能ある鷹は爪を隠しそうだけど、『ヘルタースケルター』 | 平平凡凡映画評

平平凡凡映画評

映画を観ての感想です。

【タイトル】『ヘルタースケルター

【評価】☆☆☆(☆5つが最高)

【監督】蜷川美花

【主演】沢尻エリカ

【製作年】2012年


【あらすじ】

 トップモデルのりりこは、絶大な人気を博し羨望の眼差しで見られていた。しかしりりこの美しさは全身整形で作られたもので、徐々にその後遺症に悩まされるようになる。そしてりりこの精神にも悪影響が表れ、次第に感情をコントロールすることが出来なくなっていった。


【感想】

 沢尻エリカのスキャンダラスなイメージをそのまま利用した煌びやかな映画。華やかな印象を残す内容になっていたが、少し装飾過多だったかもしれない。映画の中心は沢尻エリカで、彼女の頑張りはそれなりに評価されそうだが、どこか出来合いの料理を食べているような感じもした。上手くてキレイではあるが、全ては予想の範囲内に落ち着いてしまい、驚きや意外性はあまりなかった。


 演技力で言えば、寺島しのぶと桃井かおりの存在感が図抜けていた。寺島しのぶは、油気のないオバサンを完璧に演じていた。大女優のオーラを消し去り、自分自身を普通の中に埋没させていた。人の好さと得体の知れなさが、妙な不気味さを生んでいた。どうせなら、寺島しのぶの一人称で映画を進めるべきだったのかも。彼女の視点からりりこを眺めた方が、物語に奥行きや深みが生まれたような気がする。


 そして寺島しのぶが何にでも化けられる“化け猫”とすれば、一方の桃井かおりはどんなときでも平然と桃井かおりを演じていた。もしかすると、こういうのを下手ウマというのかもしれない。この映画には、いつも以上にいびつさの増した桃井かおりがいた。ほとんど山姥と見分けが付かなくなるくらい。同じ地点で化け続けると、妖気を得てしまうようだ。


 そして肝心な映画だが、思いのほか物語に力がなかった。原因はやはり監督なのだろう。芸術家として名を売っているためか、あらゆるシーンを尖がらせることに気を配っていた。色調や構図、小道具の種類など映像のインパクトはそれなりあったと思う。ただ物語に寄り添うことはほとんどなかった。原作は読んでいないが、もっと面白い映画になった気はする。


 映画に強弱のリズムは必要だと思うが、華やかさと陰鬱さを行き来するだけでは物足りなさが残る。この映画に足りなかったのは、日常や平凡なシーンだったのかも。ベースラインに厚みがなかったので、突き抜けるような躁状態が持続せず、また陰惨なダークサイドに力が生まれてこなかった。普通があってこそ異常や狂気が映える。


 監督が普通を恐れるあまり、普通のアート系映画になっていたのかも。自分の評判など気にせず、物語を動かすことにもう少し心を砕いてもよかったと思う。この映画は、映像的な才能に恵まれた人が自分らしく色を塗っているようだった。物語を使って塗り絵をしている感じ。鮮やかではあるけれど、動きに乏しく閉じた世界に飽きも来る。異質なものを嫌っている映画のような気もした。