Sun 190303 応用をやるには、基礎をやれ/ANAが心配だ(京都すみずみ29)3808回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 190303 応用をやるには、基礎をやれ/ANAが心配だ(京都すみずみ29)3808回

 昨日3月2日はスメタナの誕生日だった。正式にはベドルジハ・スメタナ、ないしベドルジフ・スメタナ。チェコの国民的作曲家であって、交響詩「わが祖国」、特に第2曲「モルダウ」は日本人でもほとんどの人が口ずさめるほど有名である。

 

 しかし諸君、それほど有名な作曲家であっても、その現実の姿まで熟知しているヒトはなかなか存在しない。3月2日、何か検索したい事柄があってGoogle先生に質問しようとした人は、「あれれ、これって今井なんじゃね?」と、ひっくり返る思いをしたに違いない。

 

 今井君は、どうもいろんなスーパー有名文化人にそっくりの風態をしているらしい。「どうすんだい?」で超人気講師をやっていた1990年代には、講師の先輩諸兄に「今井さんはシノーポリにそっくりですね」とおだてられてホクホクしていた。

 

 1990年代の「どうすんだい?」講師陣は、まだ有名人だらけの頃。数学は秋山仁に長岡亮介、物理には山本義隆がいたし、古文の「初代マドンナ」だって、実はどうすんだい?の高橋いづみセンセだった。そういう有名人の皆様が、こぞって「今井さんはシノーポリに似ている」と言ってくれた。

(シノーポリに似ていると言われていた頃の今井君。1997年代々木ゼミナールのパンフレットより)

 

 ホクホクしながら、シノーポリのCD をたくさん買い漁った。中でも気に入っていたのがレスピーギのローマ3部作。ローマの祭・ローマの泉・ローマの松。大音量で聞きながらお部屋で一人、シノーポリのつもりで指揮の真似事をしたものだった。

 

 1999年だったか2000年だったか、シノーポリが来日してNHKホールで指揮棒を振った。もちろんワタクシも出かけていって、前から5番目の席でシノーポリの後ろ姿を見守った。彼が亡くなったのはそれから2年も経過しない頃。マコトに寂しい気持ちに浸ったものだった。

 

 2005年に東進に移ってからは、「今井センセって、画家のアルフレッド・シスレーに似てないかい?」という評判になった。詳細はThu 180426  不遇なシスレー/サン・マロの不遇/何とか到着(フランスすみずみ34)を参照してくんなまし。

 

 もちろん諸君、シスレーについては「相当の年齢を重ねてからのシスレー」である。グーグル先生の指し示す若い盛りのシスレーはあまりにカッコよくて、残念ながら今井君としても「似ている」と言われるのは恥ずかしい限りである。

(シノーポリに似ていると言われていた頃の今井君。1996年駿台予備学校のパンフレットより)

 

 しかし昨日のグーグル先生が表紙に描き出してくれたスメタナは、あれはどう見ても今井君だ。まだ太っていなかった頃の精悍な今井君というか、もしかしたら今後グイッと肉体を絞り込んで精悍な若い姿に戻る今井君というか、「いやはや、ワタクシもまだまだ捨てたもんじゃありませんな」と、思わず1日中ワクワクして過ごした。

 

 現在の今井君は、ダイエットに夢中なのである。南フランスに滞在した10日間は、ずっとセロリとラディッシュばかりかじって過ごしていた。ランチに豚や牛や鴨のお肉を300グラムほど貪って、ディナーはセロリとラディッシュを他人が腰を抜かすほど噛み砕くのである。

 

 ニースやモナコには「Marche U」という大手スーパーが随所にあり、よほど給料がいいのか、従業員の皆様の接客の良質さに「こりゃ日本以上のガラパゴス」と驚嘆の日々を送った。

 

 そのMarche Uを連日のごとく訪れ、セロリにラディッシュにオレンジ、こっそり「○○のモト」と呼んだ植物を買い込んで、ディナーと朝食のメインとして楽しんだ。

(2019年3月2日、Google画面を飾ったスメタナどん。いやはや、ワタクシもダイエットの必要性を痛感した)

 

 その結果がモロに出て、10日間あんなに連日の満腹状態だったのに、体重はちゃんと78kg台をキープし始めた。長らく80kgを超えたまま、スーツにもズンボにもうまく肉体が収納できない喜劇が続いていたが、セロリとラディッシュのおかげで、どうやらこの悲しい喜劇は終わりに近づいた。

 

 というのも諸君、そろそろ今井君はビシッと精悍にならなきゃいけないのである。3月25日、つまり今から約20日後に、ワタクシは全講座のリニューアルを開始する。

 

 A組・B組・C組・D組、すっかり伝説の講座に進化した4講座はもちろん、昨年収録したばかりの「E組」まで含めて、合計110レッスンを、2020年の入試改革に合わせてリニューアルする。リスニング・ライティングにスピーキングまで充実、全テキストまさに4技能が満載だ。

 

 少なくとも「センター試験でよく出ます」というセリフは、来年以降すべて時代遅れになってしまう。かつての講座の定番だった「DVDやVODで繰り返し見て」みたいな言葉も排除しなきゃいけない。「C組」の中には、昨年夏の甲子園での金足農の活躍を見事に予言&的中させたレッスンもある。

 

 ま、言わば今井君過去30年の予備校生活の集大成を収録するのである。もっと言えば、予備校という世界にワタクシのアシアトをしっかり残す締めくくりの仕事になるかもしれない。そんな大事な仕事を前に、ぶくぶく肥満した今井のままでいるわけにはいかないじゃないか。

(京都大学「ノーベル化学者を育んだ教室」。福井謙一教授「応用をやるには、基礎をやれ」の名言が飾られている)

 

 昨年10月、わざわざ京都大学を訪問して、ノーベル化学賞受賞者・福井謙一教授の言葉を写真に収めてきた。「応用をやるには、基礎をやれ」という教授の名言が、京大構内にデカデカと掲示されていた。

 

 もちろん、学者の世界と受験生の世界では「基礎」「応用」の意味は大きく異なる。基礎工学と応用工学、基礎医学と応用医学、基礎経済学と応用経済学、オツムが優れていれば優れているほど、もともと基礎を優先するのが当然なのである。

 

 受験生のレベルでは、基礎とは「カンタンなこと」「易しい問題」と考えることになっていて、「基礎をやれ」「基礎基本徹底」と連呼すると、中途半端に優秀な受験生はみんな表情を歪める。

 

「基礎基本ですか?」と不平不満にムカついた顔で、「難問の傾向と解き方」だの「乙会」だの(仮名)、「とにかく難しそうな問題に取り組むことこそ勉強だ」と勘違いする受験生が圧倒的に多い。

(応用をやるには、基礎をやれ。この言葉1つで、京都大学がますます好きになった)

 

 しかし諸君、今井君はさすがに超ベテランであるから、どんな段階のどんなレベルの学生にとっても、「結局すべては基礎基本」、その辺の事情はカンペキに心得ている。スタートダッシュのE組から始まって「上級者養成」と名付けたA組に至るまで、基礎徹底の姿勢は変わらない。

 

 受験の段階での難問なんてのは、要するに問題のクオリティが低いのである。現代文の難問を考えてみたまえ。誰が読んでもサッパリわからない拙劣な文章を素材に選択し、誰が考えても何を書けばいいのかよく分からない設問を設定するのは、著者と出題者がどっちもちっとも賢くない証拠なのだ。

 

 優れた文章とは、誰が読んでも一度で論旨の読み取れる文章のこと。素材としてそういう文章を選択し、誰が取り組んでも直ちに何を書いたらいいのか理解できる設問こそ、優れた出題の条件じゃないか。同じことは、外国語でも数学でも理社科でも言えるはずだ。

   (京都東山、狸谷不動尊から京都市街を望む)

 

 以上のようなことを考えながら、南フランスからパリ経由で東京への18時間を過ごした。同時に、ANA機内サービスの変遷について、ずいぶんいろいろと考えることがあった。少なくともエコノミー席での食事サービスのクオリティについて、「おや、ANAは大丈夫かな?」と首をひねる部分が増えた。

 

 すでに昨年末、今井君はビジネスクラスでの食事について、CAの方に正直に申し上げたのである。エコノミーで予約し、無料でビジネスにアップグレードしてもらって、それでも「この食事で大丈夫なんですか?」と質問する勇気は、今井君ぐらいのベテランでないと出ないかもしれない。

 

 しかし諸君、エコノミーの食事は、すでに「いくらなんでも」と絶句してもおかしくないほどのレベルに達している。ホンの5年前まで、今井君はANAの国際線サービスにはまさに感服していたのだ。その後5年のうちに、「ワザと取り組んでるんじゃ?」と感じるほどの急激な劣化が進んでいる。

      (京都東山、狸谷不動尊の勇姿 1)

 

 5年ほど前まで、エコノミーの食事のトレーは、今の1.5倍の大きさだった。エコノミーのテーブルに収まるギリギリの大きさで、ゴハンもお蕎麦もお魚もみんな丁寧に調理されていた。食後にはアイスクリームやリキュール類が配られ、ハーゲンダッツのアイスにコーヒー・リキュールをかけて食べるのが楽しみだった。

 

 あの頃は、ワインだってボトルで配られた。もちろん、配られるのは1/4ボトルだったが、今みたいにプラスティックのカップに半分足らず、ジャッと注いでニュッと差し出されるのとは大差があった。

 

 食後のお茶やコーヒーも同じであって、5年前までは一応「カップ」と呼べる分厚い容器に旨いお茶を注いでもらえた。それが今や、接着剤くさい紙コップである。アイスやリキュールについては、「いかがですか?」の声さえかけてもらえない。

      (京都東山、狸谷不動尊の勇姿 2)

 

 ダイアモンドメンバーなら無料でアップグレードしてもらえる「プレミアムエコノミー」でも、5年前には「ビジネスクラスでお出している赤ワインやスパークリングワインもご提供できます」「お食事の時間以外でも、お蕎麦やうどんをお召し上がりいただけます」と盛んに言ってもらえたものだった。

 

 それがこの2〜3年、こういう言葉は全て消滅した。トレーは極小。エコノミー席のテーブルにも「もう1つトレーが載っけられます」というところまで小さくなった。ゴハンだけで、お蕎麦はどうやら消えたようである。

 

「西京焼きとハンバーグから選択できます」と言ったって、ハンバーグは要するにツクネであり、ご飯はベトベト、サラダはニンジンばかり、パンに至っては諸君、「この世で最もスカスカのパン」と折り紙をつけてあげられる。

 

 呆れ返ったワタクシはすでに、搭乗の直後に「食事は必要ありません」とお断りするところまで来ている。ハッキリ言えば、「すでにLCCの様相を呈している」という表現さえ大袈裟ではないほどだ。これほどまで経費を切り詰めて、何か他にしたいことでもあるんだろうか。

 

 現在、エコノミー席は1機につき約300席。満席の状況として、1席あたり+300円の食事を準備したとしても、1機で+10万円の経費増にしかならない。10万円を切り詰めて評判を地の底にまで落とすか、10万円で食事の評判をグイッとあげるか、ま、その選択は経営陣の判断だ。

(京都南禅寺前、湯豆腐の名店「順正」。湯豆腐でも何でも、とにかく基礎基本に徹することが決め手になる)

 

 しかし旅の超ベテランであるワタクシは、最前線で働くCAの皆様の表情に注目する。国際線のCAの皆様、何だかみんな悲しそうなのだ。「もっと充実した食事を提供したいのに、経営陣が経費節減ばかり優先しようとするんです」。そういう思いを湛えた悲しそうなお顔が多い。

 

「応用をやるには、基礎をやれ」。それは航空業界でも予備校の世界でも同じこと。何か小難しいコンセプトに踊らされて基礎を忘れ、機内の食事サービスが低下し、授業のクオリティが下落すれば、もう「応用」どころの話ではなくなる。

 

 そういう自戒を込め、ANA国際線の食事サービスが復活することを願い、他者や他社の努力ばかり求めるのでなく、自身の授業のクオリティをさらに向上させいと考えつつ、今日もまたセロリとラディッシュをかじる今井君なのである。

 

1E(Cd) Mascagni & Teatro alla Scala di MilanoMASCAGNICAVALLERIA RUSTICANA

2E(Cd) Molajoli & Teatro alla Scala di MilanoLEONCAVALLOI PAGLIACCI

3E(Cd) Solti & ChicagoHÄNDELMESSIAH 1/2

4E(Cd) Solti & ChicagoHÄNDELMESSIAH 2/2

5E(Cd) Akiko SuwanaiDVOŘÁK, JANÁĈEK, and BRAHMS

total m10 y152  dd24762