当院外来では子宮卵管造影検査 (→子宮卵管造影って①子宮卵管造影って②)を行っていますが、そこで時々見受けられるのが、「卵管水腫」という状態です。

 

 

 

 

卵管造影後、「卵管水腫」の診断がついた場合この状態についてご説明するのですが、やはり耳慣れない言葉ですので患者さんにこの内容が伝わりづらい印象があります。(耳慣れない言葉ですので当然と思いますが。)

 

 

 

そこで今回少しピンポイントな話になりますが、この卵管水腫についてその内容と、妊娠に与える影響治療法といった点をまとめてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

☑1 卵管水腫とは?

 

 

 

女性側の不妊原因としてもっとも多いとされるのが、卵管の異常で約30%を占めるとされます。(→不妊症の原因は?) このため子宮卵管造影などで卵管に異常ありと診断されるケースは比較的多いですが、その異常の分類は卵管の異常がどの部分に起こっているのか、あるいはその異常が閉塞(卵管が詰まっている)なのか癒着なのかによって実際はさらに細かく分類されます。

 

 

 

この分類の中で卵管の遠位部といって、子宮から最も離れた部分の卵管が閉塞してしまい、卵管内腔に分泌液が貯留し卵管が拡張した状態「卵管水腫」といいます1)。 (少し文章が硬いですが、要は卵管の通りが悪く、卵管が腫れた状態です。)

 

 後ほど述べますが卵管内に分泌物が貯留しているとはいえ、重症例でないと経腟超音波で診断することが出来ず、子宮卵管造影検査ではじめて診断されることが多い点には注意が必要です。

 

 

 

 

 

 

 

☑2 卵管水腫の原因は?

 

 

 

 

卵管水腫のおもな原因として、骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatory disease:PID)や子宮外妊娠の既往、子宮内膜症、腹部手術の既往,腹膜炎や結核の既往などがあります2)。

 

 

 

これらの原因の中で最も多いのはPIDの一種であるクラミジア感染で、卵管水腫を認めた場合のクラミジア抗体陽性率は 37.1~84.2%という報告 3)4)や、クラミジアIgG抗体陽性率が75%という報告5)などがあります。

 

 

 

 

これも良く知られている事ですが、卵管性不妊全体でも60%以上でクラミジア感染が関係しているとされ6)、クラミジア感染は卵管の異常につながりやすいとされています。一方で女性ではクラミジアに感染しても症状に乏しく、90%以上は無症状であり感染に気付かないことが多いことから、無治療のまま放置されることが多い6) という点にも注意が必要です。

 

 

 

 

 

 

☑3 卵管水腫の診断は?

 

 

 

 

卵管水腫の診断は主に子宮卵管造影で、卵管に造影剤の貯留を認めることで診断されます7)。

 

 

 

その他、経腟超音波検査でも腫れた管状の構造として水腫を認める場合もあります。超音波で診断される卵管水腫は重症例とされ、さらにその腫れの程度によって、卵管水腫径>25mmの場合を最重症例として分類する8)報告もあります。

 

 

実際体外受精において超音波で卵管水腫を認めていた場合には、超音波で卵管水腫を認めない場合に比べて、着床率、臨床的妊娠率、妊娠継続率33-46%に低下した9)との発表もあります。さらにこの発表では卵管水腫があっても超音波で認めない場合には、体外受精の成績には影響しない8)としています。

 

 

 

 

 

 

☑4 卵管水腫が妊娠に与える悪影響は?

 

 

 

 

基本的に卵管の通過性がないか極めて不良なため、手術での治療をしないままでは卵管水腫がある側からの排卵での自然妊娠(人工受精を含む)はきわめて困難です。

 

 

 

一方体外受精においては卵管水腫があると、水腫の内容が子宮内に流入する場合があり、これが治療成績を低下させるという報告が多数あります。

 

 

 

 

卵管水腫体外受精の成績に悪影響を与える原因として、子宮内腔への卵管水腫内容液の流入による受精卵の着床阻害子宮内膜受容能(着床能)低下、受精卵への直接的影響が考えられる10)11)。 

 

 

 

 

卵管水腫の有無で体外受精-胚移植で の着床率と継続妊娠率を比較したところ、卵管水腫がある場合の着床率9.8%継続妊娠率24.8%卵管水腫がない場合はそれぞれ12.6%33.7%であり、卵管留水症がある場合で低い傾向にあった12)13)。

 

 

 

 

・体外受精-胚移植 を施行した卵管性不妊症537 例についての検討で、胚移植あたりの妊娠率両側卵管水腫例が14.3%(5/35)、片側卵管水腫17.4%(20/115)、卵管水腫なし31.3%(344/1099)であり、卵管水腫がある症例で有意に妊娠率が低下していた14)。

 

 

 

 

また卵管水腫のない卵管性不妊との比較では、

 

 

 

・160名、238周期の体外受精症例において卵管水腫のある場合には、卵管水腫のない卵管閉鎖症例に比べて胚移植あたりの着床率2.8% vs  15.7%)および臨床的妊娠率8.5% vs 38.6%)がいずれも低値であった。15)

 

 

 

というデータもあり、卵管水腫は卵管が閉鎖している他の状態に比べても妊娠しづらいというということが分かります。

 

 

 

 

 

 

 

☑5 卵管水腫の治療は?

 

 

 

 

卵管水腫の治療手術療法になりますが、

 

 

①卵管水腫自体を改善させる手術

②卵管内容が子宮に逆流することを防ぐ手術

 

 

という2つの方法があります。

 

 

 

 

①卵管水腫自体を改善させる手術

 

 

卵管水腫は卵管の遠位部(子宮から最も離れた部分)の閉鎖が原因で起こります。このため卵管水腫自体を改善させることを目的とする場合は、手術で卵管の閉鎖している部分(卵管口)を広げて卵管の外側に縫い付け固定する方法(Bruhat法)がとられることが一般的です11)。

以前この手術開腹手術で行われていましたが、現在は腹腔鏡での手術が主流です13)。

 

 

 

術後妊娠率は手術前の卵管水腫の重症度によって異なることが知られています。

 

 

 

 

卵管水腫が重症であることを示す所見として、

 

 

 

・卵管粘膜(卵管の内腔の構造)が損傷している

・卵管壁の肥厚がある(2mm以上)

・卵管が拡張している(3cm以上)

 

 

 

などがあり、特に卵管粘膜が損傷していると術後妊娠率は低いやすいとされます16)。

 

 

 

 

実際の術後妊娠率は、卵管粘膜の損傷がほとんど認められない場合は、術後妊娠率50%以上異所性妊娠率5%以下であり、一方粘膜の損傷が強い場合では術後妊娠率10%以下と低く異所性妊娠率5~20%と高くなったと報告されています16)17)18)。

 

 

その他、術後の平均妊娠率は27%で,異所性妊娠は10%といった報告もあります16)19)。

 

 

 

 

これらのデータからは卵管水腫を認めた場合、卵管水腫自体を改善させる手術が有効かどうかはその重症度によって異なりその指標として卵管粘膜が損傷しているかどうかが重要なポイントであることが分かります。

 

 

 

 

しかし一方で卵管粘膜の損傷を術前に評価するためには、卵管鏡という特殊な検査が必要であるという問題があります。さらに術後の平均妊娠率約3割という成績も決して高いとは言い切れないのではと思います。このため手術が有効であるとは限らないという点を理解し、かつ自然妊娠を強く望まれる場合にはこの手術もひとつの方法ではないかと考えます。

 

 

 

 

 

 

 

②卵管内容が子宮に逆流することを防ぐ手術

 

 

 

 

前述したように子宮内腔への卵管水腫内容液の流入が体外受精の成績を下げることが知られています。

 

 

 

このため体外受精においては卵管内容が子宮内に流れないように

 

 

 

ⅰ)卵管を切除する

ⅱ)人工的に卵管を閉鎖する (卵管と子宮の間の交通をクリッピングや結紮などで遮断する)

 

 

 

という2つの方法があり、何れも方法も腹腔鏡手術が主流です。

 

 

 

 

これらの手術が体外受精行う場合に有効であるという報告は多数あり、

 

 

 

・卵管水腫のある症例で卵管切除前に体外受精を施行するも生児の得られなかった22 例に対して、卵管留水症切除後に再度体外受精
を施行した
ところ、17 例が妊娠(77.3%し、15 例(68.2%)は生産または継続妊娠に至った13)。

 

 

 

過去の体外受精が不成功であった卵管留水症のある15 例に対して、卵管留水症切除後に再度体外受精 を施行したところ6 例で継続妊娠が得られた13)20)。

 

 

 

 

またコクランアナリシスという世界的に行われている共同研究においても、「卵管水腫を有する女性は体外受精前に卵管切除術あるいは卵管閉鎖を考慮すべきである」と結論づけています21)。

 

 

 

 

この手術の検討すべき点は、卵管水腫があることが分かっている体外受精例に対し全例ⅰ)やⅱ)のような手術を行ってから治療をすべきかどうかという点になると思います。

 

 

 

 

この点については色々な意見があるようです。

 

 

 

上記のように手術が有効であるという報告がある一方で、

 

 

体外受精前に卵管切除を行った症例と行わなかった症例について比較したところ、両側または超音波で映る程度の卵管水腫では、着床率、臨床妊娠率、生産率などが有意に低下していたが、全体で比較すると卵管切除の有無で臨床妊娠率に差は認められなかった13)

22)

 

といった報告もあります。

 

 

 

またこの手術を行う場合、骨盤内は広範囲に癒着していることが多いため、「卵管を切除する」と単純に言えるほど手術が簡単でないことも多くあります。このためあまり安易に体外受精=卵管切除と決めつけてしまうのも問題があるように思います。

 

 

 

 

以下は自分の個人的な基準ですが、卵管水腫があり体外受精を行う場合

 

 

良好胚を移植しても妊娠が成立しない

・移植周期に超音波で子宮内に卵管内容液の逆流像を認める(エコーで子宮内に黒い薄いラインとして見えます。)

・移植周期に茶色帯下を長期間認める

 

 

といった場合にはⅰ)やⅱ)のような手術を考えた方がよいと思います。

 

 

 

 

 

 

☆彡まとめ☆彡

 

 

 

卵管水腫とは、子宮から最も離れた部分の卵管が閉塞してしまい、卵管の中に分泌液が貯留し卵管が拡張した状態。

 

 

・原因としてはクラミジア感染が最多。

 

 

・診断は主に子宮卵管造影検査による画像診断となるが、超音波で認める場合もありこの場合は重症例

 

 

・卵管水腫がある側からの排卵での自然妊娠はきわめて困難。

 

 

・体外受精では卵管水腫の内容が子宮内に流入し妊娠率を低下させる場合がある。

 

 

・治療は卵管水腫自体を改善させる手術、あるいは卵管内容が子宮に逆流することを防ぐ手術のいずれか。

 

 

・卵管水腫自体を改善させる手術は重症例では無効な場合が多い。

 

 

・卵管内容が子宮に逆流することを防ぐ手術は、体外受精で良好胚を移植しても妊娠が成立しない場合などにお勧めになる。

 

 

 

 

 

当院でも子宮卵管造影検査にて卵管水腫を認めた場合には、その方の年齢一般不妊または体外受精の希望などを総合的に判断し、手術療法や不妊治療の選択の提案を心がけています。

 

 

 

 

 

 

文献】

1)日本生殖医学会(編):腹腔鏡検査.生殖医療の必修知識. 日本生殖医学会, 2017 :84-88.

2)佐藤健二. 腹腔鏡検査と卵管形成術. 産科と婦人科 84(3): 293-296, 2017.

3)長田尚夫 他. 体外 受精例における卵管性不妊の取り扱い一特に卵管留症に対する卵管開口術,卵管クリピングの効果について.日産婦内視鏡会誌,23:59-66,2007.

4)北出真理 他. 卵管不妊に対する手術. 産婦人科の実際54:29-34,2005. 

5)竹内茂人 他. 卵管留水腫合併の不妊症例に対する腹腔鏡下卵管開口術の有用性の検討.日本受精着床学会雑誌 32(1): 64-66, 2015.

6)日本生殖医学会(編):クラミジア感染症の検査.生殖医療の必修知識. 日本生殖医学会, 2017 :89-92.

7)日本生殖医学会(編):子宮卵管造影法.生殖医療の必修知識. 日本生殖医学会, 2017 :79-83.

8)黒土升蔵 他. 両側卵管水腫に伴うIVF反復不成功症例に対する治療指針- 自験例と文献的考察からの提案 - 日本受精着床学会雑誌 31(2): 220-225, 2014.

9)de Wit W, et al:Only hydros alpinges visible on ultrasound are associated with reduced implantation and pregnancy rates after in-vitro fertilization. Human Reprod 1998;13:1696-1701.

10)Practice Committee of American Society for Reproductive Medicine in collaboration with Society of Reproductive Surgeons. Salpingectomy for hydrosalpinx prior to in vitro fertilization.Fertil Steril. 2008 Nov;90(5 Suppl):S66-8. 

11) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会(編): CQ315 子宮卵管造影所見からみた卵管病変の取り扱いは? 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編 2017 176-179.

12) Sharara FI, et al. In-vitro fertilization outcome in women with hydrosalpinx. Hum Reprod. 1996 ; 11:526-530.

13) 大沢政巳. 遠位部卵管障害 (特に卵管留水症) を有する不妊患者に対する手術療法の意義. 東海産婦人科内視鏡手術研究会雑誌 2: 26-32, 2014.

14)大沢政巳 他. 卵管水腫を有する不妊患者に対する治療戦略―卵管開口術と卵管切除後ART のどちらを第一選択とすべきか―

日本生殖医学会雑誌2007;52:238

15) Murray DL et al. The adverse effect of hydrosalpinges on in vitro fertilization pregnancy rates and the benefit of surgical correction.Fertil Steril. 1998 Jan;69(1):41-5.

16) 佐藤健二  腹腔鏡検査と卵管形成術. 産科と婦人科 84(3): 293-296, 2017.

17)Marana R, et al:The prognostic role of salpingoscopy in laparoscopic tubal surgery. Human Reprod 1999;14:2991-2995.
18)Vasquez G, et al:Prospective study of tubal mucosal lesions and fertility in hydrosalpinges. Human Reprod 1995;10: 1075-1078.
19)Chu J, et al:Salpingostomy in the treatment of hydrosalpinx:asystematic review and meta analysis. Human Reprod
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20)Shelton KE, et al.  Salpingectomy improves the pregnancy rate in in-vitro fertilization patients with hydrosalpinx. Hum Reprod. 1996 ; 11:523-525.

21)Johnson N et al. Surgical treatment for tubal disease in women due to undergo in vitro fertilisation. Cochrane Database Syst Rev. 2010 Jan 20;(1):CD002125.

22)Strandell A et al. Hydrosalpinx and IVF outcome: a prospective, randomized multicentre trial in Scandinavia on salpingectomy prior to IVF. Hum Reprod. 1999 ; 14:2762-2769