Sat 080628 ミラノからトリノへ | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 080628 ミラノからトリノへ

 午前から午後にかけて久しぶりに集中して参考書の原稿執筆。5時間も仕事をして、12ページしか進まない。ブログを書くスピードから見ると小田急線の各駅停車のようなものである。急行の通過待ち、時間調整、特急通過待ち、1駅か2駅進むごとにあれやこれや言い訳して、しっかり休みしっかり怠けながら進まないと気が済まない。「6月には上下巻のうち上巻の原稿完成」という目標を掲げたが、上巻完成までにはあと約60ページ残っている。新宿行きの各駅停車に乗って、約束した集合時間まであと30分しかなくて、「特急と急行の通過を待ちます」と放送が入ったまま、客のまばらな各駅停車はピクリとも動かない。あれとほぼ同じ気分である。大事な待ち合わせに遅刻しそうで、少なからず焦っていて、しかし開いた電車のドアからは初夏の風が気持ちよく吹き込み、近所のビル建築工事の乾いた音がぼやけて聞こえ、何だかとても眠くなり、線路脇の雑草が風に揺れ、雑草のつるの上で大きな葉っぱがヒラヒラ揺れ、向かいの席で居眠りしているオジサマの軽いイビキにつられ、これは遅刻しそうだ、でもまあいいか、少しぐらい遅刻しても、待っててくれるだろう、そう考えて腕組みして、ちょっと居眠りしていこうと考える。そのとき向こうのホームを箱根湯本から来た特急がまるでバカにしたようにわざわざスピードを落としてゆっくりゆっくり走りすぎていく。今の参考書進行状況は、そういう午後にそっくりである。
 

 しかしまあ、努力を続けよう。これだけ丁寧に書き進めているのは、どうしても「英文法の参考書の決定版」といえるような参考書に仕上げたいからだ。文献もいろいろ読みながら、きわめて質の高いものに仕上がりつつあることは確かである。最高の本にするには、急ぐ必要はない。全部で80章の予定、ここまで完成したのが30章だから、残り50章。1日に2章のペースならあと25日で全巻完成になるのだ。そこまで単純計算は出来ないにしても「8月末日までに上下巻完成」の目標なら、難しいことではない。午後遅く、コンビニにちょっと買い物に出かけたときに、ブチ柄の野良猫に遭遇。

 

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 「おや、わたしなんかの写真を撮るんですか。ストレスでもたまってますか? ま、あなたも大変そうですが、しっかり書きなさい。少しずつ進めば、何とかなりますから」と、およそ猫らしくない、しっかりした地道なアドバイスをしてくれるのだった。よほど疲れきった顔をしていたのかもしれない。19時から、親族として通夜に出席。本来ならこの通夜のことをいろいろ書かなければならないのかもしれないが、ブログ初回(Thu 080605)で断っておいた通り、「迷惑がかかるといけないから、家族・友人・知人のことは一切書かない」ことにする。22時帰宅。ネコたちはぐっすり就寝中。2人で一緒におさかなの夢を見ていたのかもしれない。ネコたちの夢は、その上のテレビ画面に同時中継されていた。

 

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 5月14日、今回のイタリア旅行も5日目である。たった5日の記録にすでに20日以上かけていることにさまざまな驚きの声が上がっているが、最初に言った通り、私は想像を絶するほどの記憶魔&記録魔なのである。5日目の記録もまた、延々と続いて何日かかるか予測はつかない。


 この日もまたよく晴れて朝から暑くなりそうな気配。私はまたもやMilano Centraleの駅から各駅停車に乗ってトリノに小旅行に出かける。トリノは冬季オリンピックを開催したほどだから、アルプスにも近いし気温も低いだろうと予測し、少し厚手のシャツを着て出かけた。確かにアルプスに入る起点の街に出かけるだけあって、各駅停車の車内は「これから山に登ります」「これからトレッキングに向かいます」という出で立ちのイタリア人で、ほぼ満員。私の向かい側の席だけ、痩せて背の高いアフリカ系移民の男が座った。会社経営者らしい。忙しく盛んに携帯電話をかけまくっている。彼の言葉も多彩。流暢なイタリア語、きわめて訛の強い英語、同じように音声が強く変化したフランス語、そして全く聞き取れないが映画で何度も聞いた記憶のあるアフリカの言葉。抑揚は小さいがGとBとNの音が豊かに躍動するエネルギッシュな言葉だった。


 ミラノを出て、昨日までは3日連続して西に向かったが、今日は東向きに疾走する。イタリアに限らず、ヨーロッパならどこでも「各駅停車の疾走ぶり」に感動する。各駅停車にも堅く大きなプライドがあって、いったん走り出せばこちらが少し心配になるほどの加速度で田園を駆け抜けるのである。トリノまで、ICで1時間40分、新幹線だといって威張っているESでも1時間25分。その距離を、各駅停車のクセに2時間で走り抜けるのだ。小田急や京急や京王の各駅停車くんたちにも、少し見習ってもらいたい。プライドを何もかも捨てて、2駅ごと3駅ごとにコックリコックリして、準急と急行と快速特急に追い抜かれて、それでも意気地なくニヤニヤ苦笑いなんかしていると、車内の客まで酔生夢死の有り様になる。


 車窓には、意外なことに水田風景が続いた。北イタリアなら小麦畑、南イタリアならブドウとオリーブの畑、それが車窓の定番だと思い込みがちだが、そうとも限らない。南イタリアでも、プーリア州だとほとんど放置されたままのオリーブ畑が荒れ果てた感じで続いていて「いかにも」の感があるが、シチリアだとカターニャ‐パレルモ間のバスからみる風景は、古代ローマから続く豊かな小麦の穀倉地帯である。トリノに向かう車窓は、ミラノを出て15分も経過しないうちから水田風景に変わった。考えてみれば、リゾットはお米の料理である。米だって、たくさん作っていて不思議はない。ここでも赤いポピーの花が咲き乱れていることを除けば日本の水田風景とよく似ていて、東北の秋田に育った私としては、むかし秋田‐上野間を走っていた特急「つばさ」「いなほ」の車窓からイヤになるほど見た(当時は秋田‐上野で8時間近くかかり、そのほとんどは水田地帯を通過するのだ)水田の連続を思い出した。

 

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 終点の一つ手前Torino Porta Susaでほとんどの客が降りた。終点Torino Porta Nuova到着、12時前。駅は工事中だったが、駅正面は堂々たるもので、さすが元サヴォイア公国の首都である。予想したほどに涼しくはなかったが、駅からの街の雰囲気はイタリア的というよりも、確かにスイス的でありフランス的である。ミラノでもローマでも、行き交う人は、もっと懸命であり、もっと熱心で、もっと前のめりである。トリノの人は、ジュネーブの人と似ていた。より控えめであり、心持ち視線を低く落とし、より知的な声音で話すように思った。


 狭い歩道に、いくらでも古書店が並んでいる。古書店の雰囲気や、そこに並んだ古書の書名を眺めて見たところでは、パリ・セーヌ左岸のブキニストよりも神田神保町の古本屋街に近い。確かに近くに大きな大学があって、古書の需要が高いのかもしれない。
 

 駅前広場から徒歩10分ほどでサンカルロ広場に出る。広場に出るまでに、あたりかまわず罵声を浴びせているちょっとオジサンに出会ったが、こういう人は日本にもたくさん存在する。気にせずに広場まで出ると、今度はアーケードの下にドラムセットを置いて、大音量でドラムソロ演奏をしているアフリカ系の男がいる。アコーディオンかギターぐらいで我慢しておく方がいいように思うが、街の人は一向に気にしない様子で、広場の中の由緒あるカフェで静かに語り合っていた。さて、トリノの中心街まで来た。明日は、トリノの街を語ろうと思う。写真は、サンカルロ広場。

 
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1E(Cd) Harnoncourt:BEETHOVEN/OVERTURES
2E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 1/6
3E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 2/6
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 3/6
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 4/6
6E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 5/6
7E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 6/6
8E(Cd) Jessica Simpson:IRRESISTIBLE
9E(Cd) Samantha Mumba:GOTTA TELL YOU
12D(DvMv) THE LOVER
15D(DvMv) APOLLO 13
total m315 y315 d315