【タイトル】『預言者』
【評価】☆☆☆☆(☆5つが最高)
【監督】ジャック・オーディアール
【主演】タハール・ラヒム
【製作年】2009年
【あらすじ】
アラブ系の青年マリクは、傷害罪で服役することになる。刑務所には様々な人種がいて、それぞれのグループを形成しながら微妙な秩序を保っていた。そしてマリクは、刑務所を牛耳るコルシカ・マフィアのボスに目を付けられ、殺人を依頼される。暴力で脅され断ることの出来ない状況に追い込まれたマリクは、覚悟を決めて殺しに手を染めた。
【感想】
刑務所で蠢く犯罪者たちの姿を描いたフレンチ・ノアール。刑務所の中というと規律を重んじ、自由を極端に制限された場所をイメージしたくなるが、フランスの刑務所は少々事情が違っているようだった。フィクションなのでどこまで現実を映しているのか分からないが、映画に登場する刑務所はかなりの自由が許容されていた。
囚人たちは好き勝手に行動でき、タバコやドラッグなどの調達も可能のようだったし、刑務官は簡単に買収され、マフィアやイスラム教徒のグループが堂々と闊歩していた。有無を言わせぬ弱肉強食の世界。映画の主人公はアラブ系の青年。普通ならばアラブ系のグループに入るのだろうが、どういうわけかコルシカ・マフィアのグループに入ってしまう。
映画は、この主人公の青年の心情に寄り添うようにして進んでいく。何度も苦境に陥り、残虐な暴力にも遭遇するが、何とか生き延びていく。そしてこの主人公を支配するコルシカ・マフィアのボスは貫禄が十分で、「ゴッド・ファーザー」のマーロン・ブランドを髣髴とさせていた。となると、冷酷で無慈悲な犯罪者たちの生き様をストレートに見せる映画を想像したくなるが、何故だか映画は飄々とした雰囲気が強く漂っていた。
ファンタジックなシーンがあったり、また主人公が朴訥としたキャラクターだったりしたせいもあるが、映画はどこかサラリーマンの処世術を説いているようでもあった。マフィア映画やヤクザ映画にあるような熱は、ほとんど感じられない。映画から語りかけられてくる言葉は、ただひたすらに“我慢”の一言。サラリーマンが出世するための方法を教えてくれているような内容だった。
強い者には黙って従い、長いものに思い切って巻かれ、いい風が吹くまでジッと耐え忍ぶ。目立つ行動は控え、コツコツと人脈を築き、逃げ道も用意する。殺人を実行する主人公だが、そこにワルの面影はなく、どちらかというと小心なサラリーマンの姿が重なる。ラストには、地道に努力すればきっと報われる、といったマフィアの抗争を扱った映画とは思えない教訓が浮かび上がってきた。相当に捻くれたブラックな映画だと思う。