長編物語ブログ -13ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 <プロローグ>

 私の彼氏は時々宇宙人で、時々マンガにでてくるような絵に描いたような主人公だ。
 雨が降ると、彼の車にある笠は、減ってゆく
 そうやって彼が私の補充した笠を手渡してゆくので、笠を補充している私って一体……なんなんだろう……。
 だけども、彼が『ええかっこしぃ』ではないことは私が一番知っている。
 なので例え老若男女、んーん世界中の人が彼の優しさに触れてもいい。
 黒髪でミディアムショートより少し短くて、あのクシャッと顔が歪む笑顔で、
「はい」
 なんて笠を手渡されたら、赤ん坊からお年寄りまで心をときめかせるに違いない。
 いやいや飛躍しすぎか、んーん。
 彼は綿菓子のようなフワフワとした物が好き、いやいやジョーンズの日記のような言い回しになっていた。
 私は彼の好きな物で埋めつくされたい。
 それって依存っていうけれど、未来の自分に待ったをかけたに過ぎない。
 私はお世辞にも可愛くもないし、スタイルだってよくない。
 中学の頃なんて、男子におかめって言われてた。
 二十代になって彼と付き合うように変わったけれども、それって全部後付けで蟻の群れの一番最後にいたから、最前列は遠い遠い。
 今でもその可愛いやオシャレだとかの距離を縮めようと努力をしている。
 でも巷で流行る。『女子力アップ』って言葉は大嫌い。
 それって実は自分を遠ざけてるんだよねぇ……みんな裸の王様だけど、それ以上離れちゃうとみえなくなっちゃうよ、んーん。これって私の主観かな。
 とにかく私は、この世の中でたった一人理解不能な彼氏のトリセツを作ろうと、机に向かった。
 これから書き殴ろうと思う。んーん。きちんと書こう。
 

<本編>

 新宿にあるとある飛行場に私たちはいた。
 飛行場といっても、緊急ヘリポートなのだけれどね。
 夏一歩手前の時期、私は、こんな所にこんな開けた場所があるなんて思ってもみなかった。 彼は大きな公園に私を連れてきた。
 駐車場から少し歩くと左手に慰霊碑の丘へと続く階段があって、かなり奥まった場所にはローラー式の長い滑り台があった。
 彼に背中を押されて、
「斑鳩! 何する?」
 と、彼を引きつった顔で見上げてしまった。
「大丈夫だから」
 何がこれのどこが、私のポーチの中はおそらく、ぶちまけられ、百均で買った、リップの大きさくらいの容器に入ったファブリーズが……。
 このダウニーの臭いは間違いない。

「私は、ごく簡単なことでストレスを軽減している。
 それは当たり前に出来て実は難しいこと全てなのだ」。

 必ずこの手の記事で触れられている行為の一つに、
 掃除というものがある。
 何かに迫られて掃除をしているのなら、心理的に考えて『先送り』を行っているが、習慣的に物を直すだとか、自分の身体の掃除も含めてきちんとできている人は、地球の人口の何割いるのだろうか、私は時々懐疑的になる。
 勿論私も完璧にはできてはいないだろうが、『意識』をすることで身体も部屋も車も、一番自分の中にある汚れても良い度合いというものが引き上がる気がする。
 とても簡単なことなことのようで実は、難しい一つ目。

 挨拶というもの、
 私は無学で知識も乏しい低学歴なので、格式張ったものはできません。
 勿論、勉強をしてそれなりにはなりましたが、
 実はこの挨拶というものを『声かけ』に変えてみれば、あら不思議、コンビニの店員さんに
御苦労様です」
 家族のなんのことない行動に、
「有り難う」
 自然にでてくるのです。
 私はこの、コンビニの店員さんの
「御苦労様です」で、
 自分の心の『投影』をはかります。
 ああ、声でてないな、言わないといけないと思ってやってるな等、
 そのときの自分の精神状態が見えてくるのです。
 挨拶は『声かけ』難しい二つ目。

 期待って何でしょうか
 怒りはどこからやってくるのでしょうか
 誰かの行動で怒りを抱えるときもあるでしょうが、そのとき貴方は何かを期待していませんか?
 怒りを抑えるということ自体がおかしいのです。
 だから期待をしないこれも違う気がします。
 相手がなくても貴方です。貴方は特定の誰かや外見的な特徴に騙されていませんか?
 怒る人怒られる人感じすぎていませんか?
 差別だなんて思っていませんか?
 自分の心は自分のものです。
 怒りという、最高の変化球に騙されないように、
 これ難しい三つ目。

 
 
 ネガティブなときは価値基準が歪んでいる。
 そこで気持ちを切り替えるときに行うことは、自我の中で自問自答を繰り返すのではなく、『自分が今どうしてこんな気持ちを抱えているか』だ。
 大抵は人から人か自分から人へとマイナス感情がやってくる。
 私たちが必ず自分に行っている悪い習慣の一つに、何かを当てはめて考えてしまっているということがある。
 自分の心がぼろぼになれば、人は雑巾ではないのだから、放り投げてしまえばいい。
 また人に対してもそうである。
 マイナス感情を与えた与えられた人を雑巾のように放り投げてしまえばいい。
 別にひからびることもなく、かちかちに固まってカビが生えたりもしない。
 心理学的にいうと、『手放す』や『受容』になるのだが、
 そんなことはこの際要らない。
 別に凝り固まった儀式ではないのだからね。

 人から影響を受けるが自分がもっとも影響を受けている。
 こう書くと語弊が生まれるが、

 影のようになってはいけない
 職場や恋人に対してシャドウやストレッサーを抱えている人の多くに
 価値基準が歪んだことを自覚しないまま、生きている人がいる。
 難しいようで簡単なことなのだ。
 ただ一つだけ取り間違えなければいい。
 人から過去の行いで叱責を受けることもあるし、今を生きているのに特定の誰かに対しては枠にはめた付き合いをしなくてはいけない。
 それら全ては次の日、朝早起きしてまでやることなのだろうか?
 心の中で呪文なんか唱えなくともわかることだ。
 呪文とは自己啓発やら、癒しという名の商品である。

 学び取れない位置にいるのならば、
 卑屈という物差しの場所すらも気づいていないのだろう
 信念という名の多くの事柄に、完璧主義という多くの事柄に隠れ潜むものは、他人に迷惑をかけても自分は考える余地すらないよ、ということである。
 
 言葉は打てば響き、返事は繰り返されるものである。
 柔軟な考えを持てない人は危険人物である。
 道徳を捨てろなんてことは、コンビニにの前にたむろする若者に言えばいい。彼等だって若く、いづれ理解する。

 女子力を高めます。
 自己を磨く、これら行為はだれにも言わないほうがいい。
 心理学的にも贅沢極まりない。
 ホワイトカラーな人たち好む話題
 
 大切なことはほんの一握りの心のゆとりと
 歪みなく捉えることのできる自分という心の鏡
 たったそれだけ良い。