残せるのは、生きざまだけ -21ページ目

富士吉田は寒い。

富士登山競走 の受け付けを済ませました。
例年に無い寒さ。
大会本部に確認したところ、明日の開催は問題無さそうだ。
さっきから、スーパーを探して、車を転がしているが、ドコにも無い。
今日は車中泊。

一度、軌道を外れると…

戻ってくるのに、時間がかかる。

新たに、自分のリズムを作り出すことは、

今を継続することよりも、危険を伴う。

戻ってくることは、無いのだ。


新たな軌道を見つけて、行こう。

熱帯夜

今夜はまだ6月でも、8月波の熱帯夜だ。

うだる。

100km完走できた勝因を考えてみた。

完走できた勝因を考えてみた。

インソール…直前にフルカスタムのインソールを作った。身体のゆがみやクセから来るアンバランスを補正するためだ。これは、前半は走でもなかったが、後半に身体がよれるのを足下でしっかりと支えてくれた。

パワーベルト…と、勝手に呼んでいるが、幅3cmのナイロンテープに、ウエストバッグの留め金を付け、ウエストをしめるベルト。後半、姿勢が悪くならず、また、腹筋背筋の弱っている体を支えてくれた。これは優れものだ。

芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)…「足のつり、こむら返りに効く」という漢方だ。レース前に1つ、レース中に3つ飲んだ。あれだけの距離を走れば、必ずつる、もしくはつりそうになることはある。が、今回は一度もその心配がなかった。漢方、恐るべし!

アミノバイタル2200 …レース後半で合計7袋飲んだ。飲んだ後力が出たような気がする。

shotzとパワーバージェル…全部で6包用意して、全部飲んだ。特にshotzは効いた様に思う。

かぶり水…でかいバケツに冷たい水と柄杓が設置してあり、自由にかぶっていい。
バケツを見つけるたびに、頭、両腕、両太股にかけて走った。おかげで、暑くてたまらん!ッてことにはならなかった。

アームウォーマー…日焼け対策のつもりだったが、結局、暑さ対策にもなった。かぶり水を頭に1杯、両腕に半分づつ、両足太股に1杯づつかけて、走ることにより、常にクールダウンができた。その際に、アームウォーマーは、保水効果があり、腕も冷やすことができた。また、長いトンネルの中は、気温が低く寒いくらいだったが、この時は保温に役立った。

5km毎のエイドステーション…これは間違いなく、勝因だ。水、スポーツドリンク、おにぎり、梅干し、塩、リンゴ、バナナ、オレンジ、レモン、パン、おしるこ、豚汁などなど、様々な食品を提供してくれた。同時にボランティアのお母様たちの声援と笑顔が元気をくれる。最後、98kポイントのエイドを除き、全てのエイドでおにぎり、梅干し、水、バナナ、塩、りんごを食した。胃薬を用意したが、お世話にならずに最後まで食べ続けられた。

新幹線とホテル泊…当初、夜行バスとビバークで行こう。と考えていたが、新幹線とホテルに切り替えた。これにより、体力的、精神的にゆとりが持てた。コスト的にも新幹線行き1万円、帰り6500円、ホテル5565円と、お得感があった。

「歩かない」と言う氣持ち…レース中4回ほど”限界”を感じる事があった。しかし、エイド以外では休まない。絶対に歩かない。と決めているので、乗り切ることができた。このことは、自分に感謝だとおもう。

80km地点での奇蹟…あるランナーにきっかけをもらって、80km地点から、爆走(おおげさ)できたこと。まさに奇蹟のような走りだった。走りながら、「こんなに疲れていては足は動かない。」と言うのは思いこみで、実はまだまだ力が残されているんだ。と知った。この気づきは、今後のレースに生かされると思う。

いま、思い浮かぶことは以上です。長文、最後までお読み頂き、ありがとうございます。

いわて銀河チャレンジウルトラ100kマラソン完走 殴り書き


あさ、4時にスタート。

前半はキロ6分30秒の予定が6分ペースで落ちない。
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ペースダウンを試みるが、後ろからバルタン星人が、ウルトラマンの音楽をリフレインで流しながら追いかけてくるので、落とすに落とせない。

徐々に、前へ前へ。

AUのGPSナビゲーションがたよりない。1キロごとのラップを音声で案内してくれるのだが、同じペースで走っているのに、ある時は4分台、ある時は8分台でアナウンスする。岩手で使う様にプログラムされていない様だ。

てなわけで、そのまま50キロに突入!

そこからは未体験ゾーン。
続く上り坂に徐々にペースダウンタウン。しかし、そこら辺りからAU電波がはいらなくなり、計測不能に。
時計と5キロごとのキロポストで計算となるが、頭が働かず。
60kポストでは、10時27分

この時点で、平均6分30秒となっている。残せるのは、生きざまだけ-rw_110612_102714.jpg

50kすぎて、一気にスピードダウンした。

キロ7分になり、65キロを過ぎて下りに入ると、あまりに急なのと、足がダメージ受けている事で、膝に来て一気にスピードダウン。
あるく輩も、徐々に出てくる始末。
何があっても歩かないのが信条な私は、カメの様に走った。
でも70キロを過ぎると、足裏が痛くて、歩きたい衝動にかられる。何とか77キロのエイドステーションにたどり着き、ベンチを借りて座り込む。

隣に座ったご同輩も「あと10キロだったら…」と弱気。

休むこと20分、ようやく立ち上がりコースへ戻る。
走り始めるもペースは上がらす8分台。
このままでは3時間かかってしまう…
そ、そんなに、走ってられるだろうか?
弱気の虫が動き出す。
足は痛いしリタイアしたい気分…。

そんな気分で走っている所に一人の青年が、ひたひたと私を抜き去った。
何の気なしに反応し、彼に付いて行った。
そのリズムが気に入った。すごくいい。
5分も走ると、彼を抜いて走り出していた。
いいペースだ。林の中の緩い下り坂。
どんどん抜いて行く。そのまま90キロポイントまで。
85.8kのエイドでは14時4分

60kポストからの25.8㎞を3時間37分。

そのうち、休憩タイムが30分近くあった事を考えると、キロ7分半平均で走れている。残せるのは、生きざまだけ-rw_110612_1403560001.jpg
77kまでのよれよれからは考えられないことだ。


”蘇ったのだ。”


残りもそのまま走り抜こうと思うが、今度は、身体が言うことをきかない。
が!自分に言い聞かせた。


「このレースが終わったら、今日は何もする事は無い。もう、走る用事も無い。目一杯走れ。」

両脚はカチンカチンのハガネの様に固く、足も動かない。無理やり前傾して、無理やり足を出させる。そうやって、残り1キロまでたどり着いた。
「ああ、マルエツから家までの距離だ!」
ところが、遠い遠い。
ゴール前では、アナウンスに多くの方の声援。
両手を上げてゴールテープを切る。カメラの放列(大げさ?)、メダルを首にかけてもらう。
その辺にいる人に握手、握手。
自然とこみ上げてくる物があり、汗と一緒にタオルでぬぐった。

さいごの15kmは、キロ7分を切っている。

お見事!よくぞ走った!自分を褒めたい気分であった。


座り込んだ階段でしばらく動けず、まずいビール(後で、ノンアルコールだと知り納得)を半分口にするが、残りを捨てて、完走証を受け取りに行く。

100㎞の部 男子 第173位 11時間37分33秒

改めて、喜びがこみ上げてきた。


よれよれの身体で歩き、体育館で荷物を受け取る。

着替えするにも足裏から身体全体が痛く、しばらく体育館の床でダウン。

やっとの事で、両小指のマメの処理をして、着換えをすませ、食券を持って食事にありついた。じゃーじゃー麺、生発泡酒(うまかった!)

オムレツ、シューマイ、おでん。盛りだくさんを胃袋にかっ込んで、

盛岡行きのバスに乗り込んだ。


この時ほど、お年寄りの気持ちの分かったことはない。

手すりにつかまりながら、ああ、良くできてるなあ~と、感心。

そして、車中の人となった…完。