生きるのは大変だのぉ、『扉をたたく人』 | 平平凡凡映画評

平平凡凡映画評

映画を観ての感想です。

【タイトル】『扉をたたく人

【評価】☆☆☆☆(☆5つが最高)

【監督】トム・マッカーシー

【主演】リチャード・ジェンキンス

【製作年】2007年


【あらすじ】

 妻に先立たれた初老の大学教授ウォルターは、生きる喜びを失い唯々諾々と毎日を過ごしていた。そして何の興味も持てないセミナーに出席するため、久しぶりにニューヨークの別宅を訪れた。するとそこには、見知らぬ移民のカップルが暮らしていた。驚いたウォルターは二人を家から追い出すが、途方に暮れる二人の姿を目にして思わぬ優しささを示す。


【感想】

 現代のアメリカ版「生きる」とでも言えそうな映画だった。主人公は、毎日を同じように過ごすだけの初老の男性。仕事の喜びは既に枯れ果て、誰かと楽しく言葉を交わすこともない。妻の思い出に浸るために始めたピアノには悪戦苦闘、意固地な老人への道をまっしぐらに進んでいた。


 変化の訪れは、移民の若者との出会い。ちょっとした良心から寛容さを示し、心の通った交流が始まる。そして主人公の気持ちを引き付けたのが、アフリカン・ドラムの“ジャンベ”。移民の若者から手ほどきを受け、その魅力にはまっていく。最初はためらっていたものの、公園でのセッションに参加し満面の笑みを見せる。そして、忘れかけていた恋の感覚をも取り戻す。


 映画の後半は、2001年のテロ後のアメリカの姿を辛らつに捉えている。不寛容さがまかり通り、肌の色の違う移民に厳しい現実が迫ってくる。登場人物の女性に「アメリカはシリアになった」と言わせる場面もある。人間も国も、長く生きれば保守的な部分が強くなることもあるのだろう。新たな価値観を受け入れるのには、それなりの痛みと勇気が必要だったりする。


 ラストシーンでのジャンベのリズムは激しく、言葉にはならない怒りを撒き散らしていた。決まりきった日常を飛び出す主人公の姿は、たくましくそして清々しくもある。ただ、生きることは厄介なことの連続でもあるようだ。退屈に生きるか、傷だらけに生きるか、選ぶのは案外難しそう。