パンを購入しようという生徒の列に混じって松尾が下級生を押しのけるように強引に前に出ようとしていた。恭介は弁当を持って先に来て席をとっていた良太の下へ行く途中に、松尾の背中を押し最後尾に戻す作業を忘れなかった。
「遅いよ恭ちゃん」
「ごめん俺、松尾にお金を貸してた」
「山中さんたちも遅い」
と、良太は何やら不気味に笑ってブイサインを作った。
「恭ちゃんかっこいいよ。だって知ってるもん、どれだけ山中さんと話すことが大変なことかね。撲だって髪型変えて声かけられたときは逃げたし、津田さんが根気よく話しかけてくれなかったら、前と同じだったかも」
「そういえば津田さんとはどう?」
「どうってどう?」
「付き合うとか、俺よくわからないけど」
「ないない撲のことを好きなわけないよ恭ちゃん、だって撲全然もてないし恭ちゃんみたいに身長高くないし」
と、良太が乾いた笑い声をあげて言っていると、
「だれが身長高くないですって?」
椿が隆を伴ってやってきた。隆は不安そうに学食を見渡していた。
「椿ちゃん、どうして学食にくるの?」
「隆、朝言ったでしょう今日からみんなでお昼をするって学食でね」
「どうして? わたしと二人じゃいや?」
すがるように隆は椿に詰め寄った。
「隆君、俺、前みたいにみんなでお昼をしたいと思って、クラスばらばらにのままだし」
「恭介、こいつに言ってやって、別に迷惑だとかは思わないわよ? でも一人じゃ何もできない子っていきすぎてるわよ」
「でも隆君本当にかわいいよね、撲とても男の子とは思えないよ」
「ありがとう良太君」
隆は良太に詰め寄り手を握った。
「駄目だよ隆君、撲には――」
顔を真っ赤にして良太は言った。
「パンなんて買うんじゃなかったぜ、俺様並んでるうちに腹が二倍減ったぜ」
松尾が良太の隣にドカッと腰掛けて言った。目の前には隆、椿、恭介が並んでいた。
「松尾、無駄に力使いすぎ」
「そんなこと言ってもよぉ、俺様アウトローだぜ仲良く順番待ちなんかできねぇよ」
「さてみんな揃ったわね昼食にしましょう」
恭介は椿と目を合わせた。椿は黒目を動かし辺りの視線を探った。他の生徒たちがこちらを窺っているのだ。椿は恭介に目礼した。
「いただきます」
恭介がそう言うと皆それぞれ昼食を始めた。
そろそろ隆が食べ終わろうとしている頃、それは起こった。
「あの……」
下級生の女子三人は隆の前に立って軽く頭を下げて言った。隆は(?)見上げた。
「凸凹バンドの隆さんと椿さんですよね……わたしたちファンなんです。サインください!」
隆はポカンと口を開けた。椿は肩を揺らして笑っている。
「いいわよ一人千円ね、うそ」
そう言って三冊のノートを受け取ると椿はサインをした。そしてノートを隆に渡し、
「別にサインくらいいいでしょう。ね隆?」
隆は複雑な表情を浮かべて書いていった。書き終わると椿がまとめ下級生にノートを渡した。下級生の表情は花のように華やいだ。
「ありがとうございます。わたしたちこれからも応援してます」
そう言って下がっていった。
「俺様信じられん、前の隆なら絶対に無視してるぞ」
「絶対的にそうね」
そう椿は言って鼻で笑って、更に、
「悪い面ばかりじゃなさそうね」
と言った。そして隆の頭を撫でた。隆は目を細めて喜んでいた。
「すごいよね遂にサイン! 撲たちにも来てくれないかな」
「良太君二人は特別。俺そう思う」
「わからないわよ、今日の放課後校門の前で」
そこから先の言葉は松尾が引き継いだ。
「恭介君、前からあなたのことが好きでした」
恭介はうらめしそうに松尾の顔に自分の顔をヌッと近づけた。
「わかったキモイからやめろ」
良太はなぜか松尾の頭を引きはがそうとしている。
「おまえらやっぱりそういう関係だったんだな」
「撲は恭ちゃんが――」
そのときチャイムが鳴った。そうして昼休みは終わりを告げた。
授業も終わり凸凹バンドと松尾たちはフルハウスへと向かっていた。恭介が校門を過ぎようとしているとき、とても小さな者が恭介の胸の中に飛び込んだ。
「きょうすけ凜まってた。だーいすき、ライブすごかったね」
恭介はあまりの恥ずかしさに石のように固まった。自転車通学生、徒歩通学生は立ち止まり二人を見ていた。
「やっぱりそういう趣味があったんだな恭介は、俺様同情するぞ」
「恭ちゃん犯罪だよ」
「恭介、バンドの方は少しくらいなら遅れても大丈夫よ」
「恭介君って身体が大きいのに小さい子が好きなんだ」
恭介は空を見上げた、そして半拍置いて、言った。
「俺はロリコンじゃない!」
一同に笑いが起こる。
しばらく凜を伴い歩いていたが、交差点の前で祖父の姿が見えたので凜は、
「またね、おじぃちゃんようじおわったみたいだから」
凜は小走りに祖父の下に駆けていった。
「よほどあの子に好かれてるのね恭介は」
「山中が考えているような仲じゃない」
「わかってるわよ」
「俺、みんなに噂されるかな……」
「そんなことくらいで怯えないの、あなたはいいことをしたんでしょう」
「それより豊漁祭のSAYAの影響でちょっとした有名人ねあたしたち」
「山中と隆君がすごいから」
「そんなことないわよ、凸凹コンビもよくやってくれたわ、あなたがいないと良太が立てない、良太がいないとあなたが立てない、あまり深く考えないことね。依存してても誰かが傍にいるならいいじゃない、一人はとても孤独よ」
「や、山中は孤独?」
椿は何も答えなかった。しかしギターを背負ったその背中は何かを物語っているような気がしてならなかった。
心地よい朝の空気を吸うとだらけきった気持ちは霧散し日課の中に溶け込んだ、爽快さがわき上がる。恭介は土手でジョギングをしてそのまま家の前までくると空に向かって背伸びをした。この朝の日課を他で当てて潰したりすることは今までジョギングをし始めて一度もなかった。恭介は知っているのだ。心の堕落を取り戻す行動があるのなら、それは安いものだと、精神論に精神論をぶつけてもそれはただの自虐行為に過ぎない。
まずは行動から自分の一番嫌いなことから、そしてそれを教えてくれた張本人を導くためにも、シャワーを浴び登校の準備が済むといつもより早く家を出た。
良太の祖父母に挨拶を交わし家へ上げてもらうと、案の定良太はまだベットの中にいた。「良太君起きないと」
「やだ、あんなクラスなら学校行かない方がいいよ」
「駄目だよ、おれたち三年だしバンドだってあるし」
「とにかく寝る、じゃあね恭ちゃんおやすみ」
「おやすみって……」
恭介は時計を見て少しだけ余裕があると思ったので部屋を見渡した。以前の良太の部屋を知っているだけに、ここが良太の部屋だとはとても信じられなかった。それほどオシャレな部屋へと変貌しているのだった。
「どうして恭ちゃんが迎えにくるの? これじゃあ前と逆だし……撲の立場がないよ」
良太は少しだけ身体を起こすとそう言った。
「だから今度はおれの番。チェックチェック、一回が百回に……」
恭介は口元に拳を当て、裏、表と掌を返した。
「ああもう! わかったから そのかわり恭ちゃん」
そこでにやりと良太は唇を釣り上げた。
「昼休みは一緒して、撲一人だし、みんな連れてきてよ」
「お、おれが誘うの?」
「そう、山中さんもだよ! 松尾君が言っちゃ駄目、恭ちゃんから誘ってね」
良太はそう言って起き上がった。
「無理だよ、おれできない」
「今の恭ちゃんなら大丈夫、着替えるから出てって」
「おれたち男同士だし」
「いいから!」
良太は恭介を部屋から追い出しだ。
恭介は椿の背中ばかり追いかけていたが、その挙動不審ともとれる態度に気づかない松尾ではなかった。早速ニヤニヤと恭介の肩に手を回して言った。
「ついに愛の告白か? 俺様も協力するぜ」
恭介は松尾の目の前に顔をヌッと迫らせた。
「松尾、そういうことを言うとゲームさせない」
「俺様はだなおまえらがうまくいくようにだな――」
「俺、良太君や松尾に言われなくとも考えてる。このままじゃ駄目だって」
「ほほぅ……で、その作戦を聞かせろよ」
恭介は眉を歪めた。
「わかったよ、でもな道は険しいぞ」
恭介は椿にべたべたと甘えている隆を見てゆっくりとうなずいた。それから少しだけ歩調を早め二人のすぐ後ろに控えた。
軽く深呼吸をして口を開いた。
「山中――今日は学食にみんなで集まろう」
椿は隆を押しのけるようにして振り返る。
「え? 別にいいけどどうしてなの?」
「ちゅ、昼食を前みたいにみんなで、俺達もう三年だし上級生に席も取られない」
「そうね、それがいいわ、恭介ありがとう」
恭介は後頭部をゆっくりとかいた。
「ちょっと隆! くっつかないで」
椿は逃げるように正門を抜け階段を走り上がっていった。
「やるじゃねぇか、恭介、椿の前では前のおまえに戻ってたが、今日は山中の顔を見て話せてたぞ」
松尾は恭介に軽く体当たりをして言った。
「恭ちゃんはやるときはやるんだよ。ああ、撲は昼まで憂鬱だよ松尾君クラス変わってよ「やなこった」
恭介は汗ばんだ掌を開いたり閉じたりして、いつまでも椿の背中を追いかけていた。以前は話しをすることはおろか、友人になれるなど思ってもみなかった。心の中ではどこかでこの恋は決して実ることはないと冷静な自分が訴えかけているが、そんなことはどうでもよかったのだ。やるだけやれるだけはやってみよう、それが自分を引っ張り上げてくれた良太のに報いるためにもなるし、いや、自分が気持ちを伝えたいからか……。(逃げるな)臆病な自分を変えるためにもなる。(ゆっくりでいい、少しずつ考えていこう)恭介はそう思った。
まずは行動から自分の一番嫌いなことから、そしてそれを教えてくれた張本人を導くためにも、シャワーを浴び登校の準備が済むといつもより早く家を出た。
良太の祖父母に挨拶を交わし家へ上げてもらうと、案の定良太はまだベットの中にいた。「良太君起きないと」
「やだ、あんなクラスなら学校行かない方がいいよ」
「駄目だよ、おれたち三年だしバンドだってあるし」
「とにかく寝る、じゃあね恭ちゃんおやすみ」
「おやすみって……」
恭介は時計を見て少しだけ余裕があると思ったので部屋を見渡した。以前の良太の部屋を知っているだけに、ここが良太の部屋だとはとても信じられなかった。それほどオシャレな部屋へと変貌しているのだった。
「どうして恭ちゃんが迎えにくるの? これじゃあ前と逆だし……撲の立場がないよ」
良太は少しだけ身体を起こすとそう言った。
「だから今度はおれの番。チェックチェック、一回が百回に……」
恭介は口元に拳を当て、裏、表と掌を返した。
「ああもう! わかったから そのかわり恭ちゃん」
そこでにやりと良太は唇を釣り上げた。
「昼休みは一緒して、撲一人だし、みんな連れてきてよ」
「お、おれが誘うの?」
「そう、山中さんもだよ! 松尾君が言っちゃ駄目、恭ちゃんから誘ってね」
良太はそう言って起き上がった。
「無理だよ、おれできない」
「今の恭ちゃんなら大丈夫、着替えるから出てって」
「おれたち男同士だし」
「いいから!」
良太は恭介を部屋から追い出しだ。
恭介は椿の背中ばかり追いかけていたが、その挙動不審ともとれる態度に気づかない松尾ではなかった。早速ニヤニヤと恭介の肩に手を回して言った。
「ついに愛の告白か? 俺様も協力するぜ」
恭介は松尾の目の前に顔をヌッと迫らせた。
「松尾、そういうことを言うとゲームさせない」
「俺様はだなおまえらがうまくいくようにだな――」
「俺、良太君や松尾に言われなくとも考えてる。このままじゃ駄目だって」
「ほほぅ……で、その作戦を聞かせろよ」
恭介は眉を歪めた。
「わかったよ、でもな道は険しいぞ」
恭介は椿にべたべたと甘えている隆を見てゆっくりとうなずいた。それから少しだけ歩調を早め二人のすぐ後ろに控えた。
軽く深呼吸をして口を開いた。
「山中――今日は学食にみんなで集まろう」
椿は隆を押しのけるようにして振り返る。
「え? 別にいいけどどうしてなの?」
「ちゅ、昼食を前みたいにみんなで、俺達もう三年だし上級生に席も取られない」
「そうね、それがいいわ、恭介ありがとう」
恭介は後頭部をゆっくりとかいた。
「ちょっと隆! くっつかないで」
椿は逃げるように正門を抜け階段を走り上がっていった。
「やるじゃねぇか、恭介、椿の前では前のおまえに戻ってたが、今日は山中の顔を見て話せてたぞ」
松尾は恭介に軽く体当たりをして言った。
「恭ちゃんはやるときはやるんだよ。ああ、撲は昼まで憂鬱だよ松尾君クラス変わってよ「やなこった」
恭介は汗ばんだ掌を開いたり閉じたりして、いつまでも椿の背中を追いかけていた。以前は話しをすることはおろか、友人になれるなど思ってもみなかった。心の中ではどこかでこの恋は決して実ることはないと冷静な自分が訴えかけているが、そんなことはどうでもよかったのだ。やるだけやれるだけはやってみよう、それが自分を引っ張り上げてくれた良太のに報いるためにもなるし、いや、自分が気持ちを伝えたいからか……。(逃げるな)臆病な自分を変えるためにもなる。(ゆっくりでいい、少しずつ考えていこう)恭介はそう思った。
こんなにも椿の作ったご飯がおいしかったのか、俺は舌を巻いた。
「料理うまいのは知っていたが、ここまでだとはなアリエネェ」
「今までどんな舌をしてたのよ」
「や、だからな」
俺はそこまで言って、箸を置いた。そして椿の瞳を真剣に見た。すると椿は目を泳がせて赤面した。
俺はフローリングの床に正座をし、両手をついた。
「悪かった」
「ちょっと隆!」
「何も言うな、拒絶されることがどんなことかわかっただけだ、あの一年の月日おまえは……」
俺は頭を床につけた。
「ありがとうあたしうれしい」
俺はがばっと起き上がった。
「おまえひどいわ、俺が土下座してんのに、ありがとうかよ」
そう言うと椿は笑った。
椿が鞄とギターを背負おうとしたので、俺はギターを軽く持ち上げて背中にかるった。 椿は目を一瞬見開いて驚きかけた。
「送るわ」
「ギター持ってくれるの?」
「おう、初めてだな、前持ったときは半殺しに――」
椿が俺の後頭部を軽く叩いた。
「でも、遊歩道通るのよ? いいの?」
「ああ……」
そうして俺達はフルハウスを後にした。
桜の花びらが蒼い苔のついた赤煉瓦に散らばり、俺たちはその上を踏み歩いた。椿は自転車を押していた。
「そういえばあたしたち三人でここを通ったことなかったわね」
「そうだな」
「真紀ってポールの所で回るでしょう」
「そうだな、椿、気を遣わなくていい」
俺たちはしばらく無言で歩いた。夜の闇に紛れる月明かりが時折椿の顔を浮き彫りにし、あいつはちらちらと俺を伺っている。俺は今まで椿ときちんと向き合っていなかったのだろう、あいつは心のどこかでは怯えてたに違いないのに。こんな重いギターを背負って、
「明日からはバンド参加するわ、俺」
「ほんとに?」
俺はうなずいた。すると椿は何だかにこにことし始めた。
「隆と音楽できるって幸せよ」
「おまえさぁいつになく素直だな……まぁ俺もそうだ、俺もおまえを認めてる、おまえのギターなしじゃアリネェから」
椿はニッコリと笑顔作った。
「隆ありがとう、これからもよろしく」
ちょうどポールが立っている場所まで来ていた、椿は振り返って手を差し出した。
「俺の方こそよろしくな」
俺は椿の小さな掌をしっかりと握った。ちょっと気恥ずかしくなって、手を離した。
「ここまでいいわ」
「そうだな、明日の朝――」
「わかってるわよ」
そう言って椿は歩いていった。暗い夜の中ぽつりと外灯の灯りを受けた椿が離れていくとなぜだか俺の心はざわついた。だから指笛を吹いてから手を大きく振った。
寝覚めは最悪だった。とにかく最悪だった。それは俺が悪夢というものを見たからだが、大声を上げ、目を開けるとキッチンに続く扉が開かれ、そこに椿のエプロンの裾と足が見えた。だから恥ずかしさがやってきて冷静になろうと額に手を置いた。だが、寝言を言ったという事実には変わりない。だから、起き上がりしばらくぼうっとし、椿が朝食を作る姿をただ眺めていた。
しばらくしてお盆に味噌汁やら焼き魚を載せた椿がやってきた。椿は自信満々といった顔をしていた。だから俺は悪夢を吹き消すようにして言った。
「いただきます!」
と、すると椿は口元に微笑を貯えてお茶を入れた。
椿は俺の悪夢については全く触れなかった。ただしずしずと口に料理を運びゆっくりと食べている。俺はその対応がとてもありがたかった。こいつにだけは甘えたくない、対等でいたいという思いがあったし、椿はそれを尊重してくれている。
椿が来なかった春休みはひどいものだった。朝食は平気で抜いていたし、昼と夜はコンビニ弁当だった。がらんと広いこの部屋で一人で食事をすると寂しい気持ちになる。だから今は純粋に山中椿という俺の相棒の存在がありがたかった。
中学生の頃の俺はやはりどこかで格好をつけていたのだろう、今想えば空しい抵抗だった。なぜなら俺は母さんの部屋で暮らすことによって、死を受け入れようとしていなかったからだ。
とにかく朝食はとても美味しかった。だから調子づいてこう言った。
「俺、食器洗うわ、おまえはここで」
ベットを指差し、
「休んでおけ」
と言った。すると椿は眉を寄せた。
「料理は片付けまでするのよ」
「そうか、でもな」
「いい――」
椿はそう言って食器にお盆を乗せ始めた。
俺は何かあいつが困るようなことを口走ったのだろうか? アリエネェなそれならばと机の上を台拭きで拭いた。椿が立って流し台に行っている間に。
椿は戻ってくると机を指で触れて、また眉を寄せた。
「隆、あたしにきを使わなくていい、そんな隆は、や、別にあたしのご機嫌取らなくてもいい、あたしこういうこと絶対的にやめないから」
椿はぴしゃりと言って、俺の腕から台拭きを奪い取ってテーブルを拭いた。
俺はこいつの言っている意味が半分くらいしか理解できなかった。だから上の空であいづちを打った。
朝から一番やる気のない奴は良太だった。ぶつぶつと独白しその少し後ろで松尾と恭介が話していた。松尾と恭介は同じクラスになった。
俺は思った。これじゃ松尾は恭介の新しい彼女じゃないか、極論だが、良太基準で計るとそうなる、あいつは駆け引きをしないから俺は好きなんだ。相手がだれであろうとも、自分というものを崩さない。これでは良太であって良太じゃねぇ!
「良太! おまえらしくねぇぞ」
俺がそう言うと良太は恨めしそうに振り返り言った。
「隆君聞いてくれる?」
「お、おう」
「あのね、撲、不公平だと思うんだ。みんな一緒になれて撲だけ独りぼっち、これってさ絶対、影で誰かが糸を引いてると思うんだ、恭ちゃんと撲の仲を引き離そうって、昨日ずっと考えていたんだけど、絶対に不自然だよ」
俺は後悔した。良太は歪んでやがる。あいつにとって恭介との仲を引き裂く状況は、絶対にないことと思い込んでいる。不味いなこれを一から教えるとなると幼稚園生に微分積分を教えるようなものだ、それも砂場で――。
「ま、なるようになる」
「でさ……クラスに津田美咲さんがいたんだけど、そのことはいいんだけど……津田さんって何かね、撲変わったと思うんだよねぇ、だから始業式の前はなしかけられたとき、撲きづかなくって……だから津田さんにも話しかけづらいなって……」
こいつは重症だ。俺ほどじゃないが、マイナス思考にまで陥ってやがる。今も良太はぶつぶつと話しているが、いい加減疲れて来て、松尾にハイタッチをし、変わってもらった。
「良太恭介は俺様がもらったぜ!」
アリエネェ悪化させてどうする。
「松尾君、面白いこと言うね」
良太の顔面は蒼白になり漸次影を落とした。
「昨日もよ格ゲーやってて、五回に一回くらいは勝てるようになったぜ!」
「五回に一回……前はあんなに下手だったのに、でも撲には絶対に勝てないね、今度ゲームで一度負けるごとに骨を折っていくってのはどう? 撲ねぇ……」
椿がいきなり良太の頭を叩いた。
「良太、バカなこと言わないの、今日もバンドあるのよ……男らしくしなさい!」
良太はがっくりと肩を落とした。
「撲、バンドの練習したくないなぁ」
「あなたもう一度いってみなさい! ただじゃおかないわよ!」
今まで寡黙な恭介が軽く良太の頭に手を置くと、
「良太君波に乗ろう俺たちデコボココンビ」
言った。すると良太の顔をみるみる嬉々としたものへと変わっていった。
単純な野郎だ。俺はそう心の中で独白した。
「料理うまいのは知っていたが、ここまでだとはなアリエネェ」
「今までどんな舌をしてたのよ」
「や、だからな」
俺はそこまで言って、箸を置いた。そして椿の瞳を真剣に見た。すると椿は目を泳がせて赤面した。
俺はフローリングの床に正座をし、両手をついた。
「悪かった」
「ちょっと隆!」
「何も言うな、拒絶されることがどんなことかわかっただけだ、あの一年の月日おまえは……」
俺は頭を床につけた。
「ありがとうあたしうれしい」
俺はがばっと起き上がった。
「おまえひどいわ、俺が土下座してんのに、ありがとうかよ」
そう言うと椿は笑った。
椿が鞄とギターを背負おうとしたので、俺はギターを軽く持ち上げて背中にかるった。 椿は目を一瞬見開いて驚きかけた。
「送るわ」
「ギター持ってくれるの?」
「おう、初めてだな、前持ったときは半殺しに――」
椿が俺の後頭部を軽く叩いた。
「でも、遊歩道通るのよ? いいの?」
「ああ……」
そうして俺達はフルハウスを後にした。
桜の花びらが蒼い苔のついた赤煉瓦に散らばり、俺たちはその上を踏み歩いた。椿は自転車を押していた。
「そういえばあたしたち三人でここを通ったことなかったわね」
「そうだな」
「真紀ってポールの所で回るでしょう」
「そうだな、椿、気を遣わなくていい」
俺たちはしばらく無言で歩いた。夜の闇に紛れる月明かりが時折椿の顔を浮き彫りにし、あいつはちらちらと俺を伺っている。俺は今まで椿ときちんと向き合っていなかったのだろう、あいつは心のどこかでは怯えてたに違いないのに。こんな重いギターを背負って、
「明日からはバンド参加するわ、俺」
「ほんとに?」
俺はうなずいた。すると椿は何だかにこにことし始めた。
「隆と音楽できるって幸せよ」
「おまえさぁいつになく素直だな……まぁ俺もそうだ、俺もおまえを認めてる、おまえのギターなしじゃアリネェから」
椿はニッコリと笑顔作った。
「隆ありがとう、これからもよろしく」
ちょうどポールが立っている場所まで来ていた、椿は振り返って手を差し出した。
「俺の方こそよろしくな」
俺は椿の小さな掌をしっかりと握った。ちょっと気恥ずかしくなって、手を離した。
「ここまでいいわ」
「そうだな、明日の朝――」
「わかってるわよ」
そう言って椿は歩いていった。暗い夜の中ぽつりと外灯の灯りを受けた椿が離れていくとなぜだか俺の心はざわついた。だから指笛を吹いてから手を大きく振った。
寝覚めは最悪だった。とにかく最悪だった。それは俺が悪夢というものを見たからだが、大声を上げ、目を開けるとキッチンに続く扉が開かれ、そこに椿のエプロンの裾と足が見えた。だから恥ずかしさがやってきて冷静になろうと額に手を置いた。だが、寝言を言ったという事実には変わりない。だから、起き上がりしばらくぼうっとし、椿が朝食を作る姿をただ眺めていた。
しばらくしてお盆に味噌汁やら焼き魚を載せた椿がやってきた。椿は自信満々といった顔をしていた。だから俺は悪夢を吹き消すようにして言った。
「いただきます!」
と、すると椿は口元に微笑を貯えてお茶を入れた。
椿は俺の悪夢については全く触れなかった。ただしずしずと口に料理を運びゆっくりと食べている。俺はその対応がとてもありがたかった。こいつにだけは甘えたくない、対等でいたいという思いがあったし、椿はそれを尊重してくれている。
椿が来なかった春休みはひどいものだった。朝食は平気で抜いていたし、昼と夜はコンビニ弁当だった。がらんと広いこの部屋で一人で食事をすると寂しい気持ちになる。だから今は純粋に山中椿という俺の相棒の存在がありがたかった。
中学生の頃の俺はやはりどこかで格好をつけていたのだろう、今想えば空しい抵抗だった。なぜなら俺は母さんの部屋で暮らすことによって、死を受け入れようとしていなかったからだ。
とにかく朝食はとても美味しかった。だから調子づいてこう言った。
「俺、食器洗うわ、おまえはここで」
ベットを指差し、
「休んでおけ」
と言った。すると椿は眉を寄せた。
「料理は片付けまでするのよ」
「そうか、でもな」
「いい――」
椿はそう言って食器にお盆を乗せ始めた。
俺は何かあいつが困るようなことを口走ったのだろうか? アリエネェなそれならばと机の上を台拭きで拭いた。椿が立って流し台に行っている間に。
椿は戻ってくると机を指で触れて、また眉を寄せた。
「隆、あたしにきを使わなくていい、そんな隆は、や、別にあたしのご機嫌取らなくてもいい、あたしこういうこと絶対的にやめないから」
椿はぴしゃりと言って、俺の腕から台拭きを奪い取ってテーブルを拭いた。
俺はこいつの言っている意味が半分くらいしか理解できなかった。だから上の空であいづちを打った。
朝から一番やる気のない奴は良太だった。ぶつぶつと独白しその少し後ろで松尾と恭介が話していた。松尾と恭介は同じクラスになった。
俺は思った。これじゃ松尾は恭介の新しい彼女じゃないか、極論だが、良太基準で計るとそうなる、あいつは駆け引きをしないから俺は好きなんだ。相手がだれであろうとも、自分というものを崩さない。これでは良太であって良太じゃねぇ!
「良太! おまえらしくねぇぞ」
俺がそう言うと良太は恨めしそうに振り返り言った。
「隆君聞いてくれる?」
「お、おう」
「あのね、撲、不公平だと思うんだ。みんな一緒になれて撲だけ独りぼっち、これってさ絶対、影で誰かが糸を引いてると思うんだ、恭ちゃんと撲の仲を引き離そうって、昨日ずっと考えていたんだけど、絶対に不自然だよ」
俺は後悔した。良太は歪んでやがる。あいつにとって恭介との仲を引き裂く状況は、絶対にないことと思い込んでいる。不味いなこれを一から教えるとなると幼稚園生に微分積分を教えるようなものだ、それも砂場で――。
「ま、なるようになる」
「でさ……クラスに津田美咲さんがいたんだけど、そのことはいいんだけど……津田さんって何かね、撲変わったと思うんだよねぇ、だから始業式の前はなしかけられたとき、撲きづかなくって……だから津田さんにも話しかけづらいなって……」
こいつは重症だ。俺ほどじゃないが、マイナス思考にまで陥ってやがる。今も良太はぶつぶつと話しているが、いい加減疲れて来て、松尾にハイタッチをし、変わってもらった。
「良太恭介は俺様がもらったぜ!」
アリエネェ悪化させてどうする。
「松尾君、面白いこと言うね」
良太の顔面は蒼白になり漸次影を落とした。
「昨日もよ格ゲーやってて、五回に一回くらいは勝てるようになったぜ!」
「五回に一回……前はあんなに下手だったのに、でも撲には絶対に勝てないね、今度ゲームで一度負けるごとに骨を折っていくってのはどう? 撲ねぇ……」
椿がいきなり良太の頭を叩いた。
「良太、バカなこと言わないの、今日もバンドあるのよ……男らしくしなさい!」
良太はがっくりと肩を落とした。
「撲、バンドの練習したくないなぁ」
「あなたもう一度いってみなさい! ただじゃおかないわよ!」
今まで寡黙な恭介が軽く良太の頭に手を置くと、
「良太君波に乗ろう俺たちデコボココンビ」
言った。すると良太の顔をみるみる嬉々としたものへと変わっていった。
単純な野郎だ。俺はそう心の中で独白した。