本当なら、今日は帰国する日となっていましたが・・・・!
病室は、スイスと同じく2人部屋が基本で、トイレ、シャワーが各部屋毎についています。隣のベットとは、カーテンで仕切られており、どんな方かは、まだわかりません。
家内は、朝から不安がっている私の付き添いに来てくれました。この行動が、今日から帰国するまで2週間ほんとんど毎日の日課となり家内には本当に迷惑をかけました。
今回のアクシデントに対して助かったことの1つに、日本を出るとき成田空港で、ヨーロッパ各国で利用できる携帯電話をレンタルしましたが、これが大活躍することとなります。(電話の通話料金が何と12万3千円にもなりました)家内はすぐに出発前に入った旅行保険会社に連絡をとりました。ヨーロッパ関係はパリに本部があり、すぐに病院との連絡やホテルの延長関係など指示がありました。(後で、詳しく後述しますが、旅行保険会社「AIU」には本当に助けられました)
食事は、点滴のみでまだ、食べることができません。今日の当直医はフランシスコザビエルに似た若い医師でした。(後でわかったことですが、名前もザビエルであのフランシスコザビエルと同じ出身地とのことです)
右半身は、昨日と同じく動かない、感じない(医師がとがったトンカチのようなもので刺激をあたえますが)、声はどうにか出るようになりましたが、ろれつがまわらない状態です。今日の看護士は男性に変わり、英語の通じる「マニュエル」で、彼には、その後いろいろと助けてもらうことになります。
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