頭部と心臓に大量に弾丸が撃ち込まれていたが、血痕は見当たらず、代わりに黒い血が流れていた。否、血には見えるが黒いペンキである。
「黒いペンキに、手紙矛盾している」
 ジャンパーには『CORPSE』というロゴが入った男が言った。
 男は、椅子に腰掛けて、ナイロンの袋に入った手紙を読んでいた。
 背は低く、太い眉が印象的で、黒でも白でもない肌だった。
「プロファイリングを疑うのはよくないチェジ」
 ジャックはそう宥めた。
「黒い男、俺は黒い男……俺は黒が好きだ、手紙が好きだ……」
 ローガンはそう言って、ジャックをからかうような視線を送った。
「よしてくれローガン、撲の真似は」
 ローガンはチェジと顔を見合わせ笑った。
「それじゃこれはどうだ、孔子曰く」
 今度はジャック唇を少し釣り上げ笑った。
「CORPESにローガンは要らない、人の真似じゃ、黒い男の心理には近づけない。オリジナルが冴えてない」
 チェジがそう言うと、ジャックは手を軽く挙げて、
「無駄話は辞めよう、もう一度現場の、聞き込みを続けるんだ」
 ジャックが締めくくるようにそう言うと、ローガンは、
「なぁジャック、黒い男の点が近くなってないか?」
「ああ撲もそう思ってる、だからね」
 三人は一斉に立ち上がり、CORPES本社を後にした。

 玄関に飾りを付け、リビングにはジャックの好きな大きな零戦の模型を置いて、廃刊になった航空雑誌を、ソファーの下に隠して、冷蔵庫にあるケーキを確認した。
 それからエマはセスナ機の見積もり書を、片手に、将来を夢見た。
 エレクトラとジャックが二人で、飛行機に乗っている姿だ。
 休日には食べきれない程のサンドイッチを持って、パラソルの下で、二人が群青の空を駆ける姿を見ている。(あの子が大きくなって、パパみたいにライセンスを取りたい、なんて言っても格好いいわね)エマは祈るように見積もり書を、綺麗な封筒に収めた。
 高価で決して手の届かないものでも、いつかきっと夢が叶いますように。
 エマはそう思っていた。
 エマは誕生日の準備に忙殺されて、洗濯物を入れてなかったことに気づいて裏口に向かった。 丁度エマが裏口を開けると、黒いジョギングスーツを着た男が、この家の前で、走っている足を止めて、ゆっくりと郵便ポストに手紙を入れ去っていった。

 エレクトラは学校が終わると、足早に目的の場所へと向かった。
 ジャックの誕生日プレゼントを買うためだが、幾つかある候補の中で、まだ迷っていたのだ。 アンティークを扱う雑貨屋に足を運ぼうとした。
 すると、同級生のエリックが先を歩いていたので、声をかけようとした。
「エリック!」
 エレクトラが声をかけるよりも早く、路地から曲がってきた、上級生がエリックの肩を乱暴に掴んで言った。
「俺たちと遊ぼうぜ、おまえのパパの所に連れて行けよ」
 小太りの上級生はそう言った。
「おまえのパパは便所掃除が仕事なんだって?」
 痩せている上級生はそう言ってエリックを蹴った。
 エリックは身体を小さくして怯えている。
 エレクトラは見ていて腹が立った。別段、エリックとは仲良くはないが、持ち前の正義感が刺激され、
「あなたたち卑怯ね」
「うるせぇなおまえ」
 そう言って、小太りの男はエレクトラを見た。
 すると、表情を変え、
「おまえには関係ねぇだろ」
「一つ年上だからって、調子にのってんじゃないわよ」
「こいつエリィだ。やめよう七年生の強い奴と仲がいいんだ」
 エレクトラは不気味に笑い、腰に手を置いた。
「かってに気に入られただけよ、それより、あたしと喧嘩するの?」
 二人組は、顔を見合わせ、
「わかった、俺たちは悪気はなかったからな」
 そう言って走るように去っていった。
 エリックは嗚咽を漏らし泣き始めた。エレクトラはため息をついて、
「しっかりしなさい! あたしたちの世界って意外と強さなのよ」
 そう言って肩を叩くと、踵を返し、雑貨屋に入っていった。
 エレクトラはこのとき、決意した。
 父の前でよい子の自分を辞めると、本当の自分は、父のように正義感が強く、母のように優しい。小学校では、ちょっとした有名人だった。ちょっと不良なのかもしれない。
 だからこそ父に聞いてほしい。悪いことをせずに友達を助けたこと、誰かに優しくしたことを。
「Tick Tock」
 どこからともなく、時計の音が聞こえてきた、エレクトラは飛行機のキーホルダーの前に立っていたが身体を、振り向かせた。
 するとそこには、懐中時計があった。
 エレクトラが懐中時計に手をやると、音はピタリと止んだ。
 触れた瞬間に思った。
 父の誕生日プレゼントはこれだと。

 エマはエレクトラの帰宅した格好を見て驚いた。
 無造作な髪型に触れようとして、エレクトラが睨む。
「ごめんなさいね、エリィはこれが好きなのね?」
 エレクトラはこくりと頷いた。
 すると娘の手を引っ張って、鏡の前に立った。
 まずは、上着を、今のエレクトラが好みそうなものに変え、それから裾を短くしたスカートを、腰の部分で折れなくてもいいものに変えた。
「ママは知ってたわよ、エリィがねちょっと悪い子の格好が好きだってことを」
 エレクトラはエマの瞳を覗き込んだ。
「でもね、ここまでにしなさいよ、これ以上は駄目、女の子ならわかるでしょう」
 エレクトラはこくりと頷いた。
 エマは整髪料を取り出し、エレクトラの髪にかけ無造作な髪型に輪郭を与えた。
 鏡の前で変化していく自分を驚くように見つめる、エレクトラ。
「ほうら出来上がり、どこの美女でしょう」
 エマは後ろからエレクトラを抱きしめた。
「愛しているわエリィ、私のエリィ……パパに頑張って伝えましょうね。きっと大丈夫ママが保証してあげる」
 エマがそう言うとエレクトラは満面の笑みを浮かべた。
 エレクトラは、家の外の準備に向かった。
 そして、それを見つけた。
 それは黒い封筒に入った手紙だった。
 文字は白で、そこにはエレクトラと書いてあった。
 エレクトラは何だか秘密めいた感じがした。
 きっとこれは、ラブレターなのかもしれない。
 急いで部屋まで駆け上がると、手紙を読んだ。

「愛するエレクトラへ
 撲は君のことをとてもよく知っている。
 君は毎朝、路地で悪い子に変身をしているね。
 でも撲はよく知っている
 君が正義感が強くて、弱い者虐めを許さないこと、困った人を助けること、だからね、そのままが美しいんだ、パパは君のことをよく知らない、撲の方が知っているんだよ。
 撲が君を助けてあげる、君が美しいままでいれるようにね
 撲は君のことをよく知っているんだ。
 君のことがとっても好きなんだ
 もうすぐ会えるよ
 だからね、変わらないでほしいんだ、心の場所はそこにあるから
 変わらないで欲しいんだ
 撲は君のこととてもよく知っている」

 エレクトラは怖くなった。
「エリィ、外の飾り付けは終わったの?」
 エマが部屋に入ってきて、そう言ったので、エレクトラは泣きながら手紙を、エマに見せた。
 裏口のドアが音を立てずに開いた。
 黒い男はゆっくりと静かに階段を上っていった。
 右手にはしっかりと拳銃が握られていた。