自分という殻の向こうに見える世界はとても重く、色褪せて見えた。
鏡の前に立って姿を確認すると、胸の辺りがざわざわと落ちつかなくなった。自らの容姿、制服姿を見てトクトクと心臓が跳ねた。
隆は頬が熱くなるのを感じた瞬間、男である冷静な自分が罵ってきた。
「隆が女装をした自分を見て赤面するかよアリエネエ」
しかし隆は決めていたのだ。真紀が否定するなら、あの豊漁際を肯定できるのはおれしかいないと。
鏡の前で唇を噛むとその様子でさえ可愛く思えた自分を呪った。
「もうヘンタイの域ね隆」
隆が顔を動かすと、扉を開けたまま椿がじっと隆を見ていた。隆は慌てて更に顔を紅潮させた。
「椿ちゃん!」
裏返った隆の声は空しく響いた。椿は、ほおと息を吐いてから、
「後ろ、髪はねてるわよ」
椿はそう言って隆の後ろに行くと手櫛で隆の頭をさっと整えた。
「ねぇ隆」
鏡越しに椿は隆の表情を窺った。隆は目線を上げた。
「真紀に会えるようになるかもしれないって言ったらあなた……どんなことでもする?」
隆は振り返った。
「椿ちゃんほんとに?」
「うん、でも……今のあなたには辛いわよ」
隆は椿の細い肩に手を乗せ、強く握った。
「痛いわよ、真紀に会えるって言っただけでこれなんだから」
唇を尖らせる椿。
「私どんなことでもする!」
「でも簡単なことじゃないわよ」
「大丈夫、でも……」
隆も少しは察しがついたのだろう、声を落とした。
「あなただから気づけなかったのよね、興味がない世界には無関心だから、でも私知ってるわよ、あなたが真紀のライバル連中のCDを隠し持ってること。小町蛍」
隆はバツが悪そうに顔を歪めた。そんな自分が許せないのだろう。
「ネットで曲をアップして注目を集めるそして――」
隆は椿はそう言うと拳を握り、
「真紀と同じ場所へ、同じ世界へ」
椿はこくりとうなずいた。
「でも、今の隆に前の感を取り戻すことができるのかしら、ヘンタイだし、すぐ泣くし、ヘタレだし」
隆は椿の両手を握った。
「ちょっと何よいきなり!」
「ありがとう椿ちゃん! 私、絶対にがんばるから!」
「最近、日課もこなしてなかったでしょう」
椿がそう言うと隆は時刻を確認し制服を脱ぎ始めた。
隆が上着を脱いだ所で椿は、
「やめなさないよ、あたしがいるのよ!」
椿は声を荒げてそう言った。
良太は寝惚け目をこすりながら凸凹バンドの面々を見渡した。なぜか隆はとても上機嫌でニコニコとしていた。良太は思った。今日起きる事件を考えれば、隆君は女のヴァージョンの方がいいのかもしれないと。
椿は模造の日本刀を右手に持っていた。至って普通にしているので誰も突っ込まないが、時折回りの生徒たちの視線が痛い。いつから凸凹バンドはこうなってしまったのだろうか……コスプレに女装……良太は考えながらも自らの趣味アニメや漫画に通じる部分があるので思わず笑ってしまった。これならば、ネットの住民も喜ぶかもしれない。
良太は動画サイトに隆と椿の動画を投稿すると聞いたときに、正直、反響は少ないと思っていた。二人のロックには迷いはなく完成されたものだし、見る人が見ればこれは凄いとなると思っていたが、ネットの世界でそれをしても無意味だ。
良太は凸凹バンドに加わって思ったが、ロックという言葉、定義自体が死語になりつつあると思った。だから恭介と話してことの詳細を知って、これなら長い間注目を集められると思ったのだ。いくらSAYAといた高校生バンドだと知れても、つーんとこれはロックだと当てはめたものをしていても、それ以外の人たちは擁護してくれない。つまりは批判されて終わるのだ。
「恭ちゃん、撲ね、やるよ、凸凹バンドでネットや二次元に詳しいのは撲だけだからね」
恭介はこくりとうなずいて、
「良太君。ネットで二次元を否定すると叩かれて終わり、ましてや、山中さんはどこで知ったのか……にかにか動画」
恭介は鼻をこすりながら笑った。
「だよねぇ、山中さんは対極に位置してるよね、でもさ作曲の関係で家にパソコンがあるのかもしれない」
良太は歩道の先に津田美咲を見つけて手を挙げながら言った。
「でもオレ思うんだ……案外にかにかって言葉の響きで知ってのかも」
「そうかも、で、あの二人テレビも見ない。普通じゃないよね」
二人はつくつくと笑った。そして恭介は何か思いついた表情になって、
「何かをやり遂げるということは、何かを捨てることなのかもしれない」
「ああ、でたでた久しぶりの恭ちゃんの名言」
恭介が満足そうにそう言うと、後ろに控えていた松尾が二人の肩に手をかけた。
「おまえら面白そうな話ししてるな、俺様もまぜろ」
「松尾にこっちの世界の話しをあまりすると、はまるから駄目」
恭介は良太に目礼して言った。
「だよねぇ、松尾君は人間以外にはかなり依存できるタイプだからね」
良太はVサインを作って言った。
「何だよ良太のくせに俺様を分析しやがって」
そうして三人で騒いでいると、先行していた。椿が振り返り、刀を振り上げ、
「あなたたち、うるさいわよ! 下級生が見てるじゃない」
と言った。
「椿ちゃんが一番怖いよ。どうして刀なんて持ってきてるの」
隆が怯えながらそう言うと、メンバーたちは笑いに包まれた。椿は視線に当てられて恥ずかしそうに逃げ出した。
歪んだきっかけを作ったのは隆の方だった。
隆は月に一度の間隔でミニライブにヴォーカルとして参加していたが、涼子と広大は手放しでこの状態を喜べなかった。
特に涼子に至ってはマスターに口やかましく隆を突き放すように言っていたが、老人バンドは隆の才能とその純粋な性格に、まるで本当の孫のように思っていた。
こうして隆は同世代に対して冷淡な考えを保つようになった。
世間一般から考えれば隆のこうした考えは歪んでいるのだろう。
隆は観客席から手を挙げてMCを中断させると、ギターを抱えマイクを持った源二に向かって言った。
「わりぃ遅くなっちまった。今日はおれの相棒も参加させてくれ」
源二はニヤリと笑ってあいづちを打った。そして隆の後ろに控えている椿を見て、
「隆がついに彼女をつれてきやがった!」
とマイクに向かって言った。すると観客からどっと歓声が上がった。隆は振り返り仏頂面を作ると源二のマイクを奪い取った。
「彼女じゃねぇ! こいつはおれの相棒!」
「わかったわかった、タカ坊」
源二は二人にステージに上がるように合図をした。椿は軽く一礼するとステージに上がる隆に続いた。椿がPAのセッティングをしている間、隆は椿との出会いを語り始めた。「おれの相棒は今までたった一人で本気でやってきた。おれはみんながいてくれたから恵まれた環境だったから――こいつの今までの孤独はわからないでも、みんな聞いてほしいこいつは今日からおれたち、FruitBargの」
と隆はここで源二を見つめて言葉を止めた。源二は腕を組んでこくりと頭を下げた。
「メンバーだ!」
隆が言い終わる頃には椿はセッティングを終えてステージに立っていた。そして軽く一礼した。
マスターがスティックを叩く、ユキエがベースに手を這わせる。源二がギターを抱え直す隆がスタンドにマイクを固定する。椿がギターの弦に手を合わせ演奏が始まった。
椿の演奏を聴いて源二は口元をつり上げた。観客の盛り上がりは最高潮に達し、うねるような歓声がフルハウスを包んだ。
隆は月に一度の間隔でミニライブにヴォーカルとして参加していたが、涼子と広大は手放しでこの状態を喜べなかった。
特に涼子に至ってはマスターに口やかましく隆を突き放すように言っていたが、老人バンドは隆の才能とその純粋な性格に、まるで本当の孫のように思っていた。
こうして隆は同世代に対して冷淡な考えを保つようになった。
世間一般から考えれば隆のこうした考えは歪んでいるのだろう。
隆は観客席から手を挙げてMCを中断させると、ギターを抱えマイクを持った源二に向かって言った。
「わりぃ遅くなっちまった。今日はおれの相棒も参加させてくれ」
源二はニヤリと笑ってあいづちを打った。そして隆の後ろに控えている椿を見て、
「隆がついに彼女をつれてきやがった!」
とマイクに向かって言った。すると観客からどっと歓声が上がった。隆は振り返り仏頂面を作ると源二のマイクを奪い取った。
「彼女じゃねぇ! こいつはおれの相棒!」
「わかったわかった、タカ坊」
源二は二人にステージに上がるように合図をした。椿は軽く一礼するとステージに上がる隆に続いた。椿がPAのセッティングをしている間、隆は椿との出会いを語り始めた。「おれの相棒は今までたった一人で本気でやってきた。おれはみんながいてくれたから恵まれた環境だったから――こいつの今までの孤独はわからないでも、みんな聞いてほしいこいつは今日からおれたち、FruitBargの」
と隆はここで源二を見つめて言葉を止めた。源二は腕を組んでこくりと頭を下げた。
「メンバーだ!」
隆が言い終わる頃には椿はセッティングを終えてステージに立っていた。そして軽く一礼した。
マスターがスティックを叩く、ユキエがベースに手を這わせる。源二がギターを抱え直す隆がスタンドにマイクを固定する。椿がギターの弦に手を合わせ演奏が始まった。
椿の演奏を聴いて源二は口元をつり上げた。観客の盛り上がりは最高潮に達し、うねるような歓声がフルハウスを包んだ。
隆は慣れない環境に歩き回ったり、窓を開けたりとしていた、そのたびに椿は叱っていたが次第に疲れて来て隆の好きにさせていた。県営住宅からすぐ下は歩道があって道路になっている。何が面白いのかよくわからない椿だった。
しかしさすがにカップ麺を食べ上げ、午後も音楽の話しに花を咲かせている頃にはいくら頭の悪い隆でも落ち着いていた。
「バンドは二人じゃできないわよ、どうするのよ」
「大丈夫大丈夫、いざとなったら老人たちがいるから」
「フルハウスの?」
「そうそう、すげぇぞ椿絶対気に入るって」
「会ってみないとわからないわよ」
「俺が保証するってライブもできるしな」
椿は腕を組んで考えた。
「しばらくは問題なさそうね」
隆は立ち上がり、椿の机に座った。
「おまえこんな本読んでるんだ。マスターと話しが合いそうだな」
「マスターってあの髭の人よね? 雰囲気滲みでてたわよ」
「あの人がうちの親と仲がいい。涼子なんてクソジジィって呼ぶぞ」
隆がそう言って笑ったときだった、扉がノックされた。椿は眉を寄せて、
「今、友達来てるから入って来ないで」
「あらそう、椿ちゃんの好きなプリン買ってきたのに、お母さんの分と合わせてお友達と食べたら?」
椿は顔を真っ赤にした。
「もういいから!」
「はいはい」
隆はへらへら笑いながら、
「別にいいじゃねぇか、プリンプリン」
部屋の主の椿を差し置いて襖を開けた。すると椿の母は驚いて、
「えっと、お邪魔します。お邪魔してます?」
「あら、男の子だったんだ――隆君ね電話の」
「はい、俺隆です」
「お母さん早くプリン置いて出てって」
「別にいいだろ、おばちゃんも中に入って話そう」
母は椿を見て気まずそうにしたが、隆が腕を引っ張って中に引き入れてしまった。
「最悪だわ」
「おまえ口わりぃな」
「隆に言われたくない!」
母は二人のやりとりを見て腹を抱えて笑った。
「仲いいのね二人とも」
「よくない!」
「よくなんかないわよ!」
二人の声は重なった。
「さぁ食べて」
椿は早速プリンを取って食べ始めた。隆も同じように食べる。
「うめぇ! これうめぇ!」
椿はプリンを食べているときは無防備になってしまうので、とても柔らかい表情だった。
「椿ちゃんはね、プリンを食べているときはああなるの、女の子っぽぃでしょう」
「聞こえてるわよ……もう話しかけないで」
隆は椿の頬をつついた。びしっとその手を叩かれ、
「おもしれぇ、俺喧嘩したとき用にプリン買っておく」
「プリンに罪はないから、いつでも食べるわよ」
「じゃあ二人ともゆっくりね」
母はそう言って部屋から出ていった。
「椿の弱みを握ったぜ!」
「うるさいわよ隆」
「別にさ仲いいじゃん」
「あなたが知らないだけよ、あの人には色々な問題があるのよ」
「そっか……」
隆は腕を組んで考えていたが、すぐに飽きてプリンを食べ始めた。
しかしさすがにカップ麺を食べ上げ、午後も音楽の話しに花を咲かせている頃にはいくら頭の悪い隆でも落ち着いていた。
「バンドは二人じゃできないわよ、どうするのよ」
「大丈夫大丈夫、いざとなったら老人たちがいるから」
「フルハウスの?」
「そうそう、すげぇぞ椿絶対気に入るって」
「会ってみないとわからないわよ」
「俺が保証するってライブもできるしな」
椿は腕を組んで考えた。
「しばらくは問題なさそうね」
隆は立ち上がり、椿の机に座った。
「おまえこんな本読んでるんだ。マスターと話しが合いそうだな」
「マスターってあの髭の人よね? 雰囲気滲みでてたわよ」
「あの人がうちの親と仲がいい。涼子なんてクソジジィって呼ぶぞ」
隆がそう言って笑ったときだった、扉がノックされた。椿は眉を寄せて、
「今、友達来てるから入って来ないで」
「あらそう、椿ちゃんの好きなプリン買ってきたのに、お母さんの分と合わせてお友達と食べたら?」
椿は顔を真っ赤にした。
「もういいから!」
「はいはい」
隆はへらへら笑いながら、
「別にいいじゃねぇか、プリンプリン」
部屋の主の椿を差し置いて襖を開けた。すると椿の母は驚いて、
「えっと、お邪魔します。お邪魔してます?」
「あら、男の子だったんだ――隆君ね電話の」
「はい、俺隆です」
「お母さん早くプリン置いて出てって」
「別にいいだろ、おばちゃんも中に入って話そう」
母は椿を見て気まずそうにしたが、隆が腕を引っ張って中に引き入れてしまった。
「最悪だわ」
「おまえ口わりぃな」
「隆に言われたくない!」
母は二人のやりとりを見て腹を抱えて笑った。
「仲いいのね二人とも」
「よくない!」
「よくなんかないわよ!」
二人の声は重なった。
「さぁ食べて」
椿は早速プリンを取って食べ始めた。隆も同じように食べる。
「うめぇ! これうめぇ!」
椿はプリンを食べているときは無防備になってしまうので、とても柔らかい表情だった。
「椿ちゃんはね、プリンを食べているときはああなるの、女の子っぽぃでしょう」
「聞こえてるわよ……もう話しかけないで」
隆は椿の頬をつついた。びしっとその手を叩かれ、
「おもしれぇ、俺喧嘩したとき用にプリン買っておく」
「プリンに罪はないから、いつでも食べるわよ」
「じゃあ二人ともゆっくりね」
母はそう言って部屋から出ていった。
「椿の弱みを握ったぜ!」
「うるさいわよ隆」
「別にさ仲いいじゃん」
「あなたが知らないだけよ、あの人には色々な問題があるのよ」
「そっか……」
隆は腕を組んで考えていたが、すぐに飽きてプリンを食べ始めた。