Thu 260326 函館の活イカに感激/函館の祝勝会/早くどんどん呼んでくれたまえ 4950回
ワタクシが函館の名門「いか清」を訪問して、函館人のプライドを詰め込んだ「活イカ」の写真をここに掲載するのは、いったいどのぐらいぶりなのだろうか。
「ブログ内検索」で調べてみたところ、前回は何と2019年3月8日。確かに「いか清」で活イカの写真を撮影、マコトに自慢げに掲載している。毛ガニと生牡蠣の写真も一緒に載っけているから、諸君、是非ともこの記事をポチッとしてみてくれたまえ。
(Fri 190308 北海道が暖かすぎる/函館の大盛況/ホクソおじさん/熱い懇親会 3810回)
(3月3日夜、函館の名店「いか清」で、久しぶりの活イカに感激する 1)
何と、すでに7年前のことなのである。当たり前だが7年前、諸君は今より7歳も若かった。いま36歳の人は29歳だった。いま26歳の人は19歳だった。いま16歳の諸君はたったの9歳だった。もしも今年「年金支給年齢」に達した65歳のオジーチャンなら、7年前はまだ58歳、まだバリバリ現役の高級&高給オジサマだったはずだ。
それほどの長い時間、ワタクシはこのブログを書き続けたのだ。いや、ブログ自体はすでに18年書き続けたのであって、いま18歳の青年諸君が生まれたばかりの2008年6月5日に、今井センセは一念発起し、「これから10年間 = 3652日、1日も休まずに書き続ける」と高らかに宣言したのだった。
その宣言から11年後、2019年3月の函館訪問時、ワタクシのブログの回数はすでに3810回に達していた。我ながら「すげーな♡」と感動&感激し、しかし同時に我ながら「しつけーな」「すげーしつけーな」と反省もしきりだった。そういう時期に函館で活イカの刺身を貪り、ついでに毛ガニや生牡蠣も貪ってうっとりしていた。
(3月3日夜、函館の名店「いか清」で、久しぶりの活イカに感激する 2)
今日の記事が4950回なのだから、前回の函館の活イカ写真から数えても、すでに1140回もこの長ったらしい文章を書き続けている。いやはや驚くべき執念、驚くべき根気強さ、驚くべきしつこさなのである。
で、肝腎のその活イカなのであるが、まあ諸君、そんなに依怙地に拒絶していないで、もう1回ここに貼っておく、ぜひ7年前の(Fri 190308 北海道が暖かすぎる/函館の大盛況/ホクソおじさん/熱い懇親会 3810回)、ポチッとしてみたまえよ。
ほーれ、遠慮しなくていい、ポチッとしてみたまえよ。7年前の函館のイカが、どんなに危機に直面していたかが一目瞭然だ。まさにこれこそ定点観測の妙味じゃないか。
(3月3日夜、函館の名店「いか清」で、久しぶりの活イカに感激する 3)
函館のイカは、どうやら復活したのである。イカが獲れない、さっぱり獲れない、全然全くちっとも獲れない、そう言って漁師や漁業関係者やタクシーの運転手さんや居酒屋のオヤジまで、みんな激烈に嘆き、悲しみ、しかしどうすることも出来ずに手をこまねくばかりだったが、2026年の活イカ、こんなにキレイに美しく透明に光り輝いて、居酒屋の今井センセの前に復活したのだ。
ワタクシは、嬉しいのである。かつては博多でも函館でも唐津でも、ナンボでも活イカを貪った。博多に行けば必ず中洲の名店「河太郎」に昼も夜も出かけて、活イカ2匹、というか正式には「活イカ2ハイ」と言わなきゃ叱られるらしいが、店の人にびっくりされつつも、全て刺身であっという間に胃袋に送り込んだ。
(名店「いか清」にて。もちろんイカ以外のものも抜群に旨かった 1)
あれから数年、「活イカがありません」「イカが全く獲れなくなりまして」という嘆きを、特に函館の街で耳にした。あんまり函館の人々が悲しそうだから、ワタクシは思わず熱い涙を流しそうになり、だから博多や唐津でもイカを食べるのを遠慮した。
しかし、函館「いか清」のこの透明な美しい活イカを眺める限り、どうやら間違いなくイカは復活したのらしい。いや、もちろん「ヌカ喜び」ということもありうるので、「復活したように見えたけど、またダメになっちゃった」みたいな成り行きだって心配だ。
しかしとにかく3月3日、名店「いか清」の活イカは、キレイに見事に透き通って、歯応えも喉越しも味わいも、全てにおいて申しぶんなかった。毛ガニにも生牡蠣にも全く関心がなくなるぐらい、2026年の活イカは旨かった。
(名店「いか清」にて。もちろんイカ以外のものも抜群に旨かった 2)
いやはや、また活イカを食べにいきたい。函館に限らず、イカの旨い港町の諸君、今井君を是非とも呼んでくれたまえ。好きなものを貪る時のワタクシの旺盛な食欲を、どうしてもお目にかけたいのだ。
ただし、早くしてくれないと困る。とにかく早くしてくれたまえ。授業さえしていれば恐ろしく若々しく見える今井センセだって、まさか「不老不死」というわけではない。不老不死の妙薬は、滅多なことじゃ手に入らない。滅多なオカネでも手に入らない。歴史上の悪い人々は、みんな例外なくその妙薬を求めて虚しく老いていった。
(翌3月4日朝の函館は、みぞれ混じりの冷たい雨。ここから4時間かけて札幌に移動する 1)
だからきっと、今井君も老いるのである。自ら老いは感じなくても、どんなに授業が若々しくても、老いは急激に展開するのである。2018年12月18日、ということは函館で前回の活イカを貪る直前であるが、今井君は京都・四条烏丸で高級ステーキを貪っていて、いきなり「左下の奥歯が1本、根本からスポンと抜ける」という大惨事に直面した。
スポンと抜けた部分は、東京・京橋の名医に1年も通ってキレイに治療してもらったが、今度はまた別の歯がスポンと抜けかねない。うーん、イカ、タコ、気をつけなくちゃいけない。硬めの貝類も怖い。グミとかも危なそうだ。アタリメも危ないし、タコのたっぷり入ったタコ焼きなんかも油断できない。
というわけで諸君、「今井にイカを食わせよう」「イカ、イカ、イカで、イカ責めにしちゃおう」と、そういう奇特なことをお考えになる人々は、とにかく今井の歯に次のスポン系カタストロフィが発生する前に、早く、早く、とにかく早く、イカとタコと貝類の誘蛾灯で、怪しいイマイガを誘い出していただきたい。
(3月3日、函館の大盛況。約130名が出席)
ま、そういうバカなことを考えているうちに、3月3日のワタクシのお仕事は終わりになってしまった。公開授業にすっかり夢中になって、あっという間に90分が過ぎた。
授業の前には、「15年前に今井センセの公開授業に出ていました」という男子が挨拶に来てくれた。彼は今や函館の高校の英語のセンセになっていらっしゃる。「いかにも高校のセンセ」というタイプの先生だった。10年前に今井の授業を受けたとおっしゃるなら、そろそろ35歳。なるほどアブラの乗り切った、優しく落ち着いた雰囲気の先生に成長していらっしゃった。
「7年前の公開授業に出ていました」とおっしゃる別の男子は、我が東進のスタッフになっていた。スタッフとして公開授業の運営を手伝ってくれたばかりではなく、その直後「いか清」での懇親会というか祝勝会にも来てくれて、ワタクシの隣の席で受験生だった頃の昔話に盛り上がってくれた。
(翌3月4日朝の函館は、みぞれ混じりの冷たい雨。ここから4時間かけて札幌に移動する 2)
思えばワタクシ、東進に移籍してからすでに21年が経過した。この3月からは22年目が始まっている。函館でワタクシの授業を受けていた生徒の中には、函館市内の大きな総合病院で医師として大活躍中の人もいらっしゃる。
同じ北海道の旭川で、かつて公開授業の前夜祭に参加してくれた当時:旭川医科大の女子学生も、やっぱりすでに医師として活躍しているのだという。やっぱり諸君、21年、22年、その長さは伊達ではない。いやはやワタクシ、ホントに長く大活躍を続けている。いやいや、まだまだこの大活躍、まだ間違いなく数年間は続きますぞ。
1E(Cd) CHET BAKER SINGS
2E(Cd) Art Pepper:SHOW TIME
3E(Cd) Tommy Flanagan Trio:SEA CHANGES
6D(DMv) NO WAY OUT
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