Tue 180327  凄惨な100年/「フランス、もっとすみずみ」(フランスすみずみ 5) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 180327  凄惨な100年/「フランス、もっとすみずみ」(フランスすみずみ 5)

「やりたいことが見つからない」という諸君がずいぶん多いんだそうだけれども、「それなら♡」とベテラン講師今井君はスックと立ち上がるのである。「南フランスの中世史を研究してはどうだろう」。うぉ、誰一人マジメに聞いてくれそうにない。

 

 確かに諸君、「意識高い系」の素晴らしい皆様にとってみれば、「そんな役に立たないことに人生をかけてどうするんですか?」であって、いやはや間違いなく「南フランス中世史」、これほど役に立たなそうな分野は、カンタンに我々の頭に浮かびそうにない。

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(アルビ、サントセシル大聖堂、1282年の着工である 1)

 

 しかしまあ諸君、ちょっとだけ耳を貸していただこうじゃないか。昨日も書いた通り(スミマセン、もちろん昨日の続きです)、教会権力と富の蓄積を否定し清純を旨としたキリスト教異端カタリ派が拠点としたのが、この地方である。

 

 一昨年はカルカソンヌ、そして今回は雪解けのアルビを旅して、やっぱりどうしても気づかずにはいられないことがある。アルビ、濁流のタルン川を見下ろす大聖堂は、サントセシル大聖堂。1282年の着工である。

 

 高さ40メートルもの壁、その壁からさらにはるかな上空にまで伸びた塔。この姿は大聖堂というより明らかに「城塞」であって、南フランス一帯にその威容を誇るには、どうしても巨大な城塞を築く以外になかったと思われる。

 

 凄惨な大虐殺の20年を経て、聖王と言われるルイ9世がアルビジョワ十字軍を終結させたのが1229年。その大虐殺の凄惨さについては、「犠牲者100万人」という数字を見ても明らかだ。こんな山の中の村で100万人、つまりほぼ全ての村人が虐殺されたのだ。その惨殺の方法は想像を絶するものだったという。

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(アルビ、サントセシル大聖堂、1282年の着工である 2)

 

 追い詰められたカタリ派は、さらに深い山中に撤退。1255年に十字軍側に降伏するけれども、山狩りと虐殺はさらに続いて、最後の信者が火あぶりになったのは、1321年。100年の時を経て、全滅に追い込まれた。

 

 その凄惨な大虐殺の様子を物語る史料はそんなに多くないにしても、いま目の前のサントセシル大聖堂のフレスコ画「最後の審判」を目を向けると、人々の脳裏に残った虐殺のシーンが蘇らないこともない。

 

 フレスコ画は、1400年代のもの。大虐殺の時代から200年が経過しているが、酸鼻をきわめる凄惨な記憶は語り継がれて、身の毛もよだつ地獄の責め苦のシーンに結晶したんじゃあるまいか。

 

 地獄の火に焼かれる裸の人々の生々しい恐怖の表情は、ぜひ諸君、若いうちに一度はアルビの町を尋ねて、直接この絵を見たほうがいい。アルビは確かに遠い。しかしトゥールーズから電車に乗って1時間、桜の花が満開ののどかな山道を登っていけば、誰でも必ず行き着ける。

 

 地獄の責め苦は、未来永劫たえることなく続くのである。同様にアルビやカルカソンヌの責め苦も、100年たえることなく続いた。これほどのどかな山の町で100年、曽祖父の時代からの3代にも4代にもわたって、虐殺は一方的に続いた。

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(サントセシル大聖堂、地獄の凄惨な責め苦を描いた宗教画 1)

 

 1282年、まさにその真っ最中に、要塞のような威容を誇る大聖堂の建築が始まった。農村や山村の人々が手出しすることは明らかに不可能な大城塞である。

 

 大国の正規軍が同盟して襲いかかったとしても、一撃で払いのけられそうな強固な城壁。こんなものが中世の山村の上にのしかかれば、もう地方として中央権力に立ち向かうことは完全に不可能である。

 

 アルビジョワ十字軍の戦いは、1229年に終結している。それから50年が経過して、南フランスの抵抗勢力がほぼ完全に一掃された段階で開始された大聖堂の建築。この大聖堂は、中央によって地方が決定的に弾圧される時代の象徴だったのかもしれない。

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(サントセシル大聖堂、地獄の凄惨な責め苦を描いた宗教画 2)

 

 1990年代から2000年代の初頭にかけて、日本の大学入試でもこのテーマが英語長文読解の中で繰り返し&繰り返し出題された。1980年代の流行は「南北問題」だったが、90年代になって「地球環境問題」とともに流行したのが「中央 vs 地方」の対立の構図である。

 

 難関国公立大でも、早稲田や慶応や関関同立でも、ずいぶん「中央 vs 地方」の問題が扱われた。今井君もずいぶん熱くなって、駿台やら代々木ゼミナールなりの単科講座で、南北問題・環境問題・中央地方の対立問題を論じたものである。

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(中世の街に、サントセシル大聖堂の威容がのしかかる)

 

 ただし、いくら熱くなって論じても、当時の学生たちの反応はあんまり芳しくなかった。「カンケーねー」であり「雑談が多い」であり「もっと構文のとりかたを詳しくやってほしい」であって、英語以外の話を英語講師がすることに、すげー大っきな抵抗があるのを実感させられた。

 

 ま、そういうこともある。予備校で授業を始めたばかりの新人講師の皆さまは、このへんも十分に留意されたい。どんなに熱くなって真剣に論じても、1年後に大学受験を控えた浪人生諸君は、「かんけーねー」「そんな話を聞くために親にオカネを出してもらったんじゃねー」、そういう思いが高まるに決まっている。

 

 それでも今井君なんかは、その状況を「寂しいね」と言って諦めてしまわずに、頑張って話し続けた。その分もっともっと真剣に、文法や構文や単語熟語の説明もすればいいのである。

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(サントセシル大聖堂、天井画のブルーが美しい) 

 

 そこで若い読者諸君、ワタクシは今「フランスすみずみ」の旅の話を続けているが、皆さまには「フランス、もっとすみずみ」の旅を提案したい。「やりたいことが見つからない」などと、尻込みしている場合ではない。

 

 例えば昨日の「タルン川の激流」の写真を眺めて、「ここに行ってみようかな」と食指の動いた皆さま、アルビの町でさえすでに相当に「すみずみ」なのであるが、「もっとすみずみ」として「コルド・シュル・シエル」の村がある。

 

「コルド・シュル・シエル」とは、「空の上のコルド」の意味。海抜300メートル近い丘の上に広がる村である。アルビからさらに路線バスで40分、13世紀から皮革業と織物産業で栄えた。中世の城塞都市である。

 

 しかしふと気づかないか、「13世紀から栄えた」とは、ちょうどアルビの悲劇の時代と重なるのである。間近なアルビの町には、城塞のような大聖堂が着々と建設中。近くの村々では凄惨な殺戮が進行中。一方のこの村には13世紀建造の「サン・ミシェル教会」があって、やがてカミュが愛する村に成長する。

 

 この4日後にワタクシが旅したピレネー山脈の町「ポー」なんてのも、それこそ「フランスすみずみ」であるが、ここからもいろんな「もっとすみずみ」が点在する。

 

 たとえば「オロロン・サント・マリー」である。ポーからさらに各駅停車の列車で30分。この町はスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼の村として栄えた。

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(おや、ワタクシですか?とビックリしたが、これはロートレック。アルビはロートレックの故郷である。13世紀建造の司教館「ベルビー宮」にロートレックの作品が多数残っている)

 

 巡礼ブームの始まりは、11世紀から12世紀。最盛期には年間50万人の巡礼者がいたと言うし、今もなおフランスのアルルや、何とパリからイベリア半島の西北の端っこまで歩き通す人だっている。

 

 かく言う今井君も、つい数年前にサンチャゴ・デ・コンポステラを旅し、12月25日のサンチャゴ大聖堂で巨大な香炉「ボタフメイロ」が大聖堂の空間を繰り返し飛翔するのを眺めて感動、その感動を新講座「E組」でも熱く語ったりした。

 

 その巡礼路の宿場町として、12世紀から発達したオロロン・サント・マリー。どうだい、ポーの町に数泊して、静かなオロロン・サント・マリーを訪れてみないかね。

 

「フランス、もっとすみずみ」、そういうタイトルの旅行記を、誰か書いてみませんか。もちろんその形式はお任せするが、「そんなの、誰も読まねーよ」という冷淡な批判と失笑に耐えられるなら、今井君スタイルをパクってくれても全然かまわない。

 

 しかも諸君、「誰も読まねーよ」と言われるワリに、1日につき数千のアクセスが10年も継続して、間違いなく大きなヤリガイのある旅の日々になるはずだ。

 

 なお、本日の記事の中で「カルカソンヌ」に興味のある方は、Thu 160428 クライマックスの設定 カルカソンヌの夜景を満喫する(ボルドー春紀行10)、サンチャゴのボタフメイロに興味のあるかたは、Wed 120425 いよいよ本物のボタフメイロを見る(サンティアゴ巡礼予行記36)を、それぞれ読んでみていただきたい。

 

1E(Cd) Collard:FAURÉ/NOCTURNES, THEME ET VARIATIONS, etc. 2/2

2E(Cd) Cluytens & Société des Concerts du Conservatoire:BERLIOZ/SYMPHONIE FANTASTIQUE

3E(Cd) Lenius:DIE WALCKER - ORGEL IN DER WIENER VOTIVKIRCHE

4E(Cd) Bernstein & New York:BIZET/SYMPHONY No.1 & OFFENBACH/GAÎTÉ PARISIENNE

5E(Cd) Prunyi & Falvai:SCRIABIN/SYMPHONY No.3 “LE DIVIN POÈME”

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