Wed 120425 いよいよ本物のボタフメイロを見る(サンティアゴ巡礼予行記36) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 120425 いよいよ本物のボタフメイロを見る(サンティアゴ巡礼予行記36)

 こうしてついに12月25日の朝がやってきた(スミマセン、驚くべきことに3日前の記事の続きです)。24日の午後にサンティアゴ・デ・コンポステラ到着を果たし、一晩ぐっすり眠って、目が覚めるとクリスマスの朝8時。東洋の果てからはるばるやってきた巡礼グマにとって、考えられる最高のシチュエーションとである。
 パラドールの前に出てみると、ちょうど朝日が昇ったところである。真冬の朝の日光はまだオレンジ色で、快晴、無風。空気はどこまでも固く、冷たい。大聖堂前の広場はまだ無人である。鳥の姿も見えない。日本人が昔から憧れてきた「ホワイトクリスマス」のイメージから、この聖地は全く懸け離れているのだ。
ボタフメイロ
(ボタフメイロ)

 例えば「一夜明けて、窓を開けると一面の雪景色」。ツリーの脇の暖炉では赤い炎が暖かく燃え、乾いた薪がパチパチ音を立てる。人々はこぞって教会に出かけ、雪を踏みしめながら「メリークリスマス」の挨拶を交わす。快晴でも曇り空でも、広場では雪をかぶった木々が人々を迎える。それがクリスマスのイメージである。
 雪には、ただ単に地面に降り積もった雪だけではなく、付随する要素が2つある。子供たちの歓声と、長靴である。子供たちは歌を歌い、雪ダマをつくってぶつけあっては歓声を上げる。長靴を履いたオトナたちも子供の情景にウキウキして、必ずしも敬虔な信仰心だけで教会に向かうのではない。
クリスマス朝の大聖堂
(クリスマス朝のサンティアゴ大聖堂)

 以上のようなホワイトクリスマスの必須要素は、サンティアゴの12月25日には一切見当たらない。巨大な大聖堂の周囲に黒々と立ち並ぶ修道院や神学校にも、朝のオレンジ色の光が降り注ぎ、広場のクリスマスツリーも昨日と同じ姿。奇跡が起こって白く雪が降り積もっていたりすることはない。子供の歓声も長靴もオトナの笑顔もなくて、どこまでも厳粛に静まり返った、静寂のクリスマスである。
 以上「見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ」の技巧を駆使しながら、藤原定家どん風にサンティアゴのクリスマス描写を試みた。しかし未熟者が技巧を駆使すると、若干事実と相違する記述になってしまいがちであって、実際のオブラドイロ広場は完全に無人ではなかったし、人々の心が浮き立っていなかったわけでもない。
準備
(ボタフメイロ、儀式の準備が進む)

 今日は何と言っても、大聖堂でボタフメイロの儀式が行われるのである。今井クマ蔵がワザワザこの日を選んでこの町にたどり着いたのは、強烈な信仰心があったからではない。クマのクセして信仰心なんか持ち出すのは、それこそナマイキというものである。年に数回しか行われないボタフメイロの儀式を、クリスマスの日に見たい。それだけのことで、ユーラシア大陸の東の端から西の端までこうしてやってきた。
 パラドールの食堂で朝食をとりながら人々の顔を見てみると、クマ蔵みたいに「端から端まで」のヒトはいないにしても、ヨーロッパの北や南や東の果てから「ボタフメイロのためだけに西の果てにやってきた」というヒトばかりのようである。
ヤコブ像
(黄金のヤコブ像を中心とする中央祭壇。この前を大きく左右にボタフメイロが振られる)

 10時、遠慮がちに大聖堂に入ってみると、すでに朝のミサが終わって、ボタフメイロの準備が始まっていた。ボタフメイロとは、写真で示したような巨大な金属のツボまたはカゴである。それがもう大聖堂に持ち出され、男たち数人掛かりでロープを頑丈に結びつけている。
 儀式の時には、聖歌の大合唱とともにこのロープで一気にボタフメイロを中央祭壇の高さまで吊り上げ、ブランコか振り子のように大きくふりまわす。ふりまわす振幅がハンパではなくて、一方の天井に届くあたりあたりから他方の天井にぶつかるぐらいまで、「もうヤメたほうがよくないか?」と人々が恐怖を感じるほどに激しく振り続けるのだ。
準備完了1
(準備完了のようだ 1)

 当然、ロープを結ぶ男たちにも力が入る。事故があったら元も子もない。もっとも、「元も子もない」とはいうものの、実際に事故はかなりの頻度で起こるらしい。さすがに「ロープがほどけて床に真っ逆さま」ということはないとしても、勢い余って天井にぶつかってしまう程度の事故なら、やはり起こりそうだ。
 ボタフメイロの中には、火のついた薬草が大量に入っている。天井にぶつかれば、その薬草が火のついたままバラバラ落ちてくるぐらいのことは覚悟の上。大聖堂に集まった人々だって、その程度のことなら返って大喜びだろう。しかしやっぱり万が一のことを考えて、ロープの固定はごくごく慎重に行われているようであった。
準備完了2
(準備完了のようだ 2)

 いったん大聖堂を出て、大聖堂正面入り口の土産物屋を見に行く。直径2cmほどの超小型ボタフメイロ、長さ30cmほど巡礼杖のミニチュア。ありとあらゆるものに巡礼のオマモリ・ホタテ貝がくっついている。ここで今井君はボタフメイロのミニチュアを購入。小学生の頃からお土産のキライな今井君としては、珍しいことである。
 11時半、買ったばかりのミニチュアを手に、いよいよホンモノを見に行くことにする。大聖堂内部にはすでに300人ほどの人々が集まって、席とり合戦が始まっている。やはりこの日のサンティアゴでは、信仰心はあまり関係ないようだ。
 しかしまあいいじゃないか。12月25日めがけてこの町を訪れること自体、すでに立派な信仰心の発露である。飛行機で飛んでこようがクルマや電車を利用しようが、立派な巡礼と呼んであげていい。「呼んであげていい」とは、つまり「ボクだって立派な巡礼だ」と宣言していることになる。
けむけむ
(白いケムケム 1)

 12時、ついに儀式が開始される。集まった「巡礼」の数は500人ぐらいか。いくつかの聖歌が歌われ、いくつかの短いお説教があり、人々はお祈りに声を合わせる。その時ふと、居並んだ僧たちの空気が緊張に包まれる一瞬があって、一度に数段駆け上がるように聖歌の調子が強く変わる。
 ボタフメイロに詰め込まれた薬草に火がつけられ、薬草からは白いケムリがモウモウと立ち上る。薬草とはいうが、もともとは巡礼の人々の強烈な体臭を消すためのニオイ消しの要素が強いらしい。ケムリは香ばしいというより単に焦げ臭いだけであって「どこか近くでボヤでもありましたか?」という類いの匂いである。
けむけむ遠景
(白いケムケム 2)

 オヤオヤと思っていると、不意にロープが大きく引かれ、ボタフメイロのボタ次郎はまず5mほどの高さまで、続いて10mほどの高さまで、2段階3段階の段階を踏んでククッ→ククッ→ククッと引き上げられた。さて、いよいよであって、人々は一斉にビデオカメラの操作を始めた。
するする持ち上がった1
(するすると持ち上げられた。いよいよ開始である 1)

 こういう大事な場面での今井君は、ビデオカメラの操作を一切拒絶する。ビデオカメラのCMでは、パパというものは入学式や運動会や学芸会のビデオ係を一生続けるらしいが、そんなことに夢中になるより、自分の目を通じてじっくり脳に焼きつけるほうがクマ蔵は得意なのである。
 だから、ボタ次郎がどれほど激しく堂内を行き来したか、ボタ次郎の中の薬草のケムリがどんな激しく堂内を満たしたか、このブログ上にビデオ映像を貼りつけて示すことは出来ない。
 ただ、読者諸君にはYouTubeという強い味方があるはずだ。YouTubeでボタフメイロを検索すれば、今井君なんかより遥かに撮影技術に優れたヒトが、立派に撮影しキレイにアップしてくれた映像を眺めることができる。ぜひ検索してくれたまえ。
するする持ち上がった2
(するすると持ち上げられた。いよいよ開始である 2)

 ボタ次郎ボタ之助が黄金のヤコブ像の前を行ったり来たりした回数は、10数回になるだろうか。やがてボタフメイロの振幅が小さくなると、聖歌の響きは緩やかに戻り、僧たちの空気も穏やかに変わった。ボタ之助は再びスルスルと段階を踏んで床に下ろされ、儀式の主役は堂内をめぐる僧たちの行列に移った。
行列がはじまる
(堂内一周の行列が始まった)

 これでボタフメイロの儀式は終わりである。クリスマスの朝、さまざまな苦労を乗り越えてサンティアゴ・デ・コンポステラに集まった全ての人々の上を、ボタフメイロは白いケムリを吹きながら、何度も何度も往復して、祝福の唸りを上げた。
 そのケムリを全身に浴び、その輝きを目にして、「今度こそはホンモノの巡礼をやり抜き、ホンモノの巡礼として、ホンモノの感激を味わおう」と決意するヒトは多かったはず。クマ蔵自身、間違いなくそのうちの1人であった。

1E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER④
2E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER①
3E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑤
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑥
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES①
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