ジョギングスーツを着込み右手には模造の刀を持って、道路に立っている恭介は通行者から見ればただの不審者だった。今も一人自転車に乗った女子高生が恭介を見て左側から右側に移った。外灯の下に立っているので目立つのだ。
バンドの練習は隆見学の状況で行われ、良太と二人でいつものように帰宅していると良太はにやけた顔を恭介に向けて言った。
「一回が百回に、恭ちゃんやったねそうなればいいね」
「良太君……しっかり話し聞いてたんだ」
「撲は何も聞こえてないよ、ただ恭ちゃんの顔見て知っただけ、ごめんうそ」
「何も言わないで俺――」
「わかってるそこはきっちりと」
良太はブイサインを作って笑ったのだった。
恭介は携帯を確認した。メールが鳴ったからだ。「もう近い」という内容であたりを窺って見ると自転車に乗った椿がやってきていた。
「これがその刀ね」
「うん、これで大丈夫?」
椿は自転車から降りてスタンドで固定すると、恭介の刀を受け取った。そして鞘をまじまじと見つめた。
「わかるなぜこれが必要か?」
椿は鞘を指差した。そして恭介はなぜ刀を用意させたかを知った。
「さすがリーダー!」
椿は刀身を抜きはなった。そして上に掲げた。
恭介は外灯の光を受けて椿自身が光ってるような錯覚に陥った。思わす、予想外の言葉が口からでてしまっていた。
「綺麗だ……」
椿の顔は熱くなったそれを隠すように、刀身を恭介に向けた。
「恭介! あなた目がおかしいわよ」
「山中、俺刺されそうで怖い」
椿は刀を鞘に収めた。
「恭介どうしてそんな格好してるわけ?」
「俺、夜のジョギングがあるから」
「あなた充分痩せてるじゃない。何だか少し筋肉もついて」
椿は恭介の上腕二頭筋をぷにぷにと指で押した。
「俺が痩せてる?」
「痩せてるって言い方はおかしいわね、こういうのを均整が取れた身体っていうのかしら」
恭介は空を見上げた。
「お礼にあたしもつきあってあげるわ」
そう言って椿は自転車に乗った。
恭介の胸は高鳴りっぱなしだったが、土手にたどり着いて準備運動が終わり、走り出すとほんの少しだけ後悔した。これは恭介が山中椿に対する思いという補正がかかっているからで、仮にこれが良太なら、美容院のときのように死ぬような思いを抱いたに違いないだろう。
「山中、全力疾走は続かないからペースを落として」
椿は自転車の速度を緩めるて恭介と並走した。
「恭介だらしないわね、あたしの自転車の速度についてこれないなんて情けないわよ」
「でも、競技してるわけじゃないし、俺こんな走り方が身体にいいとは思えない」
「うるさい! あたしは隆のお世話でストレスがたまってるのよ、何がここは真紀と手を繋いだよ」
恭介は後半部分を聞き取れずに聞き返したが、そのときには椿は速度を上げた。
「ついてきなさい恭介」
「わ、わかったよ……」
恭介は祈るばかりだった発作が起きないようにと。一周二周して椿はコースから外れて下り坂を降りていった。それから恭介は自分のペースに戻して走り始めた。しばらくして椿は外灯の下に自転車を止めて、斜面の段に腰を下ろした。
恭介が今日のノルマを達成し椿の傍らへとやってくると、ペットボトルのスポーツ飲料は放物線を描いた。恭介は手を伸ばしてそれを受け取った。
「ありがとう山中、でも欲を言うならこのメーカーの物はカロリーが高いから違うメーカーの方が」
椿はタオルで汗を拭っている恭介の横顔をじっと見つめた。
「恭介、あたしがおごることは珍しいのよ」
「ごめん」
「いやいい、恭介がそんなこと言うなんてあたしびっくりしたから、だからいいわよ許してあげる」
恭介は椿の隣に腰を下ろした。
「バンド大丈夫かな」
「大丈夫、きっと」
沈黙が落ちてきた、恭介は何か話題はないかと必死に頭の中を探った。しかし良い言葉も何も浮かばず、掌を開いたり閉じたりしていると椿はおもむろに言った。
「あたし夜って嫌いよ」
「俺もそう」
恭介は間髪入れずに口走った。椿は、恭介の顔を覗き込むようにして見た。
「どうして?」
「夜になって寝てしまうと発作が起きてしまうから」
「恭介は病気?」
「うんでも、山中のおかげで走るようになって、少しずつ良くなってる」
「あなた、まだ守ってたのね、変な所で律儀なんだから」
「山中はどうして?」
「あたしはね、この町のどこかにいる父さんが、ふらりと家に帰って来てあたしの知らぬ間にいなくなるんじゃないかって思うと、苦しくなるの、それに何だか孤独を感じるのよ、迫ってくるみたいにね」
椿はそう言ってセイウチのキーホルダーを握り閉めた。
「俺達似てるね」
恭介はそう言ってかいてもない汗を拭いた。
「恭介はこうして頑張っているでしょう、病気に打ち勝つように、あたしはどうかしら、どうすることもできないってあきらめてるのかな、よくわからないわ」
恭介は下を向いた。そして拳を握った。
「お、俺は良い行いの後には必ず良いことが返って来ると思ってる。だから山中が父さんに会いたいと思うだけでそれは祈ってることと同じ、だから――」
「恭介どうしたの? 本当に今日は違うわよあなたを正直、見直したわよ」
恭介はおもむろに立ち上がった。そして拳を椿の前に差し出すと言った。
「もし夜が怖くて苦しくなったら俺に電話して、俺と山中も凸凹コンビ、これからもよろしく」
椿は立ち上がり、恭介が見たこともないような笑顔を作って、
「よろしくね」
と、言った。
隆はいつにもまして気合いを入れていた。突然訪れて驚かしてあげよう、そして自分が礼儀正しくして関心させようなどと安易に考えていた。女島区は住宅が道路に沿って縦に立ち並んでいたが、椿が暮らしているという場所はすぐにわかった。なぜなら一棟だけ交差点を過ぎてぽつりと立っていたからだ。
隆は広大のメモをたよりに部屋の番号を確認すると階段を上っていった。
呼び鈴を鳴らしてしばらく待ったがだれもやってこないので、もう一度押した。しかし扉は開こうとはしなかった。
ほんの少しだけ躊躇をしたが隆は扉を勝手に開けて中へと入った。もう朝日が昇ってしまってから数時間は経つというのに室内は暗かった。隆は瞬きを繰り返し目を慣らすとあたりを眺めた。
玄関からすぐ左にキッチン右に廊下へと繋がっていた。
「椿ぃ?」
隆は友達の家に遊びに行くという機械に恵まれていなかったので、少しだけ声は小さくなった。台所の上には鍋がいくつも重なって、流しの中には洗っていない食器があった。 隆はこの部屋の異臭は食器とインスタント食品の容器だろうと思った。眉を歪めた。そしてもう一度あたりを見回した。隆は考えたきっと間違えて違う家の玄関を開けてしまったのだろうと。振り返り出ようとしたそのとき、声が聞こえた。
「泥棒なら帰ってこの家にお金なんてないわよ」
それはまぎれもなく椿の声だった。隆は椿の家だと安心するよりも先に気まずさを覚えた。なぜなら椿がしきりに来ないでといったわけは自分ではなく、この家の状態だったからだ。
「わりぃな来ちまった」
隆がそう言うと椿は目を大きく開け隆の傍らまで行くと頬をぶった。乾いた音が部屋中に響いた。すぐに不機嫌になる隆だがこのときばかりは下を向いたまま何も言わず、椿の許しをひたすら待った。
「どうしてあれだけ言ったのに!」
「わりぃ……」
「こんなゴミ屋敷見られたいわけないでしょ」
「何度もチャイム鳴らした」
「変な人たちが来るとイヤだから絶対的に出ないの!」
「変な人って何だよ」
「うるさい! うるさい!」
椿は隆の胸を叩いた。隆は少しずつ険しい表情に変わっていった。
「おまえな、俺にも我慢の限界がある! 他の奴に見られたならともかく、俺たちは相棒だろ? この先ずっと一緒なんだぞ、ちいせぇことでぐだぐだ言うなチビ」
隆は椿の小さな身体の脇に両腕を通して持ち上げた。
「チビって言ったわね、離しなさい、マザコン」
椿は抱え上げられながらも腕を振り回して隆の頭を何度も叩いた。隆はすぐに耐えきれなくなって椿を下ろそうとした。しかしうまくいかず二人はもつれるように床に倒れた。 椿が下になって隆が椿の身体の上で両手を顔の間に挟むような格好になった。二人の瞳は線で繋がったように離れなくなった。
食器に水滴が落ちる音が聞こえ、しばらくして椿は二度瞬きを繰り返し、胸が苦しくなって隆から顔を背けた。隆にしても同様だった。二人は何かを共有しかけたのだ。
「俺はそんな小さなこときにしねぇし」
「わかってるわよ、そんなこと」
隆は椿から離れ尻を床につけ両手をついた。椿は横になったままだった。
「ねぇ今の感じ何か変だったわよ、なぜか隆も同じ感覚だったという確信があるのよ」
椿はそう言って天井を見ながらひとしきり笑った。
ずうずうしくもバンドの練習の間もゲームをして待つという、松尾を帰宅させ、恭介は昨日のうちにまとめた考えを持って、良太とともにバンドの練習に望んだ。
隆はパイプ椅子に腰掛けて見学していた。他のメンバーたちはそれぞれ定位置について、今から練習が始まりますというときに恭介は言った。
「山中ちょっと」
「どうしたのよ」
椿は恭介の傍らまで行った。恭介は声のトーンを落として、隆に聞こえないように行った。
「俺、隆君を歌わせるアイデア思いついた」
椿は眉をぴくりと動かし恭介に詰め寄る。恭介は掌を握ったり閉じたりした。
「早く言いなさい」
「ネットに二人の動画を流す」
「それで?」
恭介は後頭部をゆっくりとかいた。正直そのあとは深くは考えていなかった。きっとこの二人ならば有名になれるだろうという皮算用が働いていた。
「あなたね、あまい、あますぎる絶対的に砂糖みたいにね」
「お、俺は有名になれると思って」
「技術があれば、それなりには評判になるわよ。でもねそんな無名の二人をデビューさせる道理が全くないわ、お金がすごいかかるら、CDを店に並べるってことはね」
「そうなのか……」
「作詞作曲させてくれるともかぎらないし、恭介歌唱印税がどれくらいか知ってる?」
恭介は困ったように首を横に振った。
「一から三パーセントよ、新人は一パーセントね」
「困った……山中や隆君でも道は険しいんだ」
恭介と椿が話しこんでると隆がパイプ椅子の上で首を傾げるようにして訝しんでいた。良太はそれを見て二人の下にやってきて言った。
「恭ちゃんあのことは言った?」
「あのことって何良太?」
椿はすぐに反応して言った。
「ほら、学食でサイン書いたでしょう、山中さんと隆君、あれどうしてそうなったと思う?」
良太がそう言うと椿は目を丸くした。
「俺肝心な事言い忘れてた良太君」
良太はブイサインをして戻っていった。
「豊漁祭の影響であたしたちは有名人なのね、それを利用する!」
恭介はこくりとうなずいた。
「どうにかならないかな?」
「あたしはともかく、隆の女装は目をひいたと思うわよ、ぶっちゃけバンドなんてヴォーカルしかみんな見ていないから」
「そんなことない!」
恭介の大声に椿は眉を寄せた。
「でも実際そうよ、それにやたらとギターがでしゃばる、それが下手なバンド、楽器の音がうるさいったら」
椿はそう言って笑った。恭介は椿の笑った顔に見とれていたが、こればかりは譲れないと口を開いた。
「でも、山中は親友でもあるSAYAに付き添って、ハサミを入れたよね、演奏とは関係ないけど、誰もが持てる勇気じゃない、下手をしたらファンに睨まれるし……」
「まぁ真紀の男装は驚くほどしっくりきてたから、あたしは無事にすんだわよ、恭介はいつもリーダーであるあたしの肩をもつのね」
隆は顔に指を当て首を傾げたり、落ち着きなくあたりを眺め始めた。始まらない演奏に集中力が途切れてきたのだろう。
椿はしばらく腕を組んで考えていた。そして顔を上げた。
「そうね、やるだけやってみましょう、一番大事なことはプロになれれば真紀に会えるということだから!」
「俺大事なことまた言い忘れてた」
椿は唇を釣り上げ不気味な笑みを作った。
「恭介は刀は持ってる? もちろん偽物でいいの」
「下の階の応接間にあるけど……刀?」
「悪いけど、あたし今日あなたの家に取りに行くわ」
恭介は掌を開いたり閉じたりし始めた。
「お、俺の家に山中が来るの?」
「隆の世話もあるし夜になるけどいい?」
恭介はびっしょりと掌に汗をかいていた。
「俺の家知ってる?」
「知らないわよ」
「良太君の家の近くだけど――とりあえず良太君の家の方に向かえばいい、俺外に出てるから」
「わかった、それより恭介あたしが行くのがそんなに嫌なの?」
恭介は横に首を振るのが精一杯だった。思わずドラムを叩いてしまって、椿はそれを合図と勘違いし、所定の位置に戻っていった。
隆は広大のメモをたよりに部屋の番号を確認すると階段を上っていった。
呼び鈴を鳴らしてしばらく待ったがだれもやってこないので、もう一度押した。しかし扉は開こうとはしなかった。
ほんの少しだけ躊躇をしたが隆は扉を勝手に開けて中へと入った。もう朝日が昇ってしまってから数時間は経つというのに室内は暗かった。隆は瞬きを繰り返し目を慣らすとあたりを眺めた。
玄関からすぐ左にキッチン右に廊下へと繋がっていた。
「椿ぃ?」
隆は友達の家に遊びに行くという機械に恵まれていなかったので、少しだけ声は小さくなった。台所の上には鍋がいくつも重なって、流しの中には洗っていない食器があった。 隆はこの部屋の異臭は食器とインスタント食品の容器だろうと思った。眉を歪めた。そしてもう一度あたりを見回した。隆は考えたきっと間違えて違う家の玄関を開けてしまったのだろうと。振り返り出ようとしたそのとき、声が聞こえた。
「泥棒なら帰ってこの家にお金なんてないわよ」
それはまぎれもなく椿の声だった。隆は椿の家だと安心するよりも先に気まずさを覚えた。なぜなら椿がしきりに来ないでといったわけは自分ではなく、この家の状態だったからだ。
「わりぃな来ちまった」
隆がそう言うと椿は目を大きく開け隆の傍らまで行くと頬をぶった。乾いた音が部屋中に響いた。すぐに不機嫌になる隆だがこのときばかりは下を向いたまま何も言わず、椿の許しをひたすら待った。
「どうしてあれだけ言ったのに!」
「わりぃ……」
「こんなゴミ屋敷見られたいわけないでしょ」
「何度もチャイム鳴らした」
「変な人たちが来るとイヤだから絶対的に出ないの!」
「変な人って何だよ」
「うるさい! うるさい!」
椿は隆の胸を叩いた。隆は少しずつ険しい表情に変わっていった。
「おまえな、俺にも我慢の限界がある! 他の奴に見られたならともかく、俺たちは相棒だろ? この先ずっと一緒なんだぞ、ちいせぇことでぐだぐだ言うなチビ」
隆は椿の小さな身体の脇に両腕を通して持ち上げた。
「チビって言ったわね、離しなさい、マザコン」
椿は抱え上げられながらも腕を振り回して隆の頭を何度も叩いた。隆はすぐに耐えきれなくなって椿を下ろそうとした。しかしうまくいかず二人はもつれるように床に倒れた。 椿が下になって隆が椿の身体の上で両手を顔の間に挟むような格好になった。二人の瞳は線で繋がったように離れなくなった。
食器に水滴が落ちる音が聞こえ、しばらくして椿は二度瞬きを繰り返し、胸が苦しくなって隆から顔を背けた。隆にしても同様だった。二人は何かを共有しかけたのだ。
「俺はそんな小さなこときにしねぇし」
「わかってるわよ、そんなこと」
隆は椿から離れ尻を床につけ両手をついた。椿は横になったままだった。
「ねぇ今の感じ何か変だったわよ、なぜか隆も同じ感覚だったという確信があるのよ」
椿はそう言って天井を見ながらひとしきり笑った。
ずうずうしくもバンドの練習の間もゲームをして待つという、松尾を帰宅させ、恭介は昨日のうちにまとめた考えを持って、良太とともにバンドの練習に望んだ。
隆はパイプ椅子に腰掛けて見学していた。他のメンバーたちはそれぞれ定位置について、今から練習が始まりますというときに恭介は言った。
「山中ちょっと」
「どうしたのよ」
椿は恭介の傍らまで行った。恭介は声のトーンを落として、隆に聞こえないように行った。
「俺、隆君を歌わせるアイデア思いついた」
椿は眉をぴくりと動かし恭介に詰め寄る。恭介は掌を握ったり閉じたりした。
「早く言いなさい」
「ネットに二人の動画を流す」
「それで?」
恭介は後頭部をゆっくりとかいた。正直そのあとは深くは考えていなかった。きっとこの二人ならば有名になれるだろうという皮算用が働いていた。
「あなたね、あまい、あますぎる絶対的に砂糖みたいにね」
「お、俺は有名になれると思って」
「技術があれば、それなりには評判になるわよ。でもねそんな無名の二人をデビューさせる道理が全くないわ、お金がすごいかかるら、CDを店に並べるってことはね」
「そうなのか……」
「作詞作曲させてくれるともかぎらないし、恭介歌唱印税がどれくらいか知ってる?」
恭介は困ったように首を横に振った。
「一から三パーセントよ、新人は一パーセントね」
「困った……山中や隆君でも道は険しいんだ」
恭介と椿が話しこんでると隆がパイプ椅子の上で首を傾げるようにして訝しんでいた。良太はそれを見て二人の下にやってきて言った。
「恭ちゃんあのことは言った?」
「あのことって何良太?」
椿はすぐに反応して言った。
「ほら、学食でサイン書いたでしょう、山中さんと隆君、あれどうしてそうなったと思う?」
良太がそう言うと椿は目を丸くした。
「俺肝心な事言い忘れてた良太君」
良太はブイサインをして戻っていった。
「豊漁祭の影響であたしたちは有名人なのね、それを利用する!」
恭介はこくりとうなずいた。
「どうにかならないかな?」
「あたしはともかく、隆の女装は目をひいたと思うわよ、ぶっちゃけバンドなんてヴォーカルしかみんな見ていないから」
「そんなことない!」
恭介の大声に椿は眉を寄せた。
「でも実際そうよ、それにやたらとギターがでしゃばる、それが下手なバンド、楽器の音がうるさいったら」
椿はそう言って笑った。恭介は椿の笑った顔に見とれていたが、こればかりは譲れないと口を開いた。
「でも、山中は親友でもあるSAYAに付き添って、ハサミを入れたよね、演奏とは関係ないけど、誰もが持てる勇気じゃない、下手をしたらファンに睨まれるし……」
「まぁ真紀の男装は驚くほどしっくりきてたから、あたしは無事にすんだわよ、恭介はいつもリーダーであるあたしの肩をもつのね」
隆は顔に指を当て首を傾げたり、落ち着きなくあたりを眺め始めた。始まらない演奏に集中力が途切れてきたのだろう。
椿はしばらく腕を組んで考えていた。そして顔を上げた。
「そうね、やるだけやってみましょう、一番大事なことはプロになれれば真紀に会えるということだから!」
「俺大事なことまた言い忘れてた」
椿は唇を釣り上げ不気味な笑みを作った。
「恭介は刀は持ってる? もちろん偽物でいいの」
「下の階の応接間にあるけど……刀?」
「悪いけど、あたし今日あなたの家に取りに行くわ」
恭介は掌を開いたり閉じたりし始めた。
「お、俺の家に山中が来るの?」
「隆の世話もあるし夜になるけどいい?」
恭介はびっしょりと掌に汗をかいていた。
「俺の家知ってる?」
「知らないわよ」
「良太君の家の近くだけど――とりあえず良太君の家の方に向かえばいい、俺外に出てるから」
「わかった、それより恭介あたしが行くのがそんなに嫌なの?」
恭介は横に首を振るのが精一杯だった。思わずドラムを叩いてしまって、椿はそれを合図と勘違いし、所定の位置に戻っていった。
松尾は元オタクの恭介の本気に勝つことはできなかった。今も画面上でキャラクターが倒されていた。何度ゲームをプレイしようとも結果は同じだった。松尾も負けず嫌いな性格なので半ば意地になってコントローラーを握っていた。
「ちきしょう! おまえ反則だぞ」
松尾はコントローラーを投げだ。
「松尾弱すぎ……」
「手加減しろよ」
恭介の家でゲームをしているのであった。
「しかし、本当にネットで有名になれるのか、隆と山中は」
「俺、大丈夫だと思う。それに豊漁祭の映像見ている人もいるし」
「そうか、俺様としたことが! これはもしかするともしかするな! しかしおまえよく考えついたなぁ」
恭介はゲーム機を片付けながら、
「オタクの特権」
「はぁ? いみわからねぇぞ」
「松尾にあまり言うと、何でもはまるから危険」
恭介はそう言って笑った。
「教えろ!」
「いやだ」
「この野郎面白いことに目がないんだ俺様は」
「駄目!」
二人がそうやって取っ組み合いをしていると部屋の扉は開いた。
「二人とも何をやってるの?」
「良太君! 俺心配してた」
「うん、バンドの練習行けなくてごめんね、山中さんにはメール入れた」
「良太、何してたんだ?」
「津田さんと前から約束してたんだ。二人で遊びに行くってね」
「それ、デートってことか! 俺様を置いて女とイチャイチャするとは!」
松尾は良太に体当たりをした。
「デートとかじゃないよ、二人でゲーセンいったり遊んでた」
「良太君、それをデートっていうんじゃ……」
「それでどうなった? 手をつないだりキスとかしたのか?」
「そんなことしてない、でも……手は握られたかな。だから二人とも誤解はしないで、津田美咲さんは撲のことを男として見てないからね」
松尾は恭介の瞳を見た。恭介は困ったように首を横に振った。そして思い出したようにはっとすると良太に言った。
「良太君、ビデオカメラ持ってたよね、それとにかにか動画のアカウントも」
「うん、持ってるけど?」
松尾と恭介はうなずきあって良太に詰め寄った。
隆は三時に目を覚ますと床に布団を敷いて眠っている椿を揺すった。椿はすぐに目を覚まして、隆とお揃いのパジャマを見比べるようにしてしばらく目をこすっていた。
椿は土曜だから以前のように泊まってほしいと隆にしつこくせがまれて、断り切れずに今に至った。隆は真紀のパジャマを着ていた。真紀と椿はお揃いのパジャマだったので必然的に隆と椿もお揃いのパジャマになるわけだが、椿は不本意だった。男である隆が親友のパジャマを着て笑っているのだから。
「椿ちゃん夜の散歩に行こう」
「こんな夜中に、補導されるわよ」
「大丈夫。前も補導されなかったし」
「そういう問題じゃないのよ、真紀は涼子さんに頼まれていたわけだし、一応社会人なわけだったし――」
「いいから行こうよ」
隆は立ち上がり、椿の手を握って立たせた。
「わかったわよ、そのかわりコンビニでプリンおごってよね」
隆は二つ返事でギンガムチェックのコートを手に取った。
「隆、コートはいらないでしょう」
と、椿は言ったが隆は何も答えず、隣にあったモッズコートを椿に着せた。椿は隆が着ていたモッズコートが肩にかかり、それが自分の身体をすっぽりと予想以上に広範囲を包んでしまったのを鏡で見て眉をひそめた。
二人は外に出て遊歩道に出た。人通りは少なく遊歩道まで車が二台通り過ぎただけだった。隆は、「真紀がねそこの横断歩道で手を広げて、私があぶないからって連れ戻したの」などと言って聞かせ思い出を語っていった。
やがて折り返し地点のポールが見えてきて、隆はゼンマイが止まってしまったオモチャのように三本立つポールの前で立ち止まった。
「隆、どうしたの?」
椿がそう言うと隆はゆっくりと振り返った。そして流れ出た涙をそのままに椿を両手いっぱいに抱きしめた。
「チェックチェック、アリエネェヨ全てが椿ごめんな……」
隆の胸にすっぽりと椿は埋まり目を閉じた。
「いいのよ隆、あたしは隆が悲しかったあの時代もこうされたかった。どうせ夜が怖くて眠れないから」
ぎゅっと更に力を込める隆。
「ありがとう……ありがとう」
夜は深く二人を包んだ。
眠りについている椿はとても安らかな顔していた。隆が覗き込んでいると、広大がやってきて隆の頭を軽く叩いた。
「隆駄目でしょう、女の子の寝顔を覗いたりしたら」
「何でだよ!」
「いいからこっちに来なさい」
隆は自室から引っ張り出された。
広大は受話器を取り、目の前に貼り付けてあった番号を凝視してボタンを押していった。
「山中さんのお宅ですか? こちらこそお世話になっております。はいそうなんです。こちらからお宅に――そうですかわかりました。はい、失礼します」
広大は受話器を置くと隆に向き直った。
「明日は隆が椿ちゃんの家に行きなさい。来てもらうばかりじゃ悪いしね」
「でも……あいつは来るなって……」
「隆が礼儀正しくしないと思うからよ」
広大はそう言って笑った。
「隆はきちんとできるわよね?」
「別にそれくらい」
「本当? ちゃんとした友達は椿ちゃんが初めてじゃない」
「俺にだって友達くらいいるよ!」
「本当?」
広大はそう言って隆の頭を撫でた。
「コウちゃんは隆を甘やかしすぎだぞ」
涼子は酒を飲みながら言った。
「リョウちゃんこそ、もう少し優しくできないの?」
「肩いてぇマッサージしてくれ」
「はいはい」
涼子はうつぶせになった。
「涼子はジジィだな、アリエネェ」
隆がそう言うと涼子は、
「バカ息子あとでコロース」
「もうリョウちゃんじっとしてよ」
広大がぎゅっと押さえつけると涼子は動かなくなった。
「ちきしょう! おまえ反則だぞ」
松尾はコントローラーを投げだ。
「松尾弱すぎ……」
「手加減しろよ」
恭介の家でゲームをしているのであった。
「しかし、本当にネットで有名になれるのか、隆と山中は」
「俺、大丈夫だと思う。それに豊漁祭の映像見ている人もいるし」
「そうか、俺様としたことが! これはもしかするともしかするな! しかしおまえよく考えついたなぁ」
恭介はゲーム機を片付けながら、
「オタクの特権」
「はぁ? いみわからねぇぞ」
「松尾にあまり言うと、何でもはまるから危険」
恭介はそう言って笑った。
「教えろ!」
「いやだ」
「この野郎面白いことに目がないんだ俺様は」
「駄目!」
二人がそうやって取っ組み合いをしていると部屋の扉は開いた。
「二人とも何をやってるの?」
「良太君! 俺心配してた」
「うん、バンドの練習行けなくてごめんね、山中さんにはメール入れた」
「良太、何してたんだ?」
「津田さんと前から約束してたんだ。二人で遊びに行くってね」
「それ、デートってことか! 俺様を置いて女とイチャイチャするとは!」
松尾は良太に体当たりをした。
「デートとかじゃないよ、二人でゲーセンいったり遊んでた」
「良太君、それをデートっていうんじゃ……」
「それでどうなった? 手をつないだりキスとかしたのか?」
「そんなことしてない、でも……手は握られたかな。だから二人とも誤解はしないで、津田美咲さんは撲のことを男として見てないからね」
松尾は恭介の瞳を見た。恭介は困ったように首を横に振った。そして思い出したようにはっとすると良太に言った。
「良太君、ビデオカメラ持ってたよね、それとにかにか動画のアカウントも」
「うん、持ってるけど?」
松尾と恭介はうなずきあって良太に詰め寄った。
隆は三時に目を覚ますと床に布団を敷いて眠っている椿を揺すった。椿はすぐに目を覚まして、隆とお揃いのパジャマを見比べるようにしてしばらく目をこすっていた。
椿は土曜だから以前のように泊まってほしいと隆にしつこくせがまれて、断り切れずに今に至った。隆は真紀のパジャマを着ていた。真紀と椿はお揃いのパジャマだったので必然的に隆と椿もお揃いのパジャマになるわけだが、椿は不本意だった。男である隆が親友のパジャマを着て笑っているのだから。
「椿ちゃん夜の散歩に行こう」
「こんな夜中に、補導されるわよ」
「大丈夫。前も補導されなかったし」
「そういう問題じゃないのよ、真紀は涼子さんに頼まれていたわけだし、一応社会人なわけだったし――」
「いいから行こうよ」
隆は立ち上がり、椿の手を握って立たせた。
「わかったわよ、そのかわりコンビニでプリンおごってよね」
隆は二つ返事でギンガムチェックのコートを手に取った。
「隆、コートはいらないでしょう」
と、椿は言ったが隆は何も答えず、隣にあったモッズコートを椿に着せた。椿は隆が着ていたモッズコートが肩にかかり、それが自分の身体をすっぽりと予想以上に広範囲を包んでしまったのを鏡で見て眉をひそめた。
二人は外に出て遊歩道に出た。人通りは少なく遊歩道まで車が二台通り過ぎただけだった。隆は、「真紀がねそこの横断歩道で手を広げて、私があぶないからって連れ戻したの」などと言って聞かせ思い出を語っていった。
やがて折り返し地点のポールが見えてきて、隆はゼンマイが止まってしまったオモチャのように三本立つポールの前で立ち止まった。
「隆、どうしたの?」
椿がそう言うと隆はゆっくりと振り返った。そして流れ出た涙をそのままに椿を両手いっぱいに抱きしめた。
「チェックチェック、アリエネェヨ全てが椿ごめんな……」
隆の胸にすっぽりと椿は埋まり目を閉じた。
「いいのよ隆、あたしは隆が悲しかったあの時代もこうされたかった。どうせ夜が怖くて眠れないから」
ぎゅっと更に力を込める隆。
「ありがとう……ありがとう」
夜は深く二人を包んだ。
眠りについている椿はとても安らかな顔していた。隆が覗き込んでいると、広大がやってきて隆の頭を軽く叩いた。
「隆駄目でしょう、女の子の寝顔を覗いたりしたら」
「何でだよ!」
「いいからこっちに来なさい」
隆は自室から引っ張り出された。
広大は受話器を取り、目の前に貼り付けてあった番号を凝視してボタンを押していった。
「山中さんのお宅ですか? こちらこそお世話になっております。はいそうなんです。こちらからお宅に――そうですかわかりました。はい、失礼します」
広大は受話器を置くと隆に向き直った。
「明日は隆が椿ちゃんの家に行きなさい。来てもらうばかりじゃ悪いしね」
「でも……あいつは来るなって……」
「隆が礼儀正しくしないと思うからよ」
広大はそう言って笑った。
「隆はきちんとできるわよね?」
「別にそれくらい」
「本当? ちゃんとした友達は椿ちゃんが初めてじゃない」
「俺にだって友達くらいいるよ!」
「本当?」
広大はそう言って隆の頭を撫でた。
「コウちゃんは隆を甘やかしすぎだぞ」
涼子は酒を飲みながら言った。
「リョウちゃんこそ、もう少し優しくできないの?」
「肩いてぇマッサージしてくれ」
「はいはい」
涼子はうつぶせになった。
「涼子はジジィだな、アリエネェ」
隆がそう言うと涼子は、
「バカ息子あとでコロース」
「もうリョウちゃんじっとしてよ」
広大がぎゅっと押さえつけると涼子は動かなくなった。