Thu 080724 東進夏期合宿4日目から5日目
東進河口湖合宿4日目。実質的には最終日であって、盛り上がりも最高潮に達する。スタッフは疲労困憊で、もう声も出なくなっている者、動きが鈍くなっている者、食欲をすっかりなくしている者など様々であるが、生徒たちの盛り上がりに引きずられるようにして、ほうほうの態で何とか明日の閉講式まで漕ぎつけられそうである。富士も頭だけ姿を現した。明日の朝には、美しい大きな姿が見られるかもしれない。
私の担当は、6月のセンター試験模試で200点満点中155点程度以上をとった「ハイレベル生」を集めた「Hクラス」である。ベタなネーミングだが、向上心も勢いも例年以上に素晴らしいものがあって、合宿内でも評判が高いようである。すると当然私のほうも絶好調になるから、授業の質もますます高まってくる。
今年は5月初めから好調が続き、特に6月以来絶好調の状態を維持してきた。この期間に収録した授業は「私にとっての代表作になりそうだ」とこのブログでも書いてきたけれども、出来れば今回の合宿の授業も収録して記録に残したかったほどである。
今日も授業を3つ。時間割は一昨日から全く同じである。しかし今日は最終日だから、恒例の「徹夜学習」がある。遅くとも午前5時には就寝、というルールにはなっているのであるが、そのまま完全に徹夜してしまう生徒も少なくはない。
23時に最後の授業を終え、最終回の確認テストを受けた後、生徒たちは明朝の「修了判定テスト」に向けて、4日間取り組んできた教材を総復習する。むやみやたらに徹夜するという体育会系のノリではなくて、教材やテストで間違った問題をすべてやり直し、例文集や長文読解問題の英文をもう1度心を込めて音読し、何度もノートに書き写して出来れば暗誦出来るようにする。そうやって分厚い教材の総復習を繰り返せば、イヤでも徹夜という結果になってしまう。
生徒たちはみんな教室に残ってそういう地味な努力を繰り返す。蒸し暑い暗い廊下で音読を続ける者もいる。私も午前1時から教室に入って、彼ら彼女らの徹夜に付き合う。午前1時の段階ですでに生徒は疲れきっているが、それでも教材の不明な部分について質問の列ができる。
質問の列ができることは、予備校では人気のバロメーターのように言われるが、本来あるべき姿ではない。講師の仕事は与えられた授業時間で全てを理解させることであって、授業後に長い質問の列なんかができるのは、授業で理解させられなかった証拠である。授業に何らかの欠陥がないかぎり、質問の列はできないはずである。
若い講師たちにはそういうアドバイスをするのだが、今回のような合宿のシチュエーションでは話が違う。普段は映像でしか見られない講師が、生の人間としてすぐ近くにいるのである。「あ、ホンモノだ!!」の絶叫さえ、そこいら中で上がる。
そういう状況なら、滅多に起きていないような真夜中に、特に質問はなくても無理やり質問をでっちあげてでも話しに来たい気持ちは理解できる。話をするきっかけとしての質問を、何とか捜してやってくるとすれば、嫌がらずに1つ1つ答えてあげるのも講師の仕事である。
午前3時、さすがに生徒がダラダラし始める。ダラダラし始めるのは生徒だけではない。若いスタッフ諸君も(何しろ昨日も一昨日もほとんど眠っていないのだ)さすがにエネルギーが切れはじめ、期待したほど生徒たちが勉強に集中してくれないことに苛立ち、生徒の前なのに、自虐的な発言をしたり、厳しすぎることを言ってしまったり、逆に生徒と人生相談に類する雑談に興じてしまったりする。
この状況を打開しないと、合宿は一気に崩壊する。ここまでこれほどうまく進んできたのに、最後の夜の大詰めに「やりきることができなかった」「100%の力が出せなかった」ということになると、真面目な生徒ほどあっと言う間に「意味がなかった」「自分は何をやっても最後までやりぬけない人間だ」という悲惨な結論に逃げ込んでしまうのだ。すぐ悲惨な結論を組み立て、その結論の陰に隠れてそれ以降の努力を一切拒絶してしまうのである。
状況打開のために、全員でCDに合わせて音読する。冷静に考えると少しバカバカしいというか、新興宗教じみているような気もするが、生徒全員でイスの上に立ち30分ほど音読するのである(写真下)。
発音の良し悪しなど細かいことは気にせずに、大きな声で音読すれば、少なくとも眠気は醒める。眠気が醒めれば、集中力も再び高まってくる。4時、「とにかくあと1時間は頑張ろう」ということにして、94名のクラスはほぼ全員が教室に残った。前日から頭痛に苦しんでいた生徒も、立ち直って教材に向かった。
午前5時過ぎ、いったん中締めをして、朝まで2時間の睡眠を取りにいく生徒と、この際完全に徹夜をして朝7時までもう2時間勉強をする生徒と分かれる。
この時一番大切なのは、あくまで生徒個人個人の判断に委ねることであって、講師やスタッフの意図で無理強いしたりしない。最後の修了判定テストでキチンと結果を出すために、わずかでも睡眠をとった方がいいと判断するなら積極的に睡眠を取るべきである。
彼らには”Try get some sleep.”と言って、むしろ良薬を飲むような気持ちで睡眠をとるように、励まして送り出す。決して私語をせず、誰とも話し合わず、自らの意思ですべてを決するように静かに諭す。30秒後、睡眠に向かう者たちはまさに粛々と部屋に立ち去った。命じた通り、一切私語はなかった。
残ってもう2時間勉強しようという生徒にも同様の態度で接する。若いスタッフは、とかく自分たちの勢いに任せて完全徹夜を強制しがちになるが、そういうことは望ましくない。
積極的に睡眠をとるのか、さらに学習を積み重ねるのか、最後に結果を出すためにどちらが効果的かを自分で判断し、自分で自由に決め、自由に決定した以上、睡眠にせよ学習にせよ2時間という短い時間で最大限の効果を出すように努力すればいい。
教室に最後まで残った生徒は94人中40人ほどか(写真下)。私も彼ら彼女らに付き合って朝7時まで教室に残る。もう質問に訪れる者もない。教室は黙々とページを繰る音だけが支配し、外の廊下では夢中でテキストを音読する低い読経のようなたくさんの声がいつまでも響いている。
朝7時、全て生徒に、教室を去って帰りの支度を始めるように指示が出る。ここまでやり抜いた生徒たちは、みな晴れ晴れとしていて、こういう指示に従うのも迅速である。
テキストを閉じ、ノートを閉じ、ペンをしまって自室に引き返す。最後まで世話をし続けたスタッフ全員が彼ら彼女らを送り出し、私もスタッフ6名に挨拶をして教室を出る。廊下の窓から、いつもの合宿の最終日と同じように、この5日間で初めて、大きな富士が全身を現しているのが見えた。
さすがのクマさんも疲労の極であって、ここからヴェローナ紀行を書き続けるのは困難である。ロミオとジュリエットの故郷には甚だ不釣り合いなこの酒飲みのクマさんは、東進夏期合宿第1期の閉講式が始まるまで、しばらく河口湖のほとりで惰眠を貪ろうと思う。
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