どんまいそん -4ページ目

どんまいそん

ブログの説明を入力します。

精神力の強さを測る(?)文章、あなたは読めますか?
 「これが読めたら、強い精神力の持ち主」――こんな前置きのついた文章がネットに出回っている。
【拡大..........
≪続きを読む≫


大学生になって、周りに帰国の人々が多い環境ならそんなに苦しまずに読めるのではないだろうか(笑)
大学でも英語の授業を受ける人がほとんどだと思いますし…。


一応、英語に直したものを。


THIS MESSAGE SERVES TO PROVE

HOW OUR MINDS CAN DO AMAZING THINGS!

IMPRESSIVE THINGS!

IN THE BEGINNING IT WAS HARD BUT NOW,

ON THIS LINE YOUR MIND IS READING IT AUTOMATICALLY

WITH OUT EVEN THINKING ABOUT IT, BE PROUD!

ONLY CEARTAIN PEOPLE CAN READ THIS. RE POST IF U CAN



しかし、「ceartain」なんて単語あったでしょうか…?

おはこんばんにちは。


僕は、野球がとても好きです。3歳のときに初めてボールを投げて以来、22歳の今に至るまでずっと野球に魅せられてきた人間だと、我ながら思います。
まあ、努力不足で野球を生業にすることはできませんでしたが。それは今になって後悔する部分もあります。


まあ、そんなことは関係ないとして、野球というスポーツは本当におもしろいと思うんです。



まず、表と裏という概念がおもしろい。こういう概念を持ったスポーツは意外とありません。前半・後半、あるいは第一クオーター・第二クオーター…などといった具合に、ほとんどのスポーツは両チームが同じ時間帯に攻めたり守ったり、点をとったりとられたりを繰り返します。

しかし、野球はそうではありません。表と裏、それぞれで攻撃チームと守備チームがかわります。守備に入ったチームはその時間帯に得点をすることが絶対にできません。
こういうルールを持ったスポーツは、僕はカーリング以外にすぐには思い浮かびません。



攻撃のときと守備のときと、それぞれが独立した時間軸なので、ある意味わかりやすさがあります。と勝手に思っています。
これだけでも、十分野球の持つおもしろさを体感できるのではないかと思っています。


そして、おもしろさの一つとして僕が挙げられると思っているのは、ルールの複雑さです。



例えば、バッターは3つストライクを取られたらアウトになります。しかし、打ったボールが規定のフェアゾーンに入らなければファールとなり、ストライクカウントが一つ増えることになります。

では、2ストライクのときにファールを打ったらバッターはアウトになるのかというと、そうではありません。カウントは変わらないままです。


これだけでも、ちょっと複雑なルールを持ったスポーツだということができるでしょう。「例外」というのがこのスポーツにはたくさんあります。




よく、野球が世界で普及しないことの原因の一つとして、このルールの複雑さが挙げられることがあります(最たる原因は、用具等にお金が非常にかかり、お金のないところでは野球が普及しない、ということです)。



しかし、このルールの複雑さは、逆に野球というスポーツを非常におもしろくしていると僕は思っています。
なぜなら、そういう部分を理解することによってさまざまな戦略がたてられ、多様な戦い方が発生するからです。



もちろん、他のスポーツにも、多様な戦略があります。スポーツ自体のおもしろさは、野球に限定されたものではありません。サッカーもおもしろいし、テニスもバスケもラグビーも、それぞれおもしろさがあります。



ただ、そういったスポーツ以上に、野球には繊細さが求められると思います。それは、先ほどから言っているルールの複雑さから来る多様な戦略が必要になってくるからです。



ピッチャーなら、どうやってファールを打たせるか、どうやってアウトをとるか、どうやって失点を防ぐか、など。バッターなら、どうやって良い打球を打つか、どうやってランナーを貯めるか、どうやって得点を増やすか、など。

そういったところは、複雑なルールがあるがゆえに、何とかして得点する・失点を防ぐ方法をいろいろ考えることになり、それは非常に試合を楽しく見られる要素にもなります。




ところで、野球の特徴として「アクチュアルタイムが短い」ということが挙げられます。

サッカーと比較してみると、サッカーのアクチュアルタイムは平均すると試合時間の半分程度であるのに対し、野球のそれは試合時間の約3割程度です。
野球は1試合でだいたい3時間かかるので、その3割ということはアクチュアルタイムは1時間もあればいい方でしょう。



このことは一体何を意味するのか。



それは、つまり野球とは他のスポーツ以上に考える力・考えの引き出しが多く求められるということです。
どうすれば勝てるか、それをより長く考えられたほうが試合を有利にすすめることができるでしょう。



野球はたしかに複雑でとっつきづらい部分があるかもしれないけれども、その部分が実は非常に大事だということ、それは間違いなく、野球というスポーツの持つおもしろさの一つに挙げられるでしょう。
少なくとも、僕はそう考えています。



ルールはちょっと難しいかもしれないですが、野球を良く知らないという方はぜひ、これから野球と何らかの関係性を持つ生活をしてみると、また楽しさが一つ増えるかもしれません。

おはこんばんにちは。

なかなか寝れないということで記事でもアップしてみましょう。
ムリヤリ感は否めないので、まあ今まで以上に中身のない記事になることと思います。


よく「早く大人になりたい」とか「まだまだ子どもでいたい」とか、そういう言葉を聞くことがあります。


まあ、両者ともそれなりの思いがあってそういう結論に至っていることでしょう。


しかし、僕から言わせてもらえば、正直大人か子どもかなんて、本当にどうでもいいことだと思います。



法律的な面や医学的見地というところがあって、大人と子どもの線引きが人為的にされていますが、精神的なところでは、正直大人と子どものボーダーは必要ないと思います。
そして。実は前者よりも後者のほうがずっと大事なことなのではないかと考えています。



昔、太宰治が「大人とは、裏切られた青年の姿である」という言葉を残したことは有名ですが、これには僕は比較的共感できる部分があって、
先ほどボーダーは必要ないと書きましたが、あえてボーダーを作るとすれば、それは「童心を忘れたか否か」というところだと思います。


童心…辞書には「子供の心。純真でけがれのない心。」とあります(出典…大辞林)。
それを僕なりに解釈すれば、それは「純粋な好奇心のかたまり」となります。


考えてみれば、子どもは落ち着きのないことがすごく多いです。
彼らは、何も発見のない、いわば無味乾燥な日々をとても退屈に感じます。
何らかの発見をしたくて、じっとしていなくてはならないときでも他人とおしゃべりをしたり、「悪さ」をしたりします。


僕は、人間である以上、この好奇心を忘れてはならないと思っています。生きている限り、人間は何か発見を求めて動き回っていることが大事なのではないか、と。
それが、生きている中での面白さにつながってくると考えています。



これまでの文を読んでいけばわかるかと思いますが、僕は「大人」というものに対して非常に否定的です。ですから、そういう意味では「いつだって子どもでいたい」と思っています。
もちろん、ある程度TPOをわきまえなければならないとは思いますが。



しかし、日々を生きていれば、何らかの発見は、どんな人にもあふれているはずなのです。
発見をしていないという人は、それはおそらくそのチャンスを知らず知らずのうちに逸しているのでしょう。



ですから、僕から言わせれば、人間は常に「子ども」です。
望んでいなくても、人間はいつだって子どもになれる瞬間を持っている、あるいは四六時中子どものままで日々を過ごしている、そう思います。




だからこそ、「大人になりたい」「子どものままでいたい」という言葉は、どうでもいいことだと言っているのです。



皆さんも、一度は考えたことがあるかもしれません。大人になりたいか、子どものままでいたいか。
ただ、これからはそういうことはあまり考えなくてもいいのではないでしょうか。



人間はいつだって、いい意味で「子ども」なのですからね。