つづきです!
ご本殿でご挨拶と祝詞を奏上させていただきました。
●富士山本宮浅間大社
ご祭神は
- 主祭神
- 木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)(別称:浅間大神(あさまのおおかみ))
- 相殿神
- 瓊々杵尊(ににぎのみこと)
- 大山祇神(おおやまづみのかみ)
境内で「うわー、キレイだなあ」と思う女性がおられた。
その方は電話に出られたのですが、「も〝し〝も〝し〝ィ〝ーーー?ち〝ょ〝っ〝と〝〇△※▼〇じゃ〝ね〝え〝?」
というような声の出し方・話し方で、ハッキリ言って残念な気持ちになった。
『美しさを構成するのは、外見だけではないよ。
声
言葉遣い
話し方
は美しさをつくり、醸し出す
大きな要素なんだよ。
声
音
振動
響き
そのエネルギーは、その人となりや心情・感情・思い・信念、、、
あらゆるもの、その人が持つ本質のエネルギーをごまかせない。
ことば
音
声
を美しく清々しく発する。
そう意識することで、本当に美しい女性、美しい男性、美しい人となろう。』
湧玉池の霊水
圧巻の湧玉池。富士の霊水(冷水)の圧倒的なパワー。
●富士山本宮浅間大社HPより
この池は富士山の雪解け水が何層にもなった溶岩の間を通り湧出するもので、特別天然記念物に指定されています。 清水の湧出する水源の岩上には朱塗優雅な水屋神社があります。富士山登山者はこの霊水に禊ぎをして登山する古くからの習わしがあります。
霊魂清まる湧玉池
玉=いのち、魂、霊、、、
ここは玉が生まれ出づる場所。
美しくも、あの世に近い、間(はざま)の場所。
あまたの霊(ひ、いのち、れい)が玉となり浮かび飛び立つさまをみよ。
※聖地・霊地というのはただ気持ちの良い場所ではありません。あの世に近い場所なので良くも悪くも引きずり込まれることがあります。なので、そういった場に行かれる際はそのことを「心に留めて」行かれるとよいと思います。
神様や存在に何かしてもらおうとか、あれが欲しいこれが欲しい…という思惑で行くのは、よろしくないと思う立場を私はとります。
逆だよ。
神様や存在に、「私にできることがあればさせてください・します!」という者が、目に見えぬ存在やエネルギーの通り道となれる。
奪うものは奪われ
与えるものは与えられる
結局、神なり存在なり・・・は
この人生において「自分がどういう存在でありたいか」とか、「自分には何が出来るのか・したいのか」「どう生きたいのか」、という、
嘘のない本質的な自分(魂そのもの)に感応し・されるものだと思うのです。
池のほとりに座らせていただき、しばらくこの美しく透明な富士の水に身も心も浸します。
禊=身を清めること
祓=心を清めること
湧玉池においては、「祓」をしてもらったような気がします。
ずっとここにいたい・・・
そう思うんだけど、虫に刺されるし、お腹は減るし、岩の上に座っていたのでお尻が痛くなるし、、、で、ずっとここにいることはできない(しない)。
いずれはここを立ち去れなければならない。
しかし、立ち去りたいと思う時が来るまで、ここにいよう。
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