先日は後輩であるキミがショックを受けていたようだ。
私は彼より5つ以上年上で、
たったの5歳程度なのでまだまだ落ち込んだりすることもあるが、
一応5歳程度年もとっており、その分失敗もたくさんしたし、
反省もたくさんしてきた。
年を取れば取るほど注意してくれる人も助けてくれる人も減る。
今もたくさんの人に迷惑をかけながらここにいて、
励まされながら修行している。
実験は結果が待ち遠しく、楽しい時(今週とか)もあるが、
孤独と不安と情けなさで押しつぶされそうになることもある。
高校生くらいの頃、父は言った。
「苦労しないように消去法で選択するより、
苦労しても好きな仕事を選んだほうが本当に辛い時を乗り越えられる。
楽でもおもしろみのない仕事は苦痛だ。」
この言葉は今も私の道標の一つだ。
生きていればきらいな仕事をすることを余儀なくされることもあろうが、
父の言葉は心に留めておきたいとおもう。
これまでにも勉強は嫌いと言っているが、新しいことを知ることは楽しく、
誰も気にしないようなことに目を向け、神秘が明らかにされると胸が踊る。
大学院での研究は受験勉強と違い、手足、口、頭を使うので楽しい。
旅行に行っても些細な事に気が向くようになった。
北海道をドライブすれば、
「江別」「芦別」「当別」「愛別」など「別」という文字が多い。
地元民の友人は気にもしていなかったが、調べるとアイヌ語で「川」の意だった。
帰ってから調べると、麦は北海道農業の象徴で、
並んでいる文字はヘブライ語だそうだ。
さらに、これは新約聖書の引用で、
「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。」
ヨハネによる福音書12章24節
これは日本農民組合の創始者である賀川豊彦が好んで引用していたとか。
(http://www.zd.em-net.ne.jp/~unsuim/sub6211.html、
https://ja.wikipedia.org/wiki/賀川豊彦)
気にしなければなんでもない世の中だけれど、
歴史や人々の思いにあふれた世界。
学位がなくても賢い人はたくさんいるけれど、
私は訓練されながらここにいて、世界がもっと面白く見えるようになってきた。
