Sun 230219 予知能力?/内視鏡とLaunchと広島G7/豪風/一人称単数 4324回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 230219 予知能力?/内視鏡とLaunchと広島G7/豪風/一人称単数 4324回

 ワタクシは時々、自らの予知能力というか超能力というか、ふとそんなものの存在を感じて、慄然とすることがある。

 

 例えば、「岸田首相が副鼻腔炎の内視鏡手術を受けました」というニュースがそうだ。その手術の前々日だったか3日前だったか、ワタクシはこのブログで、自らの鼻腔の内視鏡手術の思ひ出について書いた。もう25年も前の古い古い記憶を、何故あの日に限ってここに書きたくなったのか、フシギでならない。

 

「Launch!!」についても、同じことである。10日ほど前の2月11日、このブログのタイトルは「秒読み4, 3, 2, 1」「Launch!!」だった。

 

 まさかそこからたった10日のうちに、その「Launch!!」を無念にも途中で中止せざるを得なくなった国や、同列に論じたくないが、どんなに国際社会の非難を浴びても暴挙を強行する許しがたい国があろうとは、意識下では想像もしなかった。

(2022年12月8日、広島県福山で公開授業。翌9日は名店「かなわ」の駅ビル店を訪ねた 1)

 

 岸田首相関連でいえば、「広島G7サミット」の会場についても、やっぱりちょっとした戦慄に襲われたのである。昨年11月、今井君が広島での公開授業に際して選択した宿泊先が、まさにその「グランドプリンスホテル広島」だった。

 

 広島への出張が多くなったのは、2002年ごろ。まだ代ゼミ四天王をやっていた頃であるが、夏期講習やら冬期講習やら直前講習やら、「1日で一気に5コマ」の強行スケジュールで広島校に招かれた。

 

 そういう代ゼミ時代、広島でのお気に入りは、広島駅至近のホテルグランヴィア。今思えばマコトに狭い地味なお部屋で、翌日の授業に万全の準備をした。

 

 その「万全の準備」というのが、まさかコイワシの刺身に生牡蠣に穴子飯、大盃の生ビールに広島の酒「雨後の月」だとは誰も想像しないだろうと徹底的に油断しつつ、ホテルグランヴィアの夜は静かに更けていったものだった。

(2022年12月8日、広島県福山で公開授業。翌9日は名店「かなわ」の駅ビル店を訪ねた 2)

 

 なお「グランヴィア」というのは、スペイン・マドリードで一番の繁華街というか大通りというか、ちょっと観光名所すぎて、いろいろヤバイ男子やヤバイ女子も薄闇の中を闊歩する、それなりにヤバイ雰囲気でもある。

 

 どうしてJR西日本系列のホテルが、広島でも大阪梅田でも京都でも、岡山でも和歌山でも「グランヴィア」を名乗っているか、諸君は想像がつくだろうか。

 

 アメリカは「米」、フランスは「仏」、ドイツは「独」、ロシアは「露」、オーストラリアが「豪」、メキシコが「墨」、ポルトガルは「葡」。その流儀でスペインは「西班牙」だから略称「西」なのであるが、そのあたりを西日本の「西」と引っ掛けて、マドリード一番の繁華街「グランヴィア」を持ってきたんだと、ワタクシは愚考する。

 

 そこでさらに、JR西日本系列のビジネスホテルは「ヴィアイン」を名乗る。グランヴィアのヴィアと、ビジネス向けの安価なホテルなら「東横イン」に「ルートイン」、要するに英語のINNをくっつけて、ヴィアインということになったに違いない。

(2022年12月8日、広島県福山で公開授業。翌9日は名店「かなわ」の駅ビル店を訪ねた 3)

 

 さて広島であるが、その後のワタクシは駅前のグランヴィアをヤメにして、広島中心街のANAクラウンプラザホテルに移動。さらにリーガロイヤルホテルを何度か試した後、この10年はまた駅前に舞い戻り、今の定宿は「グランドシェラトン」、1年に平均10泊もするようになった。

 

 こういうふうで、「広島グランドプリンスホテル」を選択したのは、2022年11月の広島滞在が初めてであった。何しろ広島駅からクルマで20分もかかるから、市内でのお仕事にはどうしても不便。風光明媚な宇品島のプリンスホテルは、完全に選択肢の外にあった。

 

 ところが諸君、思わぬ強烈な予知能力が作動したのか、「どうしても」「意地でも」「何が何でも」というぐらいの気持ちで、昨年11月はプリンスホテルを選択した。

(広島サミット会場となる宇品島・グランドプリンスホテル。11月中旬に5日間ほど滞在した)

 

 広島のスタッフは「どうしてそんな不便なホテルに?」「なぜ今回だけ宇品島?」とフシギそうな顔をしたが、今井自身はあのプリンスホテルの滞在を、朝も夕暮れも美しい瀬戸内海を眺めながら満喫したのである。

 

 もちろんあの頃は、左目の網膜剥離の症状がぐんぐん進行しつつあった頃で、早朝の瀬戸内海の風景にも、船の行き交う夕暮れの凪の海にも、黒々とした不気味な飛蚊がウジャウジャ泳ぎ回っていたが、今となってはそれはそれで楽しい思い出なのである。

 

 2023年のG7サミット会場としてこのホテルが選ばれたのは、それからわずか1ヶ月後のこと。いやはや&いやはや、内視鏡手術のことにしても、「Launch!!」にしても、プリンスホテルにしても、ちょいと偶然とは言いにくいような符合が相次ぐのである。

(広島グランドプリンスホテルからの瀬戸内海の絶景。網膜剥離さえなければ、こんな素晴らしい絶景を堪能できたはずだった)

 

 ついさっきも、NHKのEテレを何気なくつけてみたら、「日本の話芸」という落語の番組で、関西のホープ・桂塩鯛(かつら・しおだい)というオカタが古典落語「二番煎じ」を演じていた。何を隠そう今井君、まさにその直前に「大阪 京都 塩鯛」をググっていたのだ。

 

 実はまもなくこのブログに、大阪の「塩鯛」「にらみ鯛」「掛け鯛」について詳しく書かなきゃいけない。1月23日の大阪・国立文楽劇場で浄瑠璃「壇浦兜軍記 阿古屋の段」に感激し、その時に舞台を飾っていたのが「にらみ鯛」という伝統の塩鯛なのであるが、その説明をするには、関西の塩鯛の歴史を確認しておかなきゃいけなかったのだ。

 

 そうやって塩鯛をググった十数分後に、テレビをつけたら桂塩鯛を名乗る落語家が登場する。この状況で自らの超能力♡なり予知能力♡に思いを致さなかったら、そりゃいくら何でも謙遜がすぎるというもんじゃあるまいか♡

(2022年12月8日、広島県福山で公開授業。翌9日は名店「かなわ」の駅ビル店を訪ねた 4)

 

 他にもいろいろ、このチャンスに話したいことがあるのだ。ただしあんまり僭越すぎて、さすがのサトイモ小僧もモジモジ、話していいものかどうかビクビク躊躇していることだけは、いちおう告白しておく。

 

 まずは、お相撲の元関脇・豪風(たけかぜ)について。引退して押尾川親方となり、NHKテレビ中継の解説者としても大活躍中だ。彼の弟子たちも、ジワジワ活躍を始めている。

 

 弟子たちのシコ名には、「風」の文字がついている。佐渡ヶ嶽部屋なら必ず「琴」の字がつくが、押尾川部屋の弟子は、親方現役時代の「豪風」から「風」の1文字をとって「天風」「風賢央」「風の湖」「風栄大」など。おお、素晴らしいじゃないか。

(12月8日、広島県福山での公開授業。出席者、約200名。相変わらずキャパ1/2ルールは厳守している)

 

 その元関脇・豪風について、ワタクシは遥かなむかし、この場で紹介したことがある。

 

 あの時は、失礼を顧みずに、名付けて「わちゃわちゃ相撲」。立ち合い激しくぶつかった後は、小柄な体躯に合わせて全力わちゃわちゃ、押したり・引いたり・いなしたり、驚くべき見事な「一本背負い」を決めたりもした。

 

 あんな小柄な身体で懸命に努力するうちに、何とか8勝7敗で勝ち越し、力及ばず7勝8敗で負け越し、そういう健気な努力の幕内力士生活を約15年、40歳近くまで継続。マコトに尊敬すべき力士だった。

(12月13日、沖縄・那覇に到着。吉野家のシーサーは、牛丼を旨そうに召し上がっていらっしゃった)

 

 その元・豪風、現在の押尾川親方が、大相撲1月場所の何日目だったか、NHKの解説者席で「ワタシの相撲はわちゃわちゃ相撲と言われておりまして … 」と謙遜してみせたのである。「もちゃもちゃ相撲」とも聞こえたが、いやいやワタクシの耳が確かならば、どうしても「わちゃわちゃ相撲」とおっしゃった。

 

 こりゃ嬉しいや、どこかで我がブログが目に入ったのかもしれない。ワタクシはもう嬉しくてたまらない。ふと自分のブログを検索してみると、最初の言及が2014年(Sat 140628 豪風が大活躍 ワチャワチャでもいい、優勝を夢見る 河口湖の日々が始まった)、それから7回も8回も9回も、大ファンになってしまった豪風どんに言及を続けてきた。

(那覇「栄町市場」。那覇市内の他の市場より、また一段とワイルドだった)

 

 こんなことを言い出せば、余りに「噴飯もの」であって、きっと全国の読者諸君が思い切りコメ粒をテーブルに噴き出しちゃうに違いないが、さすがにこのボリュームとクオリティで4300回以上も描き続ければ、思わぬところで思わぬ人の目に触れているかもしれないのである。

 

 ホントに&ホントに、全国どころか世界中の激しい噴飯を覚悟で言うが、スーパー有名作家・スプリングツリー村上(仮名)氏の名作に、「一人称単数」というタイトルの短編がある。

 

 マコトに愚かなことを持ち出して申し訳ないが、一人称単数へのコダワリについてだけは、かく言う今井君も人後に落ちないので、このブログ内での言及は2012年からこのかた、すでに数度に及ぶ(Tue 120130 私のカンタベリー物語 それを書こうと思ったが♨(ロンドン滞在記7))。

(那覇、ハイアットリージェンシー ホテルのクリスマスツリー。網膜剥離の症状は、すでに瀬戸際まで進行していた)

 

 ハルキさまが「一人称単数」を書き下ろしたのが、2020年ごろ。それより90年近く前、サマセット・モームにも「一人称単数」と訳された短編集があって、原題は「Six Stories written in the First Person Singular」である。

 

 まあ諸君、ワタクシなんか「足元にも及ばない」どころか、ここで言及することさえおこがましい世界であるが、このわちゃわちゃブログにおける一人称単数への強烈なこだわりだけは、読者諸君にもどうしても分かっていただきたいのである。

 

1E(Cd) Solti & Chicago:MAHLER/SYMPHONY No.8 2/2

2E(Cd) Barbirolli & Berliner:MAHLER/SYMPHONY No.9

3E(Cd) Rattle & Bournmouth:MAHLER/SYMPHONY No.10

6D(DMv) 初春文楽公演:傾城恋飛脚(新口村の段)竹本錣太夫/壇浦兜軍記(阿古屋琴責の段)豊竹呂勢太夫・竹本織太夫:大阪 国立文楽劇場

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