HAPPYちゃんのQ&Aで思ったんですが、「やりたいことが分からない」っていう人、けっこう多いですよね

 

 

 

わたしもそうなんです。できることは実践してきたつもりだけど、しばらくすると最初に立ち返ってしまう

 

 

 

これ、以前は自分の努力が足りないのかな…って思ってたけど、「そうじゃなくて、もう社会現象だから仕方ないキラキラって最近思ってます てへぺろ

 

 

 

いまの状況は、わたしみたいなタイプにとってはしんどいけど、社会現象だとしたらそのうち終わるだろう、という希望も出てきたので、そのことについて書きます

 

 

 

 

 

 

まず、やりたいことを見つけるために、とりあえず一通りの努力はしてきました。HAPPYちゃんの提言ももちろん、ほかの色んな人のも見ました。でも結局、わたしにとって一番納得感があるのはHAPPYちゃんでした

 

 

 

HAPPYちゃん的にいうと

 

 

「やりたいこと=お金を稼ぐこと」だと思ってるからでしょ?


そうじゃなくて「お腹空いたから何か食べたい」もやりたいこと。そういうことの積み重ねだよ

 

 

 

というような話。

(詳細はここでは省略します

 

 

過去記事:「退屈」「やりたいことがない」と思ってしまう理由

 

 


「確かにそうだよね」と思ったので、実践してきました。でも、しばらくすると戻ってしまう…


これが何なのか、考えてみたところ「やりたいことは、自分一人で完結してしまうから」でした

 

 

 

「食べたい」「行きたい」「会いたい」って全部自分のためなんですよね。これが満たされたら、次は「人の役に立ちたい」とか「分かち合いたい」とか、第3者が関わる望みが出てきます

 

 

 

 

でも、今は「人の役に立つ=ビジネス」というのが一般的じゃないですか?

 

 

 

もちろん、お金を介さずに知り合い関係でもそれはできるし、ボランティアという形でもできます。でも、わたしにとってはけっこう難しい

 

 

 

まずボランティアはいくつか経験してますが、ほぼ搾取なんですよね。本気でやりたいことじゃない限り、疲弊しちゃう。だからわたしはボランティアは基本しません

 

 

 

知り合いとかでお金を介さずに人の役に立つことも考えましたが、人間関係が希薄になって、たとえば昔は「ご近所のよしみ」で助け合っていたことが、やりづらくなりました

 

 

こっちが無料でやってあげたいなって思ったことも、気を遣わせるだけだったりするんですよね

 

 

 

だからって商売にしてプロとしてやるほどの情熱もない

 

 

 

そんなわけで、わたしの思考のサイクルってこんな感じです

 



やりたいことを探そう

 

 

毎日こつこつ、思いついたことを行動に移す

なんかたのしい

 

 

人の役に立ちたい

自分の得意なことで人と関わりたい

 

 

だったらビジネスなのかなあ

でもやる気出ないな

 

 

やりたいことが分からない…

 

 

色んな人の動画を見たりして刺激をもらう

 

 

最初に戻る

 

 

 

 

 

ここで、HAPPYちゃんなら、


すぐ「ビジネス!」っていうんじゃなくて、「どういう人と、どういうシチュエーションを体験したいか?」、どんな体感を味わいたいか、を考えなきゃ


っていうと思うんです



すべては体感だもんね

 

 

過去記事:最新の現実創造は「軽い感覚を望む」

 

 

 

それもやってきたんですよ。でも、変わりません。「変わらない」って言っちゃダメですよね、でも変わりません(笑)

 

 

 

たぶん、わたしがわたし自身のことをわかってないからだと思います。そこは努力しなきゃいけないのは分かります

 

 

 

HAPPY理論で言われているのは、「すべては意図すること」。なんとなく生きてたらなんとなくの人生になるのは当たり前

 

 

 

それも分かってるんですけど

 

 

 

なんか頑張るのしんどいな、って最近疲れてきて…

 

 

 

昔はやりたいことなんてすぐ思いついたのに、なぜ今は頑張っても出てこないのか?


というと、わたしの場合は承認欲求がなくなったからなんですね

 

 

 

呪縛から解放されたらされたで、強い望みなんてそうないんですよ 真顔

 

 

 

で、思ったんです

 

 

 

いまの日本で、わたしみたいな思考になってしまうの、仕方ないんじゃない? って

 

 

 

だって、いつかの時代に比べたら理想に近いくらい豊かになって、モノもお金も昔よりずっと手に入れやすくて、1人でも生きやすくなったじゃないですか

 

 

 

(もちろん、見えない部分で多くの人に助けられるのは分かってます。ここでは”人 対 人”の関わりがなくても、生きていけると言う意味)

 

 

 

そこで、「わたしのやってること、すごいから! みんな一緒にやろうよ!」って自ら行動して自ら需要を生み出そう、っていう人の方が少ないんじゃないでしょうか。特に日本人は

 

 

 

やりたいことはある

それなりにやってる

それなりに幸せ

 

 

 

とはいえ、自分がやってることはほとんど先人がやってるし、「絶対に世の中に知られるべき!」とまでは思わない

 

 

 

そりゃ望みも出にくくなるよ、って。

 

 

 

 

 

 

ただ、この今の環境って先人たちが望んだことなんですよね

 

 

 

もっと生活が楽になればいいのに

 

豊かになればいいのに

 

煩わしい人間関係から解放されたい

 

 

 

そんな集合意識が作り上げたのが今。夢が叶ってめでたいはず

 

 

 

でも、これが必ずしも幸せじゃないことがわかっちゃった

 

 

 

令和になって辺りを見渡すと、アナログが見直されたり、泥臭い人間関係を愛でたり

 

 

 

失ったものは、意外と尊かったのかも

 

 

 

そう思ってる人が増えてませんか

 

 

 

ってことは、いずれまた変わるはず

 

 

 

どれだけ時間がかかるかはわからないけど、いまはスピードが速いっていうから、そんな先じゃない気がします

 

 


こうやって考えたら、ちょっと自分が救われました

 

 

 

他力本願だし自分にアマアマな考え方(笑)


でも、これから先も変わらないんじゃないか、って絶望するよりはマシ

 

 

 

自分を模索する旅は続けながら、多少は楽観的に、他力も信じていこうと思ったのでした