私の生活習慣は、面白い本、映画、様々な嗜好品により一瞬にして崩れ落ちます。
これは脳内にあるドーパミンと関係していることに気づきました。
好きな音楽を聴くともう言葉では表せない幸福感を異常に感じたりします。
ときには涙を流すときもあります。
この頻度が定型の方たちよりも多いような気がします。
更にADHDの失感情症が表にもでてくるので、この感じるという強弱に日々苦しみます。
大げさに例えるなら、先天的にうつ傾向をもっていて、
日ごとや月ごとに気分が変わります。
ストレスが引き金であったり、わけもなく空虚であったりと。
私は嗜好品が大好きで生活の上でそれがなくなると
死んだようになります。
分かり易く説明すると、何か好きな物、刺激的な行為を繰り返していないと、正体不明の何かがが襲い、そこから焦燥感がわき上がってきます。
無自覚にも繰り返されるこの感情の起伏を補おうとするのです。
しかしそれが人に投影され
物に投影され
更には本人が他人の投影の柱になっていることに気づきません。
これはドーパミンにも関係しているように感じます。
あの人のことが好きだけどよくわからないよ?
自分の気持ちはどうなんだろう?
自分ってどうなんだろう?
こんな感じに書くとしっくりきますか、
ADHDはASのように愛着が長続きしません。
なのでたちの悪いことにこの嗜好品たちはころころと変わっていくのです。
パソコンのモニターを二台にし、横にブラウザでポルノサイトを見ながら、隣でゲームしている感覚に近いです。
目の前に現れた現象に捕らわれてしまうので、よほどのことがない限り、今現在行っているがおざなりになります。
よくサイトで書かれている、物を置かないようにだとか、ああいったことは、通用しないと思ってください。
何もなくてもふらふらとそれを行うことが私は日常なのです。
物で遮ろうと思考の中で始まります。
私は音楽を聴いたり映画を見たり、ときどき他人にその面白さを全て語りますが大抵どん引きされて終わります。
仲の良い人には最近よく言います。
恐らく人の何倍もときとして伝わってくる感覚。これを貴方に伝えたいと。
私はこれは人に対しても起きるのではないかと思っています。
人の内面は常に形があるわけではない、行動としてそれは現れますが、見えないからこそ、ずっと心のどこかをもっていかれたような感覚になったり、全ての人が同居しているような感覚になったりするのだと思います。
私たちはときに敏感ではあるが、全く空白になることもあります。
チャプター7適用から三つ数えた月に、大きな箱がいくつ届いた。
荷は二つであるがまるで引っ越しのように汗臭い男たちが、次から次へと、yuki sibataと書かれた表札を横目に軽々しく玄関を越えていった。
靴箱の上にある棚からキャップをはめて、坊主より少し伸びた髪の毛を隠してから、裕樹はサインしたボールペンを片手にしばらくときが止まってしまった。
「ちょ――ちょっと?」
業者の最後尾の男に驚くように声をかけたのだが、彼は家主である裕樹を無視し、五人の男に指示を送る。
「おい慎重におけよ、壊したら9階の奴らに殺されるぞ」
彼は無精髭を撫でていった。
すると男達の中でも細身の男が振り返り、
「わかってますよ、なんでも国の命運がかかってるらしいですからね、リーダー中身開けてもいいですか?」
細身の男がそう言うと、
「芦刈! 貴様解雇ではすまんぞ、特区に隔離されたいのか!」
リーダーの男が怒鳴ると、芦刈は細い腕を上げ頭を下げた、どうやら彼はとても場にそぐわない冗談をいったようだ。
裕樹は寸劇のように大の大人が箱二つに格闘している姿を眺めていた。
そして男たちは作業が終わり裕樹は、不作法な業者に対する怒りを静め、
「おつかれさまです」
と少し間延びした声を出した、短髪に童顔、身長が低いので笑うと子供のようだ。
しかし男達は裕樹をただ一瞥し、きたときと同じように無言に出ていった。
裕樹は一瞬このアパート自体が静かになったような感覚に陥った。
「ああなんだってんだよ! いきなり人の家に上がりこんで! ぎゃあああ!」
彼はとてもタイムラグのある感情表現を行い、癇癪を起こした。
キャップを床に叩きつけ、箱を殴ろうとしたときふと物音に気づいた、どうやら箱から響いているようだ。
裕樹は軽く深呼吸を繰り返し、
箱に耳を近づけた。
「jfkajk............」
この音はどことなく自分と共鳴するように感じた。
「貴方の名前は何ですか?」
箱からは人の声で裕樹にはそう聞こえた。
「え? 何? 撲、撲は柴田裕樹だよ」
何だか笑えて来た。
「音声パターン認識しました、この二つの箱を開けてパッケージを展開してください裕樹」
ともかく裕樹は言われた通りにしようと思い箱に手をかけた。
「裕樹待ってください、リンクが固定されないので反動がきます」
裕樹は割れんばかりの頭痛を憶えた。
「申し訳ございません、裕樹私を呼んでください、リンクを固定します私の名前はパルミ……パルミ0025です」
裕樹は一刻も早くこの頭痛を止めたかった。まるで頭を鎖で縛られたような痛みだった。
「なんなんだよもう……撲が何をした……パルミパルミパルミ」
裕樹は若干涙を流しつつそう言うと、
「申し訳ございません、ノイズが多いので私の名前だけでお願いいたします」
箱からそう返ってきたとき、裕樹は痛みに耐えきれずに箱を叩いた、するとゴツンと今度は自分の手が痺れ、まるで鋼鉄か何かを叩いたようだった。裕樹は歯を食いしばっって言った。
「パルミ」
「現在の時刻により私たちは繋がりました裕樹」
不思議と痛みは全くなくなった。
裕樹は腕を組んで座り込んだ。
すると箱はこう言った。
「裕樹、愛とは痛みが憑きものだと過去の偉人は言っております。これからパルミ0025は裕樹の痛みを和らげることができるでしょう」
荷は二つであるがまるで引っ越しのように汗臭い男たちが、次から次へと、yuki sibataと書かれた表札を横目に軽々しく玄関を越えていった。
靴箱の上にある棚からキャップをはめて、坊主より少し伸びた髪の毛を隠してから、裕樹はサインしたボールペンを片手にしばらくときが止まってしまった。
「ちょ――ちょっと?」
業者の最後尾の男に驚くように声をかけたのだが、彼は家主である裕樹を無視し、五人の男に指示を送る。
「おい慎重におけよ、壊したら9階の奴らに殺されるぞ」
彼は無精髭を撫でていった。
すると男達の中でも細身の男が振り返り、
「わかってますよ、なんでも国の命運がかかってるらしいですからね、リーダー中身開けてもいいですか?」
細身の男がそう言うと、
「芦刈! 貴様解雇ではすまんぞ、特区に隔離されたいのか!」
リーダーの男が怒鳴ると、芦刈は細い腕を上げ頭を下げた、どうやら彼はとても場にそぐわない冗談をいったようだ。
裕樹は寸劇のように大の大人が箱二つに格闘している姿を眺めていた。
そして男たちは作業が終わり裕樹は、不作法な業者に対する怒りを静め、
「おつかれさまです」
と少し間延びした声を出した、短髪に童顔、身長が低いので笑うと子供のようだ。
しかし男達は裕樹をただ一瞥し、きたときと同じように無言に出ていった。
裕樹は一瞬このアパート自体が静かになったような感覚に陥った。
「ああなんだってんだよ! いきなり人の家に上がりこんで! ぎゃあああ!」
彼はとてもタイムラグのある感情表現を行い、癇癪を起こした。
キャップを床に叩きつけ、箱を殴ろうとしたときふと物音に気づいた、どうやら箱から響いているようだ。
裕樹は軽く深呼吸を繰り返し、
箱に耳を近づけた。
「jfkajk............」
この音はどことなく自分と共鳴するように感じた。
「貴方の名前は何ですか?」
箱からは人の声で裕樹にはそう聞こえた。
「え? 何? 撲、撲は柴田裕樹だよ」
何だか笑えて来た。
「音声パターン認識しました、この二つの箱を開けてパッケージを展開してください裕樹」
ともかく裕樹は言われた通りにしようと思い箱に手をかけた。
「裕樹待ってください、リンクが固定されないので反動がきます」
裕樹は割れんばかりの頭痛を憶えた。
「申し訳ございません、裕樹私を呼んでください、リンクを固定します私の名前はパルミ……パルミ0025です」
裕樹は一刻も早くこの頭痛を止めたかった。まるで頭を鎖で縛られたような痛みだった。
「なんなんだよもう……撲が何をした……パルミパルミパルミ」
裕樹は若干涙を流しつつそう言うと、
「申し訳ございません、ノイズが多いので私の名前だけでお願いいたします」
箱からそう返ってきたとき、裕樹は痛みに耐えきれずに箱を叩いた、するとゴツンと今度は自分の手が痺れ、まるで鋼鉄か何かを叩いたようだった。裕樹は歯を食いしばっって言った。
「パルミ」
「現在の時刻により私たちは繋がりました裕樹」
不思議と痛みは全くなくなった。
裕樹は腕を組んで座り込んだ。
すると箱はこう言った。
「裕樹、愛とは痛みが憑きものだと過去の偉人は言っております。これからパルミ0025は裕樹の痛みを和らげることができるでしょう」
一番大きな問題点は私がこの考えに辿り着くまでに、とても依存的な方々に囲まれていたことだ。
そこで私はこう考えるように至った。
それは自分に問題があって、依存や共依存を回りの人全てにしているんだなという不快な気持ち。
人生で起きるこの依存のスパイラルを、全て自分に置き換え、周囲に無理に合わせようとしていた。
しかしある一定の時期に達したり、何かが起きるとそこはかとなく、感じていた強い自立の気持ちが見え隠れしてくるのだが、それに蓋をするのがACの見捨てられ不安である。
実はACではなくADHDのACならば、今まで自分を主張するときに相手の気持ちを考慮しない客観性や思ったことはズバズバとパートナーなり家族なりに、必ず主張しているはずである。
まあ独りよがりに殆ど見えます。実際は多くはそうでしょう。
相手と常に対等と考え、子供のときから同世代や大人まで常に対等を意識します。
まず、どんな悪事を働いたとして狡猾に百パーセントなりきれません。
しかし外から見た自己という状況が全くもって見えていません。
なので無意識にもそれを自分を探そうとします。それが自分語り、他者の悪い部分を変えてしまおうという思い込みの善意にも繋がる訳ですね。
主観を失い客観を得た私はこのように考えています。
この客観性が冴えているときは驚くようなことが起きます。
ある意味そこは思い込みが激しいにも繋がりますが、ADHDのACこの良い部分が冴えているときは言動で他人の心を揺さぶります。
自立と見捨てられ不安この二つが常にアンチテーゼになり、私の心を深くえぐります。
しかし前の記事にも書きましたが、そもそも私は特定の人への愛着を強く持っていないように感じています。
ここで子供の頃のお話しをします。
私の住んでいる地元は田舎で漁業を営んでいましが、その関係上釣り人がよく来ていました。
私はその釣り人のおじさんとすぐに仲良くなれ、
下手をすると朝から夕方まで隣でずっと見て、おじさんと話しをしていました。
そのおじさんは、特定の人ではなくてもよかったらしく、
様々な釣り人たちとそうやって過ごしていました。
挙げ句の果てには、家にまで送ってくれる方もいました。
私にはそれが普通でした。
幼稚園から少し歳が上がる頃に、それがバスの運転手さんになりました。
この運転手さん、未だに一人顔まで覚えている方がいますが、
いろんな運転手さんと仲良くなりました。
仲の良い運転手さんはバスの料金無料で私を乗せ、ぐるっと地区を回って私の住む場所に辿り着くまで私を乗せてくれていました。
私の母は一応叱ってはいましたが、とっても笑顔でした。
父は真剣に怒って、何だか母に何かを言ってたように思います。
私の母もADHDの傾向があります。
大人になった今でも、この癖は抜けてないらしく、どこどこの店員さんとかと気づいたら仲良くなっています。
定型的に考えればどうなんでしょうか、
少し人なつっこい子供という物を通り越しているような気がします。
そもそも対人緊張なんて起きません。
それはもうもの凄いコンプレックスな部分では浮き彫りになるかもしれません。
仕事の特定なやり取り、しかしそれだって人に対して緊張はしていないように思います。
今考えると私はこうして回りに依存という種をまいて生きているのでしょう。
これを変えるということはできないと思います。
私の中にある強い自立を阻害する人を本当は憎んでいるのかもしれません。
人との付き合いの終わりを理解できないのでそれすらわかりませんが。
そこで私はこう考えるように至った。
それは自分に問題があって、依存や共依存を回りの人全てにしているんだなという不快な気持ち。
人生で起きるこの依存のスパイラルを、全て自分に置き換え、周囲に無理に合わせようとしていた。
しかしある一定の時期に達したり、何かが起きるとそこはかとなく、感じていた強い自立の気持ちが見え隠れしてくるのだが、それに蓋をするのがACの見捨てられ不安である。
実はACではなくADHDのACならば、今まで自分を主張するときに相手の気持ちを考慮しない客観性や思ったことはズバズバとパートナーなり家族なりに、必ず主張しているはずである。
まあ独りよがりに殆ど見えます。実際は多くはそうでしょう。
相手と常に対等と考え、子供のときから同世代や大人まで常に対等を意識します。
まず、どんな悪事を働いたとして狡猾に百パーセントなりきれません。
しかし外から見た自己という状況が全くもって見えていません。
なので無意識にもそれを自分を探そうとします。それが自分語り、他者の悪い部分を変えてしまおうという思い込みの善意にも繋がる訳ですね。
主観を失い客観を得た私はこのように考えています。
この客観性が冴えているときは驚くようなことが起きます。
ある意味そこは思い込みが激しいにも繋がりますが、ADHDのACこの良い部分が冴えているときは言動で他人の心を揺さぶります。
自立と見捨てられ不安この二つが常にアンチテーゼになり、私の心を深くえぐります。
しかし前の記事にも書きましたが、そもそも私は特定の人への愛着を強く持っていないように感じています。
ここで子供の頃のお話しをします。
私の住んでいる地元は田舎で漁業を営んでいましが、その関係上釣り人がよく来ていました。
私はその釣り人のおじさんとすぐに仲良くなれ、
下手をすると朝から夕方まで隣でずっと見て、おじさんと話しをしていました。
そのおじさんは、特定の人ではなくてもよかったらしく、
様々な釣り人たちとそうやって過ごしていました。
挙げ句の果てには、家にまで送ってくれる方もいました。
私にはそれが普通でした。
幼稚園から少し歳が上がる頃に、それがバスの運転手さんになりました。
この運転手さん、未だに一人顔まで覚えている方がいますが、
いろんな運転手さんと仲良くなりました。
仲の良い運転手さんはバスの料金無料で私を乗せ、ぐるっと地区を回って私の住む場所に辿り着くまで私を乗せてくれていました。
私の母は一応叱ってはいましたが、とっても笑顔でした。
父は真剣に怒って、何だか母に何かを言ってたように思います。
私の母もADHDの傾向があります。
大人になった今でも、この癖は抜けてないらしく、どこどこの店員さんとかと気づいたら仲良くなっています。
定型的に考えればどうなんでしょうか、
少し人なつっこい子供という物を通り越しているような気がします。
そもそも対人緊張なんて起きません。
それはもうもの凄いコンプレックスな部分では浮き彫りになるかもしれません。
仕事の特定なやり取り、しかしそれだって人に対して緊張はしていないように思います。
今考えると私はこうして回りに依存という種をまいて生きているのでしょう。
これを変えるということはできないと思います。
私の中にある強い自立を阻害する人を本当は憎んでいるのかもしれません。
人との付き合いの終わりを理解できないのでそれすらわかりませんが。